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契約で結ばれた、異世界道中  作者: 中野 翼
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9.違和感

『ねぇねぇセイヤ!』

「うん、どうかしたの?」

『ニャ~?』

ダンジョン中枢部。セイヤの居住スペースでセイヤが本を読んでいると、精霊竜が何かを知らせにやって来た。


『お客さんが来たみたいだよ!』

「お客さん?」

『うん!』

『ニャ~?』

『ううん、セイヤの敵じゃないよ。だから、侵入者じゃなくてお客さんだよ!』

セイヤの膝の上で疑問の声を上げたアンノーンに、精霊竜はそう答えた。

現在アンノーンは、幼児大の黒猫の姿をしていた。あの姿では不便だと考えたセイヤが形代を用意し、そこに精霊竜と同じようにアンノーンが宿った結果だ。また、当然というか形代はただの黒猫ではない。その正体は、猫妖精のケット・シーだ。

セイヤがこれをチョイスした理由は、第一に可愛いから。第二に、普段から連れ歩いても違和感がないから。第三に、ケット・シーの能力にある。

またアンノーンは大分形代に馴染んでいて、もう今では行動パターンがかなり猫化している。あと、猫語ではあるがセイヤと契約している仲間内では会話が成立するようになっていた。


「お客さんってどんなの?人間?モンスター?それとも君達のお仲間?」

『人間の二人組だよ!』

「人間?人間がこの領域に何の用だろう?」

『さあ?会話を聞いているかぎりだけど、女の子がここに来るのが夢だったらしいよ』

「夢ねぇ。まあ、【調整者】の。いや、精霊の領域っていうのは、行ってみたくなるような幻想的な感じは無くもないか」

『人間の感性は、僕達にはちょっと理解出来ないかなぁ?』

精霊竜はセイヤのその予想に、そう曖昧に笑った。


「まあ、異種族というか、存在の在り方が違いすぎるんだから、それは当然だよ。ああそれと、少し確認しておくけど、その人間達は僕達の敵になりそう?」

『ううん、ならないと思うよ』

「その理由は?」

『まず単純に、今から来る人間達に僕達の敵になれるだけの強さがないこと。それと、その二人組の性質は善性だからだね』

「ふむ。敵になる強さがなくて、性質は善性。善人とかお人よしなのか。それなら、この世界で最初に出会う人間としては悪くない相手だな」

『そうだね。あっ!あと』

精霊竜は何かを思い出したように手を叩いた。


「うん?まだ何かあるの?」

『男の子の方は転生者かもしれないよ!』

「転生者?この世界の?それとも、僕みたいな異世界からの?」

『ううんと、たぶん異世界からのだと思うよ』

「その根拠は?」

『その男の子の独り言に、この世界だと一般的じゃない単語が幾つも混じってたからだよ!』

「なるほど。ひょっとすると同郷かもしれないのか。だけどまあ、前世の記憶の無い今の僕にとっては、例えかつての知り合いであったとしても他人かな?」

『そうだね。たぶん知り合いでも初対面扱いになっちゃうだろうしね。だけど、記憶じゃなくて知識の方に名前やプロフィールが入っている可能性は捨て切れないよ?』

「まあ、可能性はあるね」

『でしょう?』

「ふむ。ここに招くかはともかく、少し覗いて見ようかな。ラル、視界を借りるよ」

『うん、良いよ!』

「なら早速、<同調>」

セイヤは【同調】を使い、精霊竜ラルの眷属である【小精霊】と視界を共有した。その結果、セイヤには今いる場所と、外にある森の光景が同時に見えている。


「ふむ。この二人組がそうなのか。うん?」

『どうかしたの?』

『ニャ~?』

「ううんと、何か違和感があるんだけど、その違和感の正体がわからないんだよね?」

今セイヤの目には、森の中を歩く一組の男女の姿が映っている。片方は長い金髪をした少女。もう片方は黒髪をした少年。格好は両者ともに革製のベストとズボン、背中にリュックをかるっている。二人に性別以外の違いがあるとすれば、少年の方が首輪をつけていることだろう。二人の髪の色にも格好にも、セイヤが違和感を持つような点は無い。少年の方の首輪は他に比べれば異質ではあるが、セイヤはそこまで首輪をつけていることを変なことだとは思っていない。なぜなら、剣と魔法の世界には奴隷制度が普通にあるイメージがあるからだ。なので、首輪もセイヤの違和感の原因ではない。


