迷宮道中
「クッ!」
オレ――――アルトリア・グレムは、怪我人のように包帯でぐるぐる巻きになっている魔物と戦っていた。
別に戦闘すること自体は普段からしているだけあり、何ということはないのだが、目の前のヤツは、いつもの魔物どもとはレベルが違っていた。
『ミイラ男Lv:233』
スキル『鑑定』を発動させた結果、こう表示された。
……初めて見たぞ、レベルが200を超える魔物なんて……。今まで相手にしたことがない。
オレのレベルでさえ100なのだ。S級の冒険者なら、こんな奴らとも普段から戦ってるのかもしれないが、オレにとっては初めての体験だった。
本当なら、こんなに力量差のある相手とは戦わないのだが、今は違う。
「早くアイツらと合流しねぇと……!」
「オオオッ!!」
だが、目の前のミイラ男は簡単に先へと通してくれるわけもなく、次々と凄まじい攻撃を放ってくる。
その攻撃は、ただ猛然と腕を振るうだけなのだが、そのたびに周囲の壁などが悲鳴を上げていた。
「ッ――――!」
「オオオオオオオオオ!!」
気味の悪い雄叫びとともに放たれる攻撃を、ギリギリのところで何とかよけ続ける。
だが、いつまでも避け続けることは出来ず、鋭く重い一撃を腹に受け、吹っ飛ばされた。
「がっ!?」
意識が一瞬で持っていかれそうになるほどの激痛がオレを襲う。
そのままオレは壁に激突し、その壁には亀裂が走った。それでも壁が粉砕されないところを見ると、相当頑丈な壁なんだな、とこんな状況下でそんなどうでもいいことをふと思った。
壁から離れ、オレはその場に崩れ落ちた。
意識が朦朧とする。
だが……だがここでオレが意識を失うわけにはいかねぇ……。
オレがなんとしてでも、誠一とサリアに合流してやらなきゃならねぇんだ……!
自分の身も顧みず、オレのことを助けようとしてくれた二人……。
今までの人生の中で、一度もそんなことはなかった。
オレの秘密を二人が知らないというのも理由の一つかもしれないが、それでもこんなオレを助けようとしてくれたことが素直にうれしかった。
オレは痛む体に鞭を打ち、アイテムボックスから回復薬を取り出すと一気に飲み干した。
所詮、そこらへんの店で買える回復薬なので、効果はたかが知れていたが、それでも動けるまでには回復できた。
ぶっ倒れることも、死ぬことも、アイツらを無事に帰すまでは絶対にしねぇ。
だから――――。
「邪魔すんじゃねぇよッ! そこをどけえええええええええッ!!」
「オオッ!?」
オレは愛用の武器であり、自分の背丈に迫る大きさを誇る、伝説級の『大地の戦斧』を大きく振りかぶった。
そして、そのままミイラ男に向けて、スキルを全力で発動する。
「【パワースラッシュ】ッ!」
大きく振りかぶった戦斧を、そのまま目の前のミイラ男とやらに叩きつけたっ!
「――――ッらああああああああああああッ!」
「オオオオオオオオオオッ!!」
そのままオレは、勢いに任せてミイラ男をぶった斬った。
「はぁ……はぁ……」
オレのスキルを受け、ミイラ男はそのまま光の粒子となり、消えていく。
レベル差が激しいだけあり、一撃で倒せるか不安だったが、『大地の戦斧』による戦闘時のみ身体能力が2倍になる効果と、スキルの【パワースラッシュ】による攻撃力2倍の効果で、なんとか押し切れたようだ。
ふと気が付くと、オレが激突した壁はいつの間にか亀裂がなくなり、綺麗な状態で再び存在していた。
……本当にダンジョンの構造が不思議でならねぇな。どんな素材で作れば自動的に元通りになるんだよ……。
そんなどうでもいいことを考えつつ、辺りに散らばったドロップアイテムを手早く回収し、オレは再び走り出す。
道中、他にも多くの魔物どもと戦闘を繰り返したオレだが、すべてをオレの出せる全力で葬り去って来た。
自分よりレベルの高い魔物ばかりを相手にしていたせいで、レベルはいつの間にか123にまで上がっている。
強力な魔物との戦闘で、オレの戦闘スキルも上がったが、それと同時に傷を負うことも多く、手持ちの回復薬を使い切ってしまった。
そんなオレは、気が付いたときにはある場所までたどり着いていた。
「ここは……」
