ゴリラとロバ対バケモノ
神無月先輩と別れた後、分かり切っていたことだが、食堂はカオスな状態になった。
より詳しく説明しよう。
ぶちまけられた食事の数々、机や床に倒れ伏す生徒たち。
な? 酷いだろ?
こんな状況の中で、よく神無月先輩は平気な顔して帰って行けたよな……。
まあ、すべての元凶は俺なんですけどね! 猛省しています!
とにかく、そんなひどい状態だった食堂も、徐々に人が起き始め、身の回りに起こった出来事に困惑しながらも、散乱した食事などを片付け始めた。……酷い人なんかは、スープのなかに頭から突っ込んでたな。死んでないよね?
他の生徒たちは訳も分からない状況だが、原因を知っているのは俺たちと神無月先輩だけであり、結局この状況の原因は謎ということになったのだった。……よかった、原因究明とかされないで。まあしないのもそれはそれでどうかとは思うけど。
その後、気絶する以外に被害に遭っていないベアトリスさんも目を覚まし、午後のサリアとルルネの二人と模擬戦ををするため、再び闘技場へと向かった。
闘技場に到着すると、午前中とは違い、俺たちのクラスしかおらず、他のメンバーも時間までには集まっていた。
「テテテテ……マジでわけ分からねぇよな……気づいたら洗面台に顔面から突っ込んでたぜ……」
「……いや、貴様の場合、その髪型で顔が直接触れることはないんじゃないか……?」
「俺のイカしたリーゼントか? バカ野郎、俺のリーゼントは柔と剛の両方を備えてるんだぜ? 華麗に曲がって無事だったに決まってるだろう!」
「…………貴様の髪が謎すぎる…………」
そんなアグノスとブルードの会話を聴いて、俺は内心で謝った。ごめん。
「久しぶりだなぁ~、誠一と戦うのも!」
すると、準備運動をしているサリアが、ニコニコとしながら言う。
俺も、あの時はやられっぱなしだった俺が、サリアとどんな戦いができるのか、とても気になっていたのだ。
だが、それ以上に気になるのは、謎の戦闘力を持つルルネとの戦いである。
テルベールが魔物に襲われたときも、ルルネはただの蹴りだけで衝撃波を発生させ、魔物をまとめて吹っ飛ばしてたからな。
そう思い、ルルネに視線を向けると、珍しいことにルルネは狼狽えていた。
「そ、そんな……私が主様に手を上げるなど……で、できません!」
「いや、そう言われても……ていうか、話聴いてなかったよな……」
「私は主様を守る騎士なのですよ!? 主様と戦うための存在ではないのです!」
「なら、この模擬戦が終わったら、美味そうなモノでも食べに連れて行ってやるから頑張れ」
「全力でお相手いたします!」
「忠誠心軽いなぁ! 知ってたけどね!」
実際、このバーバドル魔法学園内は、ちょっとした街みたいになっているらし、そこを散策してみるのもいいかもしれないな。
そんなことを思いつつ、お互いに向かい合う形で立つと、サリアが胸を張って言い放った。
「誠一! 私も、あれから強くなってるんだから! 覚悟してね!」
「主様……これも食事のためです……お覚悟を」
ルルネは無視するとして、サリアの強くなっているという部分に、俺は強く興味をひかれた。
確かに、テルベールに攻め込んできた魔物たちは、サリアと同格かそれ以上の魔物たちだったこともあり、それを倒したのだからサリアのレベルが上がっていてもおかしくないのだ。
「そっか……それは楽しみだな」
俺も余裕を持つため、あえて強気に笑って見せる。
互いに火花を散らしあっていると、今回はベアトリスさんが開始の合図を出した。
「準備はいいですか? それでは……始め!」
「行くよ? 誠一!」
サリアは開始の合図とともに元気よくそう言うと、顔の前で両腕をクロスさせた。
その謎の動作に、思わず警戒態勢をとる。
「これが、私の新しい力だよ!」
「新しい力だって!?」
何か特別なスキルでも手に入れたのだろうか?
ルルネも含めて警戒していると、サリアはクロスしている腕を解き放った。
そして――――。
「顔ダケ、変身」
「……………………」
サリアは、顔だけゴリラになった。
……。
もう一度言おう。
顔だけ、ゴリラになった。
「だから誰得だよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ゴリラの裸ワイシャツも需要なかったけどさ!