「ううん?」

『どの辺に違和感があるの?』

「どの辺?」

ラルに聞かれたセイヤは、全体ではなく個別に違和感の原因を探した。


「ううんと、……女の子の存在そのものに、かな?」

セイヤは少し答えに迷い、最終的にはそう答えた。


『女の子の存在そのものに?……ああ!』

「えっ!理由がわかったの?」

ラルの何か納得したような声に、セイヤは驚きの声を上げた。セイヤにしてみると、こんな曖昧な答えで返事がくるとは思っていなかったのだ。


『ちょっと待って、調整をかけるから!』

「調整?うん?違和感が消えていく?」

ラルがそう言って指先で空をなぞると、セイヤの視界に映る少女からの違和感がだんだん消えていった。


『これでもう大丈夫だよ!』

「何をしたの?」

『ちょっと、調整をね』

「調整?さっきも言ってたけど、何の調整をしたの?」

『ちょっと感覚的な調整をしたんだ』

「感覚的な調整?」

『うん!さっきまでのセイヤには、今見えてる女の子が人には見えなかったんじゃない?』

「人には見えなかった?……たしかに、隣を歩いている男の子に比べると、人とは認識出来ていなかった、かな?」

セイヤは先程までの違和感を思い返し、言われてみるとそうかもしれないと思った。


『だろうね』

「その原因は何なの?」

『うーんと、なんていうか種族的というか、本質的な違いのせいだね』

「種族的?あの女の子、人間じゃないの?」

『この世界的には人間扱いされてるよ。だけど、所詮は君とは違う世界の人間だからね。君のいう人間とはまったくの別物だよ。外見とかはわりと相似しているけど、発生過程や性質はまったくの別物。そもそも…あっ!』

「そもそも?」

『あ、この先はまだ内緒』

ラルは途中で何かに気がついたように、話を途中で止めた。


『彼女達の本質というか、正体はまだ秘密。というか、まだ知らない方が良いよ』

「なんで?」

『これから彼女達と会うのに、変な先入観は必要無いからだよ』

「変な先入観が発生するような正体なんだ…」

セイヤはこれから会うのを少し躊躇った。実はあれは擬態で、中身は化け物かもしれないと考えてしまったからだ。


『いや、別に中身が化け物とかいうわけではないよ。ただ、生き物扱いは出来なくなる程度で…』

「生き物扱いが出来なくなる。あの女の子、人形か何かなの?」

『惜しい!けど内緒』

「惜しいんだ。…まあ、今はいっか。少し観察してみれば何かわかるだろうし」

セイヤは暫定的にそう結論し、二人組の動向を観察し始めた。


二人は現在、森の入口から入って真っ直ぐ中心に向かって歩いている。その何かに導かれているような、迷いの無い歩みにセイヤは疑問を持ったが、すぐに原因がわかった。

二人の目の前に【小精霊】が一体浮遊していて、それが二人を先導していたのだ。


「あれって、もう案内役を送ってたの?」

『ううん。あれは監視役だよ』

「監視役?いつから二人を監視してたの?」

『ずっと前からだよ。元々僕達はこの世界全域に遍在しているんだ、ある意味この世界で僕達の知らないことは無いんだよ』

「まあ、精霊だもんね」

『その理解で良いよ。それで、わざわざ監視役をもうけた理由なんだけど、彼の言動が転生者っぽかったからだよ!』

「ああ、そういう理由なんだ」

『異物はちゃんと見ておかないとね。異世界の下手な知識で行動されると、被害が馬鹿にならないし』

「馬鹿にならないの?」

『うん!実際、異世界人召喚が直接、間接、遠因となった世界の滅亡は枚挙に暇がないからね』

「へぇー、そうなんだ」

セイヤはこのことにあまり関心を見せなかったが、わりと重要な話であった。


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