人生は続く
勇者たちを救助してから数週間。
俺はサリアたちと一緒に、テルベールの王城にある訓練場に足を運んでいた。
「えっと……それじゃあ魔法を発動させますね」
俺はそう告げると、地球へと帰還するための魔法を発動させた。
あれから勇者たちが自力で立ち上がれるくらいに回復するまで待つことになったのだが、無事、皆回復していき、今日ついに地球に帰還するときが来たのである。
皆無事目を覚ましたところで、神無月先輩から地球に帰還するかどうかの話し合いが行われ、皆帰還することを選択したらしく、こうしてランゼさんに王城の訓練場を借りて、魔法を発動させてもらえることになった。
「本当に大丈夫なのかよ?」
「そもそも、アイツ誰だ?」
「……なんか見覚えあるような……」
「あ! あの魔法学園で落ちこぼれ共の先生してたやつじゃね?」
「おいおい、落ちこぼれ共を教えてた教師が、本当に地球に俺たちを帰せるだけの実力があるのかよ?」
散々な言われようだなぁ、俺。
俺が地球へ帰るための魔法を発動させると聞いた勇者たちは、皆一様に懐疑的な視線を俺に向け、中には蔑むような者もいた。
なんていうか……あれだけ大変な目に遭って、そのうえもう勇者の力もないのに、すごい自信だよなぁ。
ただ、満場一致で地球に帰ることを選択したあたり、これ以上危険な目に遭うのは懲り懲りなのだろう。
ちなみにだが、勇者たちにつけられていた『隷属の腕輪』に関しても、彼らが体力回復のために寝ている間に解除しているのだが、それ以上に大変な目に遭っていたためか、腕輪が消えていることに気づいている人はほとんどいなかった。まあ恩着せがましく言うもんでもないし、いいんだけどさ。
俺自身は慣れたもので、特に気にしていなかったが、代わりに怒ってくれる人がいた。
「アイツら、黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって……」
「まったくです! 今すぐ蹴り殺してやりましょうか!」
「……ん。食いしん坊、落ち着いて」
「そ、そうですよ! せっかく助けたのに殺しちゃ意味ないですから!」
勇者たちの態度に、俺の後ろで見守っていたアルたちが怒ってくれる。
もちろん、地球に帰還させるなんて大規模な魔法を発動させる以上、勇者たちだけでなくランゼさん含む、ウィンブルグ王国の面々まで見学に来ていたのだが、彼らも勇者の態度に眉をひそめていた。
「……なんていうか、勇者って名前に相応しくねぇ連中だな」
「まったくです。師匠の偉大さを理解できないとは……カイゼル帝国に置いて来てもよかったのでは?」
「止めろ止めろ。せっかくアルフ殿が復活したってのに、こんな面倒くせぇ連中置いておけるわけねぇだろ。いても邪魔なだけだ」
「それもそうですね……中々難しいものです」
ルイエスとランゼさんの会話にも出たアルフ様だが、あれからすぐに国の立て直しを図りつつ、侵略していた国を次々と解放していったらしい。
当然、国同士の話なので、俺が知っていること以上にややこしい話し合いが行われたんだろうが、それでも友好に向かって動き出しているようだ。
ただ、今までのことがあったからこそ、中々他国からは受け入れられにくい状態だったが、ここにいるランゼさんだけでなく、ヴァルシャ帝国のアメリアたちが率先して交流することで、徐々に信頼回復に努めているらしい。
ちなみに、散々裏から操っていたヘリオってカイゼル帝国の魔術師は、魔神教団の魔法陣に自分もハマり、力を失っていた。自分で用意した魔法陣だと思うけど、それにハマっちゃうって相当間抜けだと思うんだよな……いや、もしかしたら、自分を犠牲にしてでも魔神の復活を願ってたのかもしれないけどさ。どのみちヤバイと思う。
他に捕まっていた街の人たちと一緒に、生命力を分け与えて回復させたはずなのだが、何故か干からびたままで、今も生きるだけで精いっぱいらしい。
また、ザキアさんが後々気づいたそうだが、その生贄の中にはブルードの兄の……名前何だっけ?
