インスタント・ファーム
あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いいたします。
私の稚作で、皆さまが笑顔で今年も過ごすことができれば幸いです。
では、どうぞ。
「ところで、バーナバス様。コイツらはいったい?」
ガルガンドさんの言葉に呆けていると、ガルガンドさんはバーナさんにそう訊いた。
「うむ、彼らは将来有望な若者たちでのぅ。ぜひ、ワシの学園で教師をしてくれんかと頼んで、学園に向かっている最中なんじゃよ」
「なんと……」
バーナさんの言葉に驚いた表情を浮かべたガルガンドさんは、何やら観察するような視線を向けてきた。
その様子に、『千里眼』のスキルにより、ガルガンドさんがスキルを使用したことが分かった。
この観察するような視線は、この世界に飛ばされる前に大木に向けられるなどで、『鑑定』のスキルを発動している時特有のものだと知っているので、あまり驚きはなかった。
すると、ガルガンドさんは、俺の偽装されたステータス見て、首を傾げた。
しかし、次の言葉に俺は驚かされた。
「ん? どういうことだ? ……貴様のステータスと身に纏う雰囲気……噛み合ってないぞ?」
「!?」
ど、どういうことだ?
確か、俺のステータスはメチャクチャ弱いはずで、ガルガンドさんにもそう見えているはずだ。
それなのに、ガルガンドさんは『噛み合ってない』……つまり、不自然だというのだ。
バーナさんの言葉と、俺のステータスが『噛み合ってない』って意味かもしれないが、ガルガンドさんはハッキリと俺の雰囲気と噛み合ってないと言ったのだ。
ありえないと思っていると、なぜかバーナさんは面白そうに俺の情報を補足した。
「ちなみにじゃが、おそらく彼の方がワシより魔法を扱えると思うぞ?」
「なっ!?」
ガルガンドさんは絶句した。
そりゃそうだろ。魔法使いの間でも超有名らしいバーナさんより、俺の方が魔法を扱えるなんて言われれば、誰だって驚くだろ。……じゃなくて!? サラッととんでもないこと言われてね!?
バーナさんも油断できないけど、このガルガンドさんも全然油断できない人物だ。俺のステータスと実際の実力に違和感を感じているし。銀色全身タイツなのに! ……関係ないか。
さすが、S級冒険者ということなんだろうか?
実力のある変態か……いや、ギルド本部で嫌というほど思い知らされたわけだけども。ちょっと変態という理由だけで、忌諱しすぎたかもしれない。差別はいけないよな。
よく考えれば、変態だって人様に迷惑さえかけなければ、自分の好きなことを全力で取り組んでるだけなんだし――――。
そこまで言いかけた時、脳裏にロリコンのウォルターさんの笑顔が浮かんだ。
…………。
い、いや、あれは特殊な例だ。変態だからって、差別する理由にはならない! もう一度言うが、人に迷惑さえかけなければ――――。
脳裏に、露出狂のスランさんと、破壊狂のグランドさんの顔が浮かんだ。
迷惑どころか害悪だっ! 庇い切れねぇよ、変態共がっ!
少し現実逃避気味になったわけだが、もう今さら俺の実力を隠すのも意味があるの? って言う気もしているわけで。なんだかいろいろとやらかしちゃってるし。
この前の魔物の侵攻のときだって、一つの魔法で魔物を全滅させるなんておかしいし、ドロップアイテムも俺の『完全解体』のおかげでとんでもないレア度だったはずだ。
まあ、ドロップアイテムに関しては、元々ルイエスがいろいろと難易度の高いダンジョンを攻略したり、強い魔物を倒して手に入れたりしていたので、そこまで大きな騒ぎにならなかったわけだけども。
そんなことを考えていると、ガルガンドさんは考えるような仕草をした後、不敵に笑った。
「フッ……この俺が実力を見極めきれないとはな……なかなか面白い人材のようですね」
「そうじゃろう?」
「ええ。ぜひともその実力を体感してみたかったのですが……まあ、この盗賊どもの後始末もありますし、今回は諦めましょう」
なんか、戦う一歩手前だったみたい。ナゼ?
ガルガンドさんは、愕然とする俺に視線を向けると、変わらずの態度で訊いてくる。
「貴様、名前は?」
「へ? あ、えっと……誠一です」
「誠一か……フッ、覚えておこう」
どこか嬉し気な様子で、ガルガンドさんは馬車から離れると、一つのロープでぐるぐる巻きにされた盗賊たちを、引きずりながら去っていった。
呆気にとられたまま後姿を眺めていると、アルが呆然と呟いた。
「S級冒険者って……ヤベェな」
本当にね。
ギルド本部で慣れたと思ったが、まだまだ世の中にはすごい変態がいるんだと思い知らされたのだった。
◆◇◆
盗賊の襲撃とガルガンドさんの出会いから、五日経った。
あれから何か所かの村を経由して、着実に学園へと向かっている俺たちだが、馬車のなかは特にすることもなく、暇な時間が流れていた。
そんなとき、俺はふとアイテムボックスに眠ったままの『進化の実』を思い出した。
育てよう育てようとは思ってはいたが、『進化の実』自体が種であることが分かり、育てようにも育てられる場所がなかったため、今まで放置してきたのだ。
だが、ルイエスやフロリオさんの訓練を通して、ある程度自分の力について理解してきた今、俺の魔法でそれが解決できるんじゃないか? と考えていた。
埋める場所がないなら、創ってしまえばいい。
ぶっ飛んだ考え方だが、無理な気がしない。人間辞めたしね……人間辞めたしね!
