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中級勇者レベル3(7)

 俺とミドリちゃんは、ゾンビ・ヘッドの率いるゾンビ軍団と対峙していた。


「師匠、あなたみたいな人が、な、何でゾンビなんかに!」

 ミドリちゃんが、悲痛な声をあげた。

 それに応えた声は、地獄からの響きのように思えた。

「死ンダカラニ決マッテイルダロウ。みどり、オマエニ見捨テラレレテナ」

 それを聞いたミドリちゃんは、両手で耳を塞ぐと地面に膝まづいた。

「そうだ、ボクが……、ボクが師匠を見捨てた。あの時、ボクは師匠を見捨てて、……に、逃げたんだ」

 ミドリちゃんは震えながら、無理をして絞り出すように声を発しているように見えた。

「みどり。オマエハ、けんたうろすノ群レニ囲マレテ瀕死ノ私ヲ見捨テテ、逃ゲタノダ。オカゲデ、私ハ、コノ不死身ノぞんびノ身体ヲ手ニ入レル事ガデキタ。フム、オマエニハ、礼ヲ言ワナイトナラナイナ。ゲッゲッゲッ」

 まるで、地獄の釜の蓋が開いたかのようだった。

「ぞんびハ、イイゾ。何ヲサレテモ死ナナイノダカラナ。オット失礼、モウ死ンデイルノダッタナ。ハッハッハッ。死ヲ克服シタ私ハ無敵。マサニ無敵ナノダヨ。みどり、オマエモ私ノ仲間ニナレ。コノ清々シイ感覚ヲ、共有シヨウデハナイカ」

 周りのゾンビたちは、俺たちを囲むようにして、その距離をジリジリとつめてきていた。

「みどり、オマエモ死ンデ、ぞんびノ仲間ニナレ。「れいぴあす」」

 ゾンビ・ヘッドの指先から、光の矢がミドリちゃんに放たれた。

「やめろぉ!」

 俺はミドリちゃんの前に走り出ると、魔法のローブで光の矢の攻撃を防いだ。

「お前、ミドリちゃんの師匠だか何だか知らないが、これ以上ミドリちゃんを虐めるようなことはやめろ」

 ゾンビ・ヘッドの振る舞いは、俺を怒らせるには充分すぎるものだった。

「ホウ、私ノ魔法攻撃ヲ防グトハ。オマエ、何者ダ?」

「俺は……、俺は『勇者』だ!」

 そうだ、俺は勇者だ。新米だろうが、レベルが低かろうが、今は俺が勇者なんだ。

「勇者? ドコカデ聞イタヨウナ言葉ダナ……。ヨク分カランガ、オマエハ、私ニ敵対スルト言ウノカ?」

 バカにしているのか、それとも死んだ影響で本当に忘れたのか。ソンビ・ヘッドの言葉は、俺を挑発するような口調だった。

「お前なんかにミドリちゃんを殺させない。ましてや、ゾンビなんかにさせない!」

 そうだ、仲間を……、いや、この世界の住人を、これ以上ひどい目になんか遭わせてなるものか。

「ドウスル気ダ?」

「お前を倒す!」

 俺の決意を全うするための、ただ一つの方法を、俺は応えた。

「聞イタカ、オ前タチ。コノ小僧ガ、私ヲ倒スノダソウダ。ゲッゲッゲッ。コリャ、オ笑イダ。死者ヲドウヤッテ殺ス気ダ? 愚カナ。ゲハハハ。皆、笑ッテヤレ」

「ゲッゲッゲッ、ゲッゲッゲッ」

 行ける死者の声が木霊する。聞いているだけで、その場に卒倒しそうな声だった。

「それでも倒す!」

 俺は勇者の木刀を構え直すと、ゾンビ・ヘッドに切りかかった。

 手応えは確かだ。確かに真っ二つにした。そのはずだったが、下卑た声が後ろから聞こえてきた。

「ソンナ剣デハ、私二傷ヲツケルコトモデキンゾ。ソォウレ」

 ゾンビ・ヘッドが鋭い爪の生えた腕を俺に振るった。

 俺は高速のサンダルの能力で、瞬時に避けると、今度こそヤツの左腕をバッサリと切り落とした。

「どうだ、この死に損ない」

 しかし、ゾンビは痛みなど感じないとでも言うのか。ヤツは、しばらくの間、地面に転がる左手を不思議そうに眺めていた。だがそのうちに、ゆっくりと左手を拾うと、自分の傷口に押し当てていた。しばらくすると傷跡も消えて、ヤツの左手が何事もなかったのようにその動きを取り戻したのだ。

