王都カップ
大変お待たせしました。
病気や家の事情で中々執筆できず、こうして遅くなってしまいました。申し訳ございません。
では、どうぞ。
「それじゃあ誠一、頑張ってね!」
「観客席で応援してるぜ」
「おう」
俺こと柊誠一は、サリアとアルに応援の言葉をもらい、ルルネのいる馬小屋へと向かう。
ちなみに馬小屋は、フィーナさんにルルネのことを伝えたあと、提供してくれたのだ。
そして今日、無謀な挑戦ともいえる、王都カップに参加する日なのである。ヤベェ、今さらだけどどうしよう。
昨日、メイやクレイと別れたあと、そのまま帰った俺は、サリアとアルに、ルルネのことを紹介した。
メイのときは大丈夫だったので、ルルネをサリアたちと会わせても攻撃はしないだろうと思っていた通り、ルルネはサリアとアルにも優しく接していた。
なので、ルルネがサリアたちと仲良くなるのはさほど時間はかからず、サリアはもともとゴリラなこともあり、なぜか俺と同じようにルルネと意思疎通ができていた。……何でゴリラとロバが意思疎通できるのかは、この際考えないことにする。
それで、今日の王都カップに出場する経緯も伝えると、二人とも初めは驚いた顔をしたが、すぐに応援してくれた。それにしても、アルは観客席で応援するって言ってたが……観客席ってどこにあるんだろうか?
それはいいとして、二人に応援してもらったからには、できれば勝ちたい。
ルルネもあれだけ自信満々に足が速いことを言っていたのだ、優勝は無理でもある程度の順位まではいけるんじゃないか? と考えている。
ただ、なぜだろう。嫌な予感しかしない俺はおかしいんだろうか?
いや、もともと難しいというか、不可能って言われてるようなことに挑戦するわけだからな。嫌な予感も何もないな。本当に今さらである。
そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にかルルネのいる馬小屋にたどり着いていた。
中に入ると、他の冒険者や商人たちの馬がおり、牧草を食べたりしながら過ごしていた。
他の馬の様子を眺めつつ、ルルネの場所まで行く。
すると、ルルネは俺が近づいてきたことに気づき、ロバのくせに無駄に凛々しい顔で挨拶してきた。
『主様、おはようございます! 今日は絶好の乗馬日和ですね!』
「乗馬日和かは分からんが、おはよう。今日はよろしくな」
『お任せください! このルルネ、主様の名誉を守るため、必ずや主様を優勝させてみせましょう!』
「本音は?」
『バハムートのために!』
「優勝する気ねぇな!」
バハムートは、5位入賞者の賞品であるので、優勝してしまっては、手に入れることができない。
レースが始まる前に、残りの4位から優勝までの賞品が公開されるらしいが……。
優勝しようと思ったら、最低でもルルネの気を引く食べ物が優勝賞品じゃねぇとな。それ以前に、ルルネはロバで、優勝すら絶望的だけど。
「まあいいや。もうそんなに時間もねぇし、行こうか?」
『はいっ!』
ルルネを馬小屋から出し、俺は王都カップのスタート地点で、王都テルベールの入り口でもある検問所の門付近まで移動した。
門までたどり着くと、参加者であろう冒険者たちが、様々な馬を引き連れ、集まっている。
「おお、スゲー。俺の知ってる馬以外にも、いろいろな馬がいるなぁ。……ウマシカもいるけど、大丈夫か?」
周囲の馬を見渡し、一人で呟いていると、後ろから声をかけられた。
「誠一!」
「誠一さん!」
「ん?」
後ろを振り向くと、豪華な服に身を包んだクレイと、ブラウスとロングスカートを穿いたメイがこちらに向かってきていた。
「クレイとメイか。二人ともどうしたんだ?」
「僕は君とロバが、どこまで頑張れるか見るために来たのさ!」
「私は、誠一さんが私に勇気をくれるために走るって言ってくれたので……応援しないわけにはいかないと思って、見に来ました」
「そうか。まあ、メイのためにも頑張るよ」
俺がフードの下で苦笑いしながらそう告げると、メイは申し訳なさそうな顔で言う。
「誠一さん。私はもう、絵画大会に出場することを決意しました。まだ、何を描くかは決まってませんが……。ですから、誠一さんも私のことを気にせず、思うように走ってください。それに、誠一さんの目標は5位の賞品である、バハムートなんですよね?」
「一応ね」
主に、ルルネの目標はそれである。
「なら、優勝しようとは考えず、自分の目標順位を狙って頑張ってください! 応援してますから!」
「ありがとう」
しかし、なぜだろう。言外に優勝は不可能と言われてる気がしてならない。
そんなことを思っていると、俺はふとあることに気づいた。
「そう言えば、観戦する人たちって、どうやって俺たちのレースを見るんだ?」
王都カップのコースは、単純に城壁周りを一周するだけである。
だが、テルベールという街全体を囲う城壁は、当たり前だがとんでもなく長い。地球の駅伝のように、各ポイントで応援するんだろうか?