幸い、バーナさんは俺の方が魔法の扱いが上だと公言しているし、アルも俺が普通じゃないって言わないけど気付いているだろう。
それなら、多少ぶっ飛んだ魔法使っても大丈夫だよね? 別に攻撃魔法でもないし、大丈夫ということにしよう!
そうと決まれば、早速魔法を創造するために、イメージを練り上げる。
『進化の実』が育てられるくらい、広い場所がまず必要だよな。それに、実がよく育つ環境であることも必須だろう。
そして、植木鉢のように持ち運び可能であれば最高だ。……いや、何言ってんだ? 俺。
広い場所で育てたいのに、植木鉢みたいに持ち運び可能って……。
とんでもない無茶苦茶なイメージを何とか想像する。
すると、俺の脳内に一つのビジョンが浮かんだ。
……いや、でも……まさかねぇ?
そのビジョンは、とてもこの世界では有り得ないモノだったのだが、一度想像してしまうと、なかなかそのビジョンは消えない。
仕方ないので、ダメもとでそのビジョンのまま、適当な魔法名を唱えてみることにした。
「『インスタント・ファーム』」
ポン!
唱えた瞬間、俺の手元にあるモノが出現した。
それは、俺にとって、慣れ親しんだモノであり、本来この世界に存在しないモノだった。
まさか、本当に俺が想像したモノが現れるとは思っていなかったので、絶句しながら『それ』を見つめた。
「……マジかよ……」
そう、俺の手に現れたのは――――『スマホ』だった。
俺が想像したのは、スマホ内で作物を育てるアプリゲーム。
これなら、確かにスマホなので持ち運びも可能だし、ゲームなので作物を育てる場所の広さを気にする必要がないわけだけども……!
本当にスマホが現れるなんて、誰も想像できねぇだろ?
呆然と手元のスマホを眺めていると、画面が表示され、そこには『メニュー』と書かれたコマンドがあった。
それを選択すると、『育てたいモノを画面に近づけてください』と表示され、俺はその指示に従い、アイテムボックスから一つだけ『進化の実』を取り出し、画面に近づけた。
すると、何の抵抗もなく、『進化の実』が画面に吸い込まれた。
そして、画面には、三つの畝が表示されており、そのうちの一つに双葉の芽が生えていた。
その畝を選択すると、『進化の実』と表示される。恐らく、この畝で『進化の実』を育ててますよということなんだろう。
まだ芽の状態ということは、収穫するのはまだまだ先ということなんだろうけど、なぜか『水をやる』や『耕す』と言ったコマンドが存在しない。ただ、『メニュー』という、大雑把すぎるコマンドが一つ存在するだけだった。
………………もうそろそろいいかな?
スマホってどういうこと!? 羊のフルフェイスヘルメットといい、ガッスルのブーメランパンツといい……この世界の世界観をことごとく破壊するようなモノばかりじゃねぇかッ!
いや、俺が地球で何回か遊んだことのあるスマホゲームを想像したのが悪かったのかもしれないけどさ!
でも自重しようぜ!? …………俺のことだよっ!
とうとう我慢できず、我慢していた想いをぶちまけた。ただ、声に出せばただの変人なので、心の中にとどめている。……世知辛い。
それに、無駄に使える魔法だからこそタチが悪い。本当に俺の要望通り、持ち運び可能な広い場所というのをクリアしているんだから。
結論としては、非常に使える魔法ということで落ち着いたのだが、いい加減世界観を壊し続けるモノの数に、思わずこの世界そのものに同情してしまった。
お前も苦労してるんだな。……主な原因は俺ですけどね! 本当にすみません。
とにかく、使える魔法だと分かったので、俺は『進化の実』だけでなく、せっかくなので、残り二つの畝には、『特薬草』と『反魂草』を育てることにした。
『特薬草』は、『最上級回復薬』を作るうえで必要な素材だし、そのまま食べても大きな効果を発揮するので、育てて損はない。種は持っていないが、手持ちの『特薬草』を画面に近づけると、勝手に吸い込まれたので、育てられるだろう……たぶん。
『反魂草』は、今まで放置し続けてきたが、サリアから種を貰っていたので、育てることができる。
この『反魂草』は、魔物には効果を示さないが、人間であれば死者を蘇らせることができる『霊薬』の素材になるので、是非とも育てておきたい。
こうして、三つの畝に『進化の実』、『特薬草』、『反魂草』と植えられたわけだが、いつ収穫できるのか分からないので、こまめに確認しようと思っている。
ちなみに、スマホをどうしようかと考えていたら、自然と消えて、出したいと思ったら手元に現れたので、それも考える必要がなくなった。もう、何も言うまい。
別に見られてもよかったのだが、誰も俺の方を見ていなかったので、スマホなどを説明する必要もなく終わった。
こうして、俺たちは平穏な空気のまま、『バーバドル魔法学園』へと進んでいったのだった。




