真実
燃え尽きたはずの神無月先輩は、何とか復活を果たすも、壊れたように笑い始めた。
「ふ、ふふふ…………ふふふふふふふふふふふふふ」
「怖い怖い怖い怖い! 神無月先輩、スゲー怖いんですけど!?」
思わず身を引いてしまうが、目の前で目から感情が消えた笑みを浮かべられてみろ。誰だって怖いから!
「私がバカだったんだ。誠一君が魅力的だってことは、私が一番知っていたはずなのに……こういう状況になる可能性は、十分にあったはずじゃないか」
「せ、先輩……?」
顔を俯かせ、ブツブツと何かを呟く神無月先輩。
やがて、ゆっくりと顔を上げた神無月先輩は笑っていた。
「こうなったら、手足を縛って、監禁して、誰の目にも触れさせないようにしないとな」
「兵隊さあああああああああああああああああああああああああああああああん!」
監禁とかヤバいって! 誰でもいいから、俺のもとにテルベールの優秀な兵隊さんたち連れてきて!
「ふふふ……誰も兵隊なんて連れてこれないさ。それに、誰にも私の邪魔はさせないよ? 私の身も心も、誠一君のモノだ。そして、君の身も心も……ね……」
「俺の心が読まれてるぅぅぅぅうううううう!! ヘルプ! ヘェェェェエエエエエルプッ!」
「ふふふふふ。これも、君を想うからこそできる芸当だな。私の目には、君しか映っていない。この狂おしい想いを受け取ってほしい……」
想いが重い! いや、親父ギャグ言うほど俺って余裕ないんだけどね!? 思わずボケちゃう俺の体が恨めしいっ!
何故か、神無月先輩はそんな怖いセリフを照れ笑いを浮かべながら言った。……眼の光が消えてるけど。
自分の体を抱きしめ、震えていると、アルが俺と神無月先輩の間に割って入った。
「よく分からねぇことだらけだが……取りあえず、お、オレの誠一から離れてもらおうか?」
あ、アルさん……カッコイイ! 抱いて! そして俺情けねぇ!
アルと神無月先輩がにらみ合っていると、おずおずとベアトリスさんが口を開いた。
「あの……お昼ごはん食べませんか?」
ベアトリスさん。アナタは数少ない良識のある人です。
◆◇◆
一時的に、神無月先輩とアルが休戦すると、俺たちは食堂で食事を頼み、空いている席に座った。
サリアは、特に神無月先輩を気にした様子はなく、俺の隣で美味しそうにハンバーグを頬張っている。
思わずその様子を眺め、ほっこりしていると、サリアは首を傾げて俺を見上げた。
「? どうしたの?」
「いや……サリアを見てると、癒されるなぁと思って」
「え? 本当に~? えへへ~、恥ずかしいけど……嬉しい!」
満面の笑みを浮かべ、再びサリアは食事を始めた。
他にも、オリガちゃんも神無月先輩にあまり興味がないらしく、俺と同じオムライスを食べている。
言う必要もないと思うが、ルルネは一人で三つの定食……『ハンバーグ定食』『オムライス定食』『焼き魚定食』を頼んでおり、目を輝かせながら食事をしていた。……これでも我慢して、食欲を抑えているらしい。コイツは本当にブレねぇなぁ!?
