真の勇者レベル10(8)
盗賊団が町を狙っている。
俺たちはサンダーに乗ってシノブちゃんのバイクを追っていた。盗賊団の接近を、保安官と自警団に知らせるためだ。簡単なことは、シノブちゃんから携帯で保安官に連絡がいっているはずだ。
十五分ほど走ったろうか。俺たちは、こぢんまりとしたビルに到着した。
「ここが自警団の詰め所や。保安官もここに呼んであるさかい、ここで皆に説明してぇな」
俺たちは、シノブちゃんに頼まれて、町を守る加勢をしに来たのである。
「勇者殿、これを持って行って欲しいでござる」
サンダーに言われて持たされたものは、USBメモリーのような物だった。これで、パソコンとサンダーの入出力回路を接続出来るのだそうだ。町のネットワークを使わないのは、敵に察知されないためだ。
俺たち三人は、駐車場にサンダーを残して、シノブちゃんに着いて自警団の屯所に入っていった。
「保安官のおっちゃん、緊急事態や。盗賊団が、すぐ近くまで来とる」
「おお、シノブか。さっき電話で聞いたばかりだが、本当か?」
保安官が、シノブちゃんに問い正した。未だ半信半疑のようである。
「ホンマや。こっち、現勇者さんとその一行や。うちは、勇者さんから盗賊団接近のことを聞いたんや」
「君が現在の勇者か。私はこの町の保安官のカトーだ。知っていると思うが、元勇者でもある。よろしく」
カトー保安官はそう言って右手を出した。俺も右手を出して握手をした。
「俺っちが今の勇者っす。こっちの娘が魔法師のミドリちゃん、こっちがアマテラスの神の巫女っす。あとサンダーって言う相棒もいるっす。保安官さん、取り敢えずはこれを見て欲しいっす」
俺はパソコンを貸してもらうと、USBメモリーを差し込んだ。自動でソフトウェアが立ち上がり、サンダーとの回線が接ながる。
俺はレシーバーでサンダーに連絡を取ると、ブレイブ・ローダーの撮影した映像を映すように指示した。
「これは、約四十五分前の映像っす」
俺たちは、さっき駐車場で見ていた映像を、保安官と自警団たちに見せていた。
「うーむ……。思ったより、盗賊団の戦力が多いな。長距離砲の類も映っている」
「次は、今現在の様子っす。サンダー、現在の映像を頼むっす」
俺がサンダーに頼むと、パソコンの画面が切り替わり、ライブ映像が映しだされた。
「距離は、町の西方、約十キロの地点のようっす」
そう言うと、自警団たちは驚いた。
「もうそんなところまで来ているのか」
「シノブさん、密偵の探索はどうなってんだ」
敵の送り込んだ密偵については、シノブちゃんが現在までの調査状況を報告した。
「今までに、そこの豚箱の三人は確保したんやが、まだ何人かおるらしいねん。それよりも、仕掛けた爆発物なんかの情報があらへん。密偵からの定時連絡が切れると、多分、向こうさんも不信を抱いて攻撃してくる可能性もあるし……。ここは素早く動けへんと、命取りになるかも知れんで」
保安官も自警団たちも、深刻な表情をしていた。
そこへ、巫女ちゃんが進み出た。
「爆弾でしたら、わたくしが探してみましょうか?」
「え? お嬢ちゃん、そんなことが出来るのか?」
驚いた保安官が、巫女ちゃんに訊き返した。
「はい。わたくし、探知魔法が使えますので。誰かここへ町の地図を持ってきてくださいませんか」
巫女ちゃんにそう言われて、自警団の一人が町の詳細図をテーブルに広げた。
彼女は地図を目にすると、ポケットから先の尖った水晶のようなものが付いたペンダントを取り出した。そして、それを地図の上にかざすと、目をつぶって精神を統一しているようだった。
「なるほど、ダウジングか」
「しっ、静かに」
しばらくすると、水晶が何かに引かれるように地図の一角を指した。
俺は、指し示された地図の一角に、丸印をつけた。
「やはり、変電所か」
「ここに、三つあります」
瞑目したままの巫女ちゃんが応えた。おれは、地図に『3』と書き込んだ。
「それから、ここ……」
次に示された部分に、また丸印と数を書き込む。そういった作業を続けるうちに、爆弾の位置が特定されてきた。
