8月31日(日)③ひっぺがせ!
霊路ごとずらして引きはがす。
もともとは、この空間に癒着してる霊溜を先に祓ってから、霊路を動かす予定だった。けどこうなったら霊路をずらして霊溜、というかヒャックリさんの癒着を無理やりひっぺがすという脳筋作戦に打って出る、というわけだ。
「そんな行き当たりばったりでだいじょうぶ!?」
「臨機応変と言って!」
僕の疑問を速攻で訂正しつつ、原田さんは玉串を両手で頭上に振りかぶる。
「それも、呼び方的なやつ?」
ヒャックリさんとは逆に、聞こえが良いように言ったほうが強くなるとかだろうか。しかし彼女は「いいえ」と首を振ってから、大きく息を吸い込んで、玉串を振り下ろしながら強く言い放った。
「──気分の問題ッ!」
刹那、部屋中に僕が貼り付けたお札たちから次々と、青白く光る鎖が射出される。先端に尖った矢尻のついたそれらは、交差しながら天井に──ヒャックリさんの顔面にグサグサと突き刺さっていた。
キシシ…… キシシシ……!
それがどうしたと憎たらしく笑う狐の顔を、ちらり一瞥した原田さんは、振り下ろしたままの玉串に無言で力を込める。連動して、光の鎖たちがぴんと張り詰める。ぎりぎりと軋みを上げる鎖に、お札の内部へと巻き上げる力が働いているのが見て取れた。
「夏澄! 高野くんも! その鎖、引っ張って!」
「お!? おう……」
夏澄さんがふわり浮かんで近くの鎖を掴んだ。横目に見ながら僕も壁際で鎖を掴もうとして、白く発光するそれが半透明に透けていることに気付いて戸惑う。
「これ……」
「大丈夫、おじさんたちが力を貸してくれてるから」
原田さんの声に、僕の手の甲でおじさんの顔がうなずく。うなずき返して、青白く発光する鎖を掴む。一瞬、ピリッと軽い静電気のような感触があって、半透明のそれはしっかり実体を持って僕の両手で掴むことが出来た。
──もしかして、これなら夏澄さんに触れることもできるのだろうか。
浮かんだ邪な考えは、そこにおじさん二人が介在することを考えたらやっぱり絶対に嫌だったので、一瞬で霧散した。
キシシシッ!
嘲笑の響くなか、僕は鎖に手を伸ばす。冬のセーターの静電気みたいな感触を伴いながら、それは実体として「掴む」ことが出来た。
「つかめた!」
「よし! 引っ張れ! ひっぺがせ!」
「お、おう!」
全力で下向きに引っ張る。
ちら見した夏澄さんもウンと可愛くうなずいて、真剣な表情で鎖を引っ張る。
原田さんの振り下ろした玉串が、じわじわと床に近付き始め……でも、すぐに静止した。
キシシシシ……
「ぐぬぬぬぬ……」
重い! びくともしない!
「ちょっと高野くん! ちゃんと霊力こめて!」
「いやどうすれば!?」
「わかんないけど! 基礎霊力だけは馬鹿でかいんだから! 気合でなんとかして!」
どうすればいいんだ!? よくわからないけど、どんなにでかい容量でも、蛇口の開け方がわからなければ意味がないんじゃないのか!?
ボボボボッ
まずい、狐火だ。しかも、疲れの見える夏澄さんのすぐそばに集中して出現している。こいつ、機をうかがっていたのか!
「夏澄さんッ!」
少年マンガならヒロインを助けるために秘めた力が覚醒するところだろうけど、鎖は一向に重いまま。手の甲のおじさんたちも必死な表情だけど、何も変わらない。やっぱり僕は何もできないのか? いや、考えろ、考えろ、考えろ…… そうだ!
「うおおおおお!」
思いっきりジャンプして頭上の鎖に掴まり、ぶら下がる。
蛇口の開け方がわからないなら、でかい容量自体の重みでどうだ!!!
────めりっ。
木の裂けるような異音が響き、原田さんの玉串の先端が、ひと息に床まで届いた。




