真の勇者レベル10(11)
盗賊団との戦いに俺たちは勝利した。
俺は、ミドリちゃんやシノブちゃんたちと合流すると、皆で町に戻った。
だが、町に帰った時に聞いたのは、巫女ちゃんが倒れたという報であった。
すぐさま病院に向かった俺たちは、廊下を走っていた。病室の扉を開ける間も惜しんで俺は叫んでいた。
「巫女ちゃん!」
彼女は、ベッドの上で半身を起こしたまま、にっこりと俺を見ていた。
「あら、勇者様。お早いお帰りですね」
俺は、ほっとしたのと呆気にとられたのとの両方で、その場にバカみたいに突っ立っていた。そんな俺を追い越してベッドに駆けつけたミドリちゃんは、半泣きであった。
「巫女くん、心配したんだぞ!」
ミドリちゃんはそう言うと、巫女ちゃんに抱きついていた。
「あらあら、魔法師様も。わたくしは大丈夫ですよ。でも、ちょっとだけ力を使い過ぎましたわ。少しだけ、疲れちゃいましたの」
俺もベッドに近付くと、巫女ちゃんの肩に手を置いた。
「頑張ったっすね、巫女ちゃん」
「はい」
彼女は、俺たちの顔を見ると、元気にそう応えた。
しかし、心配になった俺は、念のために魔法の眼鏡で巫女ちゃんのパラメータを確認した。
アマテラスの巫女:Level 5
HP : 5/18
攻撃力 : 9
防御力 : 25
魔法力 : 0/45
アマテラスの祭壇を守護している巫女
(アマテラスの命により勇者の手助けをしてくれる)
やっぱり魔法力が0になっている。ずいぶん無理をしたらしい。
俺は、そのことをミドリちゃん話した。
「何でそんな無理をしたんだ。HPまで使うなんて」
「だって……、勇者様も魔法師様も町の外で命がけで戦っているのに、わたくしが助けられる人を放っておけるはずがありませんわ」
そう応えたものの、彼女の顔色は紙のように白かった。
「でも巫女くん、自分が倒れちゃったら、……何にもならないじゃないか」
「そんなことはありませんわ。わたくしも勇者様の仲間ですもの。勇気の心がある限り、わたくしも負けませんのよ。勇気の心があったから、わたくしも頑張れたのです」
巫女ちゃんはそう言って、両腕でガッツポーズをとっていた。しかし、
「でも、巫女くん……」
尚も心配するミドリちゃんに、
「わたくしは大丈夫です。もう、こんなに元気になりました。また、勇者様たちの世界の美味しい食べ物を教えてくださいね」
と、巫女ちゃんはそう言いながら、肩に置かれた俺の手を握った。
「済まない、勇者さんたち。うちの者が随分と世話になった。その代わりに、君たちの仲間がこんなことになって……。本当に、済まない」
そう言ったのは、遅れて到着したカトー保安官だった。
「その娘の言う通りだ。私にも、もっと勇気があれば……、勇者を辞めなくてよかったんだ。私は勇者を辞めても、誰かを守りたくて、この町の保安官になったはずなのに。勇者さん、私は君の戦いを見て、最初は『あんな勇者ロボが相棒だったら自分も勇者を辞めなかったのに』と、思ったよ。だが、本当はもっとずっと簡単なことだったんだ。『勇気の心』。それが足りなかっただけだったのに」
そう言って首を項垂れる保安官に、俺は言葉をかけた。
「保安官さん。あなたにも充分勇気の心はあるっす。自警団の皆にもっす。だから、この町を守ろうと思ったんだし、実際に守れたんだから。サンダーは勇気の力で動いてるっす。皆が勇気の力を注いでくれたから、サンダーは勇者ロボとして最高の戦いをすることができたんすよ。だから、『済まない』なんて言わないで下さい。もっと別の言葉があるじゃないっすか」
俺の話を聞いて、保安官は顔を上げた。
「別の言葉? そうか、『ありがとう』か。ありがとう、勇者さんたち。町を守ってくれて、本当にありがとう」
俺たちは顔を見合わせると、保安官に向かってこう言った。
「どういたしまして。俺っちなんかを信じてくれて。俺たちに勇気を与えてくれた保安官さんや自警団の皆に感謝するっす。ありがとうっす」
