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33 大胆な告白は女の子の特権

 王がなんで王子様とか、そんな筋肉ボディで頬を染めて『素敵』とか言われてもとか、そういう小さいツッコミ所はこの際どうでも良い。問題は――――


「貴女は元国王を慕っていた。それは本当なのか?」


「うるせー! そんな男と女のアレを二回も言わすなバカ! あの人はなぁ……オレをレディって言ったんだ。俺を女扱いした最初で最後の人さ。忘れられねぇよ、あの真っ直ぐな瞳……」


 ……どうやら本心らしい。これだけ泥酔している以上、意味不明な供述をしている可能性もなきにしもあらずだけど、幾ら酒に酔っているとはいえ『国王LOVE』なんて脈絡のないデマは吐かないだろう。多分。


「だったら、元国王の死はショックだったんじゃないか?」


「……当たり前ぇだろ。相手は王だから、オレとあの人がどうこう……って夢は見ちゃいなかったよ。でも、心にポッカリ空いた穴は埋まらねぇ。ケンカに勝とうが、上納金がどれだけ増えようが、何にも楽しくねぇ。心ここにあらずだ」


 恋心か。俺にはほんの一握も理解出来ない感情だ。


 結婚っていう契約を結んでおきながら平気で裏切る人間がこれだけ世の中に溢れている中で、恋ってのはなんなんだろう? 愛ってのはどれくらい価値があるんだろう?


 子を想わない親はいないなんて嘘っぱちだ。一食分の食事という飾りにもならない自己満足の良心だけを残して幼児のいる部屋を出たきり戻らない親、真夏の車内に赤子を残してパチンコに興じる親が毎年のようにニュースで流れ、それがさも例外中の例外であるかのように自称コメンテーターは神妙な顔付きで空論を吐く。


 それは別に良いんだ。『努力は報われる』と同じで、真実である必要はない。親は皆子を大事にすると定義付けていた方が、これから親になる人達にも好影響を与えるだろう。反面教師になるような情報は、それこそ年に数回のニュース程度で十分だ。


 でも、真実じゃない。真実とは違う事を盲信は出来ない。





『命題は昔からおばあちゃんっ子でした。お義母さんに育てて貰うのがあの子の為だと思うんです。誰だって、好きな相手と一緒にいるのが一番なんですから』





 ……俺には愛情はわからない。きっと一生わからないだろう。


 それは解明すべき謎でもなんでもない。知らなくても構わないものだ。


「なんだぁ? 急に押し黙ってよう。オレと飲むのがつまんないのか?」


 今度は急に絡み出した……酒癖悪いな。それは外見のイメージ通りだけど。


「そうか。つまんねぇか……だったらもっと気持ち良い事ヤるか!?」


「やる訳ないだろ」


「……そっか。ヤらねぇか。だよな」


 この様子じゃ今日はまともな話は出来そうにないな……


「憧れだったんだ……オレに残された最後の女の部分だったんだ……でももう、それもなくなっちまった。そんな奴とはヤらねぇよな……」


「マスター。この人いつもこんな酔い方するの?」


「いやァ……付き合い長いけどこんな悪酔いは初めてだ。なんかよっぽど楽しい事でもあったのかね」


 楽しくはなかっただろう。リノさんとケンカして、ポメラと勝負しようとして、俺に止められて酒飲んだだけだし。


 でもまあ……さっき自分で言ってたように、案外こういう奴の方が周囲に気を遣って生きてるのかもしれないな。『街の支配者はこんな奴じゃなきゃ務まらない』って固定観念を、自分も他人も持っているから。そこに寄せれば寄せるほど、自分が薄くなっていくんだろう。


 そう考えると、日中の柄の悪さも少し微笑ましくなってくる。


「……なんでオレがジェネシスと組んだのか、知りてぇんだろ?」


「あれ、酔い冷めた?」


「元々そこまで酔ってねぇよ……さっきのはアレだ、色仕掛けってやつだ」


 いや、それはちょっと無理があるだろ……色も仕掛けもなかったぞ。


「で、どうなんだよ?」


 とはいえ、彼女はやはり一定以上の思考力を持っている。相手が何を考えているかを常に探り、自分の中で筋道を立てて不確定な仮説を浮かばせてある。それが正しいかどうかを確認する有効な切り出し方も知っている。


 醜態を晒してるからって油断してると、逆にこっちが食われそうだ。


「正直に言えばその通りだ。もう一つ言うと、俺は元国王の死について探っている」


 俺が探偵ってのはもう言ってあるから、いずれ彼女はこの事実に辿り着くだろう。もしかしたら既に察していたかもしれない。


 だったら隠しているのは無駄。反応を見る為の餌にする方が建設的だ。


「……テメェ、消されるぞ?」


 存外、シリアスな反応。


 これは――――当たりを引いたのかも知れない。


「何か知ってるんだな?」


「知らない訳ねぇだろ。調べたさ。あの人がどうして死ななきゃならなかったか」


 まだ現国王は死因を発表していない。あくまで死亡した事実だけを伝え、次期国王の座に就いた。だからこそ彼は、元国王を殺した犯人かもしれないと疑いの目を持たれている。それを払拭するのが俺の役目だった。


「知りてぇか?」


「勿論。ここの酒代は俺が持つ……なんてセコい事は言わない。条件を出してくれれば、出来る範囲の事は呑む」


 彼女には元国王の事件について調べる動機がある。それも執念深く。だったら、その情報は信憑性が高い。


 一定以上の信頼が置ける情報源は何よりも重要。決して手放してはいけない。探偵にとっては命の次に大事なものだ。


「条件は……オレの友達になる事だ」


 ……は?