アルとサリアも観客席とやらで観戦するらしいが……。
あれこれ予想立ててみる俺だが、クレイはきょとんとした表情を浮かべると、何を言っているんだと言わんばかりに説明してくれた。
「どうやっても何も、『魔力投影機』を使ってに決まってるじゃないか」
「……ナニソレ」
思わず片言になって訊くと、今度はメイが答えてくれる。
「えっと、魔力投影機というのは、魔道具の一つでして、無数の『魔導カメラ』を魔法で宙に浮かし、それで撮っている映像を空中に投影して、誰もが離れた場所の映像が見れるようになるといった物です。魔力投影機の動力でもある魔力は、宮廷魔術師の方々が供給しているんですよ」
魔法のチカラってスゲー。回復魔法とか見て思うけど、科学が驚くほど需要性を感じられないな。もう魔法で万事解決じゃね? 死人さえ復活させられるわけだし。
「一応観戦所が設けられていますが、基本的に投影される映像は王都全体のどこでも見れるので、それぞれの場所で観戦されます。私とクレイさんは、観戦所で投影された映像を見ながら応援するつもりです」
「なるほど……」
メイの説明に、俺は納得する。
比較的安全とはいえ、城壁の外は魔物もいるからな。そんななかで観戦は中々できないだろう。
「あ! そろそろ移動しないと席がなくなっちゃいますね……」
「そうだな……誠一、僕とメイは観戦所に移動させてもらうよ。君の活躍を期待しようじゃないか!」
「頑張ってくださいね!」
結局、二人とも俺が挨拶を返す前に、すぐ観戦所に向かってしまった。
「まあ……頑張りますか」
そんな呟きと共に、俺はルルネを連れて、スタート地点へと向かうのだった。
◆◇◆
『さあ、やってまいりました! 毎年豪華賞品が贈られる、王都カップ! この王都カップの司会進行を務めさせてさせていただきますのは、騎士団【剣聖の戦乙女】所属、ローナ・キリザスです! 短い時間ですが、どうぞよろしくお願いします!』
街全体に響き渡る、女性の声。
そして、空中には、スタートラインに集まった、今回の王都カップ出場者の面々が映し出されていた。
……もうツッコむ気にもなれないけど、この司会の声を届かせてる技術も、魔法なんだろう。科学っていらなくね?
精神的に疲れ気味の俺とは逆に、周囲の参加者や、司会の声はテンションが高かった。
『さて、ルール説明や、スタートをする前に……みなさんが気になっている、1位から4位までの賞品の発表をしたいと思います!』
司会がそう告げた瞬間、周囲の人間は大いに沸きあがった。
「うおおおおおおお!」
「今回はどんなスゲー賞品なんだ!?」
「優勝は絶対に渡さん!」
「勝利を我が手にぃぃぃいいいいい!」
周りが怖い……!
いちいち周囲が大声を上げるたびに、俺の体はビクッと震えていた。
そして、そんな周りの熱気に負けないほど、ルルネも静かに闘気を滾らせている。
『バハムートバハムートバハムートバハムートバハムートバハムート……』
「もうヤダこの子っ!」
食べることしか考えてねぇ! いや、俺も食ってみたいんだけどさ!