ルルネを羨ましく思っていると、アルは真剣な表情で神無月先輩に訊いた。
「んで? テメェはいったい何者だ? 誠一の幼馴染みって言ってたが……」
いきなり核心を突く質問に、神無月先輩は何も隠すことなく答えた。
「貴女の言う通り、私と誠一君は幼馴染で、いわゆる、異世界からやって来た『勇者』という存在だ」
「何? 『勇者』だと? ……ん? 待てよ? ってことは……まさか、誠一……」
アルは、驚いた表情で俺の方に視線を向ける。
巻き込まれる形となったベアトリスさんも、俺に驚きの表情を向けていた。
……別に隠してたわけじゃないし、何となく言うタイミングが掴めなかった――――って、どれもいいわけだよなぁ。
俺はため息を吐くと、サリアたち全員に聞こえるように言った。
「そうだよ。俺は、この神無月先輩と同じ、異世界からやって来たんだ。――――ただ、『勇者』なんて大層な存在じゃないけどな」
そう、俺は決して『勇者』なんて存在じゃないのだ。だって、勇者召喚されたわけじゃないもん。
「は? それって、どういうことだ? オレの知る限りじゃ、カイゼル帝国は大人数の『勇者』を召喚したって聞いたんだが……」
「ははは……まあ、俺は異世界じゃ虐められててね。こっちの世界に転移するとき、『勇者』として召喚する魔法に俺は入れてもらえなかったんだ」
「なっ!?」
アルは、俺の言葉に衝撃を受けていた。
「今でこそ、なぜか痩せた上に身長まで伸びたけど……地球での俺は、それはそれは酷い容姿の持ち主でね。みんなから、嫌われてたんだ」
虐めは辛いけど、それでも俺のことを友達として見てくれる人がいたから、俺も頑張れたのだ。
衝撃のあまり、言葉を失っているアルに、俺は不安を抱きながらも、訊かずにはいられないことを訊いた。
「アルは……そんな俺に対して失望した?」
「は?」
「全然違う見た目なんだよ? それこそ、生理的に嫌悪するほどの容姿だったんだ。今じゃスキルのおかげで、臭いとか抑えられてるけど、結局今の俺は、仮初の姿なんだよ」
俺が勇者たちと同じ、異世界出身だということを伝えるのは、前から思っていた通り、何の不安も感じない。
だが、俺の本当の姿を知ることによって、アルたちがどう思うのかが……とても怖かった。
でも、アルたちは俺のことを好きだと伝えてくれた。だからこそ、俺も真実を伝えたい。
今さらだという自覚はあるが、それでも目を逸らし続けていた、昔の俺の姿を見せることで、少しでもサリアたちに釣り合えたらと思ったのだ。
だから、こうして神無月先輩と出会ったことは、俺が俺自身の話をするうえで、心に覚悟を持つことができたいいキッカケだったのだ。
俺は、昔の自分を見せるべく、記憶にある自分を思い出し、アルたちに見せるように手のひらサイズの俺が出現するような魔法を創り出した。
「【フィギュア】」
俺が新たに創造した魔法名を唱えると、俺の掌に、昔の俺の姿が出現した。その際、再び脳内に『誠一魔法』という分類で創造されたことが流れたが、無視した。
背の小さい太った体。ニキビだらけの不細工な顔。体臭までは再現できなかったが、それでもこれだけで生理的嫌悪を抱くには十分だろう。
「これが、昔の俺。虐められていたころの、無力だった俺だよ」
「誠一君……」
神無月先輩が、悲しげな表情で俺の掌を見つめる。
……やっぱりダメだよな。サリアもアルも、こんな俺なんかじゃなくて、もっと二人に合う、相応しい人間がいるはずなんだ。
だから――――。
「誠一は誠一でしょ?」
当たり前のことのように、不思議そうに首を傾げながら、サリアはそう言い切った。
「え?」
「だから、誠一は誠一でしょ? 昔の誠一も、今の誠一も、何も変わらないよ?」
「そ、そんなはずないだろ? よく見てみろよ。気持ち悪いだろ?」
「何で? どうして誠一が気持ち悪いの?」
「何でって……そりゃあ見た目が……」
「見た目が変わっても、性格は変わってないでしょ?」
「へ? ま、まあ、性格は変わってないはず……」
「うん、性格は何も変わってないな」
なぜか俺をよく観察している神無月先輩からもお墨付きをもらった。
「だからだよ!」
「え?」
「私が好きなのは、ちょっとしたことで驚いたり、ツッコんだり、ボケたり……いつも騒がしくて、楽しそうに笑う誠一だよ!」
「サリア……」
「私は、誠一だから好きなの! 昔も今も、これから先も……ずーっと! 誠一だから……誠一だけが、好き!」
「!」
サリアは、にっこりと笑って、俺にそう言った。
呆然とする俺に、アルも呆れた様子で口を開く。
