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ルルネ無双

お待たせしてすみません。

では、どうぞ。

 司会の言葉に従い、それぞれの参加者がスタートラインまで移動を開始した。

 この王都カップでは、地球で言う駅伝のようなスタートの形が採用されている。

 なので、最初のスタートの位置からすでに、レースの有利、不利が出てしまうのだ。

 これは、参加者が多いため、仕方がないだろう。それに、そのことに関しては、参加者たちも了承済みなので、文句は出ないらしい。

 他の参加者の馬が大きく、ロバに跨る俺は、どうしても小さくなってしまう。だから、残念ながら俺は、スタートの位置で必然的に不利な、一番後ろになってしまった。


「ふぅ……一番後ろからスタートなのは仕方がないとして……案外乗れるもんだな」


 そこまでレースにこだわっているわけでもない俺は、ルルネの背中に簡単にのり、ちゃんと移動できていることに軽く感動していた。

 進化前の俺だったら、まずルルネの背中に乗ることすらできなかっただろうなぁ……。

 そんなことを考えていると、ふとある馬に乗っている集団が目に映った。

 その集団は、なぜかスタートラインまで移動しておらず、その場から動かない。

 司会もそのことに気付いたのか、声をかける。


『おっとぉ~? そこの選手諸君! 一体どうしたんですか?』


 だが、声をかけられている人たちは、必死に自分の馬に声をかけていたため、司会の声が届いていなかった。


「おい、ジョンソン! どうした?」

「何で動かねぇんだよ、ケリー!」

「ジョニー、動いてくれよ!」


 やけに人間っぽい名前を馬に付けるんだな。

 ツッコミどころはそこじゃないんだろうが、思わずそう感じてしまった。

 しかし……本当にどうしたんだろうか? 馬が突然動かなくなることなんてあるのか?

 その人たちの様子を見て、いろいろと可能性を考えてみたが、馬に特別詳しいわけでもない俺には、まったく分からなかった。

 俺は、なんとなく彼らが乗っていた馬に視線を向けた。


「ッ!?」


 そして、俺はこの騒ぎの原因を理解してしまった。

 その原因を理解して、俺が驚いていると、とうとうその動かなくなった馬に乗っていた選手たちは、馬からおり、動かない馬に語り掛けている。


「本当にどうしたんだ……?」

「どこか具合でも悪いのか?」

「無理させてまで走らせられねょ……」


 それぞれが、馬を気遣いながら、首を撫でたときだった。

 ドサッ。

 突然、その馬すべてが地面に倒れた。

 しかも、よく見てみれば、そのすべてが無駄に凛々しい表情を浮かべたままだ。

 お分かりいただけただろうか?

 つまり、突然動かなくなったこの馬たちとは――――。


「「「……あ。死んでやがる」」」


 ウマシカあああああああああああっ!

 またお前か! どこまでお前はバカなんだ!? いや、参加者の中に、確かにウマシカに乗ってたヤツは何人も見かけたけども!

 どこまでも救いようがないウマシカの生態に、もうなんて言葉にすればいいのか分からないでいると、司会は無駄に苦々しい声で言う。


『何ということでしょう……。レースが始まる前に、走ることのできない選手がすでに20人……』


 ウマシカの参加率高いな!? そりゃあウマシカのスペックは高いだろうけど、それ以前の問題だよね!?

