悪霊の王
「よくやった、誠一殿! これで貴殿も立派な『生命力マスター』だ!」
「『生命力マスター』ってなに!?」
あれからひたすら遭遇する悪霊たちを、ゼアノスの指導のもと、殲滅し続けた。
その結果、今となっては物理攻撃に『生命力』を宿すだけでなく、魔法にも『生命力』を宿せるし、何なら『生命力』の余波だけで倒せるようになったのだ。
もうね、後半は意味が分からなかったね。
踏ん張るだけで敵が消えていくんだもん。
俺の体は『生命力』の塊みたいなものらしいからね。
そんな風に思っていると、脳内にアナウンスが流れた。
『称号【生命力マスター】を獲得しました』
文字通りマスターになっちゃったよ! 正直そんな予感はしてたけどね!
半ばヤケクソ気味にそう思いながら、称号を確認する。
『生命力マスター』……生命力の扱いを極めた者に贈られる称号。その生命力は【G】をも凌ぐ。
比較対象が【G】とかやめてくれませんかねぇ!?
つか、比較対象に挙がる【G】ってヤベェな!?
思わず称号の内容に驚いていると、笑いながらルシウスさんが話しかけてきた。
「いやぁ、おめでとう! まさか本当にこの短時間で習得するなんてねぇ……本当に規格外だ!」
「これ、やっぱり異常なことなんですか?」
「うん? そうだなぁ……参考までにだけど、僕は習得までに一週間はかかったかな?」
「いやいや、それでも恐ろしいくらいに早いぞ。俺ら勇者組なんて、半年はかかったってのに……」
「うむ、私もルシウス殿と同じく一週間だが……誠一殿は一時間も経ってないのでは?」
俺はやはり異常だった。
勇者やその師匠、初代魔王以上ってどういうことよ!? 前から俺の体は何を目指してるのか分からなかったけど、魔王すら越えちゃったら神様しかないじゃん!?
自分自身に突っ込んでいると、父さんたちがのほほんと笑っている。
「なんだかよく分からないが、誠一が褒められてるぞ」
「そうねぇ……嬉しいわね」
「そうだな。なんせ、俺たちの自慢の息子だからな!」
こっちはこっちで恥ずかしいな!? すごく嬉しいけどさ!
「さすが『進化の実』を食しただけはあるな」
「あ!」
穏やかな笑みを浮かべるゼアノスのセリフに、俺はあることを思いだした。
「そうだ、ゼアノスは『進化の実』を見つけた張本人だった!」
「おお、そこまで知っているのか」
「うん。たまたまだけどね。でも、ゼアノスにこうして会えた今、『進化の実』の詳しい話を聞きたいなって……」
俺がそういうと、ゼアノスは苦笑いした。
「いや、私も詳しいわけではない。なんせ、神々ですら予想できなかったものだ。私が知るはずがないだろう?」
「そう言われたらお終いだけどさ……」
「まあ、分かっていることもある。だが、それらは誠一自身が体験してきたことそのままだ。ゆえに、私に答えられることはない」
「そうかぁ……」
少し期待していたが、ゼアノスも『進化の実』については詳しくなかったようだ。
「それに、あの実はもう手に入れることは出来ないだろう。何せ、誠一殿たちが食してしまったようだしな」
「え? 俺今栽培中だけど……」
「栽培中!?」
俺の言葉に、ゼアノスは目を見開いて驚いた。
「今までの話を無視する気か!? 神々でさえ予想できなかったあの実を、栽培中だと!?」
「いや、ゼアノスを倒したことで【果てなき悲愛の森】を完全に攻略したことになったらしく、そのときに『進化の実』は貰って、それで育てたいなぁって思ったからそれ専用の魔法を創って……」
「うむ、相変わらずおかしな方向に突き進んでいるようだな!」
ゼアノスがどこか投げやり気味にそうツッコむと、一息ついて続けた。
「本来、あれは人の手で育てることなどできないのだ。だからこそ、【果てなき悲愛の森】で自然に育っていたわけだからな。その自然の中で育っていたものも、あのゴリラ……サリア殿と誠一殿が食べたのですべてなはずだ」
「マジか……」
まさか、俺とサリアしか『進化の実』を食べていないということには驚いた。いや、ルルネも食べたけどさ。
……でも、【果てなき悲愛の森】を攻略した報酬としても『進化の実』を手に入れたわけだけど……羊のヤツ、もしかして俺が思ってる以上にヤバいヤツだったり? ……そんなわけないですよね! そうであってくれ! あの性格でヤバかったらどうしようもねぇから! 制御できる相手がいねぇよ!
