宿屋
――――俺こと柊誠一は地球で生物に好かれた事が無い。
人間は勿論の事、犬や猫でさえもだ。
犬猫の近くを通りかかれば、毛を逆立てて威嚇されるか、メチャクチャ吠えられる。恐らく、俺の臭いが原因だろう。……そうであってほしい。
だが、そんな反応してくれる分にはまだいいのだが、近づいた瞬間気絶された時は流石に泣きそうになったのを今でもよく覚えている。……臭いでクレバーモンキー殺したしね。
まあ今でこそサリアというハッキリと俺の事を好いてくれる子がいる訳だけど、とにかく昔は生き物というカテゴリーには嫌われ続けてきた。勿論賢治達は友達だと思ってるので、嫌われていないと思う……うん、そう願いたい。
まあ、そんだけ嫌われ続けてきたけど、俺は基本犬や猫が大好きだった。散歩をしたいとも当然思ったね。
そんなわけで、必然的に家でペットなど飼った事も無く、今回の依頼の様に犬の散歩など俺が体験するだなんて夢にも思わなかった。
ただ、何故だろう。夢にまで見た犬との散歩をしている筈なのに、全然嬉しくない。
「うおおおおおおおおおおおおっ!」
「ハッ!ハッ!ハッ!ハッ!」
――――だって、俺の知ってる散歩と違うんだもん。
俺は今、真っ白い5mもの巨躯を誇る犬……ミルクちゃんに全力で追いかけられている。
……あれ?おかしいな……。犬の散歩って、犬の首輪にリードを付けて、ほのぼのとした気分のまま歩く事じゃないの?俺全力疾走してるんですけど?
俺の知らないうちに散歩の概念が根本的に変わってしまったんだろうか?
…………。
「やっぱりおかしくね!?」
「ウオオオオオオオオオオン!」
犬と追いかけっこする事が散歩じゃないよね!?しかも追われてるの俺だし!
そもそもミルクちゃんの鳴き声が犬のモノじゃねぇ!狼だよ!
「ミルクちゃんって本当に犬なの!?」
思わずそう言いながらも走る足は止めない。止めれば……食われる!……気がする。
ちなみに、俺は全力疾走をしてはいるが、散歩コースがアドリアーナさんの庭という事で、庭を荒らさない力加減での全力だ。
もし、俺がアドリアーナさんの庭とかそんな事を考えずに走ったら、今頃庭がクレーターだらけだろう。
そんな俺は、走り続ける事によって、フードが脱げないように手で押さえ続ける事も忘れない。
忙しなく動き、ひたすらミルクちゃんに追われ続ける俺を、アルトリアさんは眺めている。
「誠一のヤツ……スゲー足速いな」
「この状況で感想がそれですか!?」
もっと違う感想が無かったんですかねぇ!?
「そうだなあ……体力あるな」
「期待した俺がバカでした!」
クソッ!この状況をどうにかしてくれると言った事は無いようだ。
まあ、アルトリアさんは俺の試験監督な訳だし、手助けなんて出来る筈も無いのは分かってるんだけど。
「グルルルル……ウォオン!」
必死に庭を気にしながらミルクちゃんから逃げ続けていると、突然ミルクちゃんが飛びかかって来る。
「うおおお!?」
体を捻って避ける事に成功するが、何故ミルクちゃんは俺に飛びかかって来たんだろうか?
……考えたくも無いけど、ミルクちゃん……もしかして、俺を殺しに来てね?
「グルルルル……」
「うわあ……めっちゃ威嚇されてるやん……」
眼が血走ってるよぉ。唸ってるよぉ。怖いよぉ。
しかし、さっきのミルクちゃんの飛びかかって来たのを避けたせいか、距離を保ちながらこちらの隙を窺っているようにも見える。
つか、本当にミルクちゃんって犬なの?絶対違うよね?
そんな疑問が頭に浮かんだので、密かにミルクちゃんに向けて『上級鑑定』を発動させる。
『スノーウルフLv:180』
「やっぱり狼じゃねぇかああああああああ!」
アドリアーナさんの嘘吐きっ!ガチで狼じゃねぇか!何で犬って言ったの!?そんでもって地味にレベル高いし!