しばくすると、お医者さんが来て、巫女ちゃんの診察をしてくれた。日常生活は、普通に行って良いそうだ。HPも充分栄養を摂れば、すぐに回復するそうだ。でも、魔法力だけは、回復にかなりの時間がかかると言う。
それを聞いた巫女ちゃんは、
「大丈夫ですよ。わたくしには、勇者様のくれた『これ』がありますから」
そう言って見せてくれたのは、俺がホームセンターで買ってきた『魔法力貯蔵球』だった。
「ボク、巫女くんのために、目一杯、魔法力を充填するからね」
ミドリちゃんはそう言って、巫女ちゃんの手をぎゅっと握った。
巫女ちゃんは、にっこり笑うと、
「はい。よろしくお願いします」
と、応えていた。
俺たちが病院を出てサンダーが停まっている正面玄関まで出てみると、たくさんの人々が集まっていた。まるで、町中の人たちが集まったようだった。
「あっ、勇者さんだ!」
「勇者様、町を守ってくれてありがとう」
「すごいぞぉ、勇者ぁ」
周りじゅうから歓声が聞こえてくる。
「サンダー、変形するっす」
俺はビークルモードのサンダーに、声をかけた。
「こ、こんなところででござるか?」
「ああ、そうっす。巫女ちゃんは、まだ充分に回復しきってないっす。だから、巫女ちゃんを抱いて運んで欲しいっすよ」
「それならば。チェーンジ」
そう言って、サンダーはロボに変形した。とたんに、歓声が沸き起こる。
「うおおおお、勇者ロボットだ」
「すごいぞ、勇者ロボ。最強だぞ」
「ありがとう、勇者ロボぉ」
「勇者ロボ、かっけぇぞぉ」
皆の声が、サンダーに声援を送った。
「勇者殿、拙者をペテンにかけたでござるな」
「何のことっすか。それよりサンダー、巫女ちゃんを手に乗っけて欲しいっす」
「ふむ……。心得たでござる」
俺の言葉の意味を分かってくれたのだろう。サンダーは、巫女ちゃんをその手に乗せて持ち上げた。すると、さらなる声援があがった。
「あれがアマテラスの巫女だ!」
「巫女さん、カワイイ!」
「町を守ってくれてありがとう」
「巫女さん、最高」
すると今度は、ミドリちゃんが浮遊魔法を使ってふわりと宙に浮くと、サンダーの肩に乗った。
「わああ、魔法師さんだ!」
「盗賊から助けてくれてありがとぉ」
集団の中には、盗賊団から解放された人たちもいるようだった。
「魔法師様ぁー」
「魔法師さん、ありがとぉ」
俺は、大歓声をあげる集団の中に、自警団の団員たちもいるのを見て、こう叫んだ。
「自警団の皆もっ、よく頑張ったっす! 皆の勇気でっ、町を守ったぞぉー」
すると、町の人たちもそれに応えてくれた。
「そうだ! 自警団も頑張ったぞぉ」
「ありがとう、自警団」
「保安官も、頑張ったぞ」
「シノブさんも強かったぞぉ」
「わぁぁぁぁあぁぁ、ありがとぉぉ」
「勇者ぁぁぁあぁ」
たくさんの声援の中で、俺たちは凱旋を果たしたのだった。
その夜は、当然のことながら、町をあげての大宴会となった。
「勇者さん、ありがとう! 俺にも一杯注がせてくれ」
「いや、俺っち未成年っすから」
「何を言ってるんですか、勇者さん。ここは異世界だから、治外法権ですよ」
「そ、そうっすか……。なら、ちょっとだけ」
これがまずかった。見事に周りは酔っぱらいだらけになってしまった。
(うえぇぇ。昨夜、ワインでへべれけになったばかりなのに。こ、これは、まずいっす。また、酔っぱらっちまう)
「勇者さん、ぎょうさん呑んどるかぁ」
この関西弁は、……シノブちゃんだ。
「ほんまに勇者さんはスゴイなぁ。うち、惚れてしもうたわぁ」
ほんのりと紅がさしたくノ一は、その腕を俺に絡みつけてきた。
「シノブちゃん、酔ってるっすね」
「何ゆうてんねん。酔っとるに決まってんがな。盗賊団をやっつけたんやで。これが呑まずにいられまっか。せやろ」
うえぇ、素面の時よりも、すんげぇ絡んでくる。
「この腕の赤いレシーバー、かっこええなぁ。うちも欲しいわぁ。てゆうか、うちも勇者さんの仲間にしてくれへんかぁ。ひっっ」