 心の中で、怒涛の勢いでツッコミを続ける俺。

 俺、この世界に来てから、ツッコミしかしてない気がする。

 そんなわけないんだが、そう思ってしまうのも無理はないだろう。

 げんなりした気分でいると、ルルネが涎を垂らしながら言う。


『今夜の食卓には、馬刺しが多く出そうですね!』


 ルルネさん。それ、冗談にしては笑えないっす。


『まあ、彼らの馬には同情しますが、レースを止めるわけにはいきません! みなさん、気を取り直して、レースを頑張ってください!』


 ルルネとくだらないやり取りをしていると、司会がさっきの空気を吹き飛ばすようにそう告げた。

 そんなくだらない出来事もあったが、他の参加者たちも無事、スタートラインまで移動した。


『みなさん、もうスタートの位置につきましたね? では、カウントを始めます! 3!』


 よし、どうやらレースがスタートするみたいだ。

 なんか、スタートするまでにやけに時間がかかった気もするが、今はレースに集中するとしよう。


『2!』


 カウントが減っていくのを耳にしながら、ルルネに言う。


「ルルネ。それじゃあ、よろしく頼むぞ」

『お任せください!』


 力強いルルネの返事に、これはいけるかもしれないと俺は思った。


『1!』


 そうだよ。ここまで無駄に自分のすごさを語ってきたんだ。ルルネをただのロバだと思っちゃいかんだろう。

 手綱をしっかりと握り、気持ちを引き締める。

 さあ、俺たちのレースの――――。


『スタァァァァアアアアアトッ!!!!』


 ――――始まりだっ!

 一斉にスタートする馬たち。

 砂埃が舞い上がり、一瞬にして視界が悪くなる。

 だが、残念だったな、参加者諸君!

 俺のルルネは、颯爽とすべての馬を――――。


「――――抜けないっ!」

『はぁ、はぁ、はぁ』


 結果、ルルネは見事に予想を裏切ってくれました。いや、逆に予想通りか?

 ルルネのスピードは、驚くほど遅く、瞬く間に他の馬たちに置き去りにされてしまった。

 足音だって。

 パッ…………カ、パッ…………カ。

 な? 驚きの足音だろ?


「ちょっとぉ~? ルルネさ~ん? 最下位ですよ~? ほら、本気を出さなきゃ!」


 まだだ。まだ、ルルネの本気はこんなものじゃない……! と思い直し、そう声をかけてみる。

 だが、ルルネの足取りは微塵も変わらなかった。

 パッ……………カ、パッ…………カ。


「あ、ダメだこれ」


 一歩を踏みしめるまでの時間がヤベェ。優勝どころか、5位入賞すら無理だね。

 もはや諦め、もうどうにでもなれ! と思っていると、司会の声が聞こえる。


『おっとぉ!? 誠一選手とルルネ選手のペアがまっっっったく進んでおりません! やはりロバではダメなんでしょうか!? あっという間に最下位です!』


 ダメなんです。


『誠一選手たちがまだ、スタートラインでもたついている間に、もうトップ集団は半分を走り終えました!』

「速くね!?」


 もう半分!? 絶対5位入賞とか無理だろ!

 他の馬の速さに驚いていると、ルルネが苦しそうな声を出す。


『くっ……はぁ、はぁ』

「おいおい、大丈夫か!? 無理すんなよ! お前が頑張り屋なのは分かったからさ!」


 そして、足が遅いことも分かったけどね。

 そんな俺の気遣う声を受けたルルネは、苦しそうに、呟いた。


『……お……腹……が……』

「え? お腹が?」

『……お腹が…………空いた…………!』

「草でも食ってろよぉぉぉぉおおおお!」


 思わず叫んでしまった。いや、仕方がないでしょ。

 まさか腹が減ってたの!? だから遅いわけ!?

 そんなわけないと思いつつも、一応訊いてみる。


「おい、ルルネ。ちなみに朝食の牧草は……」

『主様、私にそのような家畜同然の飯を食えと……!?』

「お前ロバだろぉぉぉぉおおおお?」


 何言っちゃってくれてんの!? 何で俺がおかしいことになってんの!?


