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本の呪縛と安らぎと

書籍化の件ですが、削除とダイジェスト化はございません。

ではどうぞ。

「あ、そういえば……進化の実、羊から貰ってるんだった」


 俺は、ギルドからまず出た瞬間にそれを思い出した。

 すっかり忘れてた……。まあ、黒龍神の件や、アルトリアさんのこともあって、慌ただしかったってのもあるけど……。


「図書館で調べたり、馬を買ったりするよりも、まず進化の実だよな」


 進化の実の凄さを一番知っているのは、俺だと思う。

 サリアも進化したわけだから、凄いことは知ってるだろうけど、俺はそれ以上に進化の実の凄さを知っているし、感謝している。何度俺はあの実に助けられたことか……。

 だからこそ、魔王なんかとは比べ物にならないほど、今の俺にとって、重要なものだった。

 幸い、俺は道具屋にもともと用事があった。

 それは、回復薬なんかを作ったりするための道具が欲しかったからだ。


「ちゃんとした道具や、ビンが必要だからなぁ」


 クレバーモンキーは、そのビンすら自作してたわけだから凄い。


「えっと……おお、道具屋、意外と近いじゃん」


 ガッスルから貰った簡単な地図を見てみると、ギルドからそれほど遠くない位置に道具屋の場所が示されていた。


「よし、んじゃまずは道具屋からだな」


 そう決めた俺は、早速道具屋に向けて歩き出した。

 道中、ロリコンのオッサンが、お菓子食べてる女の子を見て、息を荒げていたけど気にしない。あ、兵隊さん。あそこに犯罪者がいますよ。

 しかし……ガッスルたちの話を聞くまで気にもしなかったが、よく周りを見てみれば、ジーパン姿の人とか結構いるな。地球とのギャップがなさ過ぎて、違和感を感じなかったんだろう。

 他にも、地球で普通にありそうな服を着てる人もいるし。

 勇者、少しは自重しろ。

 そんなことを思いながら向かっていると、すぐに道具屋にたどり着いてしまった。


「ここか」


 たどり着いた道具屋は、変った建物というわけでもない。ごく普通の店屋さんだった。

 ドアを開けて入ると、見たこともない道具がずらりと並んでいた。


「おや? お客さんかい?」


 不思議な道具の数々に驚いていると、おばちゃんが奥から出てきた。


「あ、どうも。ガッスルの紹介で来ました」

「ははは。そうかい。好きなだけ見ていきな」


 おばちゃんは笑いながらそういうと、また店の奥に引っ込んでいった。

 ……いや、放置されても困るんですけど!?

 そこらじゅうにある道具のほとんど俺知らないよ!?


「仕方ない……見てみるか」


 商品には、商品名と値札が張り付けてあるので、名前とかからどういった道具なのか想像しよう。

 最悪、スキルの『上級鑑定』使えばいいし。


「えっと……これは?」


 そう言いながら、初めに手にしたものは、よく分からない白い球体だった。

 値段は100Gである。


「お手頃価格だな。それで、名前は?」


 名前を確認してみる。


『ただの玉』


「おいコラ店主!」


 玉って! ただって! 一体何に使うんだよ!

 いや、決めつけるのは早い。ただの玉って名前でも、何かしらの効果があるかもしれないじゃないか。

 そう自分に言い聞かせ、スキルを発動させてみた。


『ただの玉』……本当にただの玉。猫の遊び道具にもなり、魔物にぶつければ魔物の気を引ける……かもしれない。


「チクショウ、本当にただの玉だ……!」


 期待した俺が馬鹿だったよ!

 最近、期待を裏切られる機会が多い気がする。主に、ガッスルとか、エリスさんとか……。

 いきなりツッコミどころしかない商品に疲れたが、すぐに気を取り直す。


「んじゃ、この壺は?」


 次に目に留まったモノは、妙な雰囲気のある壺だった。

 何というか、錬金ができそう。

 もしかしたら、そういう道具なのかもしれない。

 結構な値段で、10万Gもする。それだけ貴重なのだろうか?

