英雄
凛々しいロバ姿のルルネに跨り、ナポレオンと同じポーズをとる俺の絵。
…………ナンダコレ。
しかも、フードを被ってないのだ。
黒髪黒目で普通に描かれている。王都に来て、一度も黒髪黒目の人物を見かけていないので、どう考えても俺だろ。ロバ姿のルルネはそっくりそのままだし。
……もしかして、俺の気付かないうちにフードが脱げてたのか? そんなバカな……。
そう思ってみたが、俺の両手はルルネの手綱を握るので精いっぱいだったわけで、あの激しい動きのなか、フードを押さえるなんてとてもじゃないができないことに気付いた。
……俺の今までの苦労はいったい何だったんだ……?
まあ、黒髪黒目が珍しいとはいえ、いないわけではないことを知っているので、そこは問題ではない。
そう、一番問題なのは――――。
「な、なんて雄々しい姿なのだ……」
「ああ……これこそが、物語に登場する英雄の姿なのだろう……」
「惚れ惚れするほど凛々しく、カッコイイ……」
――――ルルネに乗る俺の姿が、異常なまでに美化されていることです。
キリッ! という擬音語がつきそうなほど凛々しく、とんでもないイケメンとして描かれているのだ。
…………。
誰だよお前!?
確かに痩せたけどさ!? なに? その無駄な美化! メッチャイケメンに描かれてるんですけど!?
……あ、もしかして、俺じゃなくて、違う人がモデルなのか?
よくよく考えれば、俺がモデルに選ばれるなんてあるはずがねぇもんな。偶然ルルネに似たロバに跨った、黒髪黒目のイケメンがいたかもしれないじゃないか。
なるほど、そう考えれば納得だ。
しかし、ロバに跨るイケメンって……いやぁ、変わった人がいたもんだぜ!
『それではメイさん、作品の紹介をどうぞ』
『は、はい……この絵は、私がこの大会に出場するための勇気をくれた、ある人物を描いたものです。その人は、先月行われた王都カップにロバで出場し、優勝したすごい人なんです。あの時の光景を、今でも忘れられません』
やっぱり俺かよおおおおおおおおおおおっ!
俺はその場で崩れ落ちた。
先月の王都カップって言っちゃったし! ロバで優勝とか俺しかいねぇじゃん! 逃げ道ねぇよ!
第一、ロバに乗ってキメ顔するイケメンなんていねぇよっ!
大きなダメージを負う俺に、メイは追い打ちをかけてきた。
『なるほど……それで、作品名は何でしょうか?』
『作品名は、【英雄】です!』
ヤメテっ! 恥ずかしくて死んじゃうよ!?
恥ずかしいだけじゃなくて、罪悪感で押しつぶされそうになるから! ゴメンね!? こんな英雄で!
フードをさらに深くかぶり、羞恥心に身を捩っていると、サリアとアルが言う。
「誠一カッコイイね!」
「ああ……その、カッコいい」
眼科に行ってください! てか、アンタら俺の素顔見たことあるでしょ!?
「さすが主様ですね。惚れ惚れするほど英雄です」
「どんなコメントだよ!」
思わずルルネの台詞にツッコむが、すぐに恥ずかしくなる。
とんだ羞恥プレイだよ……!
しかし、俺の顔はこの際置いておくにしても、メイはすごい絵を描いたと思う。
この世界では、あのナポレオンの絵を知っている人間がいるはずもないので、確実にメイが見たまま、感じたままに描いた作品なのだろう。
ただ、ナポレオンの絵と明らかに違うのは、山登りをしている絵じゃなくて、狼を蹴散らしているところかな!
半ば自暴自棄になりつつあると、審査員であるレオンさんが静かに口を開いた。
『――――素晴らしい』
もう許してください。
レオンさんのその一言に、俺は心の底からそう思った。
『人物の配置、ポーズ、周りの状況……すべてにおいて、これは完璧です。これだけで、アナタが才能あふれる人物だと分かりますね』
『そ、そんな……』
『ただ、まだまだ色の配色などは荒さが目立ちます。ですが、それは成長の余地が十分にあるということです。メイさん、これからも素晴らしい絵を描き続けてください』
『! は、はいっ!』
レオンさんから、高評価をいただいたメイは、大きな笑顔を浮かべた。
『――――これで、参加者の作品紹介は終了です。これから、レオン様に、最優秀賞を選出していただきます。選考する時間がございますので、発表は30分後とさせていただきます』
そんなアナウンスが聞こえ、会場に集まっていた人々は、それぞれが休憩を始めた。
こうして、無事クレイとメイの、作品発表は終了したのだった。
◆◇◆
結果を言うと、メイが最優秀賞に選ばれ、クレイは優秀賞となった。
そのときのメイは、嬉しさのあまり泣き崩れていたし、クレイは素直にメイの作品を称賛していた。
なんだかんだ言って、クレイはいいヤツだよな。イケメンだし。
そんなことを考えながら、俺はメイとクレイのいる場所まで向かっていた。
サリアたちは、宿屋に帰ったので、今は俺一人だ。
人ごみを避けながら、何とかクレイたちの場所まで辿り着くと、向こうも俺の姿に気付いたようだった。
「ん? ああ、誠一か」
「あ、誠一さん!」
「お疲れ。二人ともすごい絵だったな」
素直にそう言うと、メイは照れたように笑い、クレイは当然といった様子で胸を逸らした。
「当たり前だろう? この僕が描いたんだからな!」
「相変わらずの自信だな。もう少し悔しがってるかと思ったんだが……」
苦笑い気味にそう言うと、クレイは真面目な表情で言う。