「ちょっ! 取りあえず、この地面にはいっぱい草が生えてんだから、それ食って腹を満たせ! お腹いっぱいなら走れるんだろ!?」

『私はもう、草のような何がおいしいんだか分からない、あんなモノ食べたくありません! 人間の食事、サイコー!』

「だから、お前はロバなんでしょぉぉぉぉおおおおお!?」


 いくら叫んでも、ルルネは地面に生えている草を食べようとしない。

 バハムートのことを持ち出して、何とか草を食べさせようとしたが、それでも食べないことを考えると、死んでも人間が食べるようなもの以外は口にしなさそうである。

 動物に、人間の食べ物あげるんじゃなかった。

 と、俺は今さらながら、強く後悔した。


「くっ! このまま何もできずに負けるとか、カッコ悪すぎる……! 何か、俺の手持ちで食えるものは……!?」


 必死にアイテムボックスの中身を探してみるが、どれも調理されていない生の食材ばかりで、そのまま食べられそうなモノはなかった。

 ああ、完全に終わった……。

 そう、諦めかけたときだった。


「……ん?」


 アイテムボックスの中にある、とあるモノに目が留まる。

 それは――――【進化の実栽培セット】だった。

 たしか、この中身は、進化の実を栽培する方法と、進化の実の種などが入っているって言ってたけど……。


「もしかして、進化の実も一個くらい入ってるんじゃ……」


 そんな淡い期待をしながら、【進化の実栽培セット】を取り出してみる。

 すると、ズタ袋のようなモノが出現した。

 中を見てみると、本当に進化の実を栽培するための方法が書かれた冊子と、進化の実が15個も入っていた。…………あれ?


「進化の実が入ってて、種が入ってないぞ?」


 どれだけ中身を漁っても、進化の実はあるが、種らしきものは出てこなかった。

 その事実に首を捻り、理由を考えていると、あることに気付いた。


「……あ。そういえば……進化の実を食べたとき、種が出てきたことなかったよな……?」


 そう、【果てなき悲愛の森】で進化の実を10個も食べた俺は、そのすべてを丸ごと食べていた。

 つまり、種なんて見たこともない。皮はついてるけどな。

 ということは、この進化の実は、おそらく種実類と呼ばれるものなのだろう。それこそ、この進化の実と似た見た目をしている、地球にあるアーモンドなんかは、まさに種実類と呼ばれるものである。

 とはいえ、何とかルルネが食べてくれそうなモノを見つけることができた。まあ、一応木の実だが、草じゃない分、まだ食べてくれるだろう。


「ルルネ! コイツは食べられるか!?」

『そ、その木の実は……?』


 弱弱しい声で、ルルネはそう訊く。つか、なんでそこまでして草を食べたくないんだよっ。


「コイツは、俺が死にかけていたときや、サリアがピンチになったときに救ってくれた、【進化の実】だ」

『進化の実……?』

「そうだ! コイツには、感謝してもしきれないほど、大きな恩がある。それくらい、素晴らしい効果を持った木の実なんだ!」

『食べます!』

「復活早いな!?」


 俺の力説を聞き、ルルネは一瞬で俺から進化の実を一つとると、そのまま食べてしまった。


『こ、これは……!』

「おい、どうかした――――」

『不味いっ!! 驚くほどに不味いですね!』

「あ、なるほどね」


 ルルネの、むしろ清々しいといった表情で不味いという姿は、俺も森で食べた進化の実の味を思い出させた。うん、確かに不味かったなぁ……。

 だが、効果はすごい。


『んん!? お、お腹が……いっぱいだと!?』


 そう、進化の実は、一つ食べればお腹がいっぱいになってしまうという、素晴らしい効果を持っていた。


『主様! これなら……これならいけます!』

「よぉしっ! んじゃあ、頼むぜ!」


 改めて、復活したルルネの手綱を握り、気を引き締める。

 まあ、また遅く走ることになる気もするけどな!

 そんなことを思っていると、ルルネが俺に訊いてくる。


『主様、しっかり手綱は握られましたか?』

「ん? ああ、大丈夫だいつでも来い!」


 正直、そこまで本気で手綱は握っていない。

 どうせ、そこまで危なくないだろうという、俺の楽観的な考えからだった。

 だが、そんな楽観的な考えは、一瞬にして俺を恐怖させたのだった。


『じゃあ――――参ります……!』

「おう! ――――へぁ!?」


 俺が返事をした直後、俺の体を浮遊感が襲う。

 何が起きているのか理解できないでいると、次いですごい衝撃が俺のお尻へと伝わってきた。


「っっっっ!!」


 そして再び、俺の体に浮遊感が襲い掛かってきた。

 あまりにも理解できない展開に、必死に頭を働かせていた俺は、気付いた。


『はははははっ! バハムートよ……今、食らいに行こう……!』


 ルルネが、それはもう素晴らしい跳躍を見せ、一気にレースのコースを駆け抜けていることに。


「えええええええええええええええええっ!!??」


 速っ! 超速ぇ!