「何を言い出すかと思えば……だからどうした?」
「アルまで……」
「誠一。お前はテルベールで何を見てきたんだ? たかが容姿一つで、お前のことを嫌いになるわけねぇだろ? ――――見損なうなよ」
「……」
「オレだけじゃねぇ。テルベールの連中だってそうだ。≪災厄≫と呼ばれたオレを受け入れたアイツらが、どうしてその程度のことでお前を嫌いになるんだ? オレの≪災厄≫がアイツらにとっちゃ、ただの一特徴でしかないのと同じで、お前の容姿も、『誠一』という個人の特徴でしかねぇんだよ。アイツらの前じゃ、オレらのコンプレックスなんざ個性にすらなりゃしねぇ」
俺の脳裏に、自分の欲望に忠実に生きるギルド本部の連中の姿が浮かんだ。
ふと、俺が昔の姿のまま、ギルド本部を訪れたらどうなっていたのだろう? と、考えてみた。
すると……。
『ム! 誠一君! お腹がたるんでいるではないか! さあ、私と一緒に、輝かしい筋肉を手に入れよう! まずは軽く腹筋一万回からだな!』
『おやおや、貴方のその体……ぜひとも街中の皆さまに見てもらいたいと思わないかね? 思うだろう? さあ脱ごうではないか! 解放の先に、本当の自由が待っている……!』
『やらないか?』
簡単に受け入れられる姿しか想像できなかった。それどころか、自分の欲望に引きずり込もうとさえしてくる始末。
逆にその事実に戦慄していると、アルは穏やかな笑みを浮かべ、オレに言った。
「それに……サリアの言った通り、オレもお前だから好きなんだ。オレの≪災厄≫の部分を含めて、全部を受け止めてくれたお前が……」
「……」
「こんな言い方は、アレかもしれねぇが……今だからこそ、ハッキリと言えることがある」
そう前置きをすると、頬を赤く染め、恥ずかしそうにしながらも、アルはハッキリとした口調で断言した。
「オレが、誠一以外を好きになることはありえない。……乙女チックすぎて、似合わねぇって理解してるが……オレの運命の相手は誠一だったんだって言える」
「!」
「後にも先にも、オレの相手は――――誠一。お前ただ一人だよ」
はにかみながら、アルはそう俺に言ってくれた。
…………どうして、そこまで――――。
「……誠一お兄ちゃん」
「オリガちゃん?」
「……私は忌子。でも……誠一お兄ちゃん、気にしなかった。……すごく、嬉しかった」
「……」
「……昔も今も、誠一お兄ちゃんは変わらない。それは、まだ短い時間しか、一緒にいない私でも……分かる」
「……」
「……辛かったら、抱きしめてくれた。……撫でてくれた。……だから、今度は……私の番」
そう言うと、オリガちゃんは俺に近づき、小さい体で俺に抱き付いて、頭を優しく撫でた。
「……よしよし」
サリアとアル、そしてオリガちゃんの言葉で……俺は気付けば、涙を流していた。
サリアたちのことを信じていたとしても、それでも昔の自分を見せるのが怖かった。
そんなわけないって頭では分かっていても、どうしても心が怖がっていたのだ。
だから……本当に、嬉しかった。
過去の俺を、受け入れてもらえたことが――――。
「っ!」
その瞬間、俺の体に異変が起こった。
いや、異変というのは語弊がある。
たった今、俺の『体』が……俺の『意識』と合わせて、完全に馴染んだように感じたのだ。
もちろん、今までも思うように動かせていたのだが、それとは違う。
過去の俺をサリアたちに受け入れてもらったことで、俺自身が……過去と今の、両方の自分を受け入れることができたのだ。
その結果、俺――――『柊誠一』という個人として、完全に体が自分のモノになったように感じたのだ。
突然の変化に戸惑いながらも、決していやではない感覚に身を委ねていると、黙って成り行きを見守っていたベアトリスさんが優しい口調で言った。
「誠一さん。サリアさんたちが言った通り、貴方は貴方のままですよ。みなさん、貴方だから、好きなんです。それを忘れないでください」
「……はい」
涙を拭き、俺がそう返事をすると、ふとじっと掌の俺を見つめるルルネの姿が目に入った。
「ルルネ? どうした?」
「……主様。こちらの姿が、主様の昔の姿なのですよね?」
「え? あ、ああ。そうだけど……」
「…………じゅる」
「今涎をすすらなかった!?」
「ハッ!? つ、つい……今もこれ以上ないほど素敵なのですが、昔の主様の姿も、脂がのっていそうで、あまりにも魅力的だったので……」
「俺を食べる気!?」
ルルネも、昔の俺の姿に嫌悪感を抱きはしなかったものの……なぜか、目を輝かせ、涎を垂らしながら眺めていた。……これはこれで、ヤバいよね?