「もちろん、悔しいさ。でも、それ以上に、彼女……メイの絵が素晴らしかった。だから、僕はある意味満足してるよ」
「ふぅん……まあ、クレイが満足してるなら、俺はそれでいいと思うけどな。ただ、今回の絵画大会を見てて感じたのが、やっぱり芸術家の考えてることは理解できんってことだな」
もうね、まったく話についていけないんですよ。
俺から見て上手いと思う絵でも、芸術家の人たちは斜め上の感性でその絵を捉えるし……本当に、俺みたいな凡人とは違う存在だと感じさせられたのだ。
だが、俺の言葉を受けたクレイは、首を横に振る。
「それは違うぞ、誠一」
「え?」
「そもそも、音楽も絵画も、僕たちの人生の中において、なくても生きていけるモノであるし、それを追求する僕たち芸術家もまた、理解されない存在であるのも確かだ」
「……」
「でも、その無駄なもので、感動させ、理解されて初めて、僕たちの作品は【芸術】になるんだ。人に理解されない作品は、どれだけ優れた作品であっても、結局はガラクタに過ぎないんだよ」
「……」
「そういう意味では、僕の作品はまさにそうなのさ。お爺様に言われ、ようやく気付くことができたよ。僕が絵を描き始めたキッカケも、お爺様が僕の絵を褒めてくれたからなんだ。それからは、正直なところ、他の人から褒められたことはなかった。ただ、お爺様の孫という僕の絵に興味を持った人たちが、買っていくだけ。僕の絵そのものに価値を見出していなかったんだよ」
そう言うクレイの表情は、初めて見る少し寂しげなものだった。
だが、次の瞬間には、再び自信にあふれる強気な表情へと変わる。
「だからと言って、僕は絵を描くことを止めないし、自分の絵にだって誇りを持ってる。僕の作品を【芸術】にする最初の鑑賞者は、描き上げた僕自身なんだからね。他の誰でもない、僕が自分の作品を理解しなきゃ、誰にとっての【芸術】にもなりえないなんだから」
「クレイ……」
俺はクレイの一本筋の通った考えに、素直に尊敬の念を抱いた。
コイツは、強いな。そして、天才ってのも、間違いじゃないと思う。
すると、隣で話を聞いていたメイも、同じことを思っていたらしく、小さく呟いた。
「クレイさんって……すごいですね」
「そうだな……」
そんな俺たちの様子を意にも介さず、クレイはハイテンションで告げる。
「さて、僕はそろそろ失礼させてもらおうかな! 自分の作品に対する改善点が分かった今、僕は今すぐにでもこの気持ちをキャンバスにぶつけたいのでね! では……さらばっ!」
それだけ言うと、クレイは颯爽とその場から去って行った。本当に元気なヤツだなぁ……。
二人でその様子を見送ると、メイが俺に向き直る。
「えっと……誠一さん。本当に、いろいろとありがとうございました!」
「いや、俺何もしてないんだけど……」
「そんなことありません! 誠一さんのおかげで、今回の大会に出場する勇気をいただきましたし、そして何より、誠一さんの活躍があったからこそ、私の絵も完成したんです!」
「……俺なんかがメイの役に立てたならよかったよ……」
あの絵を思い出し、一人勝手に心しずむ俺。ホント、俺みたいなのが英雄でゴメンなさい。
「何はともあれ、無事に終わって安心したよ。メイがステージに登場したときは、見てるこっちが緊張しちゃうくらい緊張してたしね」
「そ、その……お恥ずかしい限りです」
メイはそう言うと、犬の耳をペタンとさせ、俯いた。うん、子犬みたいだな。
勝手にそんなことを思っていると、メイは顔を上げ、さっき去って行ったクレイのように、決意に満ちた表情を浮かべた。
「誠一さん。私、これから芸術の都……【アムリア】に、絵のことを学びに行こうと思うんです」
「アムリア?」
「はい! 今回の審査員だった、レオン様のような、有名な芸術家たちが集う街です。先ほど、レオン様に、そこで絵のことについて学ばないかと誘われまして……」
「おお! スゲーじゃねぇか」
これは、スカウトとかそんな感じなのだろうか。
クレイが言ってた通り、この絵画大会はすごいらしいし、そういう誘いがあってもおかしくはないか。
「なので、私は近々この街とお別れすることになるんです……」
「あ、そうか……それは寂しいな」
「はい……あの、本当に誠一さんには感謝しても足りません。あの広場で、最初に絵を買ってくれたのも、勇気づけてくれたのも、全部誠一さんのおかげです。だから……」
「違うだろ。全部、メイの実力だ。俺が絵を買ったのも、大会で最優秀賞をもらえたのも、メイの絵が素晴らしかったからだよ。だから、胸を張っていいと思うよ」
そう俺が言うと、メイは嬉しそうに笑った。
「なら、誠一さん。私がアムリアで、しっかり絵のことを学んだら、最初に誠一さんの絵を描かせてもらえませんか?」
「え? 俺の絵を?」
……オヤジギャグじゃねぇからな?
「はい! 誠一さんの絵を!」
「……俺の絵なんて描いたところでつまらないと思うんだけどな……でも、嬉しいよ。なら、お願いしようかな?」
「はい! 楽しみにしててくださいね!」
最後に、一段と輝く笑顔をメイは浮かべたのだった。
――――これが、【抽象画の鬼才】と呼ばれ、【絵画の英傑】と称された二人と、俺との始まりであり、あの【英雄】の作品が、世界中で有名になるだなんてことは、夢にも思わなかった。
次回から、少しずつ話が進んでいくかと思います。




