中級勇者レベル3(4)
俺たちは、ビークルモードのサンダーに乗って荒野の道を走っていた。後ろにはブレイブ・ローダーを牽引している。
「こうやって自動車で旅が出来るなんて、ほんっと、楽ちんだよね」
後部座席を独り占めして横になっている、魔法師のミドリちゃんである。
「ボク、長距離の移動魔法って苦手なんだよね。元の世界でも、テレポートは上手く使えなかったし」
俺はサンダーの運転席、助手席には巫女ちゃんが座っていた。
「ベルトもしないで、そんなゴロゴロしてると痛い目に遭うっすよ」
俺はバックミラーで後部席のミドリちゃんを見て言った。
「い~じゃぁん。ここ異世界だし、パトカーが走っているわけでもないし」
今朝は「ゆるすぎる」と喝を入れてたのに、この身勝手さはなんだ。
あ、スカートはだけてる。ゲヘヘ、いい眺めだな。
「ん? お前どこ見てんだよ?」
「別に。青の縞々なんて見えてないっすよ」
俺はしれっとして、言い返した。
「ああ! 見たのか? この変態勇者」
「そんな格好してるのが悪いんす~」
「このっ、変態野郎」
ミドリちゃんは、運転席のすぐ後ろに来ると、俺の両耳を思いっきり引っ張った。
「痛い、痛いっすよ、ミドリちゃん」
「ミドリ『さん』と呼べと言っただろう、このド変態」
「わぁぁ、運転中に中で暴れないで欲しいでござる。脱輪するでござるよぉ」
俺たちが暴れたので、サンダーの運転が不安定になってきていた。
「あ、危ないでござる!」
キキーとブレーキがきしむ音が鳴って、サンダーが急停車した。止まった勢いで、ミドリちゃんは運転席の方まで転がり込んでしまった。彼女は、逆さまになって両足がひろがってしまったため、スカートの中がまる見えである。
「痛てててぇ。何で急ブレーキなんてかけるんだよ。……あ、見るなよ、この変態勇者。巫女くん、君もだ!」
俺と巫女ちゃんは、身動きのままならないミドリちゃんのスカートの中をしげしげと見ていたのだ。
(グヒヒ、乱暴した罰っす)
一方の巫女ちゃんは、何か不思議そうにミドリちゃんの肢体を見ては、自分のスカートの中と見比べていた。
「魔法師様のは縞模様なんですね。わたくしは、白一色で飾りの刺繍をしたものを奨められました。何を基準に選ぶんでしょう?」
と、下着の色や模様についてを生真面目にミドリちゃんに訊いた。
「巫女くん、そんなことを真面目に訊かれても困るよ」
魔法師にも分からないことがあるのか、訊かれたミドリちゃんの方が赤くなっていた。
「ところで、サンダー、何で急停車したんだい。おかげでボクはえらい目に遭ったよ」
ようやく起き上がったミドリちゃんが、サンダーに訊いた。
「何かが、この道を横切ろうとしていたのでござる」
「何がって?」
「あの、大きな鳥のようなものでござる」
そう言われて前を見ると、ダチョウを少し小さくしたような紫色の鳥のような生き物が、のろのろと道を歩いていた。
「ああ、あれは、ムラサキドリです。特に腿のところが美味しいんですよぉ」
巫女ちゃんが、にこやかに答えた。
「えっ、食べるのか、アレ。可哀そうだよ」
ミドリちゃんが驚いて聞き返した。
「この世は弱肉強食っす。ミドリちゃんも、今朝はチキンライスを食ってたっす」
「そうは言っても、何か気持ち的にいいものじゃないでしょ」
「じゃぁ、ミドリちゃんは後ろを向いて、耳でもふさいでいればいいっす。俺が捕まえて、絞めるっすから」
俺はそう言って、運転席から降りた。
「わたくしも、お手伝いしますわ」
巫女ちゃんも助手席から降りた。にこやかに微笑む彼女の手には、むき身のサバイバルナイフが握られていた。
「これぐらいでおたおたしてたら、サバイバルの旅は出来ないっす。生き延びるためには、他のモノの命を犠牲にすることも必要なんす」
「そうだけどさぁ……」
