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中級勇者レベル3(6)

 決戦の時が来た。俺とミドリちゃんはビークルモードのサンダーに、巫女ちゃんはブレイブ・ローダーに別れて乗車していた。


 もうすぐ森に着くと言うところで、俺とミドリちゃんはサンダーを降りて、別動隊として森の西側の崖へと急いだ。

<何か問題は無いでござるか?>

 左腕のレシーバーが鳴った。サンダーが持たせてくれた「通信機」兼「位置情報探査機」だ。GPS付きのスマホがあれば便利なのだが……。まぁ、そんなもんが異世界に有るわけないよな。

「サンダーっすか。今のところ問題なし。敵にも感づかれていないようっすよ」

<お気をつけ下され>

「了解。目標ポイントに着いたら、また連絡するっす。それまで、そっちも待機してて欲しいっす」

<了解でござる>


 しばらく山の岩肌の隙間を縫って登っていると、やっとこさ目的地である森の西側の崖っぷちに出た。

 作戦開始までは、あと十分を切っている。思ったより時間を使ってしまった。他の皆は大丈夫かな?

「サンダー、聞こえるっすか?」

<感度良好でござる。勇者殿たちも作戦ポイントに着いたようでござるな>

「ああ、その通りっす。予定通り、五分後に突入して欲しいっす」

<了解でござる>

「巫女ちゃんのことも、頼んだっすよ」

<心得ているでござる>


 崖下から森の入り口までは、二百メートルといったところか。ラプトルらしき小型の恐竜っぽい怪物(モンスター)が、四~五匹うろうろしていた。サンダーたちが騒ぎを起こせば、そっちに移動してくれるかな? 揺動が成功すればいいんだけど……。

 緊張しているのか、俺は「ゴクリ」と生唾を飲み込んだ。

「大丈夫かい? 勇者くん」

「だ、だ、だ、大丈夫っすよ」

 ちゃんとした作戦は初めてだ。でも、リーダーとして、何ともないことをアピールしようとしたんだけど、意に反して(ども)ってしまった。

「ふむん。だいぶん緊張しているみたいだね。じゃぁ、魔法師のボクが、おまじないをかけてあげよう」

 そう言うと、ミドリちゃんの端正な顔が近づいて来た。そして、彼女は俺の額に「チュッ」と唇を軽く押しあてたのだ。

「これで大丈夫。なっ」

 顔を離したミドリちゃんの頬は、ほんのりと赤みがさしているように見えた。

「あ、ああ」

 本当に魔法の力かどうかは分からないが、何とはなく肩の力が抜けている。

「ミドリちゃん?」

 普段は全くモテない俺から『ほっぺにチュー』を奪っていったミドリちゃんは、

「巫女くんのだけじゃ足りないかなっ、てさ。知ってんぞ。出掛けに、同じことされただろう」

 そう言う魔法少女は、少し不満げであるように見えたが、それは気の所為だったのかも知れない。しかし、問題はそれじゃない! 何で巫女ちゃんとのことを、ミドリちゃんが知ってるんだ?

「あ、あれれ? み、見てたの?」

 俺はちょっと恥ずかしくなった。俺がリーダーで、俺が皆を励まさなけりゃならないのに。いつもいつも俺は励まされてるばかりだ。

 そこで、俺は両手で自分の頬っぺたを「バチン」と叩いた。

「よぉーし、気合い入ったっす。絶対成功させて、絶対皆で今日の晩飯食うっす」

 そんな俺を見て、ミドリちゃんは「クスリ」と笑うと、

「それでこそ、ボクらの勇者くんだ」

 と言った。



 そろそろ作戦開始の時間だ。俺たちも突入準備に入らなくっちゃ。

「ミドリちゃん、空からも見つからないように、隠蔽魔法をかけて欲しいっす」

「いいよ。「スケルーフ」。これでボクらは回りからは見えないはずだ。でも、ラプトルは、臭いや音に敏感だ。これでも感づかれる可能性があるんだけれど……」

「少しでも入り口に近づけるなら、それでいいっす」



 一方、巫女ちゃんとサンダーの方はというと、

「巫女殿、時間でござる。用意は出来ているでござるか」

「大丈夫です。いつでも、出してください」

「心得た。では、発進するでござる」

 サンダーはブレイブ・ローダーを牽引して、森の南東の道からの侵入を決行した。事実上の正面突破である。

 当然のことだが、道を見張っていたであろうラプトルが、数匹ほど走って来た。

 サンダーはブレイブ・ローダーを切り離すと、攻撃のためにファイターモードに変形した。

「チェェェェーンジ。サンダー・バルカン!」

 あっという間に、走り寄るラプトルが穴だらけになって倒れた。

「とう」

 サンダーは走る巨大トレーラーの上に飛び乗ると、周りの魔獣たちを次々に掃射していった。

 敵も、「ラプトルでは足止めできない」と判断したのか、森の奥から大型の機械魔獣が二体出現した。サンダーたちの進路を塞いだ機械魔獣は、ブレイブ・ローダーに向かって火球攻撃で対抗してきた。