と、とにかく、ブルードの兄の姿もあったようで、そいつもカラカラに干からびているそうだ。ちゃんと生命力を分け与えたはずなんだけどなぁ。
なーんかここら辺は俺に忖度した世界の意思みたいなものが働いてる気がするよね。
『頑張りました』
………………はい。
とにかく、魔神教団もカイゼル帝国の問題も片付き、ようやく平和な世界が訪れたのだ。
ちなみに、このウィンブルグ王国でお世話になっていたブルードたちも、全部が片付いたことでそれぞれの国に戻っている。
中でもブルードは、アルフ様の指名で次期帝王に選ばれたらしい。
ただ、干からびているとはいえ、ブルードの兄もいるわけだが……どうなるんだろうな。まあブルードのことだ、上手くやるだろう。
それに、何かあれば俺も手を貸すつもりだ。
これから先どうなるかは分からないけど、一時的とはいえ彼らの教師だったからこそ、幸せになってもらいたいものだね。
そんなことを考えていると、サリアが笑顔で口を開く。
「誠一は気にしなくてもいいよ。この人たちとはここでお別れなんでしょ?」
「そりゃあそうだな」
俺はこの世界に残るわけだし、転移した後、この勇者たち……改め、学校の人たちと積極的に会うことはまずないだろう。神無月先輩や翔太たちは別だけどな。
「だったら、やっぱり気にしなくていいと思うよ。誠一が気にして疲れる方が私は嫌だし!」
「……ありがとう」
サリアの言葉に俺は笑みを浮かべるのだった。
「さて、さっそくやりますか!」
俺は気合を入れなおすと、魔法のイメージを始める。
今回は同じ世界内での移動じゃなく、別の世界である地球への移動がメインだからなー。
果たして、どんなイメージがいいものか……。
『誠一魔法【転移】を創造しました』
もはやイメージすらさせてくれないだと……!?
しかも、魔法の種類は誠一魔法なのに、名前は転移って! なんかどんどん雑になってね!?
驚く俺をよそに、魔法はすでに発動しており、俺たちの目の前の空間に巨大な渦が出現すると、やがてその渦は別の世界へと繋がった。
そして、その渦が繋げた世界は――――懐かしい、俺たちが通っていた教室だったのだ。
「ま、マジかよ……」
「あ、あれって、私たちの教室だよね……?」
「う……うわああああああ!」
一人がこらえきれず、その渦に突入すると、他の面々も堰を切ったように駆け出し、次々と渦の向こう側へと移動していった。
「や、やった! 帰って来た、帰って来たんだ!」
「家に帰れる! うっ……うぅ……」
ようやく地球に帰れたという実感がわいたことで、何人もの生徒たちが涙を流す。
無事地球に戻って来たことで喜び合う中、一人の生徒があることに気づいた。
「あ、あれ? お前、なんか幼くなってね?」
「は? 何言って……いや、お前もじゃね?」
「え、嘘、何、何?」
「気のせいかもしれないけど、若返ってる……?」
なんと、皆互いに顔や体を確かめ合いながら、自身が若返ってると口にしたのだ。
「おい、誠一。なんかアイツら、若返ってるとか言ってるけど、何したんだ?」
「ええ? 俺、何もしてないんだが……」
アルさん、そんな何でもかんでも俺が何かした前提で言われましてもね……。
特に今回に至っては俺がイメージする前に魔法が発動したからね! もはや【魔法創造】の当初の条件すら関係なくなってるのよ。
ただ、【転移】って簡潔な魔法名なわりに、何故か誠一魔法に分類されてたし……それが関係してるんだろうか?
俺が魔法の効果を確認してみると……。
【転移】……誠一魔法。あらゆる状況の矛盾などを都合のいい形で合わせ、転移する魔法。
なんか予想以上にとんでもなかった……!
てか、転移要素って最後の一言だけかよ!?
まさか……これが神様が言ってた何とかなるってヤツなのか!?
確かにこれなら何の問題もないだろうけどさ!
