勇者初心者レベル2(1)
俺が目を覚ました時、もう太陽は高くなっていた。それでも、森の奥深くに設けられた空き地には、日の光はかろうじて届く程度だった。
「痛ててて、やっぱり地面に直接寝るのは、文明人の俺にとっては酷だったかな?」
俺はかろうじてかぶっている毛布を跳ね飛ばすと、ノタノタと立ち上がった。
俺のすぐ隣では、例の『アマテラスの巫女』さんが、寝袋でスースーと寝息を立てていた。
(どうしよう。起こすべきなのかな? でも俺もこんなかわいい娘の扱いなんて知らないから、変なことして何か言われると厄介だしな。本当にどうしよう)
俺は、『アマテラスの巫女』の寝ている側で何もできないまま、あーでもないこーでもないと、考えをまとめきれずにいた。
すると、「うーん」と言って、寝ていた巫女がうっすらと目を開いた。
「あ、勇者様、お早うございます」
と、寝ぼけた声で、寝袋に入っていることも忘れて起き上がろうとしたが、案の定そのまま転がってしまった。
「やー、何これ! 勇者様、助けてくださいぃー」
俺は、やれやれという感じで巫女をおとなしくさせると、寝袋から引っ張り出した。
「大丈夫っすか?」
「は、はい。こんなもので寝たことなど無いものですから。勇者様、ありがとうございます」
そうか、異世界には元々寝袋なんて無かったのか。しかし、なら、今までどうやって寝てたんだ、この人?
なんて疑問を抱えながら、俺は巫女から、この異世界の情報を引き出そうと考えていた。
この眼鏡で見ても『元勇者』なんて表示されなかったんだ。きっと、生粋の異世界人のはずだ。
「よく眠れました?」
「はい、久しぶりに横になることが出来て、快適に寝られました。これも勇者様が、お貸ししてくれた寝具のおかげです」
「ならいいっす。あなた……、アマテラスの巫女さん、……って、なんか長くて言いにくいなぁ。君、名前は?」
「わたくしに名前はありません。一生をアマテラス様にお仕えする巫女ですから」
「あっ、そう。……うーん、なら『巫女ちゃん』て呼んでいいっすかぁ」
「勇者様がそう呼びたいのでしたら、構いませんよ」
「えーと、巫女ちゃんは、この異世界で生まれた人なの?」
俺はまず最初に、気になっていたことを訊いた。
「はい。この世界でアマテラス様にお仕えするためにのみ、存在を許されているのです」
思った通りだった。ならこの世界の事もある程度知っているに違いない。
「巫女ちゃんは、どうして邪鬼なんかに封印されていたの? それにアマテラスって、この世界では重要な神様なの?」
「アマテラス様は、この世界を治める最高紳です。この世界のあちこちに存在している『アマテラスの祭壇』をネットワークして、人々に祝福を与えてきたのです。それが、いつのころからか、この世界に別の世界から『邪の者』たちが入り込んで祭壇を穢し封印すると、私達を凌辱したり、従わないものは私のように邪鬼に封印されたりしたのです」
「そうなんだ。その別世界の邪の者って、どんなものなの」
巫女ちゃんは、ちょっと困ったような顔をして、
「そこまでは、わたくしも分かりません。大司祭様なら……、知っていると思うのですが」
どうやら、その『邪の者』を倒せばクリアってことらしいな。
「じゃぁ簡単に言うと、アマテラスの祭壇を浄化していって、最後にその『邪の者』を倒せば良いわけっすね」
「そう言うことになります」
やっぱりそうか。それと、俺はもう一つ訊きたかったことを巫女ちゃんに尋ねた。
「俺はこの世界に来てまだ三日目だけれど、町に住んでる人達は、みんな『元勇者』なんっす。これってどうしてか解ります?」
巫女ちゃんは少し考えると、
「わたくしは長い間封印されていたので、確かなことはわかりませんが、アマテラス様は、この世界を清浄にするために外界から勇者を呼び込んだそうです。でも、邪の者は手強く、最初の勇者様には倒すことが出来なかったそうです。そうして、最初の勇者様はジョブチェンジをして、勇者として生きることを断念したそうです。アマテラス様は仕方なく次の勇者様を呼び込みましたが、その勇者様も力及ばず……。こうして、勇者様が断念してジョブチェンジをしたり、邪の者に敗れて死んだりする度に、アマテラス様は別世界から勇者を呼び込んできたのです」