「ふむ、変電所に三つ、バリア発生機に六つ、公会堂に二つ、ホームセンターに一つ。……それから、ご丁寧に、保安官事務所に一つか。結構仕掛けられたな」
すると巫女ちゃんは、まだ一つあるという。
「最後の一つはどこにあるんだい、お嬢ちゃん」
真剣な顔で保安官が尋ねた。
「この自警団の屯所です」
巫女ちゃんの返事に、動揺が走った。
「何っ!」
「どこにあるんだ」
部屋の中がざわめきで満ちていた。そんな時、自警団員の一人が、じりじりと扉の方に移動していることに何人が気付いていたろうか。
「最後の一つは、この鎖の先です」
巫女ちゃんがそう言うと、水晶のペンダントが激しく動いて、扉近くの自警団員を指し示した。
「クソッ」
そいつは屯所から抜け出そうと、扉へ急いだ。しかし、周りの自警団達に取り押さえられ、捕縛された。
「お前だったのか」
「まさか、俺たちの中に『密偵』がいたとはな」
「済まん、うちの失態や」
シノブちゃんが済まなさそうに、謝った。
「あったぞ、やっぱりこいつ爆弾を持ってやがった」
保安官は、捕まえた密偵に近づくと、
「おい、密偵はあと何人いる。テロの決行はいつなんだ!」
と、激しい口調で問い正した。しかし、
「へっ、そんなことを応えるバカがどこに居る。俺からの定時連絡が途絶えれば、仲間はすぐにも行動を起こすぞ」
密偵は、そう応えた。お約束である。
「くそっ、そんなことさせるか。いい加減に口を割れ」
「やなこった」
男たちが争う中へ、ミドリちゃんが近付いた。
「待ってください。ソイツもそれなりに命張ってるんだ。無駄に脅したり殴ったりしても、何も情報は得られないよ。ここはボクに任せて」
ミドリちゃんはそう言うと、取り押さえられている密偵に近付いた。反発して睨みつける密偵の目を、彼女はじっと見つめた。魔法師の瞳が妖しく光っているように見えた。
そのうちに、密偵の目がトロ~ンとなって、人事不覚になっていった。
「催眠の魔法をかけた。これで、この男から情報をとる」
「さすが、魔法師さんだ。ありがたい」
しばらくすると、密偵は大人しくなった。それどころか、全身を弛緩させ、口の端からヨダレを垂れ流しだした。魔法が完全にかかったようだ。ミドリちゃんは、密偵の耳元に近付くと、こう囁いた。
「さあ、答えてくれ。密偵はあと何人いる?」
彼は、白昼夢を見るように、ゆらゆらしながら返事をした。
「ふ、二人だぁ。一人は、ホームセンターに、いるぅ。も、もう一人はぁ、保安官事務所を見張っている……」
「ふむん。あと、二人か」
シノブちゃんが、何枚かの写真を持ってきた。
「うちが、目星を付けといたやっちゃ。この中に仲間がおるか、聞き出せへんか?」
「フッ、任せて」
ミドリちゃんは、写真をトランプのように広げて見せると、こう囁いた。
「ホームセンターにいるのは誰だい?」
すると、密偵は、ゆっくりと一枚の写真を指差した。
「あ、こいつ、昨日の行商人だ。シノブちゃんが騒ぎを起こしたのは、カマをかけてたのか」
「その通りや。保安官さん、すぐにホームセンターに電話して、警備員に取り押さえてもろてんか」
「ああ、分かった。ついでにホームセンターの爆弾の位置は?」
その疑問には巫女ちゃんが応えた。
「ホームセンターの爆弾の位置は、微妙に移動しています。たぶん、まだその密偵が持っているのだと思いますわ」
「ありがとう、助かった。おい、イシダ。すぐにホームセンターに連絡だ。ついでに写真も転送しておけ」
「了解」
情報が集まりだすと、自警団たちの行動は迅速だった。すぐにホームセンターに連絡がいく。
「もう一人は誰だい?」
ミドリちゃんが、また写真を見せながら訊いた。
「こ、この男だぁ。保安官事務所の、前の、きっ、喫茶店で、……か、監視を、続けてい……るぅー」
「なるほど。で、爆弾は持っているのかい?」
これについても、巫女ちゃんが応えた。
「保安官事務所の爆弾は、冷蔵庫の上の戸棚の中です。時限装置はもうセットされています」