 ルルネは、最初の失態がまるで嘘のように、驚くべき走りを披露していた。

 それに従って、俺はちゃんと手綱を握っていなかったこともあり、何度もルルネから振り落とされそうになる。


「ぎゃあああああああああっ! 怖いっ! 怖いよおおおおおおおおおお!」

『このルルネを止められるモノなど、存在せぬ……!』

「誰か、このロバ止めてぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええ!」


 思わずそう叫び、俺はルルネの走るスピードについていけないまま、ただ振り回される形でコースを駆け続けた。


◆◇◆


 私――――メイ・チェリーは、魔力投影機によって映し出された映像を見ていた。

 その理由は、私が絵画大会に出場する勇気がなかったのを、勇気づけるきっかけとしてくれた誠一さんが出場しているからだった。

 だが、やはりというか、ロバのルルネちゃんでこの大会に挑むのは無謀であり、スタートした直後、誠一さんたちは最下位になってしまった。

 そんな様子を見ていると、同じように魔力投影機によって映し出される映像を眺めていた、ベルガー侯爵家の子息である、クレイ・ベルガーさんがため息を吐いた。


「まあ、分かりきっていたことではあるけどね。でも、少し残念かな? 誠一には、頑張ってもらいたかったんだけどね」


 クレイさんは、自分の絵に絶対的な自信があり、そのことで私に突っかかってきたりもしましたが、別に悪い人というわけではなく、むしろいい人です。

 ただ、ちょっと天然なのか、いろいろと抜けているところも目立つような人でした。


「メイ。誠一のことは残念だったが……君は君で、素晴らしい作品を作り、キャラスティ絵画大会でぶつかり合おうじゃないか!」

「クレイさん。そのセリフだと、誠一さんが死んだように聞こえるんですけど……」

「気のせいだっ!」


 なぜ、そこで胸を張るのかは分からないが、クレイさんは動作の一つ一つが忙しい人だなと思った。

 そんなやり取りをしている時だった。

 突然、司会の人が、大きな声で告げる。


『なっ!? これは何ということでしょう……! 突如、トップ集団の前に、グランドウルフの群れが出現しました!』

「え!?」

「何?」


 再び投影されている映像に目を向けると、グランドウルフがコースの進行方向に立ちはだかり、トップを走っていた、マイケル選手たちが思わず馬の足を止めてしまっていた。

 確かに、最近このテルベールの付近で、狼の群れを見かけるっていう話は聞いていたけど……。

 この場にいる誰もが、まさかいきなりその群れが出現するとは思っていなかった。

 ただ、警備体制は万全だろうし、すぐにでも討伐隊が向かうと思うけど……。


『んん!? ま、待ってください! グランドウルフの群れに、よく見れば……A級の魔物、【ヘルウルフ】までいるじゃないですか! って、冗談抜きでマズいですよね!? る、ルイエス様ああああ! 助けてえええええっ! 馬たちが食べられちゃうぅぅぅうううう!』


 いや、心配するところはそこじゃないと思うけど、確かに最悪だった。

 司会が告げたように、映し出されている映像の中で、茶色いグランドウルフとは明らかに違う、一回り大きな漆黒の狼が群れの中に控えていた。

 ヘルウルフ……今回の5位の賞品である、バハムートほどではないにしろ、一匹だけで、小さな町程度は蹂躙しつくせる力を持つ、とても凶悪な魔物だった。

 バハムートは、普段は湖の奥底にいるため、こちら側から手を出さなければ基本的に襲ってこないが、ヘルウルフは違う。

 野生本能丸出しで、食べられると判断すれば、何でも構わず突撃すような、好戦的な魔物だ。

 幸い、誠一さんたちは最下位なので、襲われる心配はなさそうですけど……。最下位なのが、果たして幸いなのかはこの際考えなかった場合ですけどね。

 そんなことよりも、私たちはただ、参加者たちが無事でいることを祈るしかできなかった。


『何でこんな時に限って厄介ごとがやって来るんですかぁ! こっちはオシオキ覚悟でルイエス様の隠し撮り写真まで提供してるのにっ! これじゃあ、普段からテルベール周辺の警護を怠ってたって王様たちに勘違いされて、もっと怒られちゃいますよぉ!』


 えっと……司会の人、たしかローナさんだったっけ?