 今度は、名前を確認せず、そのままスキルを発動させ、確認した。


『幸せの壺』……持ち主が幸せになれる気がする壺。売れれば、店主は幸せに。


「兵隊さああああああん!」


 詐欺だ! ここに悪徳商売してる人がいます!

 こんな店が存在してていいの!? つか、それ以上に、ガッスルはなんつー店を紹介してくれてるんだよ!

 あれか? 何も知らない新人が痛い目を見て、それを教訓にできるから紹介したのか!? もしそうなら、悪質すぎる!

 もはや、この店に対する信用は地に落ちていた。

 しかし、よく周りを見てみれば、まともな商品も確かにある。

 例えば、『異世界の紙』と書かれた商品は、この世界に召喚された勇者が編み出した製紙法で作られており、地球のモノよりは品質で劣るが、それでも羊皮紙とは比べ物にならない使いやすさを誇っていた。

 値段も100枚で500G。安いのか高いのかよく分からないが、極端じゃない分、まだましだろう。

 他にも、魔法石というアイテムを使って作られた、『魔導式カメラ』というものもあった。おそらく、このカメラのアイデアも、勇者のうちの誰かが伝えたんだろう。

 ギルドのヤツで、盗撮するって言ってたけど、これでしてたのか……。

 まだまだ俺の知らないものが多くあったが、いつまでも見ていては時間がもったいないので、俺は再び必要な道具を探した。

 すると、特に苦労することなく、欲しいモノはすぐに見つかった。


「あった。えっと……乳鉢と乳棒。それに、空き瓶を……とりあえず10個でいいか」


 進化の実を育てるために、一応プランターとジョウロ、それと麻袋に入れられた土を買うことにした。

 一通り欲しいモノを選んだ俺は、奥に引っ込んだオバサンを呼んだ。


「すみません、お会計いいですか?」

「おや? もう決まったのかい?」

「ええ、まあ」


 返事が多少雑になってしまうのは、いろいろとこの店のことを知ってしまったからだろう。

 何か話すわけもなく、淡々と俺は会計を済ませた。値段は3000Gだったが、高いのか安いのか相変わらずわからない。

 まあ、今のところ金には困ってないからいいんだけどさ。

 店から出ると、再び賑やかな風景が俺の目に飛び込んできた。


「さて、次はどうするかな?」


 正直、馬を買うにしても、それは最後がいいだろう。

 今買ったら、いろいろ邪魔そうだしな。


「なら図書館か」


 魔王のことや勇者のこと、魔法の本なんかもあれば、それも見てみたいと思った。

 次の行先も決まった俺は、ガッスルから貰った地図を確認しつつ、図書館へと足を向けた。


◆◇◆


「んー……デカい」


 俺が図書館にたどり着いての第一声は、その一言だった。

 俺の目の前には、地球の有名な美術館を思わせる、巨大な建物があった。

 ステンドグラスや時計台もあり、綺麗な見た目でとても街に映えていた。


「ここが王立図書館ね」


 これだけ大きければ、魔法の本とかいくらでもありそうだな。

 そんなことを思いつつ、図書館に足を踏み入れると、中も綺麗で、とてつもない数の本棚に、ビッシリと並べられた本が目に入った。

 図書館に入場料などは存在しないが、その代わり、本は貸し出していないそうだ。

 単純に本を一般公開しているだけらしい。

 それぞれの本には、すべて盗難防止の魔法がかけてあり、図書館から一歩でも持ち出そうとすれば、強制的に本が元あった本棚の位置まで転移させられるそうだ。魔法ってスゲー。