「はぁ……とにかく、これで俺は悪霊の王と戦えるだけの力は付いたんだよな?」
「そうだな。後はその悪霊の王を探すだけだが……」
そう、肝心の悪霊の王の居場所が分からないのだ。
どうしたもんかと考えているときだった。
『我の復活を妨げる不届き者は貴様らか?』
「!」
不意に、地の底を這うような、低い声が聞こえた。
「この声は……?」
「……どうやら、向こうからやって来たようだな」
真剣な表情でゼアノスはそういうが、俺には何が何だかさっぱりだった。
取りあえず、さっきから首元がぞわぞわしてるので、その方向に視線を向けると……そこには、とても不気味で気持ちの悪い物体が存在していた。
具体的に説明すると、なんかムンクの叫びみたいな顔した模様が、黒色の物体に大量に浮かび上がっているのだ。気持ち悪っ!
「えーっと……どちらさんで?」
『我は悪霊の王である。名前はまだない』
「どこの猫だよ」
びっくりしたわ。悪霊の王自身がこうしてやって来たことにもだけど、何よりも王様のくせに名前がないことに驚いた。それとも、そんなものなんだろうか? どうでもいいけど。
そんな風に思っていると、アベルたちが冷や汗を流しながら真剣な表情で口を開く。
「コイツは……予想以上だな」
「まさかここまで強力だったなんて……」
「……そうね。ここまで死の気配が濃厚だとは思わなかったわ……」
「近くにいるだけでも気分が悪いぜ……」
よく分からないが、すごく気持ち悪いのは一緒なようだ。
だよな、あの見た目気持ち悪いよな。
「……何か誠一殿は盛大な勘違いをしているようだが、彼らは悪霊の王の『負の生命力』の強大さに驚いているのだ」
「え?」
「……そうだねぇ。正直、ここまで強いとは思わなかったなぁ……」
ルシウスさんもゼアノスも、真剣な表情で目の前の気持ち悪い物体を見つめている。
「誠さん。あれ、近代美術みたいな見た目ね」
「そうだな……あの体の模様や歪み具合はそんな感じだな」
父さんらは呑気にそんな会話をしている。いや、俺もどちらかと言えば父さんらと同じくらいの気持ちなんだけど……。
未だに事の重大さに気付いていない俺に、アベルは強い口調で告げてきた。
「誠一。油断するんじゃないぞ。アレはお前が思ってる以上に……強い」
「えぇ……」
いや、そう言われても……。
ただの一般人……いや、地球で最底辺だった俺は、それこそ自分が最弱だったことを知ってるので、今さら俺より強いと言われても驚きも何もないんだが……。
てか、俺より強かろうが弱かろうが、結局倒さなきゃいけないわけで、全力を尽くす俺からすれば、あんまり関係ないような……。
どこまでも緊張感のない俺に、アベルが再び口を開こうとすると、悪霊の王に変化が起こった。
悪霊の王は、唐突に体中がボコボコと蠢きだすと、分裂を始める。
そして、分裂した体は、やがて人型をとり、それぞれがとある人物の姿になっていった。
それは――――。
「なっ!?」
「う、ウソだろ……」
アベルたちどころか、ゼアノスとルシウスさんですら絶句するその姿。
だが、俺や父さんたち、そして宝箱だけがその姿に見覚えがなく、ゼアノスたちが驚いている理由がまるで分らなかった。
ちなみに、人型となった悪霊の王の数は、全部で4人。
気の強そうな目が印象的な貴族の女性と、貴族の女性より豪華な衣装に身を包んだ、神経質そうな表情の壮年の男性。
なんだか卑屈そうな表情の中年の神官と、どこか自信満々な表情の豪華な鎧に身を包んだ青年。
そんな人間たちに、悪霊の王は変身したのだ。
誰? この人たち。
すると、ゼアノスが震える声で四人のうちの一人の名前を呼ぶ。
「え、エリザベス……」
エリザベス? その名前、どこかで聞いたことあるような……。
そう思っていると、メイドのマリーも、エリザベスという女性を見て、驚きの声を上げた。
「お、奥様!?」
奥様? ……あ、ゼアノスの元奥さんか! って何で!?