 ……ドンマイ。

 心の中で、司会のローナさんに合掌をする。ただ、隠し撮りは自業自得だと思うので、仕方がない。

 そんなことを思っていると、ふと、ローナさんはあることに気付いた。


『ん? ……なあッ!? こ、これはどういうことでしょうか!』


 ローナさんの驚きの声のあと、突然映像が変わった。

 映像がいきなり変わったことにも驚いたが、それ以上に映っている人間に驚かされてしまった。


「ど、どうして……!」

「はははっ! 面白くなってきたじゃないか!」


 隣でクレイさんが笑っている。

 って、笑いごとじゃないですよ! 何でこの状況で笑えるんですか!?

 だって、映し出された人間が――――。


『ヒヒィィィンッ!!』

「誰か止めてぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええっ!」


 爆走しているルルネちゃんと、それに振り回される誠一さんの姿だったのだから!


◆◇◆


「おい、いい加減にしろ! マジで危ないんだけど!?」

『バハムートぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!!』


 あらヤダ、聞く耳持ってくれない! まさしく馬の耳に念仏だなっ!


「……ウマくねぇぇぇぇええええっ! ……馬だけに!」


 ……とか言ってる場合じゃないんですよ!

 本当に誰か止めて! じゃないと……。


「る、ルルネさんや……は、吐きそう……」

『私のバハムートまであと少しっ!』

「あ、これは途中で吐くな」


 顔を真っ青にしながら、俺はルルネに振り回され続ける。

 しかも、話を聞いてくれないので、ほぼ確実に途中で吐くだろう。

 そんな誰に知られるわけでもない吐き気との死闘を繰り広げていると、突然目の前に多くの馬の集団が見えた。


「な、なんだぁ!?」


 気分の悪い中、よく目を凝らしてみると、どうやら狼の群れに行く手を阻まれて、先に行けないらしい。おっと、吐き気が強くなった……。

 どうやらルルネは、バハムートに意識が向いているため、狼の群れに気付いていない。

 しかも、狼たちは、今にも襲い掛かりそうで、馬たちの隙を窺いながら、距離を保っている。


「ルルネっ! 前に狼の群れが待ち受けてるぞっ!」

『それは本当ですか? 主様。どおりで多くの馬が立ち往生しているんですね』

「そういうわけだ。だから、いったんスピードを落として――――」

『なるほど、これはチャンスですねっ! 最初に遅れた分を取り戻すために、加速しますよ!』

「あっるぇえ? まぁだ加速するんですかぁあ!?」

『私はルルネ! 誇り高いロバの騎士っ! さあ、バハムートのため……いざ、参るッ!』

「やめろおおおお! 俺の五臓六腑がシェイキングされちまうっ!」


 俺の制止も虚しく、ルルネは高く前足を振り上げると、そのまま最初の勢い以上のすさまじいスピードで、馬と狼の群れに向かって猛ダッシュした。

 もう何が何だか分からない状態でいると、再び俺の体を浮遊感が襲った。

 正気に返り、辺りを見渡してみると……。


「……oh……」


 俺は、馬たちの頭上を飛び越え、そのまま馬たちと狼たちのちょうど真ん中に落下する最中だということを認識した。

 ルルネは、白目状態の俺を気にする素振りも見せず、狼の群れへ突撃する。


『ザコが……私の邪魔をするなああああああああああああああっ!』


 今日一日で、俺の常識がことごとく壊されていく。

 ロバって、こんなに足が速いんだぁ。あはははは、狼がどんどん蹴散らされていってる~。

 哀れな狼たちは、ルルネの足の餌食になり、顔面に鋭い蹄をもらい続けていた。