 巨大トレーラーは、それを避けるべく蛇行運転をしながら、機械魔獣の一匹に急接近していた。

「ローダー、引き逃げアターック!」

 ブレイブ・ローダーの体当たりで、機械魔獣の一匹がグシャグシャになって踏み潰された。

「ティヤァー、サンダー・錐揉みキィィィック」

 サンダーがブレイブ・ローダーの上から空中に飛び上がると、高速回転しながらの強烈な蹴り技を、残った一匹の機械魔獣にあびせた。魔獣が身体に大きな穴を空けられ爆散する。

 強敵を倒したのもつかの間、今度は空から火炎が襲ってきた。

「ワイバーンでござるな。飛べ、ブレイブ・ローダー。巫女殿、ブレイブ・ローダーはこれより以降は拙者のコントロールを離れるでござる。森の上空の敵は任したでござるよ」

「わ、分かりました。任せてくださいませ」

 ブレイブ・ローダーの天井部分に折り畳まれていた主翼が左右に展開すると、後方からの強力なジェット噴射でその巨体を空に送り出した。

「バルカン砲、発射!」

 巫女ちゃんの攻撃で、数匹のワイバーンが穴だらけになって墜落した。

「わ、当たった。見ましたか、サンダー。できましたよ」

「巫女殿、その調子でござる」



 森の南東で銃声や爆発が起こっているのを感知したラプトルたちは、増援のために森へ走って行った。計画通り、俺たちの陣取っている西側の崖下の守りが手薄になる。

「サンダーも巫女ちゃんも、派手にやってるっすね。ミドリちゃん、今がチャンスっす」

「オーケイ、「クイフロール」」

 ミドリちゃんの浮遊魔法で、俺たちは崖を滑るように降りて行った。

「滑空の魔法だよ。浮遊魔法の中では、低空を高速で移動するときに使うんだ」

「すごっいすね」

「このまま、森の入口まで行くよ。ボクが隠蔽の魔法をかけてあるけど、大きな声は出さないように気をつけてね」

「了解っす」

 崖下までは、なんとか気づかれずに降りられた。そして、森の入口までは、あと五十メートル。だが、あともう少しというところで、一匹のラプトルが俺たちの行く手を阻んだ。別に、こっちに気がついた訳じゃあない。けれど、突然に目の前の道を塞いだ魔獣を避けきることはできなかった。

「いけない、ぶつかる」

 俺は仕方なく腰の木刀を抜くと、一薙ぎで魔獣の首をはねた。同時に魔法が解ける。

 隠蔽の魔法が解けた俺たちに気がついたラプトルが数匹、火球を吐きながらこちらに駆け寄ってきていた。

「ミドリちゃん、ここは俺に任せて、先に森に行って欲しいっす。俺っちも、すぐ追いつくっすから」

「分かった。森の入り口で待ってるよ。モタモタしてると置いてくからね」

「大丈夫っす。心配ご無用っす」

 俺は、火球攻撃を避けながらラプトルに接近すると、木刀で次々に首を撥ねていった。この程度の魔獣には、技を使う必要もない。

 何匹かの魔獣を倒すと、俺も森に急いだ。こんな時には、高速のサンダルが役に立つ。

 入口でミドリちゃんは、二本の太い木にお札のような物を張り付けているところだった。

「何やってるっすか?」

「結界を張るのさ。「シルドウォール」。これでよし。ここからは、もうあいつらは入ってこれないよ。このお札には、ボクの魔法力を注入しておいた。ボクが魔法を解くまで、半日はこの入口を塞いでくれているはずだ」