 ただ、受付のようなものもないので、読みたい本があれば、自分で探さなくてはいけないらしい。

 なので、俺も自分で探してみたが、本が多すぎて、途中から自分が何をしているのか分からなくなったよ。

 でも、そんな苦労をしたおかげで、気になる本をいくつか見つけることができた。

 それらの本を抱え、俺は図書館内の席に座る。

 意外なことに人は一人もおらず、だだっ広い図書館を一人で占拠する形となった。


「よし、んじゃまずはこれから読むか」


 そう言いながら俺が広げた本は、『勇者と魔王』という、そのまんま過ぎて題名がそのまま内容という本だった。

 歴史書のように、難しい内容ではなく、子供向けの物語のようなものなのだが、一応の確認を込めて持ってきたのだ。

 ……まあ、結局無駄だったんですけど。

 何故なら、この物語の内容は、人間側のいいように曲解されており、魔族が絶対的悪として描かれていたからだ。

 俺が求めてるのは、もっと公平に、第三者的視点で描かれたものだった。

 ま、そもそもそんなことを物語に求めてた俺がおかしいんだけど。

 そんなことを思いながら、他の勇者と魔王関係のことが書かれた本を読み漁っていった。

 だが、それでも俺の求めている内容はなかった。

 どの本もすべて、魔王が悪で、勇者が正義となっているのだ。

 もしかしたら、それが真実なのかもしれない。

 でも、黒龍神の過去を見た今では、俺はとてもじゃないが、そうは思えなかった。


「上手くいかねぇな……」


 思わずそう呟く。

 しかし、そんな中でも一つだけおかしなことがある。

 歴史書の中に登場する勇者は、最終的に魔王を討伐した後、全員が平和に暮らしたと書いてあるのだ。

 勇者アベルの日記を読んだ俺は、それが信じられない。

 あの日記の内容が本物なら、勇者は国によって殺されているはずだ。


「……勇者を召喚した国は、勇者を殺しただなんて死んでも記録に残したくないんだろうな」


 ふとした拍子にそんな記録が勇者たちに知られれば、賢治たちが逃げ出したりするからな。殺される運命をわざわざ受け入れるヤツはいないだろう。


「仕方ない……魔王のことは諦めよう」


 少なくとも、本による魔王に関する情報と、勇者に関する情報を俺は信用しないことにした。


「ま、気を取り直して、他の本でも見ますか」


 そう言いながら広げた本は、俺たちのステータスについて、書かれた本だった。

 今まで俺は、ステータスのことをゲームや漫画から得た知識を頼りに、自分で納得していたが、詳しく調べれば、違うかもしれない。

 なので、この本を持ってきたのだ。

 しかし、書かれている内容は、ほとんど俺の認識と変わらなかった。

 それでも、魅力の部分だけは、俺の認識と少し違っていた。

 今まで俺は、魅力は容姿の良さを表しているモノだと思っていた。もちろん、実際そうでもあるのだが、それだけじゃない。

 なんと、その人の身に纏う雰囲気も、魅力の一つらしい。

 だから、容姿が悪くても、人を惹きつける何かがあるのなら、その人の魅力は高いことになる。

 よく、カリスマ性があるとかいうが、それもこの魅力が関係しているのだ。

 ……あれ? ということは、魅力が空欄状態だったりした俺はどうなんでしょうか? 人を惹きつける要素すらなかったということ?