「そうなんだ……。じゃぁ、俺も勇者をやることに断念したり死んだりしたら、次の勇者が呼ばれるっていうわけっすね」
「そ、そうなります」
うっわぁ、なんてシステムだ。辺境で一つの街が出来ていて、その辺境が各地にあって。その上、『都』なんて都市が出来るほどの勇者が呼ばれてきたのか。一体何年の間、何人が呼び込まれたんだろう。この異世界の文明や機器も、きっと呼び込まれた元勇者たちが作ったに違いない。それで、自動販売機や自動ドアなんてものも普及してるんだ。
でも、俺が勇者を断念しても、何もやれることが無いぞ。牛丼屋のアルバイトくらいか。いや、その前に死ぬってこともあるんだよな。これはゆゆしき事態だぞ。
「大丈夫です。勇者様なら、必ずや邪の者を倒すことが出来ます。ここの祭壇も勇者様のおかげで、従来の清浄さを取り戻すことが出来たんですから」
巫女ちゃんはそう言ってくれたものの、何万人何十万人もの勇者が挑戦しては断念したことだぞ。この俺なんかにできるわけがない。
「俺、正直に言うと、そんな勇者なんてことできるわけがないっす。どうにかして、元の世界に戻る方法はないっすか?」
巫女ちゃんは、ちょっと困った顔をした。
「わたくしの力では、それは無理です。せめて、ある程度『アマテラス・ネットワーク』が回復すれば可能かもしれれませんが……」
う~ん、ということは、邪の者の討伐よりも、アマテラスの祭壇を探してそれを浄化していくしかないか。レベル2になったとはいえ、今の俺じゃぁ、到底、邪の者に敵うわけないもんなぁ。
(まぁ、ここまで来たんだ。なんとかなるだろう。いざという時にはジョブチェンジすればいいことだし)
こんな状況にいてさえ、俺はまだ甘い考えをしていた。
「あー、えーと、巫女ちゃん、お腹すかない? まだ何も食べてないでしょ」
「え? あっと、そうですね。でもわたくしは、食べられるものも持っていませんし。どこかで狩りをすれば、食べられる獲物が手に入るとは思いますが……」
「だ~いじょうぶ。ほら、Cレーションだよ。軍隊用で味もそっけもないけど、満腹にはなるよ」
俺はそう言うと、荷物からCレーションを二つ引っ張り出して、そのうちの一つを巫女ちゃんに渡した。
巫女ちゃんは「ありがとうございます」と言って、レーションを受け取ったが、開け方とかが解らないらしく、レーションの箱を裏返してみたり、日にかざしてみたりしていた。
「こうやって、フタを開けるんだよ」
俺はそう言って、レーションの箱の開け方をやって見せた。
「それから、スプーンは箱の横についているから、これで中身をすくって食べるんだ」
そう言われて、やっとこさ箱を開けることのできた巫女ちゃんは、俺が食っているのを真似して、レーションを口に運んだ。
「あ、何か独特の味がして、美味しいかもしれない。初めての味ですわ」
そりゃそうだろう。この異世界に、元々軍隊なんかあるわけないからな。
あれ? じゃぁ何で軍用のレーションなんてあるんだ? 元勇者たちが集まって軍隊を作ったのか? なら、俺みたいなへたれな勇者が邪の者に立ち向かうよりも、よっぽど勝ち目があるんじゃないか?
まぁ、この娘に、軍隊の事を訊いても知らないだろうし。これは、後で情報屋に訊くか本屋で調べるとかするか。
俺は、荷物を片付けてリュックに詰め込むと、背中に背負った。腰にはもちろん『勇者の木刀』。
「さて、俺はこれから町に戻りますが、巫女ちゃんはどうするつもりっす?」
俺は、何の気もなしにそう訊いた。いや、訊いてしまった。
「もちろん、勇者様とご一緒させていただきますわ。わたくしの役目は勇者様をお助けすることですから」
と、何の迷いもない返事が返ってきた。
本来なら『最初の仲間げとー』とか言うところだが、俺は、この世間知らずの巫女ちゃんに、何かしらの不安を抱いていた。
今度は二人旅かぁ。大丈夫なのかな?