「スゴいっすね」

「ボクを誰だと思ってる。魔法師だぞ」

「そうだったっすね。じゃぁ、遺跡へ急ぐっす」

「了解」

 邪魔なラプトルたちをあとにして、俺とミドリちゃんは遺跡への一本道を走っていた。時々、頭の上を轟音をたててブレイブ・ローダーが横切っていく。

「巫女くんも頑張ってるみたいだね」

「俺たちも負けてられないっす」



 その頃、サンダーたちは集まってきた魔獣たちの相手をしていた。

「食らえ、サンダー・フレイム」

 ラプトルたちが、まとめて黒焦げになって倒れていく。だが、倒しても倒しても、魔獣たちはわらわらと森の中から湧き出るように出現して、サンダーに挑んできていた。

「ハァハァ、きりがないでござるよ。うぉ」

 その時、数匹のラプトルが、サンダーの手足に絡みついた。サンダーの動きが鈍る。

「しまったでござる。くそっ、離すでござるよ」

 身動きのとれなくなったサンダーに、数十匹のラプトルが山のように飛び付いた。そこへ機械魔獣が火炎攻撃をしかけてくる。ラプトルごと、サンダーを焼く気なのだ。

 サンダーの窮地を知って、巫女ちゃんはブレイブ・ローダーで救援に駆けつけた。

「落ち着いてよく狙えば……、きっと、きっと当たる。ぷ、プラズマ・アロー……発射」

 ブレイブ・ローダーの先端から、光の矢が二本放たれた。それは、機械魔獣のすぐそばに刺さると、強烈な光を放って爆散した。

「しまった。外してしまいましたわ。こんな時に失敗するなんて」

 だが、巫女ちゃんの援護射撃は無駄ではなかった。爆発に気を取られた機械魔獣は、火炎放射を中断すると空を仰いだ。

「サンダー・チャージ!」

 その間隙を縫って、焼け焦げたラプトルの山から強力な(いかずち)が放たれると、魔獣たちを吹き飛ばしてサンダーがその身を表した。と同時に、すばやく機械魔獣を強襲する。

「サンダー・クラッシュ」

 サンダーの必殺技は、機械魔獣を一撃で戦闘不能にしていた。

「すいません、サンダー。外してしまいました……」

「いや、巫女殿、助かったでござる。あそこで機械魔獣の火炎が途切れなかったら、本当に丸焦げでござった」

 サンダーの無事を知った巫女ちゃんが息を継いだその時、ワイバーンの火炎攻撃が空飛ぶブレイブ・ローダーを焼いた。

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁ」

「危ない、巫女殿。このぉおっ、サンダー・マグナム」

 サンダーは右足のウエポンラックから巨大な拳銃を取り出すと、上空のワイバーンを狙い撃ちした。

「巫女殿、大丈夫でござるか」

 サンダーは高度の下がったブレイブ・ローダーに飛び乗ると、コントロールを掌握した。失速しかけていたブレイブ・ローダーが、再び上昇に転じる。

「巫女殿、お怪我はないでござるか?」

「大丈夫です。助かりましたわ、サンダー」

「良かったでござる。どうやら、勇者殿たちは森へ入ったようでござる。地上の敵戦力も、ほとんど駆逐出来たようでござる。残るは空を飛ぶワイバーンでござるな。ブレイブ・ローダーは拙者が操縦するので、巫女殿は射撃に集中するでござる」

「分かりました。助かりますわ」

 計画通り揺動の目的を果たした二人は、上空の敵勢力の駆逐に向かっていた。



 一方、俺とミドリちゃんは、森の中央の広場まで到達していた。遺跡の存在するマウンドは、目の前だ。しかし、俺は行く手を阻むような禍々しい気が、そこに充満しているように感じた。

「ここが……そうなんだね、勇者くん」

 ミドリちゃんが、震える声でそう言った。

 それが合言葉ででもあったかのように、突然地面のそこここが盛り上がると、例のゾンビたちが這い出してきた。

「勇者くん、コイツらが礼のゾンビってやつかい?」

「そうっす。切り刻んでも這いよってくる生ける(しかばね)っすよ」

「ふんっ。そんなもの、この魔法師のミドリさんが焼き尽くしてやるよ。「フレアバーン」」

 ミドリちゃんが右腕を挙げて呪文を唱えると、その掌から強力な火炎が吹き出し、ゾンビたちを焼き尽くしていった。

「どんなもんだい。このまま全部燃やしきってやる」

 得意になったミドリちゃんがゾンビを駆逐しようとしたところへ、これまでに感じたことの無いような凄じい冷気が火炎を阻んだ。

「こ、これは「アイブリーザ」。高位の魔法使いだけに出来る、高難度の冷却系魔法だ」

「昨日言ってたゾンビ・ヘッドっすか?」

 俺がそう尋ねると、ミドリちゃんが頷いた。

「ゾンビ・ヘッドを倒さないと、ゾンビはまた甦る。しかも、ゾンビ・ヘッドは、今みたいに魔法でも攻撃してくるんだ。厄介なやつさ」

 男勝りで気丈に見えたミドリちゃんの頬を、汗のしずくが伝っていた。

 迫りくる敵に彼女が再び魔法で攻撃しようとしたその時、ゾンビの集団が歩くのを止めた。そして、やつらは左右に広がって、道を作っていた。その奥から出現したのは、巨大な邪気を帯びた一際大きなゾンビだった。

「あ、あれが……、ゾンビ・ヘッド」

 俺が迎撃のために勇者の木刀を構え直すと、ミドリちゃんが今までにない声を漏らした。

「し、師匠。何で……、何であなたがゾンビなんかに」

 俺は驚いてミドリちゃんとゾンビ・ヘッドを見比べた。

 その時、吐き気を催しそうな声が森の中央に響いた。

「みどりカ。久シブリダナ。ドウダ、少シハ腕ヲ上ゲタカ?」

「何でなんだよ。師匠っ、師匠!」


 邪気を纏ったゾンビ・ヘッドに相対して、ミドリちゃんは明らかに動転していた。



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