「オマエ、『勇者』トカ言ッタカ。私ニ何カシタノカ?」

 俺をバカにしたような声が、不気味に広がった。


(剣が効かない。動きも早いし……。どうする? でも、ミドリちゃんをあんな風に虐めるなんて、許せない。何としてでも、絶対に俺の手で倒す)


「うおおおおおおお、行っけぇぇぇ」

 俺は大きく叫びながら、もう一度ゾンビ・ヘッドに切りかかった。ヤツも素早い動きで俺の剣を避けると、今度は左側から襲ってきた。

 その攻撃を、俺は高速のサンダルの力で避けると、ゾンビ・ヘッドの後ろに回って背中に切りつけた。

 しかし、それも避けられてしまった。逆に次の瞬間、今度は右から鋭い爪が襲ってきた。俺は勇者の木刀でその爪を受け止めると、距離をとるために後方へ大きく飛んだ。

「ヤールナァ、『勇者』クン。見タカ、オ前タチ。コノ私ノ攻撃ヲ、受ケ止メタゾ。見事ダ。誉メテヤレ、ゲッゲッゲッ」

 そうすると、森の中の広場に不気味な笑いが渦巻いた。

「ゲッゲッゲッ、ゲッゲッゲッ」


(くそう、完全に遊ばれている。落ち着け、……落ち着くんだ。俺は、絶対に負けられない。負けちゃいけないんだ。……そうだ、自分で動くんじゃなくて、動きを勇者の木刀と高速のサンダルに任せるんだ。無心だ……、無心になれ……)


 俺は目を半眼にすると、自分の全てを木刀とサンダルに委ねた。

「ホウ、雰囲気ガ変ワッタナ。モウ少シ、遊ベルカ」

 ゾンビ・ヘッドの爪が、俺の首を狙う。それを寸前で見切った俺は、ヤツに一瞬にして近づくと、空竹割りでゾンビ・ヘッドの頭を狙った。不死身の怪物は、それをも左手の爪で弾くと、右手を振り回した。俺は、それを後ろに下がって避けたものの、今度はゾンビ・ヘッドが瞬く間に距離を縮めてきて、左手で突きを放ってきた。紙一重でそれを避けた俺は、もう一度ゾンビ・ヘッドの左手を『勇者(・・)の木刀』で切り落としていた。

「ホウ、サッキヨリモ、出来ルヨウニ、ナッタナ、勇者クン(・・・・)

「その言い方をやめろっ。そう言っていいのは、ミドリちゃんだけだ!」

 ヤツの言葉に激昂した俺は、再度ゾンビ・ヘッドに切りかかろうとした。しかしその時、何者かが俺の右足を掴んで引っ張る感触があった。それは、さっき切り落としたはずのゾンビの左手だった。

「し、しまった」

「観念シロヨ、勇者クン」

 その言葉を聞いた直後、俺は左胸をゾンビ・ヘッドの右手に貫かれていた。

「きゃぁぁぁぁぁぁ、勇者くん!」

 さっきまで死んだように俯いていたミドリちゃんが、俺の姿に気がついて悲鳴をあげた。

「勇者くんが、……勇者くんが、死んじゃう」

「ソウダ、死ヌンダ。みどりヨ、今回モマタ逃ゲルノカ? ソレモ、イイダロウ。今ナラ、オ前ダケハ逃ガシテヤルゾ。ソレトモ、コノ少年共々、ぞんびニナルカ。マァ、ソレモマタ、一興ダナ」

「あ、あああああ。ボクのせいだ。ボクのせいで、……また、また、人が死んじゃう。ボクのせいで……」

 ミドリちゃんは、頭を抱えてその場に蹲ったまま、泣きじゃくっていた。

「つーかまーえたっと」

 だが、戦いはまだ終わった訳じゃないぞ。俺は、ゾンビ・ヘッドの右手を掴むと、そう言ってニヤリと笑ってやった。

「いい歳して、なぁーに女の子虐めてるんだよ。この『勇者』様が許さないぜ」

 俺が未だ生きていることに、アンデッドモンスターも驚いたようだ。

「何ィ、ドウシテ未ダ生キテイル! 確カニ、心臓ヲ貫イテイルハズダ。何故ダ。何故、未ダ生キテイルノダ」

「アンラッキーだったな、死に損ない。俺は得意体質でなぁ、心臓が『右側』についてんだよ」

「ソ、ソンナばかナ」

 ゾンビ・ヘッドは、大きく動揺したようだ。ザマァ見ろ。

「教えてやるよ。『勇者』とは『勇気ある者の称号』。俺の身体に勇気の力が漲る限り、俺は死なない。俺の心に勇気の炎が溢れていれば、俺は負けない! 喰らえ、一文字崩し!」