 そして、しばらくの間、ルルネが狼相手に無双していると……。


「ウォォォォォオオオオオオオオンッ!」


 そんな遠吠えを響かせる、漆黒の狼が立ちはだかった。

 その狼は、さっきまでルルネが蹴散らしていた狼たちと、明らかに格が違う。

 この狼相手には、ルルネも分が悪い――――。


『寝てろッ!』

「ギャンッ!」


 ――――なんてことはなかった。あれ? オカシイ。

 いかにも、ラスボスっぽい雰囲気をまき散らしてたのに、ルルネの飛び蹄蹴りを顔面にめり込まされ、そのまま20mほど吹き飛ばされた。


「……そういえば、全言語理解のスキルが発動するまでもなく蹴散らされたなぁ」


 ルルネに振り回されながら、しみじみとそう語る俺。もう歳かもしれん。

 いろいろと達観し始めた俺をよそに、ルルネは爆走を続ける。

 そして、気付けばゴールテープのある場所まで来ており――――。


『ゴ、ゴォォォォォオオオオオオオオルッ!!』


 ルルネは、無双状態でゴールしたのだった。


◆◇◆


「はははっ! すごい、すごいじゃないか! あの状況下でゴールしちゃうなんて!」

「ほ、本当に優勝しちゃった……」


 私……メイ・チェリーは、いまだに目の前で起こった出来事を理解できていなかった。

 それもそうだろう。最初、最下位だったルルネちゃんと誠一さんが、突然の大進撃を開始して、そのままグランドウルフの群れどころか、ヘルウルフすら蹴散らしてしまったんだから。

 ボスである、ヘルウルフが倒されたこともあって、残ったグランドウルフは、慌てて逃げてしまった。

 そのおかげで、今まで進むことのできなかった人たちもゴールでき、何とか王都カップを終了することができていた。


「何はともあれ、これで君も、心置きなく絵が描けるんじゃないかい?」

「あ……」


 そう、私は今の映像を見て、何を描くか……それが決まった。


「私、急いでこの後、絵の制作に取り掛かります!」

「そうか……なら、僕も負けていられないな! 君の絵は、実に強敵だからね。次に会うときは、キャラスティ絵画大会かな? お互い頑張ろう!」


 そう言い、笑いながら去っていくクレイさん。

 初めて会ったときは、いちゃもんつけてきたのに、こうして絵の腕を認めてくれてるし……本当によく分からない人だ。

 思わず苦笑いを浮かべ、私はさっきの映像を思い出す。

 あの、多くの選手の窮地を救った、ルルネちゃんと誠一さん。

 もう、何を描くのかは分かりきっていた。


「……よしっ!」


 今一度気合を入れ直し、私も観戦所を後にした。

 そのとき、ふとこんなことを思い、思わず口に出して。


「あ。結局優勝しちゃったけど……誠一さん、バハムートはよかったのかな?」


◆◇◆


『やってしまったあああああああああああっ!』


 今、俺……柊誠一の前で、ロバであるルルネが全力で嘆いていた。


『私はっ! バハムートがっ! ほしかったっ!』


 そう、あのルルネの無双は、結果として――――俺たちを優勝させてしまったのだ。


「まあ……元気出せ。ほら、優勝だぜ?」

『私は別に、ワルキューレとやらの連中と一緒に過ごせても嬉しくないんですよぉぉぉぉおおおおお!』

「うん、俺もいらん」


 ルルネの悲痛な声が、耳に痛かった。

 俺も、できることならバハムートがよかった。だって、美味しいんだろ? 食ってみたいよね。


『私の……私のバハムートがぁ……』


 ちなみに、表彰式もあり、そのときバハムートを手に入れた人を見る機会があったが、すごく嬉しそうな笑顔を浮かべており、家族でバハムートを食べれると喜んでいた。おかげで、賞品を交換してほしいと言うに言えなかった。