流石に狼の散歩だなんて予想外過ぎるので、アルトリアさんに助けを求める。
「アルトリアさん!ミルクちゃんって犬じゃないですよ!?狼なんですけど!?」
「んなもん見りゃ分かるだろ」
「知ってたんですか!?」
「勿論だろ。第一、ミルクちゃんが犬だろうが狼だろうがなんか問題でもあんのか?同じ犬っころじゃねぇか」
「全然違うでしょ!?メチャクチャ襲ってくるんですけど!?そもそも狼の散歩とかって無理じゃないですか!?」
「無理じゃねぇだろ。それにちゃんと出来てんじゃねぇか」
「俺の知ってる散歩とチガウ!」
「まあ頑張れ。何事も経験だぜ」
「随分都合のいい言葉ですね!」
経験って単語は色々ズルイと思うんだ。特に初心者に対しては。
助けを求めた結果、まともな回答が返ってこなかった。
「おっと、言い忘れてた。もし食われそうになったら、頭は死守しろよ?」
「その時は助けて下さいよ!?」
俺のツッコミに対して、アルトリアさんは魅力的な小悪魔っぽい笑顔を浮かべる。
……スゲェ可愛い。
最初は全然笑ってくれなかったのに、こうして笑ってくれている事が素直に嬉しい。
アルトリアさんを見ながらそんな感想を抱いていると、今まで俺の隙を窺っていたミルクちゃんが仕掛けてくる。
「グルウォン!」
「うぇい!?」
あまりにも自然と飛びかかって来たので、一瞬反応が遅くなったが、何とか避ける事に成功する。
まあ、攻撃を喰らってもダメージは無さそうだけど……。避けられるモノはしっかり避けとかないと、いざって時に体が動かなかったら困るしね。
「追いかけっこの次は、戦闘ですか……」
もう散歩の面影が微塵も残ってねぇよ。散歩どこ行った。こんな殺伐とした散歩は存在しちゃいけないと思うんだ。
しかも、戦闘に至ってはただひたすら俺が避け続けるという何とも理不尽なモノだしね。もし俺がミルクちゃんを攻撃したら……考えるのは止めよう。その先の事は誰も知らない方が皆幸せだと思うんだ。
勝手に冷や汗を流しながら表情を引き攣らせていると、用事がひと段落ついたのか、アドリアーナさんが庭にやって来た。
「誠一さんもミルクちゃんも随分と楽しそうね!」
「ウソでしょ!?」
この状況が楽しそうに見えるんですか!?眼科に行く事をお勧めします!……ここ異世界じゃん。眼科なんてねぇよな……。
「アルトリアちゃん、紅茶を淹れたんだけど、どうかしら?」
「あ、貰います」
「まさかのティータイム!?」
こちとら必死だってのに!
俺の理想とする散歩が出来ないんだよ!手に持った首輪に付ける筈のリードが虚しくなるっ!