 勇者の木刀の必殺技は、その一振りで、ゾンビ・ヘッドの首を切り飛ばしていた。

(とど)めだ、一刀両断切り!」

 勇者の木刀は、頭のないゾンビの身体を、今度こそ、首から股間までを真っ二つに切り裂いていた。

「クッ、コンナコトデ、私ヲ倒シタト思ウナヨ。傷口ガ塞ガレバ、ぞんびハマタ復活スル。皆ノ者、私ノ身体ヲ、クッ付ケルノダ」

 俺は、左胸に突き刺さっているヤツの腕を掴んで引き抜くと、その右手も木刀で切り離してやった。

 だがしかし、周りからは手下のゾンビがわらわらと近づいて来ていた。

 その一方で、ゾンビ・ヘッドの左手は、手下ゾンビによって傷口に当てがわれ、くっ付けられようとしていた。ところが、ゾンビの左手は切り口の部分で火花を放つと、ドロドロと腐っていった。

「ナ、何故ダッ。何故、繋ガラナイ。ぞんびハ不死身ノハズダ!」

 不死身の能力が及ばないことに、ゾンビ・ヘッドは動揺を隠せないでいた。

「なぁに寝ぼけた事言ってんだよ。お前、何に切られたと思ってんだ。こいつは『勇者の木刀』だぞ。『邪の者』の力が通用する訳が無いだろう」

 俺は、木刀を杖代わりにして、その場にようようと立っていた。


(し、しんどいな。この辺が限界かな。大きな事言った割には情けないな、俺。も、もう倒れそうだよ。……でも、……ミドリちゃんだけでも、……に、逃がさ……ない……と)


 出血の所為か、俺の思考は霞んで、意識も途切れそうだった。

「クッソォ。ナラバ『勇者』ヨ、オマエダケデモ、地獄ニ送ッテヤル。皆ノ者、カカレェー」

 ゾンビ・ヘッドの号令に万事窮すと思った時、周りのゾンビたちが、塵のように分解して風に散った。

「「モルブレン」。分子分解の魔法だ。よくも……、よくもボクの勇者くんに、酷い事をしたな。許さないぞ、お前たち。たとえ師匠が敵になったとしても、ボクは逃げない。ボクも、もう負けない。だって……、ボクだって『勇者の仲間』だからだ! 燃え尽きろ、「フレアバーン」」