オレの目の前に現れたのは、巨大な門。
門自体の色は、黒にも見えるが、灰色や白色にも見えるといった、不思議な色をしていた。
そこには、赤色や青色といった様々な宝石が埋め込まれ、ドラゴン形が彫刻されている。
その彫刻は、芸術的であると同時に、オレの本能に危険だと感じさせるほどの威圧感があった。
「ここ以外に道はないのか?」
辺りを見渡してみるが、オレが来た道以外に他の場所へと続いていそうな道はなかった。
隠し扉があるかもしれないと思ったオレは、壁や床を念入りに触れてみた。
「……どこにもなさそうだな……」
探してみたが、隠し扉の類は一切見つからなかった。
「ということは……」
オレは目の前の扉に視線を戻す。
道中色々なルートを辿って来たからこそ、これ以上探す場所があるのかどうかがオレにはわからなかった。
見落とした場所や、今探したような隠し扉がどこかにあるのかもしれないが、今のオレでは到底見つけきれない。
オレの歩いてきた道の上に、隠し扉へと続く仕掛けがなかったことを考えると、誠一たちが隠し部屋へとたどり着いている可能性も低いだろう。
「やっぱりここしかないか……」
危険な雰囲気を漂わせる目の前の扉。
誠一たちがこの扉の中に入っていることも考えられる。
普通なら、危険だと一目でわかるような場所に飛び込んだりはしない。
だが、今だけは、オレが命を懸けてでも救いたいと思う存在がいる。
オレは深呼吸をすると、覚悟を決めた。
「……よし」
そっと目の前の扉に触れる。
すると、扉にちりばめられた宝石が輝き始めた。
そして、そのまま目の前の扉は、オレが力を入れて押すまでもなく自動で開いていく。
「!」
突然の出来事に驚くオレだったが、再び気を引き締め、部屋の中へと足を踏み入れた。
「……」
部屋に入ってみたが、中は真っ暗で何も見えない。
視界があてにならないこの状況で、オレは警戒心を最大に引き上げた。
そんな時だった。
「なっ!?」
オレが入って来た入口の扉が閉まりだしたのだ。
急いで扉に駆け寄るが、何度押したりしてみてもビクともせず、自動で扉が開いたこと自体がウソのように思えた。どうなってやがる……。
緊張と警戒でオレの額に汗が滲む。
すると突然、今まで真っ暗だった部屋が明るくなった。
「っ!」
いきなり明るくなった部屋に、オレはつい眉をしかめる。
そして、明るさに慣れたころを見計らい、オレは辺りを見渡した。
「え――――」
そんなオレの目に飛び込んできたのは――――。
『誰が来たのかと思えば……喰われに来たのか? 小娘……』
――――巨大な漆黒のドラゴンだった。
◆◇◆
「……」
「ねえ、誠一。あれって人間?」
「人間なわけないでしょ。……違うよね?」
俺こと柊誠一は、サリアとともにアルトリアさんと合流するべく、このよくわからない迷宮で彷徨っていた。
そして、そんな俺たちの目の前には、行く手をふさぐかのように一体の魔物が立っている。
『サンドマンLv:350』
【果てなき悲愛の森】で戦った魔物たち以来のレベルの高さだった。何なの? 無駄にレベル高くね?
そんなサンドマンとやらの見た目は、人の形をした砂。目もなければ耳も口もない。本当にただの人型の砂だった。
……確実に人間ではないと思うんだけど、シルエットだけで見れば、人間とまったく変わりない。
まあ、魔物なら倒せばいいだけの話なんだが、何故か目の前のサンドマンは俺達の目の前で突っ立ったまま、身動き一つしない。
「生きてるんだよな……?」
「……」
そんな質問とも呟きとも取れる俺の言葉にも、サンドマンはまったく答えない。絵面が凄くシュールなんだけど。
どうでもいい感想を抱いていると、サリアが俺のマントを軽く引っ張った。
「ねぇねぇ」
「ん?」
「ここで立ち止まってたらいつまでたっても先に行けないよ? 話しかけて、道を譲ってもらおうよ」
「話しかけんの!?」
俺は想像した。砂人形に話しかける俺の姿を。
……。
俺変人じゃねぇか! ……今までの出来事を振り返っても、既に俺は十分変人だということに気づいた。否、気づいてしまった。HAHAHA! 何故か知らんが涙が出るよ!