決してブレないルルネの姿に、思わず笑みを浮かべると、サリアは笑顔で言った。
「それに、誠一は『進化の実』を食べたでしょ? だから、今の誠一の姿は、紛れもなく誠一のモノだよ!」
「え?」
「い、今……『進化の実』と言いましたか!?」
予想外のサリアの一言に、俺は呆けた声をあげ、ベアトリスさんは驚愕の表情を浮かべた。
「うん! 『進化の実』! 私と誠一……そして、ルルネちゃんが食べたモノだよ!」
「ああ、あのすごく不味かった木の実ですね! いや、今思い返しても想像を絶する不味さでしたね!」
「そ、そんな……本当に実在するだなんて……」
そう言えば『進化の実』は、鑑定しても効果が分からなかった唯一のモノなんだよな。
だが、サリアは【果てなき悲愛の森】にいたころから、詳しいことを知っているようだったが、それを聞こうとは思わなかった。ただ、純粋にすごい木の実程度の認識だったのだ。
そして今、サリア以外に、『進化の実』を詳しく知っていそうな、ベアトリスさんと言う存在が現れた。
……そのベアトリスさんの驚き方から察するに、思っていた以上にとんでもない木の実なのかも。
今まで、知ろうとはしなかったが、この機会に詳しい話を聴いてみるのもいいかもしれない。
「あの……ベアトリスさんは『進化の実』を知っているんですか?」
「そういや、ルルネが人間になったときも、その『進化の実』とやらが会話に出ていたような……」
アルが、ルルネのときを思い返していると、ベアトリスさんは少し落ち着きを取り戻し、話し始めた。
「いいですか? 『進化の実』というのは――――架空の木の実です」
「へ? か、架空?」
ベアトリスさんの言葉に、俺は思わず間抜けな声を出した。
「はい、架空です。何故なら、自生地がまったく分からないからです」
「え? な、ならどうして、『進化の実』の存在を知っているんですか?」
「その疑問はもっともでしょう。ですが、ただ一つだけ、『進化の実』に関する記述が残った、書物があるのです。曰く、『生物としての格を引き上げる奇跡の実であり、神々が予測できなかった、唯一絶対の植物である』……と」
「えっと……どういう意味なんでしょうか?」
「つまり、『進化の実』は……もともと存在しなかったのです」
「は?」
ますます、俺の頭は混乱した。いや、存在したからこそ、俺はそれを食べてこうして生き延びられたわけで……。
「こういえば分かりやすいでしょうか? この世界のありとあらゆる現象は、神にとっては予定された出来事……つまり、運命であり、それらすべてを神々は知っています」
ま、まあ、全知全能の神とか地球でも言うくらいだからな。俺たちの人生も、神様は全部把握できるんだろう。
ただ、この世界に転移させた神様の話が本当なら、この世界に神様の影響はないはずなんだけど……。
「そして、『進化の実』は、そんな神々が予測できなかった……完全に運命から外れた、予想外の存在なのです」
「つまり……神様にとって、『進化の実』はまったく知らない、未知の存在ってことですか?」
「そう言うことになります」
おっと? 予想以上に話が大きくなってきたぞぉ? ただの一般人である俺が、受け止められるレベルの話なのか? コレ。ビッグな男になりたいものだね!