 軽くそんなことにへこんだが、すぐに復活した。

 何故なら、今から読む本は、魔法のことが書かれた本だからだ。気にならないわけがない。

 わくわく気分で広げた本の題名は、『魔法を使うには?』というモノだった。

 読み進めてみると、魔法というそのものからの説明があった。

 簡単にまとめると、魔法は魔力というエネルギーを消費することで、世界に直接干渉できる力……らしい。

 魔法を発動させる条件としては、魔力が必要なことと、イメージする力が重要なんだとか。

 そのイメージを固定しやすくするために、詠唱というモノが存在し、詠唱破棄や、無詠唱といった技術を持つ魔法使いは、それが自然にできている一流の魔法使いらしい。

 ……おかしくね? 俺、まったくイメージせずに魔法を使いまくってたんですけど。

 だから、サリアとの戦闘のときに、自分の真上に大量の水を落とすような醜態をさらしたんだよ? だってどんな魔法か知らねぇんだもん。

 おそらくだが、俺が魔法を使えていた理由は、もう習得済みの状態で手に入れたため、イメージするという工程が必要じゃなくなったんだろう。……うわぁ。

 そんなことを思っていると、突然頭の中に無機質な声が響いた。


『スキル≪無詠唱≫を習得しました』


 …………。


「……っふ~……」


 まぁたやっちまったよ……。

 流石、称号に自重知らずがあるだけあるな。なんも知らない俺が、いきなり一流クラスのスキルを身に着けちまった……。

 交番の落し物中に、自重って届いてないかなぁ。

 遠い目をしながら、割と本気でそんなくだらないことを考える俺。

 しかし、もう俺が普通の人間じゃないことは理解しているので、結構早い段階で立ち直ることができた。

 そのあとは、それぞれの属性別に分かれた魔法の本を、初級編から上級編、そして最上級編までを俺は読んでいった。流石に煉獄属性の魔法の本はなかったけどね。

 そんな中で、意外だったのが、空間魔法のことについて書かれた本がなかったことだ。

 アイテムボックスのこともあるし、本はあると思ってたんだけどな。

 なので、俺が読むことができた属性の本は、基本属性である火、水、風、土、雷、氷、光、闇だ。

 読んでみた本で、俺の火、水、土属性、そして闇属性の本に書かれていた魔法の全ては、俺の知識の中にある魔法と同じだった。

 だから、それらの属性の本を読み終えた時、俺は自分が使える魔法を完全に把握できていた。空間魔法を除いてだが。


「よし。これで、初めて使った魔法の二の舞にはならないぞ」


 消費魔力しか今まで分かっていなかったが、効果や威力まで詳しく書いてあったのだ。

 ただ、俺が使う魔法は、威力が桁違いなので、そこは当てにしていないが……。

 こうして、火、水、土、闇属性の魔法の本を読み終えた俺は、残りの無、風、雷、氷、光属性の魔法の本も読んでみることにした。

 今は使えないが、いつか使えるようになるかもしれないし、もし相手にこれらの属性を使うヤツがいれば、対応できると思ったからだ。

 火や水は、攻撃力が高そうな魔法が多いが、風や雷は、どちらかといえば、応用のききそうな、万能系統の魔法が多かった。そう言った意味では、風、土属性が使いやすいのだろう。

 何気に、無属性魔法が応用の幅が広かった。身体強化や、単純にモノを浮かせたり、直接攻撃する手段は少ないが、使い方によっては非常に強力だと俺は思う。

 とにかく、俺は全ての属性の魔法の本を読み終えてしまった。時間も、地球のころの俺では考えられないほど早く読み終わったと思う。これも、進化の恩恵か?


「ふぅ……終わったぁ!」


 背伸びをしながら、そう言った瞬間だった。


『【無属性魔法:極】を習得しました。【風属性魔法:極】を習得しました。【雷属性魔法:極】を習得しました。【氷属性魔法:極】を習得しました。【光属性魔法:極】を習得しました。称号【魔導の極致】を習得しました。全属性魔法を最高状態で習得したことを確認。よって、スキル【合成魔法】、【多数展開】、【魔法創造】、【刻印魔法:極】、【陣形魔法:極】を習得しました』


 そんな無慈悲な声が、再び頭に響いた。


「…………」


 おかしいなぁ。目から血涙が止まらないのは何故だろう?

 いや……ね? おかしくね? 俺、本読んでただけなんだぞ? それでコレだよ?

 もしかして、俺って気軽に本すら読めないわけ? 読むたびにこれの二の舞? え、呪い?