「えっと、俺たちってこの世界に来てから結構時間が経つんだけどさ、実はこっちの世界に来る時、俺たちの世界でそれぞれかかわりのある人間の記憶とかから、俺たちの情報って消されてたんだ」
「は? それって……親とかが自分の子供を忘れるってことか?」
「そういうことだね」
「おいおい、そんなことどうやって……いや、どうしてそんなことに?」
「元々、俺の住んでた世界で人口が増えすぎちゃったから、他の世界に俺たちを送り込もうって神様が決めたらしいけど、その際、この世界のカイゼル帝国が勇者召喚の儀式をやってたから、そこに引っ張られてこの世界にやって来たんだ。まあそういう経緯もあって、皆の両親とかの記憶から、俺たちは綺麗に消されてたんだ」
「……ん。つまり、このまま普通に戻っても、あの勇者たちの両親は勇者を覚えてないってこと?」
「うん。それに、さっき言った通り、この世界に転移してからだいぶ経つし、そこら辺の時間の流れもおかしなことになるんだろうね。……今回発動した魔法がなければ」
「あ……だ、だから皆さんが若返ったのって、色々な情報の齟齬が修正されたからってことなんですか!?」
「うん」
「……小難しい話だが、意味は何となく分かった。分かりはしたが、それでもこんな簡単に若返るとか無茶苦茶すぎるだろ……」
アルさん、大丈夫。俺もそう思う。
まあでも、結果的にこうして若返ったってことは、時間の流れは気にしなくていいんだろうし、何よりここまでしてるんなら、両親も彼らのことは覚えているんだろう。
それこそ、転移した日の授業日くらいの感覚で。
こうして地球へと戻った面々は、もはやこちらのことなど気にもせず、そのまま教室を飛び出し、それぞれどこかへと行ってしまった。たぶん、家に帰ったんだろうが……大丈夫かな? まあ俺の役目はここで終わりだろう。
――――こうして地球から帰還した勇者たちだが、異世界で力を得たことで、横暴な振る舞いが染みついてしまい、かつての勇者としての行動が中々抜けきれず、またその時の感覚を味わいたいと、再度異世界や力を渇望し、社会でとても苦労することになるのだが……この時の俺は、そんなことを知る由もなかった。
そんな風に次々と帰っていくクラスメイトを見送っていると、最後の勇者である神無月先輩たちが近づいてきた。
「誠一君。本当にありがとう。君のおかげで、私も肩の荷が下りたよ」
「いえ、お役に立てたのならよかったですよ」
「……なあ誠一。お前、本当にこの世界に残るのか?」
「うん。前にも言ったけど、別にそっちの世界に未練はないしね」
元々、まともな生活は送れていなかったし、両親も今ではこの異世界で生活しているんだ。
何より、この世界にはサリアたちがいる。
「だから、気にしないでいいよ。それに、今生の別れってわけじゃないしね。そっちに遊びに行きたいときは遊びに行くさ」
「そりゃあ、そうだが……」
「実際にこうして地球に帰還できてるんだもんなぁ……」
「誠一お兄ちゃんって、私たちが知らない間にとんでもない存在になってたよねー」
「確かに! 今のお前って、誰がどう見ても勝ち組だよな」
「え?」
俺は賢治の言葉に目を見開く。
確かに、客観的に見るとそうなのだが、俺はあまりそういう実感がなかった。
だが、サリアっていう素敵な女の子のお嫁さんができて、そこからたくさんの人と出会って……。
その上両親にまで再会できたんだ。
これ以上、幸せなことってないだろう。
……俺、本当に幸せなんだなぁ。
そう実感していると、翔太たちが温かい目を向けてきていることに気づいた。
「な、何だよ……」
「いや、お前が幸せそうで、俺たちは嬉しいなって」
「待ちたまえ、翔太。誠一君の幸せはこんなものじゃないぞ! さらに私という女が――――」
「いやいや、そうっスよ! ウチって言う女も――――」
「あ、そろそろ帰るか!」
「そうだなー」
「え!? あ、おい、賢治、翔太!? 放せ! 私はまだ誠一君と会話してるんだぞ! それに、私はこちらに残ると――――」
「知ってますよ。でも、一度帰るって言ってたじゃないですか」
「そうだが、それは今じゃ――――」
暴れまわる神無月先輩の首根っこを賢治が掴むと、そのままズルズルと引きずり、翔太たちは地球へと転移した。
その様子を唖然と見送る中、あいりんが勝ち誇ったように胸を張る。
「ふっふっふ……生徒会長さんはここで脱落のようっスねぇ! それじゃあここからウチの独占タイムが――――」
「愛梨! アタシらも帰るんだよ!」
「あっちょっ! 優佳!? ウチはまだ帰んないっすよ!?」