顔だけゴリラで体はグラマーな人間って、それもどこに需要があるわけ!?
雑コラじゃねぇんだからさぁ!? この場合は何? ゴリコラ? 使う機会ねぇよッ!
「今マデ、体ノ変身、必要ダッタ。デモ、コレカラハ、顔ダケデ、イツデモ全力」
「見た目! 見た目気にしようか! 女の子でしょ!?」
「? 何カオカシイ?」
「いろいろ! いろいろアウトだから!」
「ナルホド……私ガ魅力的過ギテ、誠一ガ困ッチャウンダネ……ナラ、最初カラソウ言エバイイノニ……モウ、照レ屋サン」
「ちっがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああう!」
ゴリラなサリア――――略してゴリアは、相変わらずだった。
とんでもないぶっ飛び解釈だよ! その前向きさは本当に見習いたいものですね! 俺もポジティブさが売りなのに! 脱帽だよ!
てか、人間状態のときと、性格変わりすぎじゃない!? ゴリアのときは、遠慮ってモノをまったく知らないんだけど!?
「ジャ、行クヨ。『瞬腕』」
「その技は……!?」
サリアが繰り出した技は、かつて【果てなき悲愛の森】で最初にサリアと戦ったときに使っていたものだった。
一瞬にして、俺の視界からサリアが消え、気付いた時には俺の目の前に現れていた。
反射神経なども化物クラスなはずなのだが、サリアの動きは相変わらず目で追えない。もうそう言う仕様なんだろうか?
だが、今の俺には、たとえいきなり目の前に現れたとしても、対処できる自信があった。
そして、実際俺は目の前に現れたサリアに対して、自分で思い描いた動きで対処した。
「ム!?」
俺は、高速で突き出された右拳を、体を半身にすることで躱し、その勢いのまま軽く……本当に軽~く回し蹴りを背中に放った。
しかし、サリアも何とかその動きに対応し、前方に空中回転しながら避けた。……スカート姿なんだから、そういう動きは少し自重してほしいなぁ。いや、服装で負けたとか言い訳にすらならないし、そもそも気にするくらいならスカートなんて穿くなって話なんですけど……。
そんなことを思っていると、ルルネの気合の入った声が耳に入った。
「主様……ご飯ーッ!」
「掛け声おかしいッ!」
ルルネに視線を向けた瞬間、ルルネは俺の眼前で、サリアと同じようにとんでもない速さの蹴りを放ってきた。……って、サリアはまだもともと魔物だし分かるけど、ロバのルルネの攻撃が俺がやっと反応できる速さってどういうこと!? この世界じゃ人間よりロバの方が強いんですかねぇ!? 確かに魔物販売店で出会ったときは、店主のバルザスをボロ雑巾の如く蹴飛ばしてましたけどね!
だが、たとえどんなに速い動きだろうと、やはり今の俺なら対処できるという自信は微塵も揺らがなかった。
そして、俺は再び思い描いたとおりに体を動かし、ルルネの攻撃に対処する。
顔を鋭く抉るようなルルネの蹴りに対し、サリアのときと同じで半身になって蹴りの範囲外に逃れると、そのままルルネの蹴り出した足に手を添え、軽く上にはね上げてやった。
「うわぁっ!?」
ルルネは、珍しいほどに情けない声を出し、体勢を思いっきり崩して背中から地面に倒れた。……だからスカートが……って、これは俺が悪かったわ。ごめん。
派手に転んだルルネに、内心で謝っていると、不意に視界の端にサリアの姿を捉えた。
「油断、ダメ。『闘拳乱舞』」
「うおぇい!?」
新しいスキルなのか奥義なのかは分からないが、サリアは両拳に真紅の気のようなモノを纏わせながら、猛然と突っ込んできた。
そして、叩き付けるように俺に次々と繰り出す。
「フン! フン! フン! フン!」
ズドォォォォォオオオン! ズドォォォォォオオオン! ズドォォォォォオオオン! ズドォォォォォオオオン!
俺が避けるたびに、地面に巨大なクレーターが出来上がっていく。
それを呆然と眺めながらも、俺は避け続けることを止めなかった。
だって……当たったら死んじゃうよ!? あの拳! やべぇよ、どこぞの覇王も真っ青な威力だよ!
それ以上に、闘技場がボロボロだけど大丈夫なんだよねぇ!?