 もう、ツッコむ気力がほぼ残っていない俺だったが、なんとかその少ない気力を振り絞り、習得したスキルや魔法を確認していく。

 ただ、無、火、水、風、土、雷、氷、光、闇属性の魔法は、確認しなくてもなんとなく分かるので、それ以外を確認していく。


『無詠唱』……詠唱せずに、魔法を使用することができる。

『魔導の極致』……全属性魔法を極めたものに送られる称号。魔法の攻撃力が2倍になる。

『合成魔法』……違う属性同士や、同じ属性同士の魔法を合成させ、強力な魔法を生み出すことができる。

『多数展開』……属性に縛られることなく、同時に多数の魔法を使用することができる。

『魔法創造』……今までにない、自分だけの魔法を創り出すことができる。創り出した後は、無詠唱で発動できる。創り出す前は、より明確なイメージが必要となり、名前も決める必要がある。

『刻印魔法:極』……剣やアクセサリーなどに、魔法を刻み込むことができる。

『陣形魔法:極』……魔法陣を用いた、強力な魔法を使うことができる。


「ダ~メだこりゃ、手におえねぇ……!」


 俺は、まだまだ人間からかけ離れていくようです。


◆◇◆


「……」


 図書館からでた俺は、精神的に疲れていた。

 どーしよ、俺。何目指す? 勇者? それとも魔王? 今なら、どっちもイケる気がする。それこそ、コンビニに行くくらいの気分で。ハハ、まじヨユー。

 どんよりとした気分のまま、街を歩いていると、いつの間にか広場のような場所に着ていた。


「……うーん、賑わってるなぁ」


 おそらく魔法か何かの力が働いている噴水を中心に、周囲には数多くの露店が立ち並んでいた。

 美味しそうな匂いを立ち昇らせる店や、ド派手なインパクト抜群の巨大な絵画を売る人。様々な人が、そこで売ったり買ったりしている。


「そう言えば、昼飯食べてなかったな」


 図書館にいたせいで、時間がよく分かっていなかったが、気づけばお昼を過ぎていたのだ。それでも、お昼を過ぎる程度の時間以内に、多くの本を読んだ俺は異常だと思う。


「なんとなく、人が多いこの広場で食べたくないな……」


 今の俺の気分は、賑やかな広場で食べるより、落ち着いた店内で食べたかった。

 そんなことを思いながら、広場を歩いていると、ふと視界に一つの店が映りこんだ。

 他の露店のように、しっかりとした屋台があるわけでもなく、お客さんも一人もいない。

 ただ、地面にシートを広げて、絵画らしきものを売っているだけだった。

 地球のころの俺は、人並み程度にしか芸術には興味がなかったのだが、何故か、その店に俺は自然と足が向いていた。

 店には、一人の女の子が座っている。それも、犬の耳が生えた女の子だ。おそらく店主だろう。耳、触ってみたい……。

 俺より少し年下くらいで、顔だちは可愛らしいのだが、今はそんな顔も沈んでいた。

 俺が店の前まで来ると、女の子は顔を上げる。


「あ……い、いらっしゃいませ!」


 すると、沈んでいた表情を消して、元気な挨拶をくれた。

 女の子の様子を観察しながら、商品である絵も見てみる。


「!」


 これは……。

 俺は、そこに並べられた絵に思わず魅入ってしまった。

 派手さがあるわけでもない。何か、変わった画風なわけでもない。

 ハッキリ言えば、大きな特徴があるわけではないのだが、並んでいる絵の全てが俺には魅力的に見えた。

 水を飲む鳥の絵、談笑する人の絵、夕焼けに染まるこの街の絵、夜空の絵……どれも、日常の中にある、些細なことを題材にした絵だった。

 ここに来た時見た、ド派手な絵を売っている人のところには多くの人が並んでいたが、ここは一人もいない。

 それが俺には不思議だった。

 だって、ド派手な絵……あれ、何描いてあるのか分からなかったんだもん。ピカソは、きちんと絵を描ける上で、あの独創的な絵を描き上げて、人々を感動させていたけど、あの絵からは俺は何も感じなかった。

 まあ、ピカソの絵ですら、教科書で見たりして、凄いなと思った程度だし、そもそもそんなハッキリとした芸術的感性が俺にはあるとも思えないので、何とも言えないのだが。


「これ、全部君が描いたのかい?」


 思わずそう訊いてしまった。

 すると、女の子はいきなり訊かれたことに驚いたのか、少し目を開いた後、すぐに「はいっ!」と答えた。

 スゲー……。俺、絵とか全然描けないぞ。見た感じ俺より年下なのに……。

 とにかく、俺は女の子の絵に感動した。

 この世界に来て、初めて興味を持った絵だしぁ……一枚、買っていくか。

 そう思った俺は、中でも一番心惹かれた、夕焼けに染まる街の絵を買うことに決めた。


「この絵、いくらかな?」

「え? えっと……1000Gです」


 うーん……絵だから、余計に相場が分からない。高いのか? 安いのか?