 紅蓮の炎が魔法師の手から放たれ、見る見るうちにゾンビたちを燃やし尽くしていった。

「ミ、ミドリちゃん……」

「もう喋るな、勇者くん。傷に響くぞ。ありがとう、ボクはもう大丈夫だ。塵となれ、「モルブレン」」

 ミドリちゃんの魔法で、手下ゾンビが次々に塵に還ってゆく。

「ソ……、ソンナ……ばかナ。私ノ、私ノぞんび軍団ガ……。コンナハズハナイ。ナ、何カノ間違イダ」

 まだ喚き散らしているゾンビ・ヘッドへ、ミドリちゃんは近づいて行った。

「師匠、あなたはそんな人ではなかった。どこで……、どこで間違ってしまったんでしょう?」

 泣いているとも笑っているともとれる不思議な表情のミドリちゃんは、ゆっくりとその手を持ち上げていた。

「みどり。みどり、ヤメロ。ヤメテクレェ」

 不死身の怪物と化したかつての師匠は、無様な悲鳴を上げていた。それに対するミトリちゃんは、小さく呟くように呪文を唱えた。

「フレア……バーン」

 爆炎の魔法が、ゾンビ・ヘッドの胴体を塵になるまで焼き尽くそうとしていた。

「終わった。いや、師匠。あなたは、その生命(いのち)を失ったあの時に、もう終わっていたんですよ」

「許サンゾ。絶対ニ許サンゾ、みどりヨ」

 頭だけを残したゾンビ・ヘッドが、最後の力で攻撃魔法を使おうとした時、遥か頭上から凄まじい轟音が響いた。

 俺がようようと上を見上げると、巫女ちゃんを抱えたサンダーが、天から降ってきた。

「勇者殿おぉぉぉぉ」

 サンダーはそう叫んで地上に舞い降りると、

「お主は、何から何までうるさいでござる」

 と言って、最後の最後まで残っていたゾンビ・ヘッドの頭を、鋼の足で踏み潰してぺしゃんこにした。

「か、勝った。……信じられねぇっす」

 意識が途切れかけた俺は、フラりとその場に倒れ込んだ。それをミドリちゃんが受け止めて、膝枕でその場に寝かせてくれた。

「勇者様あぁぁぁ」

 蒼い顔をして駆け寄ってきたのは……、巫女ちゃんか? ダメだ、もう目も霞んできた。

「巫女くん、早く治癒魔法を」

「分かっています。勇者様、今すぐ楽にしてあげますからね」

 ミドリちゃんと巫女ちゃんの声が聞こえたような気がした。胸の上が何だか明るいな。淡い光は、巫女ちゃんの魔法かな? 何だか、傷口から痛みが引いて行くような感じがしていた。

「ご、ごめん、……ごめんよ、勇者くん。ボクも勇者(・・)だったのに、勇気の心(・・・・)を忘れていたんだ。師匠が目の前で死にそうになっていた時、ボクは逃げ出したんだ。う、後ろを向いて……逃げたんだ。勇者だったのに」

 ミドリちゃんが俺の顔を見下ろしながら、泣きじゃくっていた。

「もう、何も言わなくていいっす。ミドリちゃんは、今度は逃げなかったんすから」

 俺はそう言って左手を持ち上げると、ミドリちゃんの頬を伝う涙をぬぐった。

「巫女ちゃん、ありがとうっす。もう、痛みも無くなったっすから……」

 俺はそう言って、立ち上がろうとした。

「無理です、勇者様。まだ、傷口がようやく塞がったばかりなのに。そんな無理をすれば、傷口がまた開いてしまいます」

 魔法で俺の傷を治してくれていたんだろう。巫女ちゃんは、真蒼になって俺を制した。

「大丈夫っすよ。まだ、最後の仕事が終わってないっす」

「勇者様……」

「勇者くん……」

 俺の言葉の意味を分かってくれたのだろう。二人は、それ以上俺を止めようとはしなかった。

「サンダー、俺を祭壇のところへ運んで欲しいっす」

 情けないことに、俺はまだ一人で歩くこともできなかった。

 サンダーの手に持ち上げられると、巫女ちゃんとミドリちゃんも、その両脇に並んだ。そして、俺たちは苔生したアマテラスの祭壇の前に集った。

 サンダーの助けで何とか立ち上がった俺は、祭壇の前で勇者の木刀を上段に構えた。

「アマテラスの祭壇を汚すモノよ、消え去れ。清められよ!」

 喉から絞り出すように叫ぶと、俺は最後の力を振り絞って勇者の木刀を降り下ろした。

 言葉に出来ないような(おぞ)ましい悲鳴があがると、その場が清浄な空気に包まれたように感じた。

「おお、アマテラスの祭壇が浄化されましたぞ。やりましたな勇者殿」

 そう言うサンダーの声は、どこか遥か遠くから聞こえてくるようだった。もう耳がよく聞こえない。目の前が……霞む。

 だが、その時、男とも女ともつかない明瞭な声が聞こえた。


<我アマテラス、汝らを庇護する者なり。我が祭壇を浄化せし勲功に鑑み、その栄誉を称える。『勇者』とは『勇気』ある者の称号なり。我、汝を『真の勇者』と認める。汝、『真の勇者』よ、我が力を受けとるがよい>


 頭の中に響いたのはアマテラスの声だった。その祝福を受けて、俺の身体を紫色の光が照らした。と同時に、身体の奥底から力が漲ってくるのが分かった。これまでに味わったことがない感覚だった。


 俺は無意識に、魔法の眼鏡で自分のパラメータを見ていた。


真の勇者 : Level 10


「れ、レベルが10になっている。真の……『真の勇者』だって。……胸の傷も治ってるよ」

 見る間に回復した俺は、自分が『真の勇者』になったことを皆に告げた。

「やりましたね、勇者様」

「その通りでござる勇者殿」

「それでこそ、ボクの勇者くんだ」


 こうして長かった戦いが終わり、俺はアマテラスに『真の勇者』と認められた。



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