勇者初心者レベル2(2)
俺たちは、町へ行く前に、アマテラスの祭壇で旅の無事を祈ってお参りをすることにした。
俺たちがひざまづいて、両手を合わせると、巫女ちゃんが祈りの言葉をつぶやいた。
「アマテラス様、我々をお守りください。いつの日か邪の者を倒せるようお力をお貸しください」
すると、祭壇から薄明かりが漏れ出し、俺の頭の中に声が響いた。
<我アマテラス。汝らを庇護するものなり。汝ら苦難あるときは、我に念じよ。汝らの旅に幸あらんことを>
こうして、俺と巫女ちゃんは、森の広場を離れ、薄暗い道を歩いて行った。
「町に行く前に、何か狩りをするか、お金に換えられるものを手に入れるかしないとならないと思うんっす。旅に出るための支度をするにも、お金が要りますから」
「そうですわね、勇者様。オオイグアナとかが獲れるといいのですが」
「俺が昨夜この森を通った時には、何の動物にも出くわさなかったんっす。邪鬼のせいで、逃げっちゃたんすかねぇ」
俺たちは歩きながら、獲物について話し合っていた。
「勇者様、わたくしが少し探ってみましょうか?」
「巫女ちゃん、そんなこと出来るんっすか? じゃあ、是非とも獲物の居場所探って下さい」
巫女ちゃんはその場に立ち止まると、目をつぶって精神を統一しているようだった。
しばらくそうしていると、まぶたがピクっと動いた。
「勇者様、このまままっすぐ行ったところの森の出口付近に、何かいるようです」
「分かったんすか。すごいなぁ。さすがは巫女ちゃん。じゃあ、行ってみましょう」
俺たちは、少し早足で森の出口へと向かった。
もうすぐ出口になろうかという辺りで、ガサガサと草むらが揺れているところがあった。
{獲物っすかね}
{たぶん、そうだと思います}
と、俺たちは小声で囁きあった。
俺は巫女ちゃんをその場に止め、勇者の木刀を構えると、そろそろと茂みに近づいた。
茂みの側まで来たとき、何か黒いものが飛び出てきた。
「うわっ」
俺は驚いて、無意識に、飛び出てきた何かを木刀で切っていた。
ボトッと地面に落ちたのは、首を切り離されたオオイグアナだった。
「やった、オオイグアナだ。巫女ちゃん、獲れましたよ!」
「やりましたね、勇者様。さすがです」
ドクドクト血を流し続けるイグアナを回収しようとしていたら、また茂みからガサガサと音がしている。
そろりそろりと出てきたのは、二匹のオオイグアナだった。よし、こいつらも狩るか。
俺は木刀を構えると、そろそろとオオイグアナに近づいた。
ブンと木刀を振ると、そのうち一匹が頭を割られて、その場に転がった。もう一匹は、森の小道をスタスタと逃げているところだった。
「甘いな。俺には『高速のサンダル』がある」
俺は、一瞬のうちにオオイグアナに追いつくと、その背中を木刀で貫いた。
「よし、これで三匹ゲットだ」
「凄いですわ。一瞬のうちに三匹も捕らえるなんて」
「いやぁ、それ程でもないっす」
俺は、美少女に褒められてちょっとニヤけると、リュックから布袋を取り出して倒したイグアナを回収していった。
俺は獲物に満足していた。これを昨日行った料亭の女将さんに買ってもらえば、結構な小遣いになるに違いない。
俺たちは、森から出ると、町を目指して歩いて行った。
(巫女ちゃん、俺なんかと歩いてて恥ずかしくないかなぁ。俺って、あんまりいけてないからなぁ。美少女の巫女ちゃんにはなんか悪いなぁ。てか、付き合ってるわけじゃないんだけどね。それ以前に、昨日会ったばかりじゃん。俺って、意識しすぎ)
俺は、巫女ちゃんと二人で歩くのに、なんだか気恥ずかしいような気がしていた。だって今日まで、女の子と付き合ったことなんてなかったもんな。などと、変なことを考えてるうちに、町の入口に着いた。
お決まりのように、自動販売機が置いてある。
「うわぁ、こんなに立派なお家がいっぱい立っていて、人がたくさんいるところなんて、初めて見ましたぁ」
「そうか。巫女ちゃんは、あの森からあんまり出たことが無いんだったっすね。ここが町っていうところっす」
「……邪気は感じられませんね」
「ああ、きっと、元勇者達が築いたんだと思うっすよ」
俺は、まず、いの一番に料亭に行って、このオオイグアナを売り込もうと思っていた。巫女ちゃんの分の寝袋やら、食糧とか、いろいろと買い揃えないとならないものがあるだろうから。
俺は、うろ覚えの道を巫女ちゃんとフラフラさ迷っていた。
それで、ちょっと遠回りになってしまったが、昼すぎには料亭にたどり着くことが出来た。
さすがにこんな格好で正面玄関から入るのははばかられたので、裏口に回ることにした。
「こんちはー、誰かいませんかー」
「何どすか、大きな声を出して」
昨日の女将さんだ。
「あ、女将さん。昨日はどもでした。俺のこと覚えてるっすか?」
女将は俺を見て少し考えると、
「ああ、行商人のおっちゃんと一緒にいやはった子どすな。今日は何の御用どすか?」
「えーと……、オオイグアナが獲れたんで、買ってもらおうと思って担いできたんす。今日さっき獲れたばかりのヤツっすよ」
「あらあら、それはご丁寧に。ほな、獲物を見せてもらいましょか」
俺は担いでいた布袋から獲物を取り出すと、女将の前に並べた。
「オオイグアナ、三匹っす」
「ふんふん。鮮度はよさそうどすな。ああ、でもこれは少しあかんなぁ。オオイグアナは、脳みそが美味しゅうございます。なので、頭をつぶしたこの一匹は、そんなに高こうは買えまへんが……。よろしゅうおしますか」
「ああ、そうなんっすか。でもいいっす。こっちの二匹は頭は大丈夫っすから」
「そうでおすな。……ほな、三匹で一万円でどうやろか。そこのかわいらしい御嬢さんにも、ええとこ見せたいやろし」
「ええっ、そんなに高く買ってくれるんすか。嬉しいっす。ありがとございます」
「ほな、オオイグアナ三匹、こうたげましょう。これ、安、ちょっとこっちに来てくれなはれ」
女将がそう言うと、奥からいかつい顔の男がやってきた。ここの板前だろうか?
「何でしょう、女将さん」
「この子らが、オオイグアナを狩って来たんどす。あんたならどう見る」
「そうですね……。鮮度もよさそうだし、形も悪くない。ただ、この一匹は頭を割られているんで、肝心のミソが痛んでる。ざっと一万くらいですかね」
「あんたも、そう見積もるかぁ。よろしゅうございます。この子らから一万円でこうてくれなはれ」
「しょうちしました。坊主、頑張ったな。獲物の代金だ」
板前の兄さんは、一万円札を俺に渡すと、イグアナを担いで行った。
「やった、一万円だ! 女将さん、ありがとございます。これで巫女ちゃんの分の寝袋とか買えるな」
「はい」
「ええ娘やないの。大事ゅうせなあかんで」
「はい、ありがとございます。じゃ、失礼しましたっす」
こんな調子で、俺たちは大金を手に入れた。
一見順風満帆に見える出だしだが、このままうまく波に乗れるといいのだがな。
俺たちの旅は始まったばかりだ。