一人萎縮した状態でいると、司会の楽しそうな声が聞こえてきた。
『うーん、いい熱狂っぷりですねぇ! そんな熱いみなさんに負けないほど、今回の賞品も素晴らしいですよ! しかも、今回の優勝賞品は、今までにない新しいものとなっています!』
新しいもの? それって何だろうか……。
司会の言葉に、首を傾げていると、俺以上にルルネが司会の言葉に反応した。
『あ、新しいモノだと!? ま、まさか……バハムートを超える食材が!?』
「いったん食事から離れろ!」
『くっ! バハムートは何が何でも欲しいが、優勝賞品も食材だったのなら……私はどうすればいいのだ!?』
「話を聞けぇぇぇぇえええええええ!」
俺のツッコミも虚しく、ルルネは一人で悩み始めてしまった。終いには泣くぞ。
ルルネの食への執着心に、泣きそうになっているなか、司会は賞品を発表していく。
『では、まず第4位の賞品から! 4位の賞品は……とあるダンジョンにて、我らワルキューレの団長である、ルイエス様が手に入れた、伝説級の武器、【海割り】です! この武器が賞品となっている理由は、単純に我々のなかで、斧を使って戦う騎士がいないというだけです。まあ、伝説級の武器が他国に渡ろうが、私たちは負けないですけど!』
ふと上空を見上げれば、さっきまで俺たち参加者を映していた映像から、綺麗な青色の刃の大きな斧が映されていた。恐らくあれが、海割りという武器なんだろう。
つか、4位の賞品で伝説級の武器かよ。優勝賞品は本当に何なんだ? それに、こんなに簡単に伝説級の武器を賞品にしてしまうってことは、本当にワルキューレとかって言う騎士団が強いんだろう。
前にガッスルも言ってたが、この国には二人の超強い騎士がいるらしいし。
『お次は第3位! 3位の賞品は……またも同じく、ルイエス様がダンジョンで手に入れた伝説級防具、【破邪の籠手】! この防具が賞品となった理由は、4位の賞品である海割りと変わりません! もってけ泥棒!』
「「「うおおおおおおお!」」」
司会の言葉に反応して、周囲は大きく叫んだ。
映像は、いつのまにか海割りから、白銀の籠手に変わっており、その籠手こそ破邪の籠手なのだろう。
しっかし……すごいな。冒険者からすれば、4位の海割りも、3位の破邪の籠手も欲しいだろうから、全員頑張ると思う。
そもそも、この王都カップだって、冒険者向けの大会なわけだし、一般向けの賞品がないのはある意味当たり前なんだけど。
『続いて第2位! 2位の賞品は……我らの団長、ルイエス様のお姿が収められた、貴重な写真ッ! どうです? 欲しいでしょ!』
いらねぇよ!? なぜここにきて写真!?
『尊い犠牲を払い、【魔導式カメラ】で隠し撮りした逸品ですよ! まあ、この大会のあと、確実に私は怒られるでしょうけど!』
馬鹿じゃん! 隠し撮りとか尊い犠牲とか……本当に馬鹿としか言いようがねぇ! しかも、叱られるって分かってたんならなぜやった!?
映像も、先ほどの籠手から変わり、モザイクのかけられた写真が投影されていた。モザイクって……スゲー無駄な技術!
何なの!? 4位と3位はすごかったのに! まさかの写真!? 誰が欲しがるの、そんなモノ!
「絶対にかああああああああああつ!」
「お姉さまの写真は私の物よぉぉぉぉおおおお!」
「うほおおおおおおおお! ルイエス様万歳!」
伝説級の武器より熱気がすごい……だと!? この国やべぇ……!
驚くべきことに、男だけでなく、女性までルイエス様とやらの写真を欲しがっており、全員目が血走り、とても怖かった。……お家帰りたい。
思わず頭を抱えていると、とうとう司会は、優勝賞品の発表に移った。
『さあさあ、やってまいりました! 優勝賞品の発表です!』
再び司会の言葉に、参加者たちは盛り上がる。
『栄光の第1位に輝いた選手には……なんと、我らワルキューレと一緒に、一日過ごせる権利が与えられます!』
いらねぇよ! 3位と4位の感動を返せ馬鹿ッ!