「チッ、灯台下暗しだな。事務所にはアシスタントが残っているはずだ。ちょっと電話してみる。……おい、ウリュウか? そうだ俺だ、カトーだ。保安官事務所に爆弾が仕掛けられているらしい。……ああ、そうだ。場所は冷蔵庫の上の戸棚の中だそうだ。分かるか? 頼む。……何? あった。そうか、すまんな。時限装置の処理の仕方は分かるか? ……ああ。ああ、そうだ。上手くやれよ。あっと、それから、密偵が向かいの喫茶店で事務所を見張っている。今から写真を転送するから、とっ捕まえといてくれ。……ああ、そうだ。頼んだぞ」
保安官事務所のアシスタントは、無事に爆弾の撤去に成功したようだった。
「ありがとう、お嬢さん。おかげで死なずに済んだよ」
「それは、よろしゅうございましたね」
巫女ちゃんはにっこり笑って、そう応えた。
すると、今度は別の自警団員が、ホームセンターからの連絡を取りついだ。
「ホームセンターの方も、密偵を捕獲しました。爆弾も確保したそうです」
「おお!」
自警団たちの士気が上がる。
「変電所やバリア発生機の見取り図を見せて下さい。より正確な位置を特定できます。急ぎましょう」
巫女ちゃんが提案すると、保安官は、
「そいつはありがたい。頼むよお嬢さん。おい、その辺に見取り図があっただろう、早く持ってこい。それから公会堂のもだ。一秒たりともロスできないぞ」
団員が急いで見取り図を持って来ると、巫女ちゃんは、またダウジングで爆弾の位置を特定していった。
「こいつはありがたい。ヨシダとオノダは、公会堂へ行ってくれ。念のために付近の住民を避難させろ。イシズカとオオノ,イシダは、変電所を頼む」
「オッケイ」
すぐに、指示を受けた団員が扉を開けて、現場に向かう。
「バリア発生機の爆弾は、数が多くて見つかりにくい場所にありますわ。よろしければ、わたくしが同行しましょうか?」
巫女ちゃんは、優しく微笑みながらそう言った。
「そいつは願ってもない。ホンダ、ムラカミ、このお嬢さんと、あと若いのを何人か連れて、バリア発生施設へ急いでくれ。残りは、俺に着いて来い。ありがとう、勇者さんたち。おかげで、町の被害を最小限に抑えられる」
保安官は俺にそう言うと、自警団を指揮し始めた。
「お礼を言うのは、まだ早いっすよ。次は、西に陣どってる、盗賊団の相手っす」
俺は、保安官にそう言った。
「俺っちの探査機の情報から、敵はかなりの数の戦力と、火器持っているっす。それに、捕まって売られる人たちも開放しないといけないっす」
俺の言葉に、カトー保安官も、
「その通りだ」
と、頷いた。
「まず、俺っちと相棒のサンダーで、先制攻撃をかけるっす。やつらの気を引いて、時間をかせぐっす。その間に、ミドリちゃんとシノブちゃん達で、捕まっている人たちを助けて欲しいっす。やれるっすか?」
「誰にものを言ってるつもりだい、勇者クン。ボクは『魔法師』だぞ」
「うちかて、当代きっての『くの一』やで。人質の解放は任せとき」
女性二人は、頼りになりそうな返事をしてくれた。
「だが、勇者さんだけで囮になるのかい。それはちょっと無謀じゃないか?」
保安官は、心配そうな顔をして訊いてきた。
「俺っちも、無駄に勇者をやってきた訳じゃないっす。俺と相棒のサンダーは強いっすよ。な、サンダー」
<その通りでござる>
保安官は腕を組んで思案をしていたが、ついに決断したようだった。
「分かった。囮役は勇者さんに任した。イトー、オオイシ、オギノは、シノブと魔法師さんのフォローだ。人質を解放するぞ。残りは、俺と一緒に来い。勇者さんとともに、派手にドンパチだ。久し振りに『勇者』だった頃の血が騒ぐぜ。行くぞ野郎ども」
『おおおおお!』
自警団の屯所に、歓声が沸いた。
「よし、すぐ出発するぞ。皆、車に乗り込め」
「よっしゃぁ」
「ミドリちゃんは、シノブちゃんと行って欲しいっす」
「魔法師さん、うちのバイクの運転は荒っぽいで。途中で振り落とされんようにな」
「任せろ。ボクがそんなヘマをする訳ないだろう。『魔法師』と『くの一』、最高の隠密行動ができるはずだよ」
「せやな。なら、うちらも行くで」
「了解」
俺は、巫女ちゃんたちに町を任せると、保安官たちとともに自警団の屯所を出発した。