ただ、いつまでもこうして目の前のサンドマンと向かい合っててもアルトリアさんと合流できないのも事実であり、他にどうすることもできないので、俺は素直にサリアの助言に従い、サンドマンに話しかけてみた。
……あれ? 無視していけばいいんじゃね? とも思ったが、それで突然襲い掛かられても困るからな。
「ハ、ハロー?」
「ヒョォォォオオオオオオオッ!」
「あれぇえ!? 今まで動かなかったくせに、突然動き出したんですけどぉ!?」
どうやらサンドマンの気に障ったらしい。英語で話しかけたのがいけなかったんだろうか? 世界共通語だと思ったのにね……あ、地球だけの話か。
そんなことよりも、サンドマン全然元気じゃね!? メッチャ綺麗なアスリート走り披露してるんですけど!?
そもそも口ないのにどこから声出てるんだ!?
とにかく、死んでるのか生きてるのかさえ分からなかったサンドマンは、メチャクチャ元気なようで、俺たちに向かって突進してきた。ダメじゃん。無視しなくても襲い掛かってきたじゃん。
「なんかスンゲー理不尽じゃね!?」
「誠一! あの人生きてたよ! よかったね!」
「うん、でもその代わりに俺たちを殺しに来てるんだけどね!?」
そしてもう一度言おう。サンドマンは人じゃない……魔物です!
「誠一、どうするの?」
「いや、どうするのって訊かれても……」
サリアが素直に思ったことを俺に訊いてくる。
ここで逃げても、今まで辿ってきた道を逆走するだけになるのだ。そんな今までの時間を無駄にするようなことをするつもりはないし、俺たちも早くアルトリアさんと合流したい。
なら、初めからすることは決まっている。
「ああ、もう! 倒すしかねぇじゃん!」
砂と言えば、水に弱いということはゲームや漫画でお馴染みである。
とすれば、俺も攻撃手段は水属性魔法になるわけで……。
「【ウォーターレーザー】!」
サンドマンに向けて右手をかざし、水属性魔法の【ウオーターレーザー】を発動させた。
砂って液体が相手じゃなければ相当チートな属性だよな。
そんなどうでもいいことを思っていると、俺の右掌の中心から、圧縮された水が噴出された。
だが、俺は【ウォーターレーザー】を少し……いや、かなり勘違いしていたようだ。
そもそも、俺の頭の中には消費魔力程度の情報しか頭に入っておらず、どういった効果なのかは使用してみるまで俺にはわからないのだ。
そして俺は、てっきり地球で存在していたウォータージェットのようなものだとばかり思っていたのだ。
だが、実際に魔法を発動させてみると――――。
ピュン。……ズドオオオオオオオオン!
掌から一閃。輝く一筋の光がサンドマンを縦に斬る形で通り過ぎて行ったあと、少しの間を置いて凄まじい轟音とともに、地面ごと真っ二つにしてしまった。
…………。
「威力がヤベェ……!」
ウソだろ!? マジでレーザーじゃねぇか! しかも、消費魔力もそこまで多くないのにこの威力とか……どういうこと!?
第一、効果音が水から出る音じゃねぇ! 何!? ズドオオオオオンって! 爆発音じゃねぇか!
予想外の威力に驚きながらも、サンドマンに視線を向ける。
「オォ……ォォォ……」
サンドマンは真っ二つになっており、そのまま光の粒子となって消えていった。
「誠一」
「……」
「消えちゃったね」
「…………そだね」
特に感情が込められているわけでもなく、純粋に目の前で起きた出来事を述べたサリアの言葉に、俺は何故だか泣きたくなった。本当に俺って人間なんだろうか?