「で、でも、そんなことどうやって確認したんですか? 神様に直接訊いたんですか?」
「はい」
「予想外だよ!」
神様に直接訊いたの!? いや、俺もある意味で会話してるわけだから、話せないわけじゃないんだろうけども!
「どうやって訊いたんですか?」
「そうですね……誠一さんは、こうして異世界から来た存在だと分かりましたし、知らないのも当たり前かもしれませんね。実は、この世界は……すでに神から見放されているのです」
すみません、知ってます。
「この世界には、ダンジョンなどに『神』と名の付く存在もいると聞きますが、それとは別……いえ、もっと高い次元に存在する神々から、見捨てられたというのが正しいでしょう」
確かに、俺が倒した『黒龍神』も人間から神様として崇められてたらしいけど、俺たちをこの世界に転移させた『神様』とは、大きく次元が違うというのも、何となく分かる。
「しかし遥か昔は、まだ神々による恩恵を受けていました。ですが、あるとき……神々の間で、争いが起こったのです」
「へ?」
「一柱の神が、他の神を含むすべての王となるべく、他の神々に襲い掛かり、残りの神々はそれに対抗するべく、激しく争いました。そのとき、この世界の住人が、その一柱の支援をしたため、結果的にこの世界は神々から見放されたのです。もちろん、その神々の戦争は、大勢の神々の勝利で終わりました」
「えっと……どうしてこの世界の人々は、その一人の神様を助けたんですか?」
「諸説ありますが、その神が……我々人間を甘やかしたからというのが、一番有力ですね」
「……」
進化の実の謎だけでいっぱいいっぱいなのに、ここにきてさらに謎を呼ぶ? どこかに見た目は子供、頭脳は大人な名探偵がいるんじゃないの?
俺がさらに混乱していることが伝わったのか、ベアトリスさんは苦笑いするも、丁寧に教えてくれた。
「誠一さん。アナタは、ただただ甘やかされることが正しいと思いますか?」
「それは……」
「……ある程度予想できると思います。神に甘やかされ、何もする必要性が無くなった人類は……退化の一途をたどるだけです」
「……」
「考えてみてもください。災害が無くなり、魔物が消え、人々の争いが失われた世界。それは、とても素敵なことだと思います。ですが、人と競い合う『競争』も失われ、神にすでに生きていくうえで最高にいい環境を与えられた人類は、よりよい生活にしようとする思考もなくなり、人としての……『進化』が、止まってしまったのです」
「……」
ベアトリスさんの言いたいことは、分かる。
もちろん、戦争がなくなるなんて、すごくいいことなんだろうし、平和な世界なんて、誰が望んでも手に入らない、理想郷みたいなものだ。
でも、その結果、『人間』という存在の価値が、なくなってしまうことにもつながる。
ベアトリスさんの言うことが事実なら、戦争だけでなく、他の面でも人類が楽に生きられる環境が整えられたのだろう。
それこそ、動く必要がないレベルで。
ただ、生きているだけ。それだけでいい世界。
そこに、生物としての進化は存在しないだろう。
「別に、『人間』が争うためだけに『進化』してきたといいたいわけではないのです。しかし、戦争だけでないにしろ、神に甘やかされた人類は、どんな農作物でも植えれば豊作、必要最低限度の行動だけで効率よく生きていくことができる……そのような環境になったため、自ら考えること、動くことを放棄したのです」
「……」
「……前置きが長くなってしまいましたが、そんな時代がありました。そして、神々の戦争に敗れたその一柱は、この地に封印されたのです」
「この世界に!? それじゃあ……死んでないってことですか!?」
「やはり、いくら倒せたとはいえ、相手は神です。そう簡単に滅ぼすことはできません。ましてや、我々人類が、手を出すことさえできない、高次元の存在なのですから。そして、神々が、反逆の神を封印した時、偶然生まれたモノ――――それが、『進化の実』なのです」
「……」
冗談抜きで、話が壮大過ぎてついて行けません。
「その『進化の実』を見つけることができた人間……それが、『進化の実』の記述が残された唯一の書物の著者であり、かつて勇者の剣術指南役でもあった――――ゼアノス・ゼフォード公爵です」
「!?」
ここにきて、【果てなき悲愛の森】で戦った、暗黒貴族ゼアノスが出てくるの!?