「な、なんだよその顔は。だから、オレの友達になってくれれば話す、つってんだよ」


「それ飲み友達って事?」


「普通の友達だよ! 別にガキみてぇに一緒に遊ぶとか、家を行き来するとか、そういうんじゃねぇよ。その、なんつーか……媚びも殺し合いもなしで、普通に仲良くする関係っつーか……兎に角そういうンだよ!」


 参ったな……友達になれ、なんて生まれて初めて言われたよ。そこまで人間関係に疲れてるのか。影の支配者って大変なんだな。


「友達になったら、もうケンカは売ってこないんだよな?」


「それはテメェ……お前次第だよ。幾ら友達でも許せねぇ事を言われればキレるし、胸くそ悪い事されたら殴るくらいはするだろうよ。でもそうじゃない限りは今日みたいな事にはならないし、敵対もしない」


 こっちにとっては良い事尽くめだ。それだけに疑いたくもなるけど、友達が欲しい、心の安寧が欲しいってレゾンの気持ちがそれ以上に伝わってくる。


 彼女の事を信用するほど、青臭い心は持ち合わせていない。だったら友達関係に大した意味はないのかもしれないけど――――


「一応先に言っておくけど、俺に典型的な友情を期待されても困る。正直そういうのは良くわからない」


 これで一応誠意……というより説明責任は果たした。あとは彼女次第だ。


「別にそんなのは期待してねぇけど。今みたいに腹割って話すとか、困った事があったら助け合うとか、そんな感じでいいんだよ」


「だったら了解だ。宜しく頼む」


「お、おう。こっちこそな」


 まさか、異世界に来てこういう形で友達が出来るとはな。28歳にもなって新しい友達か。割とレアだよな。


「それじゃ早速、ジェネシスと元国王について知ってる事を聞かせてくれ」


「ああ。まずは王のこ……――――」


 ……おい。なんだその絵に描いたような寝落ちは。


「フザけんなお前! この話の流れで寝るか普通!? 友達だから言うけど、そういう冗談は寒いんだよ!」


「いや、これは寝てるな。この子は昔から幸せな気持ちになると眠くなるんだ。甘い物を食べた後や、仲間内で盛り上がった後は大抵寝ている」


 マジかよ……子供がそのまま大きくなったって訳か。


「随分古くからの付き合いみたいだけど」


「この子がこんな身体になる前からな。ストリートチルドレンで、この辺りを根城にしてスリや置き引きで生計を立てていた」


 生きる為の犯罪……必要悪か。


 これに関しては何も言えない。捕まれば自業自得だけど、やるなと言われてやらない訳にもいかないだろう。まともに働ける身分に生まれてこなかった以上、それ以外に生きる術はない。俺だって同じ立場なら躊躇なくそうする。


「ケンカに明け暮れて今の地位を築いた……と言っていたが、そう生やさしいものじゃない。彼女がここで生き残るには、ここまで上り詰めなければならなかった。負けは死と同じ。逃避もまた然り」


「……すー」


 豪快な外見や口調とは裏腹に、寝息はやけに静かだ。きっと生まれる家が違えば、誰もが目を見張るお嬢様にでもなっていたんだろう。


 でもこの仕上がりが現実だ。そして彼女はそれを受け入れて今を生きている。それは多分、誇りっていうんだろう。


「マスター。彼女が起きたらコルネって宿に明日来るよう伝えておいて貰えるかい?」


「構わないが。彼女をこのままにしておくのか?」


「生憎、住んでいる場所も根城も知らない。彼女が子供の頃から見守っている貴方の前で送り狼にもなれないしね」


 そもそも、なる気も一切ないが。


 酒代を置いて今日はもう帰ろう。


「無理強いはしないが、彼女を少しでも楽にさせてやってくれ。こう見えて、心は綺麗な子だ。だから慕われているし、利用もされている」


「それがわかってて、守らないといけないものの為に受け入れている……ってとこか。俺が今やってる事が、少しでも彼女の幸せに繋がるのを祈ってるよ」


 言葉を濁し、この日は夜の闇を纏った。





 で、翌日――――


「……何故このような輩と友人になったのじゃ。あーしは納得し難いの」


 リクエスト通り、そして律儀に朝一で宿を訪れてきたレゾンを前に、リノさんは早々に不機嫌オーラを出している。年寄りだから朝は早いし、感情の整理も付いている上で。


「なんて良い話……! なんて素敵な出会い……! 私、レゾンさんの事を誤解してました……! 許して……! 許して下さい……!」


 一方、ポメラは昨日の事を話したところ、朝っぱらから感極まっていた。


「いや、そういうのはいいんだよ。フツーにしてくれりゃいいんだ。そっちのババアくらいが丁度良い」


「誰がババアじゃ! おのれ……どうしてくれよう……」


 歯軋りするリノさんとは対照的に、レゾンは少し照れているように見える。ポメラに感動されて感情の行き場を見失っているらしい。


「俺の友達になった以上、リノさんへの暴言は不許可だ。軽口くらいはいいがババアは止めてくれ。せめて御ババアかババア様にしろ」


「どっちも小馬鹿にされている気しかせんわい!」


 リノさんのヘイトが俺に向いたところで、ようやく昨日の会話の続きが出来る空気になった。


 さて――――


「取り敢えず、ジェネシスとの関係をまず聞かせてくれ」


 推理ってほどの事でもないけど、元国王の件とも無関係じゃないだろう。だから、どちらから聞いても大差はない。


「ああ。オレがジェネシスと組んだのは……奴らが王の死に関わってるからだ」


 そんな俺の推察は、神妙な顔付きで肯定された。



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