勇者初心者レベル2(3)
料亭で一万円を手に入れた俺たちは、早速必要な物資を買い込むためにホームセンターへ行くことにしていた。
だが、その前に昼食を食べようと、俺は思っていた。もう昼過ぎである。
「巫女ちゃん、お昼ご飯食べて行かない?」
「勇者様とご一緒に、お食事ですか?」
「そうっすよ。お腹すいたでしょう」
「そうですね。では、お昼ご飯にしましょう」
俺たちは、町の大通りを歩きながら食べ物屋を探していた。
しばらく歩いていると、家族向けのイタリア料理店があった。ちらっと見てみると、料金も手軽そうだった。
「巫女ちゃん、このお店はどおっすか?」
彼女は何か思案しているようだったが、
「勇者様がここがいいと言うなら、ここにしましょう」
俺たちは、この店で食事をすることに決めた。
店に入ると、店員が声をかけてきた。
「何名様でしょうか」
「あ、二人です」
「二名様でね。おタバコはお吸いになられますか?」
「えと、禁煙席でお願いします」
「承知しました。二名様入ります」
そう言って、店員は窓際の二人掛けの席に案内してくれた。
「お決まりになりましたら、ボタンでお呼びください」
店員はメニューを置くと、そう言って下がった。
俺の正面に座った巫女ちゃんは、メニューを開くと何か難しい顔をしていた。
ここは、パスタとビザかな? 巫女ちゃんは何を食べたいのかな?
「巫女ちゃん、欲しいもの決まったっすか?」
「いえ、あの、……えっと、どれも初めてのものなので。どれにしたらいいのか分からないのです。勇者様どうしましょう」
巫女ちゃんは半分べそをかいて、応えた。
そりゃそうだよな。元々の異世界にはファミレスなんか無かったろうから。
俺はメニューを開いてテーブルの真ん中に置くと、ページを指差しながら説明していった。
「巫女ちゃん、辛い物とか大丈夫? 苦手なものとかあるっすか?」
「どの程度の辛さまで大丈夫なのか、食べてみないと分かりませんわ」
「そーかぁ。じゃあ、このミートソースのスパはどうかな。ポピュラーなものだから、きっと大丈夫と思うっす」
「勇者様がおっしゃるなら、それにします」
俺はテーブルの上に置かれた呼び出しボタンを押した。
しばらくすると、さっきの店員がやってきた。
「オーダーお願いします。えーと、ミートソーススパ一つ、キノコとあさりのパスタ一つ。それからピザのマルガリータを一つ。ドリンクはオレンジジュースとアイスコーヒーでお願いします」
俺は、適当に見繕ってオーダーを告げた。
店の店員はそれを手元のPDAで選択すると、「しばらくお待ちください」と言って、下がった。
料理が来るまでの間、俺は巫女ちゃんの顔をシゲシゲと見ていた。
「わたくしの顔、何か変でしょうか?」
俺があんまり見つめるものだから、巫女ちゃんは不思議そうにそう言った。
「あ、えーと。いやあ、巫女ちゃんがあんまり美人だから、つい見とれちゃって。すまないっす」
「え? そうなんですか? わたくし、自分の顔はあまり見たことがないので、よく分からないのですが」
「えっ、そうなんすか? 俺、巫女ちゃんみたいにかわいい女の子と一緒で、とっても嬉しいっす」
「わたくしにはよく分かりませんが……。勇者様がそうおっしゃるなら、そうなのでしょう」
そんなやり取りをしているうちに、注文した料理が運ばれてきた。
「巫女ちゃんのがミートソースのスパゲティだよ。食べられそう?」
「美味しそうな香りですね。で、では、食べますね」
「このフォークに麺を絡ませて食べるんだ。ほら、こうやって」
俺は巫女ちゃんの目の前で、フォークをくるくる回してパスタを絡ませると、口に運んで食べて見せた。
「何か難しそうですね。……あーん、この細くて長いものが、上手く絡まってくれません」
「巫女ちゃん、慌てないで。こうやって、突き刺してクルクル巻き付けるんだよ」
「こうですか?」
「上手い上手い、その調子」
「あーん、んぐ。んぐんぐ。……あっ、美味しい。こんなものを食べたのは初めてです」
「気に入った?」
「はいっ。勇者様のはわたくしのと似ていますが、色や入っている物が違いますね」
「あ、俺のには、キノコとアサリって言う貝が入ってるんっす。巫女ちゃん、味見してみるっすか?」
「よろしければ、お願いします」
「ちょっと待ってね、こうやって巻き取って、ハイ」
彼女は俺が差し出したフォークの先のパスタを、食いつくように口に含んだ。しばらく口をもぐもぐさせると、
「あら、こちらはあっさりしてますわね。でも、勇者様のも美味しい」
と、感想を述べた。
「そうっすか。それは良かったっす」
俺は巫女ちゃんと恋人同士になったみたいで、ちょっとだけ嬉しくて、ちょっとだけ照れていた。
「えと、この丸いやつはピザって言います。こうやって三角形に切って食べるんす。手掴みでもオーケイですよ」
俺は巫女ちゃんのためにピザを切ると、自分の分も切り取って食べて見せた。
「こちらの食べ物も変わってますね。で、では、……いただきます」
巫女ちゃんは細い二等辺三角形に切り取られたピザを口に含むと、これもモグモグと味わっていた。
「わぁ、これも美味しいです。勇者様の世界には、美味しいものがたくさんあるのでしょうね」
「その通りっす。しかし、俺も異世界に来て、普通にピザが食べられるなんて思ってもみなかったっすよ」
よく考えたら、俺が異世界に来たんだから、俺の方が巫女ちゃんに教わるのが普通なはずなのに、なんだか妙な逆転現象が起きていた。
「よかったら、飲物も試してみてくださいっす。俺が勝手にオレンジジュースを頼んだっすが、巫女ちゃんの口に合うかどうか、ちょっと心配っす」
「飲物って、このオレンジ色のものですか?」
「そうっす」
「じゃぁ、これも試して見ますね……」
そう言って、ジュースのコップを口許に運んだ。
「あ、甘酸っぱくて美味しい。勇者様のは、黒っぽい飲物ですね。それも美味しいんでしょうか」
巫女ちゃんは、俺のアイスコーヒーも気になったらしい。
「こっちはちょっと苦いから、巫女ちゃんの口に合わないかも知れないっすが、一口だけ飲んでみますっか」
そう言って、俺はアイスコーヒーのグラスを差し出した。
「ありがとうございます。では、ちょっとだけ。……うわっ、これは少し苦いですね。わたくしには無理そうです」
俺は「やっぱりな」と思って、グラスを受け取った。
「でも、みんな見たことも食べたこともないお料理です。こんな美味しいお料理を食べられて、わたくしも嬉しいです」
ファミレスのメニューから適当に選んだ料理なのに、巫女ちゃんはそう言ってくれた。
俺は「巫女ちゃんみたいな娘が彼女だったらいいのにな」と思いながら、二人きりの食事を満喫していたのである。