まあ、終わったことでいつまでもウジウジしてるのは時間の無駄なので、手っ取り早くドロップアイテムを回収することにした。
スライムを倒した時もそうだったが、今回のサンドマンもステータスが書かれた球体は、確認する前に光の玉となって、俺の中へと入っていた。
スキルカードらしきものも一緒に体内に吸い込まれていったが、確認はしていない。全体的な確認はアルトリアさんと合流してからにするつもりだ。
ちなみに、レベルは上がらなかったが、また人間から一歩離れた気がする。ははは。
そして、サンドマンの今までの経験などが書かれた『サンドマンの生涯』を読んで、一つの事実が明らかになった。
アイツ、何も考えていなかったらしい。
何故なら、その『サンドマンの生涯』と書かれた冊子は異常なまでに薄く、そして空白が多かったのだ。おかげでわかったことと言えば、アイツの好物がよく肥えた砂だということくらいだった。物凄く無駄な情報に思わずその場で破り捨ててしまった。
ただ、経験が書かれた冊子も大事だが、ドロップアイテムも大事なものだろう。
しかし、サンドマンのドロップアイテムは、『サンドマンの生涯』より酷かった。
レアなドロップアイテムなど存在せず、金とたった一種類のアイテムを落としただけだったのだ。
その落としたアイテムは――――。
『魔断砂』……魔力や魔法を遮断する効果がある。しかし、砂の状態ではまったく効果を発揮せず、熱してガラスにして初めて大きな効果を生み出す。だが、攻撃魔法を防ぐことは出来ない。
扱いづらいわ! 攻撃魔法が防げないなら大した効果じゃねぇしな!? どんな場面で使うの!? これ!
……まあ、何かしらの意味があるんだろう。そう思うことにしよう。じゃなきゃやってらんねぇよ!
無駄にレベルが高い割に、ショボイアイテムでガッカリする俺。俺のステータス、運高かったはずなんだけどね……。
「しゃあねぇな。進めるようにもなったし、とにかく進んじまおう」
「そうだね!」
気持ちを切り替えるといった意味もあり、俺とサリアは再び歩き出した。
道中、あのサンドマンとの戦闘以外、戦いを一つもせずに進んでいくと、とある部屋にたどり着いた。
その部屋から先に行く道はなく、完全な行き止まり。
そんな部屋の中心には、何やら禍々しい雰囲気を放つ、黒色の宝箱が一つ置かれてあった。色々と不気味な模様が刻み込まれていたりしている。宝箱なのに、開けたくないと思うのは何故だろうね。やっぱり見た目って大事だと思うんだ。
「誠一、何か置いてあるよ?」
「そうだな。無視しよう」
「無視するの!?」
だって嫌なんだもん。あの宝箱開けるの。なんか黒いし、変な黒い煙が中から漏れてるし……。つか、何が入ってんの。怖ぇよ。
危険な香りがプンプンする宝箱を無視し、今まで来た道を戻って新しい道を探そうとした時だった。
カタッ……カタカタカタカタカタ。
「「!?」」
突然、目の前の禍々しい宝箱が動き始めた。ナニコレ、コワイ。
「なんか動いてるね」
「そ、そそそそそうだな!」
サリアは何で平気そうなの!? 俺スゲー怖いんだけど!?
そもそも俺ってホラー系統ダメなんだよ……。何なの、迷宮で動き出す宝箱って。これで宝箱から声なんか聞こえたら――――。
「……ぉぉぉぉおおおおおぉぉぉぉ……」
「ぎゃあああああああ! しゃべったあああああああああああ!」
怖ぇよ馬鹿! スライムといい、サンドマンといい……口ないのにどっから声だしてんの!?
「……気合……」
「ああ、なるほど、気合ね。…………え?」
俺は、自分が今、誰の声に対して答えたのかわからなかった。
確実にサリアの声ではないこともわかるし、アルトリアさんはこの場にいない。
なら、俺は今、誰と会話したんだ……?
嫌な汗が止まらない。
そんな俺の視線の先には、禍々しい宝箱が一つあるだけだった。
「…………」
「誠一凄いね! あの箱と会話できてるよ!」
やっぱりかあああああああああ!
俺、宝箱と会話しちゃったよ!? 最初は違和感すら感じなかったしね!? ……あ、ゴリラの状態で話すサリアみたいなもんか。……違うな。
とにかく、俺は目の前の禍々しい宝箱と会話してしまったらしい。俺、強くなりすぎて、とうとう魔物とコミュニケーションでもとれるようにでもなったんだろうか? 違うと信じたい!
だが、もしそうでないのなら、あの宝箱に会話できる存在でもいるんだろうか?
そんなことを思っていると、再び目の前の宝箱は激しく動き出す。
ガタッ!ガタガタガタガタガタガタガタッ!
いや、中にいるヤツ大丈夫!? 見てるこっちが心配になるくらい揺れてるんですけど!?
