26 感激屋のポメラは自爆できない
エロイカ教の総本山は城下町の外れ、南西の隅っこの閑静な住宅街にあった。腐っても教団だし、教会っぽい建物を想像してたんだけど……これ完全にアパートだ。この世界にも集合住宅は存在していたらしい。流石に初見でこの建物を宗教団体の本拠地だと見抜くのは無理だ。
実際、様々な情報が流れてくる筈の冒険者ギルドに、この場所がエロイカ教の本拠地だと知る人間はいなかった。
「しかし其方、ようエロイカ教の拠点を知っておったの。お陰で助かったのじゃ」
……たった一人を除いて。
つまり俺に選択の余地はなく、二度断った彼女――――ポメラの同行を許可せざるを得なかった。正直、人数が増えると面倒事も増えるし、子供の面倒を見る余裕もないから乗り気じゃなかったんだけど……
「私が誰かのお役に立てるなんて……! 夢のよう……いえこれは夢です! 本当の私は今頃馬車に轢かれて生死の境を彷徨っているに決まっています……!」
なんかこの子、放置してたらのたれ死にそうな気がしてスルーし辛いから丁度良かったかもしれない。かなりの感激屋さんらしく、こんな風にちょっとした事でプルプル震えては号泣している。
これが実は全部演技で、何らかの目的で俺に近付いた密偵……とかだったら――――迷わず白旗を上げよう。幾ら探偵が訝しがる職業でもモノには限度がある。
「ここは夢の世界じゃないから安心しろ。それで、ここがエロイカ教の本拠地で間違いないんだな? 疑う訳じゃないが、外見からは想像も出来ない」
「間違いありません。私の父親が洗脳されて連れて行かれた時、ここに入って行ったのを尾行して確認したのですから」
え、そんなんでバレちゃってるの? だったらなんでギルド員誰も突き止められなかったんだ……?
……推理するまでもない。単に関わり合いになりたくないから総スルーしていただけの話だろう。変態教団の本拠地なんて好きこのんで行く奴はいない。洗脳でもされない限り。
「あの時の怖い記憶がずっと頭の中に残ってて、一人では来られませんでした。でも私は……! ついにここまで来たんです……! うーっ……」
「いや、来ただけで感極まられても困るって。それで、君はどうするの? その洗脳された父親を連れ戻したいの?」
「いえ……! 目的は復讐です。エロイカ教に父が入団した所為で母は自分の貧乳に絶望して実家に帰り、食っちゃ寝生活の末糖尿病になって入院中……強制的に一家離散です。私はその原因を作った教団が許せません……! うわあああああああ……!」
ちょっ、敵の本拠地の前で泣き喚く奴がいるか!
これだから同行人は最小限が良いんだよ……計算出来ない事が次々に起こる。
事務所でもそうだった。それなりに人員がいた方が箔が付くし客も足を運びやすいと思って、三人も事務を雇って……いや、この話は忘れよう。今は元いた世界の事はどうでもいい。
「リノさん、どうしよう。この子を連れてまともに話が出来る自信がない」
「何を言う。そもそもまともな話が出来るとは思えん相手じゃろ」
……言われてみれば、それもそうか。
というか、一緒に入る理由もないよな。
「ポメラちゃん。俺達はエロイカ教に恨みも何もないから君の復讐は手伝えない。あと、俺達が情報を得る前に教団を潰されても困る。だから、君は俺達とは別行動であのアパートに潜伏するんだ」
「潜伏……? どうすれば潜伏できますか?」
「いや、教団を倒しに来たんだろ? 自分で何かプラン立ててきたんじゃないの?」
これだけの情熱をもって懇願してきたんだ、まさかノープランって事はないだろう。そこまで考えなしだったら、もう付き合いきれない。
「えっと。私としては……建物の中に入って言霊で自爆するくらいのつもりでいます……!」
「おいやめろ。俺のトラウマになる」
まさかの考えなしの方がマシなレベルの重過ぎる復讐劇。いや、父親にしろ母親にしろ割と自業自得だからね?
