忍び寄る魔の手
何とか、今日という休日を利用して書くことができました。
あの後、俺はメチャクチャになった闘技場を元通りにした。
地面がクレーターだらけになってたり、地割れが起こっていたりもしたが、そこは化物な俺、最上級土属性魔法【アース・ウェイブ】のおかげで、綺麗になった。
土属性魔法は基本的に土塊を出現させたり、小さい範囲内の地面に干渉して、少しだけ動かしたりする程度の魔法が多いのだが、この【アース・ウェイブ】は文字通り地面を波のように動かす魔法であり、有効範囲は闘技場全体だった。
それも、俺が全力で手加減してそのレベルなので、本気をだして使用した時、どの規模まで範囲が広がるのか知りたいような知りたくないような心境だったりする。
最近は、スキル【魔法創造】によるオリジナル魔法を行使することが多かったこともあって、普段使わない土属性魔法を使ったのはとても新鮮だった。
それはともかく、その【アース・ウェイブ】を使用することで地ならしを行い、闘技場は綺麗に元通りとなったのだ。
……まあ、その光景を見ていたベアトリスさんたちは再び唖然とする羽目になったんだけどね。終わりよければすべていいのよ! はい、この話終わり!
俺が闘技場を元に戻した後、皆砂埃塗れということで生活魔法のウォッシュを使い、体を綺麗にしてホームルームのために再び教室に戻った。……生活魔法、便利すぎるぜ……。
皆が教室に戻り、席に座るもどこか呆けており、教壇に立ったベアトリスさんはそんなみんなを見渡しながら口を開いた。
「さて、これでみなさんの実力を誠一先生に見せられたと思いますが……それ以上に、みなさんが誠一先生の実力を見せつけられましたね」
『…………』
サリアとルルネを除く全員が、無言で全力の肯定を示した。
いや、そんな一斉に頷かなくても! 否定はできませんけどね!
ただ、実力を見せつけたとか、そんな大層な話じゃないんだけどなぁ。普通どころか、むしろすごく手加減しながら戦ったわけだし。……いや、この考え方がすでにおかしいよな? もう思考回路まで化物になってんじゃん、ヤダー。
「みなさんには、多くの可能性が秘められています。その可能性を、私が引き出すことはできませんでしたが、今日、実力を知った誠一先生なら、みなさんの可能性を最大限に引き出してくれるはずです。なので、諦めずに、みなさん頑張りましょう」
ベアトリスさんがそう告げた瞬間、クラス内は微妙な雰囲気になった。
サリアとルルネ、そしてベアードを除く全員が、一様に同じ表情を浮かべているのだ。
それは……諦めの表情。
『どうせ頑張ったって……』という、努力することを諦めてしまった人間の表情を浮かべていた。
あのテストを気合とだけ解答していたアグノスでさえ、同じような表情を浮かべてるのである。
この雰囲気は……とてもよろしくないな。
よく、努力すれば報われるというけれど、それに関して俺は一部正しいと思う。
一部というのは、どう考えても実現不可能なことに関しては、無謀としか言えないからで、一般的な事柄に関しては、努力は実を結ぶと考えている。
もちろん、才能による差というものは必ず生まれるだろう。
しかし、天才は普通の人が立ち止まる壁を越えるコツを感覚的に知っているだけで、普通の人も時間をかけて、そのコツさえ分かればいくらでも成長できると俺は思っている。
一般的には、そのコツがいつまでたっても分からないから、才能の限界として、努力しても報われないと捉える人が多いんだと個人的に思っている。
まあ、そのコツを見つけるのがとても難しいというのは分かるし、そのコツを感覚で掴めてしまう天才って存在がいるから、努力は無駄だって思ってしまうのも無理はないと思うけどね。
でも、そんなの寂しいじゃん? 努力が全部無駄になるってさ。
だから俺は、努力は肯定したい。
その人の頑張りが、一番感じられることだから。
……まあ、俺みたいなただの偶然で食べた『進化の実』なんていうとんでもない木の実のおかげで、強大な力を手に入れたヤツが何言ってるんだって思うかもしれないけどさ。
それでもこの努力だけは認めてほしい。ゴリラを好きになったという、自分自身を認める努力を……!
そのおかげで、今では胸を張って言えるぜ。
ゴリラを好きになりました!
それはいいとして、幸い、このクラスにいるみんなは、未だに発現していないだけで、潜在的に魔法を使える才能を秘めているのだ。
おそらく、この世界の人間で、本当に魔法を使えないという人間はいないと思う。
それは、地球で暮らしてきた俺たちと違って、『魔力』という未知の力が体に宿っているからだ。
属性魔法が使えずとも、無属性魔法は使えるはずなのだ。
それが使えないのは、今までの努力の方法が違っていたからだろう。
スキルの場合は、ルイエスのような特殊な例も存在するんだろうが、魔法に関しては、体内に魔力と呼ばれる力が宿っている時点で、その力を使えなきゃおかしいしね。
それに、自分で言うのもあれだが、このぶっ飛んだ存在である俺が教えるのだ。
万が一、魔法の才能が本当になかったとしても、それすら関係ねーとばかりに才能を発現させてしまいそうな存在が、俺なのだ。
神様なんかじゃないけど、その神様にだってなれる可能性を秘めている【人間】だからな。
俺は、皆を見渡しながら、一歩前に出て、言い放った。
「安心してくれ。俺が必ず、魔法を使えるようにするから」
俺の発言に、全員呆然と視線を向けてくる。
だが、アルは苦笑いし、サリアは満面の笑みを浮かべ、ルルネとオリガちゃんは尊敬の視線を向けてきた。
少し上から目線すぎたかな?