混乱する俺をよそに、エリザベスとその隣に立っていた壮年の男性が口を開いた。
「久しぶりね、ゼアノス。貴方のせいで私の人生はメチャクチャだわ」
「まったくだ。ゼアノス、そしてアベルたちよ。貴様らのせいで我がどれだけ心労を重ねたと思っておるのだ? 万死に値する」
「陛下……」
苦々しくそう口にするゼアノスを見て、俺はようやく理解した。
人型になった悪霊の王達は、いわゆるゼアノスたちと因縁のある相手なのだ。
まず、エリザベスというのはゼアノスの元奥さんで、その隣の壮年の男性は『暗黒貴族ゼアノス物語』で登場した、ハルマール帝国の帝王、エルシュタット三世とやらだろう。しかも、エルシュタット三世のセリフから察するに、アベルたちの根も葉もないうわさを流して、彼らを死に追い詰めたのもコイツだろう。
ということは、残りの二人は……。
「……ピエール」
「貴方に名前を呼ばれると吐き気がしますねぇ」
アベルたちを裏切った、神官のピエール。
そして……。
「……まさか、もう一度会うことになるとはね」
「ハッ! 俺様に殺されたくせに、対等にしゃべろうとしてんじゃねぇよ、ゴミが。テメエら魔族は人間様の奴隷のくせに、調子に乗りすぎなんだよ」
……名前分からんけど、ルシウスさんを殺した勇者だろう。
ゼアノスたちとこうして出会えたわけだから、その因縁の相手がいてもおかしくは……いや、おかしいだろ! 何でいるの!?
そんな俺の疑問に、エルシュタット三世は答えた。
「貴様らが自我を持ったことで、強い因縁のある我々も、こうして自我を持つ事が出来たのだ。そのことに関しては、ゴミの割にはよい仕事をしたな。褒めて遣わす」
スゲェ、ナチュラルに上から目線だ。
エルシュタット三世に続くように、エリザベスたちも次々と口を開く。
「でも、私は貴方の顔なんて二度と見たくなかったのだけど。貴方が変に活躍したから、私の平穏な生活は崩れ去ったのよ。貴方が勝手に指名手配された後、私は今まで通りの優雅な生活が出来なくなった……この責任はどうしてくれるのかしら?」
エリザベスはビックリするくらい理不尽な責任転嫁だな。
「私は……モテる貴方が妬ましかった。ああ、妬ましかったのです! だから裏切ってやった! ハハハ、彼女持ちなんて死んでしまえばいい! ざまぁ!」
ピエールは拗らせすぎだろ!? てか、裏切った理由ってそれなの!? 【果てなき悲愛の森】にいた時の俺の予想当たってんじゃねぇか!
「クソ魔族どもが。テメェらは大人しく、俺様たちに殺されてればいいものを……生意気にも逆らいやがってよぉ! もう一度、テメェの目の前で仲間を殺してやるよ。ああ、お前の絶望に歪む顔を見てぇなぁ!」
コイツは本当に勇者か!? メチャクチャ狂ってね!?
よく分からないけど、悪霊の王になるだけはあるなって思った。
それはともかく、ゼアノスたちはエリザベスたちの登場に激しく動揺してるようだが……。
「貴様らは我々の復活の邪魔をした。それだけでも許しがたい。よって、この場で貴様らには最高に惨い死を――――ぐべらはっ!?」
『へ!?』
俺は厭らしい笑みを浮かべ、得意げに語っていたエルシュタット三世の顔面を殴った。
その結果、エルシュタット三世の首から上が消し飛び、やがてそのまま光の粒子となって消えていった。
俺の行動に、ゼアノスたちだけでなく、エリザベスたちも絶句している。
なんか、幽霊を殴ったって感じじゃないなぁ。
そう思いながら、俺はさっきの感触を確かめるように、その場で手を開いたり閉じたりして、ゼアノスたちに訊いた。
「コイツら、悪霊の王なら倒していいんだよな?」
『倒した後で訊くの!?』
ゼアノスたちに一斉にツッコまれたのだった。