内心盛大にツッコんでいると、周囲の参加者たちは、さっきまでの熱狂がウソのように、静まっていた。
そりゃそうだろうよ! まさかの優勝賞品が、よく分からない権利なんだぞ!? そんなモノ貰って、喜ぶヤツがいるわけ――――。
「「「――――優勝は俺だあああああああああああああ!」」」
「「「――――優勝は私よおおおおおおおおおおおおお!」」」
コイツらどうにかしてくれぇぇぇぇええええっ!!
参加者たちは、さっきまでの沈黙を突き破り、最高ボルテージで叫んだ。
『いい熱狂ぶりです! まあ、ルイエス様と直接会える機会が与えられたとあれば、誰もが求めるのは当たり前ですしね! この興奮が冷めないうちに、ルールの説明もしちゃいましょう!』
司会者は、この状況を心底楽しそうに笑いながら、説明を始めた。
『ルールといっても、難しいことは何一つありません! とにかく、この王都テルベールの街全体を囲う城壁を、一周するだけ! ただし、他者への妨害や、明らかな危険行為、反則行為をした場合は、即失格となります! つまり、欲しいモノがあるんなら、正々堂々手に入れて見せろやああああああああ!』
「「「おおおおおおおおおおおっ!」」」
参加者たちの叫び声を聞き、少し落ち着くと、司会は付け加える。
『さらに、本来の王都カップは、参加者が主に冒険者ってこともあり、一般人は参加できず、ただ見て楽しむしかありませんでした! そこで、今回から、どの参加者が1位に輝くのか賭ける、【競馬】を始めることになりました! これで、一般の方々も、ただ楽しむだけじゃなく、運が良ければもっと楽しくなる大会となっております! そうそう、賭けられる金額ですが、依存や破産する人が出てもいけないので、1万Gまでとしています! みなさん、奮って参加しましょう!』
競馬!? 競馬までやるの!? たしかに、ただ見てるだけじゃつまらないのかもしれないけど……。
果たして、この競馬っていう形式がいい結果になるのかどうかは、俺には分からない。まあ、今回からって言ってたし、試験的な意味合いもあるんだろうな。
そんなことを思っていると、空中に投影された映像が変わり、参加者の名前と乗る馬の種類、そして倍率が表示された。
『これが今回の王都カップに参加する選手です! やはり一番人気は、馬の種類の中でも最速といわれる、【流星馬】とマイケル選手のペアですね! マイケル選手は、前回の王都カップでも優勝した実績がありますし、優勝者の最有力候補としては妥当なところでしょう』
へぇ……前の優勝選手がいるのか。すげぇ速いんだろうな。
『ただ、今回の大会では、他にも有力な選手も多くいるようですし、優勝が誰になるかは分かりません!』
まあ、俺には関係ないかな。ルルネも、結局優勝賞品が食材じゃないと分かり、5位のバハムートを絶対に手に入れる気だし。
司会者が、予想や各選手の実力を分析し、それを伝えていたときだった。
『……んんっ!? こ、これはどういうことでしょう! なんと、倍率120倍というとんでもないペアがいるじゃないですか!』
……あれ? なんだか嫌な予感が……。
『名前は誠一選手で、乗る馬は……ろ、ロバぁぁぁぁああああ!? 誠一選手、勝つ気はあるんですか!?』
やめろおおおおおおおお! 俺が一番分かってるから! ロバで挑むことが無謀だってことは!
だからせめて……せめてそっとしておいて! 俺を虐めないでええええええっ!
ふと周囲を見渡してみると、他の参加者は、俺に生暖かい目を向けていた。そんな目で見るんじゃねぇよ!
『ま、まあいいでしょう! これで、ルール説明も賞品の発表も終わりました! あとは……競うだけですっ! それでは皆さん、スタートをするので、スタートラインまで移動してください!』
結局俺は、周囲から生暖かい目を向けられながら、スタートラインまで移動することになった。
後から聞いた話だが、この恥ずかしい映像は、王都全体に見られ、爆笑されたらしい。……どこか穴はないだろうか?
冗談抜きで、隠れるための穴を探し始める俺だった。