「あくまで心構えの話です。実際に自爆は出来ないと思いますし。でも、建物を中から粉砕して全員下敷きにするという手も……!」
「待て待て待て。落ち着け。思い詰め過ぎだ」
「でも私は……! 私の人生をムチャクチャにした教団が許せなくて……!」
彼女の情動はわからなくもない。実際、探偵をやっていると宗教団体や反社会性力に身内を奪われた家族が相談しに来る事が稀にあった。でも大半は当事者の意思でそっちの道に行ってしまっているから、どうしようもない現状を伝える他なかった。その時の家族の苦しみや絶望は計り知れない。本当に気の毒だった。
性格も多分にあるんだろうけど、冷静さを欠いているポメラの憤りとかやるせなさは大げさとまでは言えないだろう。
ここに来る前にこの子の話聞いておけば良かったと後悔してしまう。
「うむ……まさかここまでの覚悟を持っていようとは。こうなると無碍には出来んの」
案の定、人の良いリノさんが同情してしまった。今はリノさんの意向を酌んで俺も動いているから、彼女がポメラを助けたいと言えば、多少は考慮せざるを得ない。
その前に先手を打っておこう。
「それじゃ、取り敢えず潜伏はなしの方向で。会話の途中で建物破壊されたらシャレにならない。っていうか、そんな強力な言霊使えるの?」
「はい。でも高価な水晶を使わないと無理みたいで。今まで頑張ってアルバイトして、三日前にやっと買えました」
計画的犯行か……何気に怖いな。エロイカ教にハマる父の血を引いてる訳だし、ヤバい思考回路の持ち主なのかもしれない。素っ頓狂な発想力というか、心臓を抉るような洞察力とか……そもそも思考力って何って話になってくるけど。
「私、頑張って……! 本当に頑張って……! 睡眠時間平均六時間……!」
割と普通……いや、日本が異常でこっちの世界じゃ平均九時間くらいかもしれないけどさ。
「うむ、ポメラ殿の意地はしかと受け止めた。しかしじゃ、命を賭けるような意地は感心せんの。その犠牲を誰より悲しむのは父親と母親じゃろう」
「リノおばあちゃん……」
いやね、そもそもポメラの作戦だと建物内にいるであろう父も巻き込まれて死ぬと思うの。これ言っちゃダメなのかな空気的に。重要だと思うんだけど。
「トイ。この子の考えにも一理あると思うのじゃ。仮に父親だけを助け出そうとしても、洗脳されている団体が健在じゃったら直ぐに戻ろうとするじゃろう。本体を潰さねば元の木阿弥じゃ」
それは俺も同感だから頷いておこう。そういう意味じゃ、ポメラは物事の本質を見極める目はあるらしい。それが思考力と見なされているのなら、強い言霊を使えるのも納得だ。
「どうじゃ、ここは三人で教団のボスと話をしに行こうではないか。その上で連中がクズだったら、後日潰すのもやぶさかではない。まずはその見極めをせんとな」
「いいのですか……!? 本当に一緒に行っていいのですか……!? 私、実は不安で……自爆する勇気も本当はなくて……!」
「そうじゃったか。辛かったのう」
流石年の功、俺はこういう奴だとばかり思っていたけど、ポメラが錯乱状態にあったのを見抜いていたんだな、リノさんは。
やはり彼女は聡明だ。
それだけに、気になる事がある。今は関係ないから言葉にはしないけど、いずれ聞いてみないといけないだろう。
今はそれより、エロイカ教との接し方だ。
「聞きたいのは事件に関与しているかどうかだけど、当然ストレートには聞けない。だから、まずは探偵として挨拶にやって来たって体で話を通して、その後『教団の実績と自慢話』を聞く。もし事件に関与していれば、何か断片的にでもポロッと話すかもしれない。向こうはこっちが事件について調べてるなんて知らないからな」
「ここまでは道中話した通りじゃな」
当然、俺達もノープランで乗り込んで来た訳じゃない。既に手筈は整えてある。
「あの、さっき話していた時も気になってたんですけど……事件というのは?」
「ああ。俺は探偵でね。とある事件を追っている。それが何なのかは守秘義務の遵守があるから言えない」
「探偵さんなんですか……!? あの伝説の探偵さん……!? そんな……そんなっ……なんて凄い人なんですか!!!!」
……いや、そこまで感激される職業じゃないです。こっちでは伝説でも、向こうの世界では割と平均収入低めの職業だし。
「でも、具体的にどんな事するお仕事なのかは知らないです……」
「依頼人に尽くすサービス業だよ。それ以上のものでもない。けど――――」
あらためて、眼前のアパートを睨む。そうでもしないと心が折れそうになるから。女の肉付きを良くする為だけに存在する宗教団体を相手に会話するという一寸先の未来に。
「その為になら、あらゆる知識と思考力を総動員して臨む覚悟がある。100万ピースのジグソーパズルを一人で一つひとつ埋めていく覚悟がね」
探偵の定義なんて人それぞれだろう。俺がそうというだけだ。それでも、この覚悟に偽りはない。
「す、凄いです……!!」
感激屋さんの心にも、俺の心意気は伝わったらしい。
「でもジグソーパズルって何なのかわかりません」
こっちにはなかったのか。
なかったのか……!
「まあいいや、行こう。ポメラちゃんは出来るだけ感情を抑えて。リノさん、俺が何かマズい事を言ったら自分の肩を二回叩いて」
「わかりました……! 私……私……頑張って存在を消します!」
「年寄り臭いサインじゃが、まあええじゃろ。任せておくのじゃ」
さて、どんなとんでもない奴が待ち構えているのか――――
「私がエロイカ教の創始者、総裁のエウデンボイ=アウグストビットロネだ。探偵と話をするのは初めてなのでね。いささか緊張しているよ」
……応接室に現れた教団の代表者は、何処からどう見ても常識人としか思えないダンディな中年だった。