「だあああああああ!このなりゃ自棄だ!全力で相手してやるよ……かかってきな、ミルクちゃん!」
「グルルルル……ウォオオンッ!」
俺は手に持ったリードを投げ捨て、ミルクちゃんを受け入れるかのように両手を広げた。
そして、ミルクちゃんはそんな俺に対して、飛び込んでくるのだった。
◆◇◆
「はぁ、はぁ、はぁ!」
「ハッ!ハッ!ハッ!」
俺とミルクちゃんは、アドリアーナさんの家の庭で寝転がっていた。
あの後自棄になった俺は、ミルクちゃんと全力で遊んだ。それこそ、依頼だった筈の散歩なんてガン無視する位に。
ミルクちゃんに追いかけられ、ミルクちゃんの攻撃を避けたり受け流したりしていたら、何時の間にか空は茜色になっていた。
よくよく考えれば、俺とミルクちゃんがしていた事が遊びだとは一切思わない。化物じみたステータスを誇る俺だからこそ、遊びの一言で片付けられるが、一般人ならまず即死だろう。
でも、ミルクちゃんとそんな他人から見れば命のやり取りをした結果、意外と楽しかったという気持ちが俺の心の中にはあった。
勿論俺がM体質になったとかじゃなく、純粋にスポーツを楽しんだ後の清々しさとかそんな感じだった。
その結果、俺もミルクちゃんも全力で遊んで、疲れ果てていた。
「おいおい……誠一、お前どんな体力してんだよ……」
「本当、依頼をした私が言う事じゃないけれど、まさかミルクちゃんと互角に張り合うなんて思って無かったわ」
ま、マジかよ……。それに、本当にアドリアーナさんが言えた事じゃねぇな。
「元々体力には……自信があったんで……」
息が切れ切れになりながらもなんとか答える。
「いや、それにしてもおかしいだろ……。ミルクちゃんの攻撃、お前受け流してただろ?」
「生存本能が……フル活動してたんで……」
「……どんだけ必死だったんだよ……」
アナタ達が用意したんでしょうが!……とは思ったが、口には出さなかった。
それにしても、俺のステータスがバレたんじゃねぇかと凄く焦った。鑑定を使われてたらアウトだけど、そんな様子も無さそうだし。
依頼の最中の俺の必死さを知ってたからこそ、アルトリアさんを誤魔化す事が出来たんだろう。
「まあいいわ。誠一さんのおかげでミルクちゃんも随分楽しんだようだしね」
笑顔でそう告げるアドリアーナさん。
そんな笑顔に思わず毒気を抜かれていると、体力が回復したのか、ミルクちゃんは体を起こし、俺に近づいてきた。
そして、未だに寝っ転がる俺の顔じゅうを舐めてくる。
「うわっぷ!ちょっ!」
いきなり顔を舐められた事にも驚きだが、脱げそうになるフードを何とか押さえる。
「まあまあ!ミルクちゃんが私や旦那以外にここまで心を開くだなんて……」
顔中を涎でベタベタにされている俺を見て、アドリアーナさんはそう言葉を零した。
「ちょっと待ってください。それじゃあ、今までミルクちゃんを世話してた人には……?」
「全く心を開いてなかったわね。一日と同じ人が続いた事が無かったし……。だから怪我したのかしら?」
間違いなくそうだと思うよ!
「死人や重傷者は出てないし、大丈夫よね!」
「いやいやいやいや!もっと使用人の事も考えてあげて下さいよ!」
命懸け過ぎるだろ!?
顔も知らない使用人達に同情しつつも、そんな危険なミルクちゃんに気に入られたという事実に俺は密かな達成感を覚えていた。
例え依頼が雑用だとしても、その仕事をどれだけ本気で出来るかによって、達成感も充実感も違ってくるんだろうな。
当たり前の事でも中々気付く事が出来ないその事実を確認していた俺は、ふと疑問に思った事を聞いてみる。
「そう言えば……ミルクちゃんとアドリアーナさん達ってどこで出会ったんですか?」
ミルクちゃんはレベルも高いし強い。それこそ、一般人であるアドリアーナさんがペットとして飼えている事が不思議に思える位に。
俺のそんな疑問に対して、アドリアーナさんは笑って答えてくれた。
「そんな大した話じゃないわ。旦那の仕事でとある雪国に行く事があったのよ。その国に移動している最中に、まだ子供のミルクちゃんが怪我してる所に出会ってね……親もいなかったようだし、怪我の治療をして、連れて帰って世話してたら懐かれちゃったのよ」
「へぇ……」
魔物とは言え、人間の優しさに触れればこうして仲良くなる事も出来るんだな。
この事実こそ、アルトリアさんが教えてくれたベルフィーユ教の教えに近いんじゃないだろうか?