シノブちゃんはそう言うと、更に顔を寄せてきた。ち、近い。
そんな時、悲鳴のような叫び声が聞こえた。
「勇者くん! なぁーに、やってんだぁ」
あ、ミドリちゃんだ。顔が真っ赤になっている。ミドリちゃんも、そうとう呑まされたらしい。なんてことを気軽に思っていると、彼女は急に俺たちに近付いてきた。
「チ、チームに……、びっ、美人が二人もいるのにっ。き、きさまぁ、……そ、外の女に、手ぇ出してぇ。こ、このぉ、エロ勇者ぁ」
怒り心頭の魔法師の様子に、俺は必死になって弁解しようとした。
「み、ミドリちゃん、これはっすねぇ……」
「問答無用! おらぁ、『卍固めの魔法』」
「うわぁぁぁ、ミドリちゃん。それ魔法じゃないから。いいい、痛い、痛いっす。ロープ、ロープ」
ミドリちゃんの魔法ではない魔法攻撃に、俺は窮地に陥っていた。だが、そこに割り込んだシノブちゃんは、俺を助ける気はさらさら無かったようだ。
「魔法師さん、それ、ちょっと違っとるでぇ」
「何だぁ、くの一くん」
「これはなぁ、こっちの手をここら辺に引っ掻けて、足はこの辺でぇ……」
「おっ、こ、こうかな」
と、あろうことか技のアドバイスをしていたのだ。やめて! ありがた迷惑だよぅ。
「せやせや。それで、ギュってやるんや」
「ほうほう、これで、ギュ」
「ギャァァァァアァ、痛い、痛い、痛いっす。ぎ、ギブ、ギブ」
これは堪らん。誰か助けてくれぇ。あ、巫女ちゃんだ。彼女に助けてもらおう。
「み、巫女ちゃん、助けて。ミドリちゃんに誤解だって言って……」
巫女ちゃんはいつもの微笑みを全く崩さずに、助けを求める俺に近付くと、
「勇者様はぁ、わたくしと云う者がいるのと云うのにに……。他の女の方々たたにも、ご興味があるんでづがぁ」
わぁぁぁ、語尾が変になってる。酔ってるの? ねぇ、酔ってる? 怖い。巫女ちゃん怖い。
「勇者様はぁ、わたぐぢの物どすぅ。そうでずよねぇ、ゆうじゃざまぁ」
巫女ちゃんはそう言うと、その放漫な胸に俺の顔を埋めると、力の限り締め付けてきた。
「ムグ、ガガガガガ、ひきがは、……でき……フガァ」
「何を言ってるんだいっひ。ゆ、勇者くんば、ボクのだぞぅ。なぁ」
「び、びたい、びたい。たずへてぇ」
「何をゆーてますのん。そんなん、勇者さんは、うちのモンに決まっとるがな。なぁ」
シノブちゃんは、その言葉とはうらはらに、アキレス腱をきめてきた。
「ひぎゃぁぁぁ。たずげで」
「勇者様とのお付き合いはぁ、わたぎぢが一番長いのですよぉ。でづから、わだくし物でっづぅー」
「ぼ、ボクだって、負けてな、ないぞ。ひっく。勇者くんは、死にそうになってまでっ、ボクを、助けてっ、く、くれたんだっ。だ、だからっ、ボクのだっ」
「何ゆうてますねん。勇者さんは、この町を救った英雄やねん。せやから、この町に住んどる、うちのモンに、決まっとるがな!」
うわぁ、三人とも論理が破綻してるぅ。それから、技をきめながら、俺の取り合いをするのは止めてくれぇ。
「勇者様ば、ふ、封印ざれてびた、わたぐぢを、助けて、ぐれたのでづぅ。でづからぁ、わだぐずのでぶぅ。わだぐずの……、あっ、間違ってしまいました。わたくしが、勇者様の物でした。逆でしたわぁ」
「あっ、そっかぁ。ボクも、勇者くんのだよっ」
「せやなぁ。その通りや。うちも、勇者さんのモンやでぇ。これなら喧嘩になれへんなぁ」
あああぁぁぁ。もうどっちでもいいよ。それより技を解いてぇぇぇ。
「あああ、勇者様。どうなされたんでづがぁ」
あああ、巫女ちゃんそんなに揺さぶらないで。は、吐きそう。
「勇者くん、勇者くんが死んじゃうっ」
ミドリちゃん、生きてる。まだ生きてるから。そ、そんなにほっぺを叩かないでぇ。
「どないしたんやぁ、勇者さん。目ぇあけてぇなぁ」
シノブちゃんも、無理矢理に目とか口とか引っ張らないでぇぇぇぇ。
その夜、町を救った希代の英雄のはずの俺は、三人の酔っぱらった女の子に翻弄されていた。
俺は、生きて朝日を拝めるのだろうか……。