 どちらにせよ、好きで買うわけだから、いくらだろうが、後悔はしないと思った。


「じゃあ、この絵をください」

「あ……あ、ありがとうございます!」


 女の子は、感極まった様子で、俺から1000Gを受け取ると、丁寧に絵を包装してくれた。

 また今度、額縁買わなきゃな。

 そんなことを考えていると、包装が終わった絵を、俺に渡してくれた。


「ありがとう」


 絵を受け取ると、俺はすぐにアイテムボックスに仕舞う。傷ついたら嫌だし。


「あ、ありがとうございましたっ!」


 店を後にしようとすると、女の子は立ち上がって、お辞儀をしてきた。

 スゲー喜ばれてるけど、そんなに売れてなかったのかな? いい絵なのにな。

 なんとなく納得できないまま、俺は休憩できる店を探すことにした。


◆◇◆


「中々ないなぁ……」


 広場から離れて、俺は休憩できそうな店を探していた。

 だが、道沿いにある店は、どこもお客さんでいっぱいで、とてもじゃないが、ゆっくりできそうではなかった。昼時だしね。

 あまりにも見つからないので、俺は少し人が少ない場所に行ってみることにした。

 それは、思い出したくないが、ギルドに来た直後、あの恐ろしいホモ集団に襲われた場所だったりする。

 あそこ周辺は、人気がなかったので、そこを中心的に探せば、一軒くらい見つかるだろう。

 しかし、意外なことに、案外あっさりと人気の少ない店が見つかった。


「『喫茶店アッコリエンテ』か……」


 ……アッコリエンテって何? 新種の食べ物?

 くだらないことを考えつつ、俺は店に入った。

 扉にはベルが付いており、抑え目の音が響く。店内は少し暗く、ムーディーな空間が広がっていた。バーカウンターのようなものがあり、その向こうには白髪の渋い初老の男性が、バーテンダーのような恰好をして立っている。

 ……喫茶店だよな? これ、バーじゃね? 俺、未成年なんですけど……。

 店内の雰囲気に気圧されていると、俺以外にも一人だけお客がいたらしく、その人が俺に気づき、声をかけた。


「あん? アンタ、そんなところで突っ立ってないで、入ってきたらどうだ?」

「え? あ、はい……」


 思わず返事をしてしまった俺は、そのままバーカウンターまで近づく。

 すると、俺に声をかけたお客の顔が見えた。


「初めてみる顔だな。アンタ、冒険者か?」


 そう訊いてくる男性は、綺麗な金髪を荒々しく逆立て、この世界で一般的に着られている服を身に纏っていた。年齢は40歳くらいに見えるが、顔はとてもカッコイイおじ様といった感じだった。


「えっと、つい昨日正式に冒険者になったばかりです」

「そうか。俺はランゼ。まあしがない小市民だよ。よろしくな」

「あ、どうも。俺は誠一といいます」

「誠一? なるほど、名前の響きからすると、東の国出身か。それなら、その姿も少しは納得できるな」

「そうですか?」


 つか、ここでも東の国か。アドリアーナさんも同じようなことを言ってたけど……。

 そんな俺の心の中を察したのか、ランゼさんは、呆れながら言った。


「はあ? 東の国っていえば、屈強な戦士が多いってことで有名じゃねぇか。それこそ、『天刃』の二つ名は大陸中に知れ渡ってるんだぜ? しかも、見た目はカイゼル帝国で召喚された勇者に似て、黒色に近い髪を持つ奴らが多いらしいし……。そんな国出身だから、いろいろ面倒事に巻き込まれないようにするために、そんな格好してるんじゃねぇのか? それとも、お前は違うのか?」

「ソ、ソウナンデスヨー! ハハ、ハハハハ」


 おい、東の国! 何でそんな面倒くささ満点なんだよ!

