勇者見習いレベル1(5)
翌朝、俺が目覚めたとき、回りの景色は、相変わらずの広野だった。
「そうだよなぁ。うまく、自分のベッドに戻れたらと思ったけど。現実は厳しいな」
俺は、昨日おっさんから買った寝袋から這い出ると、革の鎧を着け始めた。これもおっさんの店で買ったものだ。甲冑とかもあったが、レベル1の俺の場合は、すぐ逃げられるように、軽い革の方がいいだろうと思ったからだ。
俺は、寝袋を纏めると、これもおっさんから買い込んだリュックに仕舞い込んだ。いろいろ買い揃えて結構の出費になったが、イグアナや火トカゲを売った分で買えたので、怪しまれはしなかった。
(俺が五万円も持ってるってことは、当分、内緒にしとかないとな。変にぼったくられたら損だ)
俺は、Cレーションの蓋を引き剥がすと、朝飯を食い始めた。さすが軍隊用、味はともかく、体力回復には栄養十分のようだ。
俺は朝飯を食い終わると、おっさんの荷車に行ってみた。
行商人のおっさんは、もう起きていて、何か薄い雑誌のようなモノを読んでいた。
「お早うおっさん。何してんだ?」
「ん? あんちゃん、もう起きたのか。これは、有名な『オレンジ』社の『新しいjPad』じゃ。毎朝、これでニュースとか見とかないと、この世界ではしょっちゅう設定が変わるからのう。何を見とる。こいつは売りもんじゃないぞ。わしのじゃからな」
異世界にインターネットってあるんだ……。てか、タブレットPCとか、あるんだ。そうか、公衆電話や自動販売機とか普通に置いてあったもんな。てか、電気とかあるんだ。異世界って、もっと原始的なとこかって思ってたんだがな。
「そうだ、おっさん、トイレとかどうすんだ? やっぱり、その辺の草っぱらでやってるのか?」
すると、おっさんは不思議そうな顔をして、
「トイレ? 便所の事か? そうじゃな、ここに来てからもう十何年にもなるが、便所には行ったことがないなぁ。あんちゃん、ションベンしたいのか?」
え? そう言えば、昨日も腹は減ったが、ションベンしたくなったことはないなぁ。そうかぁ、異世界って、ウンコしなくていいんだ。RPGでも、トイレ行く場面てないよなぁ。てか、ウンコ出ないんだ。さすがは異世界だな。俺は、妙なところで納得してしまった。
「おっさん今日はどうすんだ?」
俺はおっさんに、今日の予定を訊いた。おっさんはjPadをいじりながら、
「ふむ、イグアナの天然物が手に入ったからな。新鮮なうちに、馴染みの料亭に売りに行こうかと思っちょる。あんちゃんも一緒にいくか? そんなに大きな町じゃないが、ここよりはいろんな物が見られるぞ」
と、言ってくれた。
「連れてってくれるのか? そりゃ願ったり叶ったりだ。おっさん、俺も連れてってくれ」
と言うと、おっさんは、
「そうか。なら、ちょっと待っとけ。支度するからな」
と、言うと、荷車の影に行って、何かゴソゴソしていた。
しばらくすると、おっさんは、荷車の影から、バイクのようなモノを引っ張ってきて、後部を荷車に結びつけ始めた。
「おっさん、これって」
「ん? 知らんか? ヤマダの新型三輪スクーター『スーパー・カーブ』じゃ。中古じゃがの、よく走る名車じゃ」
そう言って、ヘルメットを被ると、スクーターに跨がりエンジンをかけ始めた。
俺は、おいてけぼりにならないように、急いで荷車に飛び上がると、適当なスペースを見つけて、しがみついた。
「おっさん、こう言うのって、普通、馬とかロバとかで引くんじゃないのか?」
「何を時代遅れなこと言うちょる。わしも、昔は横浜の飛ばし屋パイレーツの特効隊長だったのじゃよ。全開バリバリで行くからのう。振り落とされんように、しっかり掴まっちょれ。そうれ、出撃じゃ。グァハハハハハハァ」
(そうなんだ……。異世界にバイクってあるんだ。これって、だれの脳内設定だ。ちょっとオカシイだろ)
おっさんは、俺のそんな疑問を、意に介さず、
「かっとびでゆくぞぉ! 全開、バリバリじゃぁ」
と、叫ぶと、フルスロットルで、スクーターを発進させた。
「ウオオオオ、おっさん、早い! 早いよ」
俺は、マジで振り落とされそうになるのを、必死で荷車にしがみついていた。
こうして、俺の異世界生活二日目は始まった。




