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36 来襲の美男美女はクールに去るぜ

 これだけの人数がいて、誰一人侵入者に気付かないなんて事はあり得ない。考えられるのはただ一つ。


「テレポートか」


 その能力――――言霊の不気味さを目の当りにした今、冷静ではいられない。声が上ずらないよう低く抑えようとしたけど、結果的にわざとらしい低音になってしまったのも止むなしだ。


「御名答。とはいえ、この程度の事で自慢げに思考力を誇示するほど愚かではないと信じたい。本当に探偵が伝説の職業であるならな」


 真っ白な肌、サラサラな明るい色の髪、淡い碧眼、薄く引き締まった唇……


 圧倒的イケメン!


 芸能人を直接見た事がない俺にとっては、経験のないイケメンだ。国王も整った顔立ちだけど、あの人は"男前"って感じがする。こっちのはもう少女マンガに出てくるような、線の細いイケメンだ。


「……」


 その隣に立つ女性も超絶美形。しかもかなり男の方と似ている。肉親なのかもしれない。


 にしても、二人とも肌の色がこの国の他の連中とは明らかに違うな。今まであんまり意識していなかったけど、国王もリノさんもポメラもレゾンも、肌の色は俺とそんなに変わらない。やや白が強い感じだけど。


 だとしたら、この両者は外国人かも知れない――――


「テメェ、バイオ……オレ様をハメやがったな」


 え。


 こいつが……バイオ?


 いや待て。だからといって外国人じゃないとは限らない。まだ外れと決まった訳じゃ……


「トイ。落ち着くのじゃ。心配せんでも、あーしがついておる」


 すいません。別に怖がって動揺してるんじゃないんです……


「オレ様をテレポートの標的にしやがったな!」


 レゾンの叫びは、彼等がどういう理屈でこの部屋を特定してテレポートで飛んできたかを如実に表していた。


 そうか。人をターゲットにする『ヒューマンテレポート』って奴か。


「そうは言っても、こんな早朝から君ほどの実力者が動き出すとなれば、警戒しなくてはならない。これも僕が臆病だからに他ならない。許してくれたまえよ」


「ぐ……監視付けてやがったのかよ」


「同じ理由さ。僕は常に君を見ている。この街を牛耳る影の支配者を……ね」


「ケッ、とうとう馬脚を現しやがったか。オレ様と手を組む事に納得したのは、いずれオレ様の寝首をかくつもりだったんだな」


「そんな勿体ない事はしないさ。君は得がたい人材だ。それに、君とて利己的な目的があって僕に近付いたのだろう。批難出来る立場ではないと思うがね」


「……ぬぐぐ」


 レゾンの歯軋りの音がここまで聞こえてきそうだ。


 この会話で両者の関係はほぼ把握出来た。昨夜レゾンから聞いていた話に嘘はなさそうだ。彼女は全面的に信じてもいいだろう。別に疑ってもいなかったけど。


 さて――――問題はこの二人だ。


「バイオさんですね。お噂はかねがね」


「それは光栄だね、探偵様の前で話題にして貰えるとは。僕も随分と出世したものだ」


「ならそれに気を良くして、ここへ来た理由を話してくれる事に期待しましょう」


 異世界まで来て丁寧語や敬語を使う意味は全くない。そもそもこの世界に敬語があるかどうかさえ不明だ。俺の日本語がどう翻訳されているかなんて、俺自身には知りようがない。


 それでも丁寧な口調になったのは、余りに美形で気後れしたから……じゃない。当たり前だが。いや実を言うと多少はあるかもしれないけど、その手の劣等感は自覚しないように心がけている。人間、三〇年近くも生きていればそれくらいの器用さは嫌でも身に付く。


 言霊が象徴的であるように、言葉には自分の中の感情が強く反映される。それは魂と呼べるかもしれない。だから、口調を無理に変えようとすると、それが不安や動揺となって相手に伝わる。自分の中に隠している感情が露呈してしまう。


 今の彼と俺の距離感なら、丁寧語くらいが丁度良い。それが一番自然だ。彼の素性や人間性をしっかり把握出来た場合はその限りじゃないが。


「勿論、伝説の職業に就く人物に一目会いたかったのが一つ。そしてついでにもう一つ付け加えるなら……警告をしに、ね」


 脅迫めいた事を言おうとしているのは明白。でもバイオにいきり立った様子はない。まさにインテリヤクザの佇まい。リノさんやレゾンが警戒している以上、この人物が凶悪なのはわかっている。その先入観もないとは言えないけど、やはり纏う空気は只者じゃない。


 俺もこう見えて、それなりの修羅場はくぐってきた。探偵なんて裏稼業と紙一重だし、ヤバい連中と対峙したのは一度や二度じゃない。その時に感じた独特の毒気のようなモノを、彼からも感じ取れる。気とか念みたいな非科学的なものじゃない。喋り方の間、表情の作り方、視線の動かし方……それらを総合的に観察していると、やはり共通項はある。


「色々と嗅ぎ回っているみたいだが、君が今追っている件については、今以上の詮索をしない方が良いね。僕はこれでも自分にも他人にも厳しくありたいと願う人間だ。二度目はないよ」


