8月31日(日)①真夏の夜の決戦
明けて8月31日。夏の終わりの、午前二時。
いつものようにベッドに腰掛けて待機する僕の正面、寝室の中央に厳かに立つのは巫女装束の原田さんだ。
「まずは溜った霊を祓います。そいつが霊道を空間に癒着させてるから」
にゃあ、と不服そうに天井の巨猫が鳴く。
そして僕の視界の右側に仄かな光。そこに座る夏澄さんも巫女装束をまとっていたから、似合い過ぎるし可愛過ぎて呆然と見惚れてしまう。
「そこ! デレデレしない!」
「いや、これは事前に教えてよ! サプライズが強すぎる!」
『ごめんね、着てみたくて……』
「じゃあしょうがない!」
「高野くんさあ……」
呆れ声の原田さんは、行き場のない怒りをぶつけるように手にした玉串──白い紙垂の付いた榊の木の枝を振り上げた。
「──掛けまくも畏き、伊邪那岐大神」
深夜ゆえの抑えめな声でも、その瞬間明らかに空気が変わった。朝の高原の冷たく澄んだ空気──いや実体験ないからあくまでイメージだけど──で部屋が満たされてゆく。
「諸諸の禍事、罪、穢、有らむをば」
『──応援、しててね』
夏澄さんは僕の隣からふわりと浮かび上がる。飛べるんだ、さすが幽霊だなんてことを今さら思ってしまう。
「祓へ給ひ清め給へと──」
そして玉串を振る原田さんの声をバックに彼女は、天井の巨猫の額を片手で優しく撫でた。その手のひらの描く軌跡から、半透明な普通サイズの猫がつぎつぎと跳びだしては、空中に消えてゆく。
「──恐み恐みも白す!」
原田さんが祓詞で霊同士の結合を弱め、直接干渉できる夏澄さんがひとつひとつの霊を引き剥がしていく、ということらしい。
──がんばって!
何もできない僕はベッドに腰掛け、邪魔にならないよう心の中で二人を応援するしかない。その間にも巨猫の額から耳、目から頬、着々と夏澄さんが猫剥がしを進めてゆく。
次第に天井の猫の輪郭は崩れ、原型を保てなくなりつつあり──ん!? 今ほんの一瞬、剥がれた猫の影に黒っぽい何かが見えた。なぜかとても胸がざわつく。
猫とは違う、細長く吊り上がる紅い目をしたそれは、まるで……
「気を付けて! いま、キツネみたいなやつが見えた!」
邪魔してはいけないと思いつつ僕は、胸のざわつきを信じて声を上げる。
「キツネって、まさか」
原田さんが即反応する。その声が危機感を帯びていた。ほとんど同時に、薄れていた天井の巨猫の輪郭がくっきりと蘇り、別の存在を浮かび上がらせていた。
細長く吊り上がった紅い目と、下向きに真っすぐ尖った鼻、その下から頭上の三角耳のすぐそばまで裂けた口にびっしりと並ぶ牙。それは巨大な、キツネの顔だ。
「こいつ、猫かぶってたの!?」
上ずった原田さんの声に、そいつはニタァリと厭らしく笑ってみせた。