 それに、屈強な戦士が多いって……どこの戦闘民族!? そもそも『天刃』って誰!?

 ま、まあ、黒髪に近いってことは、今のところ勇者と同じ地球出身ってバレずに、東の国出身で通せそうだな。

 乾いた笑みを浮かべ、必死に表面を取り繕っていると、突然俺の目の前にケーキらしきものと、紅茶が置かれた。

 驚いて、バーテンダーっぽい人の方に顔を向けると、静かに口を開いた。


「……初めて来店していただいた、お客様へのサービスです」


 メッチャいい声! 思わず聞き惚れそうだよ!?

 重低音の、小さくもよく響く声は、聴いているだけでも凄く心地よかった。サービスまでもらったしな。

 すると、そんな俺の反応が面白かったのか、ランゼさんは、笑いながら言う。


「ハハハ! コイツは、ここの店主をやってる、ノアードだ」

「……ノアードです。今後とも、よろしくお願いします」

「あ、こ、こちらこそ!」


 ノアードさんは、ビックリするほど綺麗なお辞儀をした後、皿を拭き始めた。……本当にバーテンダーみたい……。

 そんなことを思いながら、前に置かれたケーキを食べてみる。


「ん!?」


 な、ナニコレ、スゲー美味いんだけど!?

 異世界だから、てっきり味は微妙なのかと思ったが、全然そんなことはない。ふわふわで、絶妙な甘さのクリームが、上に乗った果物の甘酸っぱさと上手く調和して、いくらでも食べられそうだった。

 驚く俺に、ノアードさんは丁寧に教えてくれる。


「……そちらのケーキは、異世界から召喚されたという勇者によって、もたらされたレシピを応用しております。紅茶は、あまり知られていませんが、味わい深く、爽やかな香りが特徴のレンデルの葉を使用しております」


 うん、レンデルは知らんけど、ノアードさんが凄いことは分かった。

 だって、勇者の持ち込んだレシピを使ったからって、こんなに美味しいケーキが作れるわけないもん。

 それに、ノアードさんが言った通り、紅茶は、爽やかな香りと、クセの少ない深い味が堪能できた。


「何でこんなに美味しいのに、お客さんが少ないんですか?」


 失礼だということは承知だが、訊かずにはいられなかった。

 すると、何故かノアードさんではなく、ランゼさんが答えた。


「そりゃあ、人通りの少ない場所にあるってのが一つと、ノアード自身がそれほど客を望んでいないんだよな。だろ?」

「……ええ。私は、訪れたお客様が、この店で安らぐことができるようにしたいので」

「そう言うことだ。それに、数少ない客の一人である俺だが、他の連中も、ここのことは誰にも教えない。いわゆる、自分だけ知ってる、隠れ名店的存在にしたいわけだ」

「なるほど……」


 その気持ちは、分からなくもないかも。自分だけ知ってるってのは、なかなか優越感があるもんな。

 少し納得した俺は、ふと気になったことをノアードさんに訊く。


「それじゃあ、店名の『アッコリエンテ』って、どういう意味ですか」

「お、それは俺も知らねぇな。ノアード、どうなんだ?」


 ランゼさんも知らないらしく、俺の質問に食いついた。

 すると、ノアードさんは、優しく微笑み、口を開く。


「……なんとなく、ですかね」

「「まさかの理由なし!?」」


 ハモって驚く俺たちに、ノアードさんは続ける。


「……なぜか、店を始めるとき、私はこの名前が浮かんだのですよ。未だによく分からないのですが、響きも好きなので、あまり気にしていません」

「そうですか……」

「うーん……まあ、響きは面白いけどな。意味はねぇのかぁ……」


 俺たちの反応を見て、またノアードさんは優しく微笑んだ。

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[一言] アッコリエンテって実際にある喫茶店なんですよね… 作者様そっちに住んでるのかしら…
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