 淡々と、脅すような間は作らず、具体性をやや外した主張だけを告げる。これも、ある程度上のランクにいる反社会性力の連中がよくやる脅し方だ。


 一つ違うのは、ここまでのイケメンはヤクザにはいない事。いや、意外と悪い連中の中にも強面じゃない鼻筋の通ってシュッとした奴もいるんだけど、やっぱり大抵は目が据わって不気味な顔立ちになっている。このややタレ目で爽やかな感じはまず目にしない。


 どういう人生を送ってきたらこうなるのか。興味は少しある。


 ま、それはそれとして――――


「昨日の段階で、既に尾行されていたって訳か」


 酒場でレゾンに『国王の死について探っている』って話したからな。その事で脅しに来たのは間違いない。


 そして勿論、色んな点で奇妙だ。


「わざわざ自分で脅しに来る。人が集まっている時を狙ってくる。そもそも俺を脅すよりもサクッと始末した方が手っ取り早い。二人っていう中途半端な人数で来るのも……ま、これはテレポートで運べる人数の限界かもしれないけど、何にしても――――」


 脅しにしては紳士的過ぎる。犯罪の隠蔽工作にしては大人し過ぎる。そして親切過ぎる。


「これは警告ではありませんね」


 その体を成していない。脅すなら数的優位が基本だ。拠点を暴くだけなら部下を使ってレゾンを尾行し続ければいいだけだし、テレポートで敵地に乗り込むようなリスクを背負う必要は何処にもない。


 だったら、理由は他にある。ここへ乗り込んで来た別の理由が。


「真意は図りかねますが、少なくとも警告が主目的ではないのでしょう。そちらの女性、警告だけなら同行する必要はないように思いますが」


「……成程……これが"探偵"か」


 先程とは露骨に声色が変わる。でも『本性を現した』というような変化じゃない。どこか歓喜にも似た、心の高揚を感じさせる声だ。


 警告でないのなら――――


「だったら何しに来たと言うのじゃ?」


「あっ! 私……わかりました……! わかっちゃいました……! これはもうビビッと来ましたよ……!」


 ポメラのあまり当てにならない推理が始まった。


「この方々はきっとツンデレなのではないでしょうか……! 警告じゃなくて本当は危険だから止めておきなさいって助言をしに来たのでは……! つまり……私たち今とっても大ピンチなのでは……!?」


 あ、終わったか。


 実は良い人パターンならそりゃ楽だけど、現実はそう甘くはない。二人で来る理由にもなっていないし。


「警告はした。今後あの事件の調査を継続するのなら、相応の覚悟はして貰おう。レゾン、君もだ」


「はぁ? 先に尾行者付けておいて何言ってんだ? もうテメェ等との関係は破綻してるに決まってるだろ」


「最初からそのようなものはなかっただろう。白々しい事を言うのはよせ」


「ケッ」


 レゾンの悪態を一瞥したのち、バイオは隣の女性に目配せして――――その場からいなくなった。


 人が消える瞬間を目撃したのは初めてだ。徐々に薄くなるとかじゃなく、本当にサッていなくなったな。不気味過ぎる。


「はひゅぅ~……緊張しました……」


 ポメラも一応は冒険者。奴のヤバい空気は感じ取っていたらしい。


「これで、オレは正式にお前達に付く事になったって訳だ。よろしく頼むぜ」


 レゾンは逆になんかスッキリしている。なんか若干イラっとするな。


「いや、向こうがダメになったからってそんな直ぐこっちに来られても……何? ビッチなの?」


「ビッ……!? ち、違う! あいつらとは元々王の死の真相を探る為に協力するのを装っただけの関係で……! 違うからな!?」


 顔を真っ赤にして慌てている。ふと『筋肉乙女』という言葉が頭に浮かんできた。文字通りパワーワードだ。


「しかし、厄介な事になったのじゃ。ヒューマンテレポートは人を移動先としたテレポートじゃが、もしかしたらここにいる全員が移動先にされてしまったかもしれんな」


「ああ。主目的はそれかもしれない」


 つまり、バイオが好きな時に俺やリノさん、ポメラのいる所へテレポート出来るようになったのかもしれない。


「レゾン、テレポートの移動先として指定する事が出来るようになる条件はわかる?」


「いや……知らねぇ。テレポート自体、使える奴が滅多にいねぇしな」


 となると、移動先の一つにされてしまったものとして今後は行動していかないといけない。気が休まらないな……


 でも、それにしたって警告するくらいなら早々に始末しておいた方が手っ取り早い事に変わりはない。連中が真犯人なら、事件を調査している俺達には一刻も早く消えて欲しいだろうし。


 ……その前提に疑問を持たなくてはいけないのかもしれない。


「これからどうしましょうか……?」


 良くわかってなさそうだけど、なんとなく空気が不安げだから自分もそんな感じにした方がいいか、って心理が嫌でも伝わってくる辛気臭い顔で、ポメラが問う。


 ……この中で俺だけは『一抜けた』が可能だ。事件の調査を止め、早々に国王にお願いして元の世界に戻して貰う。幾らテレポートでも別の世界までは飛べないだろうし、それで危険は回避出来る。


 三人を見捨てる覚悟があれば、俺は助かる。そもそも、見捨てるも何も全員一定の能力は持っているし、自分の身を守る手段もある。俺がいなくても問題なく生きていけるだろう。


「予定通り、王太后の水筒をスキャンする方法を考えて、実行に移すまでだ。全員で行動しておけば、テレポートで襲撃されても対応出来る」


 ま、そんな選択肢は最初からないけどな。



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