最初に抱いた恐怖心はいつの間にか消え、思わず目の前の宝箱を心配してしまった。
そして、しばらくの間激しく揺れていたかと思うと、突然動きがピタッと止まった。
「な、なんだ?」
「どうしたんだろう?」
俺もサリアもあまりにも急展開過ぎて、ただ首をひねることしかできない。
すると――――。
ニョキ。ニョキニョキニョキ。
目の前の宝箱から、人間の手と足が生えた。
…………。
……。
「は?」
思わず間抜けな声を出してしまう。
だが、それも仕方がないだろう。いきなり宝箱から人間の手足が生えたんだから。
………………。
イヤイヤイヤイヤイヤ! おかしいでしょ!? つかキショっ!?
宝箱の横から腕が生え、下からは人間の足の付け根から先全部が生えたんぞ!? わけわからねぇよ!?
混乱極まる俺をよそに、宝箱は普通に立ち上がり、歩き始めた。
「なんだか可愛いね!」
「ウソでしょ!?」
サリアさん、人間の手足が生えた宝箱が可愛いってどういうことですか!? 俺にはホラーなのかコメディなのかよくわからないキャラにしか見えない! 怖いけど、シュールなんだもん!
サンドマンといい……シュールな奴が流行ってんの!?
「……ポッ……」
「いや、お前も照れてんじゃねぇよ!?」
宝箱は黒色の箱を少し赤く染めるという奇妙極まりないことをやってのけ、サリアの言葉に照れていた。
あんまりにも不思議すぎる生き物……なのか? とにかく、よくわからない存在なので、スキル『上級鑑定』を発動させてみた。
『宝箱Lv:900』
「メッチャつえぇええええええええええ!」
レベル900!? ゼアノス以来の衝撃だよ!? しかも宝箱だしね!?
見た目といい、レベルといい、ぶっ飛びまくった目の前の宝箱は、最初に会話した時のように、口もないのに言葉を紡いだ。
「……死ね……」
「何で!?」
酷くね!? まだ出会ったばっかだよねぇ!? 第一、俺は宝箱に触れてすらいないのに、なんで死ねって言われなきゃいけないの!?
「……おれ、宝箱……。……開けて、ほしかった……」
「ゴメンナサイ!」
そりゃそうだ! 宝箱なのに、スルーされるのは辛いよね!
「……だから、殺す……」
「だからって極論すぎやしませんか!?」
「……」
「宝箱に無視されたあああああああ!」
俺の言葉などガン無視状態の宝箱は、そのままお構いなしにこちらに突っ込んでくる。
それは、サンドマンのように綺麗なアスリート走りだった。うん、この迷宮は陸上選手でも育成してるんだろうか?
「と、とにかく! 無視したのは悪かった! 言葉が通じるんだし、話し合おうじゃないか!」
「……問答、無用……」
「聞く耳もたねええええええええええ!」
「……耳、初めからない……」
「じゃあ何で口がないのにしゃべれんの!? 第一俺の言葉も聞こえてんじゃん!」
「……」
「都合の悪い時は無視かよ!?」
「……死ね……」
「言葉のキャッチボールしようぜ!?」
あまりにも一方的な宝箱。宝箱なんて大っ嫌いだ。
こうしたやり取りをしている今も、宝箱は突進をやめない。
「……せっかく会話ができるんだ、一旦落ち着いてもらおう!」
サンドマンは会話というものができなかったが、この宝箱は人語を理解し、会話をすることができるのだ。
なら、むやみに倒したりせず、平和的に解決できるならそれが一番だろう。
そう思った俺は、サンドマンと同じ過ちを繰り返さないために、水属性魔法の中でも、魔力の消費が一番低い魔法を唱えることにした。
「止まれ! 【アクア・バレット】!」
宝箱に向けて、右掌をかざしながらそういった。
すると、サンドマンに向けて放った、【ウォーターレーザー】のように、掌の中心部分に圧縮された小さな水の玉が出現し、宝箱に向かって飛んでいった。
ピュン。
一瞬だった。
俺の放った【アクア・バレット】は、宝箱の体? らしき部分を凄まじいスピードでいとも容易く貫いた。
…………。
「……無……念……」
宝箱は、そのまま光の粒子となって消えていった。
静寂が辺り一面を支配する。
そんな中、一連のやり取りをずっと見ていたサリアが少しのまを置いて、口を開いた。
「誠一」
「……」
「消えちゃったね」
「チクショオオオオオオオオオオオオオオオ!」
サンドマンの時と同じセリフに、俺はその場で叫んでしまった。
そして――――。
『レベルがアップしました』
なんとも空気の読めない無機質な声が、俺の頭に響いたのだった。




