真の勇者レベル10(7)
次の日の朝、俺は「はっ」として目を覚ました。
俺は、ホテルのベッドに寝ていた。
(昨夜はどうしたんだっけ? ててて、頭痛ぇ。確か、……ホテルのレストランで、ディナー食べて。ワインで盛り上がって……。それで、どうしたんだっけ? 思い出せん……)
はっ、巫女ちゃんとミドリちゃんは? 二人は、どうしたんだ?
俺は、ベッドの右を見た。ミドリちゃんが、にっこり微笑んで俺を見ていた。
「おはよう、勇者くん」
「あ、おはよう」
俺は反射的に応えていた。
じゃあ、巫女ちゃんは?
今度は左を見た。同じように、巫女ちゃんが俺を見ていた。
「おはようございます、勇者様」
「お、おはよう」
えっとーぉ、どうしたんだ? どうなったんだっけ? 全然思い出せない……。
「勇者くん、昨夜はスゴかったね。ボク、腰が抜けちゃうかと思っちゃった」
「えっ? そうなの」
な、何? 俺、ミドリちゃんに『腰が抜けちゃう』ような、何をしたの?
「覚えてないんだぁ。残念だな」
俺を見つめる魔法師の顔は、少し不満げであった。
「そうですよ、勇者様。忘れてしまうなんて。わたくしも、肢体が壊れちゃうかと思っちゃいましたのよ」
み、巫女ちゃんの『肢体が壊れちゃう』って、どういう意味?
お、俺は何をしたんだ。え? えええ!
俺も、なんか服着てないみたいだし。もしかして、両側の二人もハダカ?
「さぁて、起きるか」
ミドリちゃんが、しゅるんとシーツで胸元を隠すようにして、ベッドから立ち上がった。
同時に、俺と巫女ちゃんの身体が露になった。
「ヤン、魔法師様。全部持ってったら困りますわ」
そう言う巫女ちゃんは、全裸だった。う、うわ〜、全部見てしまった。
俺はというと、パンツ一枚の状態。
シーツで前を隠しているミドリちゃんも、背中からおしりまで見えてる。彼女もハダカだったのか。
ど、どうしたんだ、俺。本当に、とうとう一線を越えてしまったのか? 全然思い出せないぞ。
「お、俺って……、昨夜どうなったんすか?」
そう訊く俺の顔は、真蒼だったに違いない。
「勇者くん、ホントに覚えてないのかい。残念だなぁ。あんなに激しく求めあったのに」
「そうですわよ。わたくしも残念ですぅ」
と、言うことは、やっぱり……。
そうやって後悔の念に囚われている俺の耳に、遂に恐れていた言葉が聞こえた。
「そういう不届き者には、お仕置きをしなくちゃね」
ミドリちゃんはそういうと、俺に顔をよせてきた。
「そうですわ。お仕置きです、勇者様」
そう言いながら、反対側からは巫女ちゃんが迫ってくる。
お、お仕置きって、……いったい何をされるんだ。
俺がビビっていると、
『おしおきぃ』
と言って、二人は俺の頬に軽く口づけをした。
俺が、呆けていると、巫女ちゃんが、
「勇者様、お返しは?」
「え?」
「ほっぺにチュウですよ」
「そ、そ、そんなこと……。恥ずかしいよ」
「早くしてあげろよ、勇者くん。後が控えてるんだぞ」
「ええ、二人とも」
『当然』
俺は仕方なく、巫女ちゃんとミドリちゃんの頬に、順番に口づけをした。
「こ、これで良いのかな? で、昨夜の俺って……」
完全に二人のペースに乗せられていた俺は、戦々恐々としていた。
そんな俺をしばらく見ていた二人は、突然「クスクス」と笑い始めた。
「冗談、冗談だよ。勇者くん、ワインでへべれけに酔っ払っちゃってて、グースカ寝てたんだ。そんな何か出来るわけないよ」
「へ? そうだったの」
「勇者様、重かったんですのよ。わたくしと魔法師様とで、部屋まで連れて帰ってきたのですわ」
「そうだぞ、勇者クン。こんな美女二人を放っといて寝ちゃうなんて、ねぇ。ボクも、ちょっと頭に来たから、服ひんむいちゃった」
「そ、そうなんすか。は、はは。すまんです……」
そうか。俺はワインで酔っぱらったらしい。そのおかげで、間違いを起こすことなく一夜を過ごせた訳か。ああ、よかった……のか? 二人のハダカ見ちゃったよ。
「そ、それより、早く服を着るっす。もう、朝食の時間っす」
俺は、この失態を隠すように、そう言った。
「そうだな、そろそろ朝食だね。服着よっか」
ミドリちゃんはそう言うと、下着を着け始めた。巫女ちゃんもである。
俺も、昨日二人に買ってもらったセーターとチノパンに着替えた。
惚れるのレストランで朝食を終えた俺たちは、手早く身支度をするとホテルをチェックアウトした。そして、三人でホテルの駐車場へ行くと、見たことのある顔に出会った。
「勇者さん、おはよう。うち、長いこと待ってたんやで」
そう言う『くの一』のシノブは、黒革のピッタリとしたライダースーツに身を包んでいた。ブーツにはナイフの柄が見えている。
「あ、あんたは、昨日ホームセンターで会った……」