 しかも、あんまりにもルルネの精神的ダメージが大きすぎたため、俺は表彰式に参加していない。

 まあ、もともと目立つのは嫌いなので、ちょうどいいんだが。

 しかし……まさか、トップ集団の連中が、あの狼の足止めを食らっているとは思わなかった。てっきり、なんとかして狼から逃れてたりしたものだと思っていたからだ。

 だが、あのルルネが蹴飛ばした、漆黒の狼がなかなか厄介なヤツだったらしく、どうしても先に進めなかったんだとか。

 そのせいで、俺もルルネも完全に出遅れてると勘違いしていたため、猛スピードでゴールしたのだ。


『ぐすっ……もう、二度と食べられないんだ……』


 ルルネが予想以上にへこんでいるため、俺もさすがにいたたまれなくなってきた。

 だからというか、俺はルルネのそばに腰を下ろすと、ゆっくり撫でながら語り掛ける。


「まあ……今回はダメだったけどさ。別にバハムートが世界に一匹しかいないってわけじゃないだろ? だから、今度バハムートと遭遇するような機会があれば、そのとき倒して、一緒に食べよう!」

『ぐすっ……ほ、本当ですか?』

「ああ! それに、バハムート以外にも、この世の中には美味しい食べ物がたくさんあるんだ。どうせ俺は旅をするんだし、いろいろな土地を巡って、一緒にバハムート以上に美味しいものを見つけて行こうぜ?」

『あ、主様……! うわああああああん!』


 ルルネは、俺の胸に飛び込んでくると、そのまま大泣きし始めた。

 俺にはルルネの声が分かるからいいが、はたから見れば、なぜか号泣しているロバに襲われている人間の絵面でしかない。おまけに、鳴き声は『ヒヒーン!』である。やべぇ、想像しただけでもシュールだな。

 そんな感想を抱きながら、優しくルルネの頭を撫でている時だった。

 突然、ルルネの体が淡い光を放ち始めたのだ。


「え。ちょっと、今度は何!?」


 焦る俺と、自身の身に起きてる出来事に気付かないルルネ。

 やがて、その淡い光は徐々に強くなっていき……!

 ピカアアアアアアアアアアアアッ!


「目が焼けるぅぅぅぅうううう!」


 強烈な光を目の前で見たため、俺の目は尋常じゃない痛みに襲われていた。

 あまりの痛さにルルネを抱えたままのたうち回っていた俺は、似たような現象を目の当たりにしたような気がしてならなかった。

 しばらくして、光が収まったと思う頃には、俺の目のダメージも引いており、ゆっくりとだが、目を開けることができた。

 そして、俺はあることに気付く。

 ……なんか、胸元にやけに柔らかいものが……。

 恐る恐る、俺は視線を下げると――――。


「ぐすん。主様ぁ……」


 茶髪のポニーテールに、鳶色の瞳に涙をいっぱいにため、上目遣いで俺を見ている美人にも美少女にも見える女の子が、俺に抱き付いていた。――――それも、裸で。

 …………。

 俺、こんな幻覚見ちゃうほど変態だったんだろうか? だとすればヘコむわぁ……。

 …………。

 いや、もうなんとなく何が起こったのか理解できてるんですけどね?

 それに、周囲もいきなり現れた裸の女の子に抱き付かれてる俺を見て、驚いてるようだし。

 つまり、あれだろ? ルルネが進化したんだろ? 進化の実を食べたんだからさ。狼どもを蹴散らしてたし。

 まあ、サリアや俺と違って、1個しか食べてないのに、ここまで劇的なビフォーアフターをするとは思わなかったよ? でもまあ、理解できなくもないかな? うん。

 ほら、髪の毛の色とか、瞳の色なんかは、ロバのルルネと共通してるし、確実にこの女の子はルルネとみて、間違いないだろう。

 というか、それはもういいんだ。

 つまり、こう長々と一人語りを続けたわけだが、俺が口にしたいのはただ一つ。


「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」


 うん、叫ぶしかないよねっ!

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― 新着の感想 ―
流石進化の実だね 暴食のロバが暴食の美少女にクラスチェンジするんですね わかります
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