「一柱の神が封印され、再び世界には災害や魔物、そして戦争が蔓延っていた時代で、ゼフォード卿は、悲劇の人物として、現在までも語り継がれています。愛する国に裏切られ、愛する人を失った彼は、姿を消しました。その姿を消す前……つまり、まだ国に裏切られる前のころ。彼は『進化の実』を見つけました。そして神から『進化の実』が神々にとっても、予想外の存在であることが告げられました。その結果、自身の手には負えないと判断した公爵は、神々に『進化の実』を渡しました」
「……」
「ですが、『進化の実』は……神の力をもってしても、消すことができなかったのです。これは研究者たちによる憶測ですが、『進化の実』の出現は、神々が膨大な力を使い、この地に一柱の神を封印したことによって、突如生まれたいわゆる『力の結晶』ではないか? と言われています。……今までの研究者たちは、『進化の実』を一つの架空創造物としてとらえ、あまり真面目な研究はされておらず、その説で取りあえず歴史の研究がすすめられています」
だからか……ゼアノスが、『進化の実』を知っている口ぶりだったのは……。
ゼアノスは、あの洞窟から出てないわけだから、森で生えているのを見て、知ったという可能性は低いよな。……もしかしたら、普通に洞窟から出られたのかもしれないけどさ。ダンジョン名も『森』って付くわけだし。
それに、『進化の実』があれば、ゼアノスに仕えていたメイドのマリーも死ななかったんじゃ? とも思ったけど、それを見つける前に死んでしまったわけだから、どうしようもなかったのだろう。
でも……【果てなき悲愛の森】で、『進化の実』が存在したってことは……神様たち、手におえなくてあの森に捨てたとかじゃないよな? そうだよね?
「ちなみに、ゼフォード公から『進化の実』を受け取った神々は、処分に困り、我々の知らない場所に一柱の神と同じように封印したと伝えられています」
「絶対封印じゃなくて、捨てただけだから!」
そんな気はしてたよ! 絶対捨てただけだろうってなっ!
だって、クレバーモンキーとアクロウルフが、普通に奪い合ってたんだぞ!? 封印するならもっと厳重にしてっ!
そう言えば、『暗黒貴族ゼアノス物語』を読んだとき、ゼアノスはとある森にマリーの亡骸を抱えて、隠れ住んだって書いてあったけど……今にして思えば、人間を復活させることができる霊薬のもととなる【反魂草】とかが生えていたのも、【果てなき悲愛の森】が『進化の実』や『神様』の影響を大きく受けていたからで、ゼアノスは、あの森が他とは違うって分かっていたから、あそこに移り住んだのかな?
妙なところで話がつながったことに、俺は驚きを隠せない。
「分かっていただけましたか? もし、誠一さんが食べたというモノが本当に『進化の実』であるのなら……それは、世界に大きな衝撃を与えるでしょう」
「…………信じてもらえないかもしれませんが、『進化の実』を食べた結果、こうして俺の見た目が変わったわけで……」
「そうですね……『進化の実』は、残された記述が正しいのであれば、誠一さんの見た目が変わったのも、生物としての格が引き上げられた結果と考えられるので……文字通り、『生まれ変わった』というのが正しいでしょう。ですから、今の誠一さんの姿は、紛れもなく誠一さん自身のモノですよ」
「…………」
唖然とするしかない俺。
すると、サリアが笑顔で言った。
「だから言ったでしょ? 誠一は誠一だって!」
その言葉に、俺は涙ではなく、今度は笑顔を浮かべたのだった。
四月一日『進化』のくだりを修正。
私自身の言語能力が低いせいでしっかりと伝わらなかったようですが、戦争と『進化』を大きく関連付けたかったのではなく、純粋に神様にあれよこれよと赤ちゃんのように世話をされることで、動く必要もなくなった人類の『進化』が止まってしまうということを伝えたかったのです。
言葉足らずですみませんでした。