「そうや、『くの一』のシノブですぅ。あ、あれ? そこのお嬢さん方は、昨日、引ったくりを捕まえてくれた魔法使いさんやないか」
くノ一のシノブは、俺の後ろに立っているのミドリちゃんたちを見つけると、驚いたようにそう言った。
「ああ、あの時の……。君、『くの一』だったのか。ボクは魔法師のミドリだ。こっちの娘は、アマテラスの神の巫女をやっているんだ。内緒だけれど、生粋の異世界人なんだよ」
「ホンマかいな。奇遇ですなぁ。実は今日は、勇者さんに折り入って頼みがあって来たんや。その頼みと言うのは……」
シノブが言い終わる前に、腕のレシーバーが鳴った。
「どうした、サンダー」
<勇者殿、緊急事態でござる。急いで拙者のところに来てくだされ>
何でもないことでサンダーが緊急通信をしてくるはずがない。
「分かった、すぐ行くっす」
俺は振り返ると、二人に声をかけた。
「ミドリちゃん、巫女ちゃん、何かがあったらしいっす。皆サンダーのところに急ぐっす」
「了解」
「分かりましたわ」
俺たちは、駐車場で待機しているサンダーのところに急いだ。関係ないはずのくノ一のお姐さんも、俺たちと一緒に着いてきた。
「勇者殿、来てくれましたか」
「わ、わわわ、自動車が喋りよった。どうなってんねんや、これ」
「勇者殿、このお方は?」
「『くの一』シノブちゃんだよ。昨日、ホームセンターで知り合ったんだ」
簡単に彼女を紹介すると、
「拙者はサンダー。今は自動車の姿をしておりますが、モードチェンジで、ロボットになるでござる」
と、勇者ロボはそう自己紹介した。
「そうなんか。さすが勇者さん、すんごい相棒持ってんな」
シノブちゃんは、サンダーに驚いていた。だかしかし、今は緊急事態の件が先だ。
「サンダー、どうしたんすか?」
すると、サンダーは運転席を開くと、カーナビのスクリーンを見るように俺たちに言った。
「これは、三十分ほど前にブレイブ・ローダーが捉えた映像でござる」
スクリーンには、バイクやジープ、装甲車に乗った武装集団らしきものをとらえていた。他にも、自走砲や瞬光弾投射器も映っている。どうやら、大規模な盗賊集団らしい。
「これは……、盗賊たちっすね。まさか、この町に向かってるんすか」
俺はサンダーに尋ねた。
「その、「まさか」でござる。現在は、この町の西方約十キロのところで待機しているようでござる。ブレイブ・ローダーから探査機を出して、近くから偵察しているところでござる」
これに答えたのは、俺たちでなくシノブちゃんだった。
「しもうたっ。やっぱり間に合えへんかったか」
「シノブちゃん?」
彼女はこの事を知っていたのか? 俺は、悔しそうに歯噛みするくノ一を振り返った。
「ちいと前から、盗賊団がこの町を襲うっていう情報はあったんや。やつらのやり口は、まず町に密偵を忍ばせて、変電所やバリア発生機などの重要施設へのテロ行う。そうやって町の防御力を奪ってから、あの圧倒的な戦力を見せつけて、町の戦意を喪失させるんや。うちは、自警団に頼まれて、盗賊団の密偵を調査してたんやけど……。もう、こんな近くにまで来とるなんて。もう、間に合わへん」
シノブちゃんは歯ぎしりをすると、俺たちを見つめた。
「お願いや、勇者さんたち。この町守るんを、手伝ってくれんやろか。あいつら、奴隷の売買もやってて、捕まってもうた人たちは、どこか遠くのよお分からんとこに売り飛ばされるんや。お願いや、力貸してくれ。このとおりや」
シノブちゃんの声は、必死であった。
俺は決意を固めると、ミドリちゃんと巫女ちゃんを振り替えった。二人とも真剣な顔で頷いた。
決まったな。
「分かったっす。俺たちに出来ることがあれば、手伝わせて欲しいっす」
この言葉で、今まで深く頭を下げていた彼女が顔を上げた。
「ホンマか! 恩にきるで。まずは、この事を保安官と自警団に知らせなあかん。すまんが、うちに着いて来てくれんか」
そう言うくノ一は、戦士の顔をしていた。
「分かったっす。皆、サンダーに乗るっすよ」
「うちがバイクで先導するから、後から着いて来てや」
「分かったでござる」
くノ一は、近くに止めてあった大型バイクに飛び移るように乗ると、キック一発でエンジンを始動させた。そのままアクセルをふかせると、大きくウイリーしながら弾けるように道路に飛び出す。
サンダーも、ドアを閉める寸前には、もうエンジンをフルスロットルに入れていた。そして、同じく弾丸のように急発進をして、バイクを追いかける。
「きゃん」
「うわっ」
強烈な加速でシートに押し付けられて、巫女ちゃんとミドリちゃんが悲鳴をあげる。
悪いけど、緊急事態なんだ。俺も運転席のシートにしがみつきながら、加速に耐えていた。
そういった経緯で、俺たちはシノブちゃんの後を着いて行った。
波乱の予感がする。あんな大規模の盗賊団に勝てるのだろうか。