まあなんにせよ――――【人間】の本領、発揮しますかね?
◆◇◆
――――バーバドル魔法学園付近にある【バーバドル大森林】。
ここでは、様々な動物たちが生息するだけでなく、多種多様な魔物も生息しているため、バーバドル魔法学園では度々実戦訓練のために利用している場所だった。
そのため、生徒たちに被害がないよう、定期的に教師たちが魔物を間引くなどして、必要以上に魔物が増えないように調整していた。
そんな森の奥地で、一人の男が切り株に腰を掛けていた。
男の格好は、どこかの研究員や医者のように、白衣に身を包んでおり、この世界では珍しいメガネをかけている。
顔だちも整っており、柔和な笑みを浮かべるその姿は、一枚の絵にもなりそうだった。
だが、その男の纏う雰囲気は禍々しく、周囲には無残に殺された魔物の死体が数多く転がっていた。
「呆気ない。A級と呼ばれる魔物でさえ、黄泉へ送ればただの屍。実に呆気ない。こうもつまらないと気が狂いそうにならないかね? アングレア」
「――――相変わらずね、デミオロス」
視線を向けることなく、虚空に男が呼びかけると、突如その空間がゆがみ、中から豪華な白黒のゴシックドレスに身を包んだ女性――――アングレアが現れた。
アングレアが現れたことで、より一層笑みを深めた男――――デミオロスは、アングレアに訊く。
「それで? ここからは遠い場所を担当している君が、わざわざ私を訪ねた理由は何かね?」
「ちょっとした提案よ。デミオロス、私と組む気はない?」
「ほぅ?」
デミオロスは、メガネの奥にある、紫の瞳に興味の色を浮かべた。
「貴方もクライスが失敗したのを知ってるでしょ? 最近じゃ、魔神様を復活させるにしても、糧となる【負の感情】が足りないの。質も、量もね。そんな中で、クライスは失敗した。クライスだけじゃないわ。他の使徒たちのなかでも、失敗してる子は何人もいるわ。じゃあ、なんで失敗したと思う?」
「ふむ」
「簡単なことよ。一人で頑張ろうとするから、失敗するのよ。それなら、二人で協力すれば、どうなるかしら? 魔神様への糧を集める方法にも幅は広がるし、何より一人の負担が減ることで失敗するリスクは大きく減るわ。どう? 効率的じゃないかしら?」
「なるほど……」
デミオロスは、少し考える仕草をしたのち、アングレアに挑発的に笑って見せた。
「それはつまり、一人では心細いから、私に手伝ってほしいということかね?」
「……どういう意味かしら?」
デミオロスの言葉に、アングレアは険の籠った声を返す。
すると、デミオロスは瞳と同じ紫の髪をかき上げながら、鼻で笑う。
「フン。この私が、失敗する可能性などないということだよ」
「大層な自信ねぇ? 身の丈に合わない発言は、身を滅ぼすわよ?」
「それこそ要らぬ心配だ――――だが、アングレアの提案に乗ろう」
「あら? どういう心境の変化かしら?」
「いろいろ言ったが、私はアングレアの提案は最初からいいモノだと判断していたのだよ。残念ながら、私にはアングレアほど質のいい負の感情を集める方法を思いつくことができないのでね。しかし、成功率だけで見れば、私は確実に負の感情を集められる自信がある。まあ、今まで思いつく限りの方法を試し、成功させてきたのだからな。……そんな私とアングレアが手を組めば、確実かつ質の高い負の感情を集められると思ったまでのこと」
「……相変わらず、貴方は面倒くさい性格をしてるわね。そう思ったなら、最初からそう言いなさい」
心底呆れた様子のアングレアに対し、デミオロスは笑う。
「ハッハッハッハッハッ! それは無理だ、アングレア。私は捻くれているのだ。――――いいだろう、手を組もうじゃないか」
「決まりね」
そう言いながら、アングレアは腕まで伸びる長い黒色の手袋に包まれた手を差し出した。
その手を、デミオロスは握る。
こうして、二人の協力が決まったが、デミオロスは今さらアングレアが自身を選んだ理由を訊いた。
「アングレア。君が私のもとへ来た理由は分かった。だが、なぜ私なのかね? 他にも候補はあっただろう?」
「あら? 私は貴方を高く評価しているのよ? まあでも、一番の理由は――――バーバドル魔法学園に近いからよ」
「何? ……まさか、バーバドル魔法学園に手を出すのか!?」
「そうよ」
「あそこには勇者もいるのだぞ?」
「まだ完全に覚醒してない勇者なんて、ただの子供じゃない」
「それはそうだが……私たちの存在はまだ明るみに出てはならない。それを分かっていて、行うというのか?」
「そんなの、気にしなくていいじゃない。だって――――全員殺すのだから」
「! ……やはり君は、狂っているようだ」
「そうかしら? 私からすると、貴方の方が狂ってると思うわよ? 今だってほら――――とっても素敵な笑顔じゃない」
「ククククク……」
アングレアの指摘通り、デミオロスは笑っていた。
彼の脳内は、バーバドル魔法学園の生徒たちをどう蹂躙しようかという考えで埋まりつつあった。
「私は今、過去の自分に対して大いに嘆いているところだよ。なぜもっと早く、手を出さなかったのか……とね」
「いいじゃない。今から楽しみましょう? 『黄泉送り』さん?」
「そうだな。ともに楽しもうか……『殺人姫』?」
彼らは上品に……しかし、邪悪な笑みを浮かべた。
【魔神教団】の魔の手が、バーバドル魔法学園に伸びようとしていた。
――――『柊誠一』という【人間】がいるとも知らずに――――。