「はいはい。親御さんが心配するから、一度ちゃんと帰ろうなー」
「ま、待つっス! せいちゃん、せいちゃあああああああああん!」
手足を振り回し、必死に耐えようとしていたあいりんだが、野島たちに強制連行され、そのまま翔太たちと同じく地球へ転移した。
こうして全員の転移が終わると、魔法は一瞬で消える。
……なんか最後まであいりんは手を伸ばしてたけど……野島の言う通り、ちゃんと親御さんに連絡はしておいた方がいいと思うんだよな。こうして転移でクラスメイトたちが帰った以上、野島の両親も記憶が戻っただろうし。
何にせよ、少ししたらこっちから遊びに行くか、連絡くらいはしないとな……じゃないと、あいりんと神無月先輩に怒られるだろうな。
最後の最後まで賑やかだった面々に苦笑いしつつも、皆転移したことで急に静かになった。
すると、俺たちの様子を見守っていたランゼさんが、口を開く。
「これで終わった、のか?」
「はい、終わりました」
「そうか。なら、俺もそろそろ仕事に戻るかねぇ。ルイエス、行くぞ」
「はい! 師匠、それでは」
「あ、うん」
ランゼさんたちを見送った俺は、ふと神無月先輩たちが消えた場所を眺める。
本当に、終わったんだな……。
この世界に来てから、特に明確な目標があったわけでもなく、ただ流されるままに生きてきた俺。
しかし、魔神教団を壊滅させ、カイゼル帝国の問題も解決し、勇者たちも地球に送り届けたことで、初めて大きな何かが終わったと、俺は実感していた。
何とも言えない感覚にぼーっとしていると、不意に背中を叩かれる。
「何ぼさっとしてんだよ!」
「あ、アル……」
「別にこれで死ぬってわけじゃねーんだぜ? それなのに、お前ときたら……何でそんな燃え尽きたみたいな顔してんだよ」
「え、そんな顔してた?」
「……ん、してた。もうこれ以上ないほどやり切った顔だった。今にも灰になりそう」
「そこまで!?」
た、確かに感傷に浸りはしたけど、そこまで酷い顔してたのか……。
思わず顔を触っていると、ルルネが鼻息を荒くする。
「ダメですよ、主様! まだまだこの世には美味しい食べ物があるんですよ! それらを食べきるまでは終われませんとも!」
「ま、まあ食べ物だけに限りませんけど、私もこの世界の全ては見て回れていません。だから、これからも、色々な景色を見ていきたいんです。誠一さんたちと一緒に……」
「ルルネ、ゾーラ……」
「そうだよ、誠一!」
そして、サリアは俺の前に立つと、笑みを浮かべた。
「これからも一緒に、たくさん楽しい思い出を作るんだから! だから、これで終わりじゃないよ!」
「サリア……」
思い返すと、進化の実を食べて、そこからサリアと出会い、今の俺がいる。
いじめられっ子だった俺が、進化の実を食べたことで、知らない間に勝ち組と呼ばれるまでになったのだ。
もちろん、それは進化の実のおかげであることは間違いない。
でも、それ以上に……サリアたちとの出会いが、俺の人生を明るくしてくれたんだ。
「そう、だよな。また明日、明後日と、日常は続いていくんだもんな」
「うん!」
俺は気持ちを切り替えるように、両頬を叩く。
「――――よぉし! それじゃあ今日は久々に、皆でギルドの依頼でも受けてみるかー!」
「おっ! いいじゃねぇか。お前やサリアはいい加減、実力に見合ったランクになるべきだしな」
「主様! 私は依頼より、食べ歩きを希望します!」
「……食いしん坊は働かないダメ人間?」
「何だとぉ!? それに、私はロバだ!」
「あ、あははは……まあ依頼が終わった後にでも食べに行きましょう」
「そうだね! どんな依頼があるかなー? 楽しいものがあるといいね、誠一!」
「ああ!」
――――こうして俺たちは、これからも人生を楽しんでいくのであった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
誠一たちのお話は、ここで完結となります。
思えば高校時代から書き始め、ここまで続けることができたのも読者の皆様のおかげです。
本当にありがとうございました。
また、カクヨムというサイトなどでも新作を投稿しており、現在は【グリード×グリード】という貧乏でお金が大好きな主人公と、強欲の魔王のコンビによるドタバタ異能バトルを書いてます。
https://kakuyomu.jp/works/16817330651864678711
もしよろしければ、ぜひ上記のURLからこちらも読んでいただければと思います。
これからも、私の作品を応援していただけると幸いです。




