010 六華という妖魔
そんな二人の様子を、廿楽希は少し離れた場所から見物していた。
「だっさ。なに二人とも熱くなってんだか」
スカートのポケットから風船ガムの箱を取り出し、一粒口に放り込む。くちゃくちゃぷくーとしていると、隣から視線を感じた。
修吾が『六華』と呼ぶ雪女だ。
「……なに?」
眉を顰めると、雪女はじーと希の口を見詰め――
「それは、なにを食べているのかしら?」
と訊ねてきた。
「風船ガムだけど。なに? 食べたいの?」
「興味はあるわ」
素っ気なくそう言うが、視線は希の口から外さない雪女。めちゃくちゃ興味津々である。室町時代に風船ガムなんて存在しないからわかるが、それよりもっと興味を引くモノはたくさんあるだろうと少し呆れる。
「てか、あんた一応シューやんの恋人っしょ? アレ、心配しなくていいわけ?」
「修吾なら大丈夫よ。あの程度の術者に遅れは取らないわ」
「あの程度って、宇藤山家は葛木一族でも武闘派なんだけど……」
出会って一日も経っていないのに、この信頼関係は一体どこから来ているのだろうか? 修吾は〝魅了〟されているからだとしても、雪女の方はそうではないはずだ。
もしも、修吾が〝魅了〟されていなかったら?
なにか、希の知らない因果が結ばれてしまったということになる。人間と妖魔に主従関係はあっても信頼関係などあり得ない――そう思っていた価値観が引っ繰り返るかもしれない。
「あんたさぁ、なんでシューやんと契約したわけ? 一般的にはそれで罷り通るかもしんないけど、ウチら葛木の対応見たら寧ろ状況悪くなってるっしょ?」
「……直感よ」
「は?」
「昔よくしてくれた葛木の術者に似ている気もしたけれど、あんまり覚えてないからやっぱり直感かしら。一目惚れ、というやつね」
「あっそう」
一目惚れとはまた人間らしい答えが返ってきて意外だった。
葛木の分家――廿楽家という縛りから解放されたい希としては、家の思想に真っ向から喧嘩を売った二人の行く末に少し興味が湧いてくる。
あわよくば、自分の願いにも追い風を起こしてもらいたい。
「ん」
希は箱から一粒取り出すと、それを雪女に差し出した。
「貰っていいの?」
「妖魔に施しなんてしたくないけど、まあ、力づくで奪われてもだるいし」
そんなことする余裕があるなら妖魔の首を取れと葛木家なら言うだろう。だが、『神格を得た雪女なんて相手にしたくない』というのが正直な希の感想だった。それに、今の話を聞いてすぐに戦えるほど希は戦闘狂ではない。
雪女は遠慮なく希からガムを受け取り、どこか上品な所作で口に含む。
「……甘いわ。噛めば噛むほど甘いのが出てくる。割と好き」
「あー、ガムだから飲み込んじゃダメだかんね」
「ごくん……言うのが遅いわ」
希の忠告と同時にガムを呑み込んでしまった雪女。批難するような真顔が逆にシュールに思え、希は思わず吹き出してしまった。
「ぷっ! アハハハ! 飲む? 普通ガム飲む? 赤ちゃんかよ草生える! なんなわけ? こんなのにビクビクしてたウチがバッカみたいじゃん!」
「……なんだか馬鹿にされたみたいで不愉快だわ」
ムッと唇を尖らせる雪女。氷のように冷たい印象だったが、こうしてみると人間味があって恐怖心など吹き飛んでしまう。
「ごめんごめん。ほら、もう一個あげる」
「……ん、ありがとう」
受け取りながら礼を言う雪女に希は再度目を見開く。妖魔もちゃんとお礼が言えることに驚きを禁じ得なかった。
「これはどうやって膨らませるの?」
「あーと、こう舌を上手く使って」
「……難しいわ」
すぐそこでは男たちの熾烈な戦いが繰り広げられているというのに、この場に限っては傍から見ると少女同士の和気藹々とした雰囲気を醸し出していた。