「俺たちがのほほん過ぎると『喝』を入れてくれたのは、ミドリちゃんす。だから、俺っちも必要なときには、非情になるっす」
俺はそう言い捨てて、のたのた歩いていたムラサキドリを捕獲すると、巫女ちゃんと一緒に血抜きをして羽根をむしっていた……。
「いやぁ、どうなるかと思ったけど、食ってみれば旨いじゃないか」
ミドリちゃんである。俺たちは、さっき捕まえたムラサキドリで昼食を作って食べているところだった。
「自分の手は汚さずに、肉だけ食うのはズルいと思うっす」
「それは謝るからさぁ。勇者くん、君も勇者らしく懐を広くしてだなぁ……」
「分かってるっすよ。その代わり、残った肉を薫製にして保存食にするのを手伝ってもらうっす」
「オーケイ、オーケイ。この魔法師ミドリさんにお任せあれ」
俺は、じっとりした目でミドリちゃんを見ていた。本当に調子がいいんだから。
そこへサンダーが小声で話しかけてきた。
{何だいサンダー}
{巫女殿のことでござる。拙者、時々巫女殿が怖くなるでござる}
{どうしてっすか?}
{さっき、ムラサキドリを絞めるときに、何の躊躇もなくナイフを降り下ろしたでござる。しかも、薄笑いを浮かべながら。先日、ミドリドリを料理したときも、そうだったでござる}
{そういや、そうだったような}
{巫女殿は、生命に対して時々容赦の無いところがござる。拙者、トラウマになりそうでござる}
{巫女ちゃんは、アマテラスの祭壇の巫女っす。贄を奉げたり森で生きてきたんすよ。狩った動物を殺すのに躊躇してたら、話にならないっす}
{それはそうでござるが……}
「どうなされました、勇者様」
俺たちがこそこそと話をしていたのに、巫女ちゃんが気が付いたようだ。
「ああ、巫女ちゃん。特に何でもないっす」
「そうですか。あ、ムラサキドリのお味はいかがですか?」
「うん、やっぱりこの腿肉のところが美味いっす」
ミドリちゃんも、話に加わってきた。
「巫女くん、この白くてふわふわしたのは、どこの肉だい? ポン酢で食べると白子みたいで、美味しいんだが」
「ああ、それは脳みそですよ。一番美味しいところです」
「ええっ、脳みそ! うぇ、もう食っちまったよ」
「あら、申し訳ありません。魔法師様のお口には合わなっかったのですね」
「い、いや、……大丈夫、美味しかったよ」
ミドリちゃんはそう言ったものの、蒼い顔をしている。そりゃそうだよな。でも、料亭の女将さんも、オオイグアナで一番美味しいのは脳みそだって言ってたよなぁ。
「巫女ちゃん、このコロコロしたの丸いのも美味しいね。どこの部分?」
俺も自分が食べさせてもらった部位を訊いてみた。
「あー、そこはムラサキドリのキン[ピー]ですわ。殿方には、精が付くと聞いております」
「ぐふっ。俺っちも、もう食っちまったよ」
「おかしいですわねぇ。殿方には良い部分と聞いておりましたのに……。お口に合わなかったでしょうか?」
「い、いや。ここはこれで結構美味しかったよ。大丈夫だよ巫女ちゃん」
俺は、冷汗をかきながら、喉から立ち上ってくる吐き気と真っ向勝負していた。ここは、笑っとくしかない。
「そうですか。嬉しゅうございます。まだ、ありますからね、勇者様。キン[ピー]は、二個ついていますから」
「そ、そうだね。は、ははは」
サンダーの言うとおり、俺も巫女ちゃんがちょっと怖くなってきた。
「内臓は、わたくしがよく洗って臭みを抜いておきますので、今夜はもつ鍋にしましょうね」
「い、いい提案だね、巫女くん。まぁ、取りあえずは、目に前の物を食べてしまおう」
「そ、そうだね、ミドリちゃん」
俺とミドリちゃんは、半分蒼い顔をしながら昼食を摂ったのだった。
(拙者はロボットで助かったでござる)
こんなやり取りを見て、内心ほっとしているサンダーであった。
旅はまだ続く。