俺は、チラッと俺たちの戦いを観戦しているベアトリスさんたちの方へ視線を向けた。
ベアトリスさんたちは、俺たちの非常識な戦いに呆然としていたが、それでもベアトリスさんはボソっと呟いたのを聞き逃さなかった。
「…………修繕費、いくらになるんでしょう…………」
「サリア……ストォォォォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオプ!」
ダメダメダメダメ! やっぱりダメだよ! これ、いったい修繕費いくらかかるの!? もしかして、俺が払わないとダメ!? いや、お金はたくさんあるけどさ! 精神衛生上、大変よろしくないですね!
俺がサリアに止まるように呼び掛けると、サリアは一応立ち止まり、首を傾げた。
「ドウシタノ? 大人シク殴ラレル?」
「よし、再開っ!」
何で大人しく殴られなきゃダメなの!? それこそ嫌だよ! 金払う方がましだよね!
というより、顔だけゴリラになったことで、【果てなき悲愛の森】の頃の残酷さが少し垣間見えてないかなぁ!? 野生の本能恐ろしすぎるぜ……!
サリアの豹変ぶりに戦慄していると、なんていうか……第六感? みたいなものが警鐘を鳴らし、ほぼ反射的にその場から飛び退くと、先ほどまで俺が立っていた場所を衝撃波が通り抜けた。
その発生源に視線を向けると、蹴りを放った体勢のルルネが。
「クッ! 流石主様……完璧な不意打ちだと思いましたのに……」
「いや、俺も気付かなかったよ」
確かに気付けなかったのだが、今まで感じることのなかった第六感が働き、避けることができたのだ。
これもすべて、俺の体と意識が完全に一致したおかげだろう。
サリアとルルネは、一度俺から距離をとると、今度は二人同時に攻撃を仕掛けてきた。
「『瞬腕』!」
「はああっ!」
それぞれが、すさまじい勢いで俺に迫って来る。
サリアも確かに強くなってるし、ルルネもロバとは思えない戦闘力を発揮してくれた。
それ以上に、俺も自分の体に振り回されることなく、冷静に立ち回れてると思う。
そう考えると、この模擬戦は俺にとって、とてもいい経験になった。
でも…………そろそろ終わりにしようか。
体が完全に馴染んだ俺は、今までになかった落ち着きと余裕を感じながら、二人の突き出される拳と蹴りを、そっと両掌で受け止めた。
「エッ!?」
「なっ!?」
驚く二人をよそに、俺はそのまま腕と足を掴み、グルグルと振り回し始める。
「ア~レ~」
「あわわわわわわわわっ!?」
どこか気の抜けたサリアの声と、慌てるルルネの声を聞きながら、徐々にスピードを上げていく。
そして、全力で手加減しながら回転していたにもかかわらず、気付けば俺を中心とした竜巻が出来上がっており、周囲の土埃どころか、地面を浮かせる勢いにまでなっていた。
そんな状態になっていることに気付いた俺は、慌てて減速をして、ゆっくり回転を止めた後、二人をそっと地面におろした。
「目ガァァァァァ……回ルゥゥゥゥゥ……」
「うぅ……あ、頭の上に、美味しそうな鳥が飛びまわってるのが見えます……」
それぞれが目を回し、行動不能になっているところに、俺は腰に差してある【慈愛溢れる細剣】を抜き放ち、そっと首筋に当てていった。
「はい、俺の勝ちね」
ようやく、サリアにリベンジできた嬉しさから、俺は笑顔でそう告げた。
すると、すっかり意識から外れていたベアトリスさんが、終了の声を上げた。
「し、勝者……誠一先生!」
「ふぅ……すみません、ついつい熱中して――――」
一息つき、謝罪の言葉を言うためベアトリスさんたちの方に視線を向けた俺は、冷や汗を大量に流した。
俺の目の前には、アルを含む俺たちの戦いを見ていた全員が、髪の毛がグシャグシャになり、砂埃を全身に浴びて汚れていたからだ。アグノスのリーゼントですらも、グチャグチャになっている。
俺たちの間に、冷たい風が吹き抜けた。
アルは、ジトっとした目を向け、ベアトリスさんたちと生徒たちは呆然としている。
そんなみんなの様子に、俺は――――。
「スミマセンでしたああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
全力で謝りました。