まあ、それでも中々うまくいかないのが現実なんだけどな。
「さて、私の依頼はこれで完了よ。……はい、これが今回の報酬」
自己完結している所に、アドリアーナさんがなにやら重たそうな麻布の袋を渡してきた。
大きさとしては両手サイズのモノだが、いざ手渡されてみるとズシリと重さが一気に伝わって来た。
「……え?」
失礼かもしれないが、思わず袋の中を確認した俺は、短くそう呟く事しか出来なかった。
何故なら、袋の中には大量の銀貨と銅貨が詰まっていたからだ。
「こ、これは……」
「だから、報酬よ。受け取って頂戴」
「えええ!?多すぎませんか!?」
「いいのよ、これ位。それに、誠一さんは今回頑張ったじゃないの。それに対する評価なんだから、素直に受け取りなさい」
多過ぎるお金を返そうとするが、アドリアーナさんはそれを拒んだ。
いや、確かに頑張ったけど……これは貰い過ぎじゃねぇか?銀貨も銅貨もそれぞれ90枚位は入ってるぞ?
とんでもない額にどうすればいいか困惑していると、アルトリアさんが言う。
「依頼主から貰う正当な報酬だ。それを拒否する方が、失礼ってもんだぜ?貰っときな」
「そ、そう言うなら……」
アルトリアさんにまでそう言われたんであれば、断るのもどうかと思い、俺は素直に報酬を受け取った。
「ふふっ。素直で大変よろしい。また、依頼するかもしれないから、その時もお願いしてもいいかしら?」
「あ……はい!」
俺の返事を受け、アドリアーナさんはニッコリと微笑むのだった。
◆◇◆
アドリアーナさんの家から出ると、サリアを迎えに行くために、孤児院に俺達は向かっていた。
「よかったな、誠一。一つお得意先が出来たじゃねぇか」
「お得意先?」
「そうだよ。いい仕事をする冒険者には、依頼主から直接指名される事があるんだよ。お互いの信頼関係で成り立つし、安定した収入を得ることも出来るから、お得意先がいるって事は、一人前の冒険者として大事なステータスでもあるんだよ。仕事をきっちりとこなすのは当たり前だけどよ、そう言った意味でも日ごろから丁寧な仕事をする事が大事なんだ」
「成程……」
アルトリアさんの教えてくれる事は本当に勉強になるな。それに、アルトリアさんの言った日ごろから丁寧に仕事をするってのは冒険者に限らず、色々な職業で大事な事だろう。
「さて、到着した訳だが……」
そんなやり取りや雑談をしていると、何時の間にか孤児院の前に到着していた。
そして、アルトリアさんは最初と同じ様に何のためらいも無く教会内へと入っていく。
中に入ってアルトリアさんが呼びかけると、孤児院の院長であるクレアさんと、エプロンを身につけたサリアがやって来た。
「あ、誠一!」
「これはアルトリアさん。誠一さんの仕事は終わったのかしら?」
「ええ、終わりました。それで、サリアを迎えに来たんですけど……。サリアの方はどうでしたか?」
「フッ……」
アルトリアさんの質問を受け、何故かクレアさんは眼を伏せる。
その様子は、『愚問だな……』と言っているようにも見えるのはなぜだろう。
そして――――
「完璧よ!素晴らしいわ!素晴らし過ぎる!」
「「…………」」
突然のハイテンションに俺もアルトリアさんも唖然としてしまう。
「子供たちに作るおやつは美味しいし、子供たちが遊んで汚した場所も完璧に掃除する!おまけに一緒に遊んであげる時も大怪我をしない範囲でしっかり見守り、ダメなものはダメだとハッキリと叱るその姿!お陰様でサリアちゃんは子供たちの人気者よ!」
クレアさんが力説していると、教会の奥の方からたくさんの子供たちがやって来た。
「サリアお姉ちゃん私と遊んでー!」
「あ、ズルイ!今度は私と遊ぶの~!」
「見て見て~!上手に描けたのー!」
「サリアお姉ちゃんトイレ~」
子供たちはやって来るなりサリアに群がり始めた。
スゲー……本当に人気者なんだな。隣でアルトリアさんも唖然としたまんまだし。ついでに言うと、サリアはトイレじゃありません。
目の前の光景に二人揃って驚いていると、サリアは子供たちに言う。
「コラッ!お客さんが来てるんだよ?まず挨拶をしなきゃダメでしょ?」
どこかお母さんのようにも見える仕草でそう言うと、子供たちは元気よく返事をして、俺達に挨拶してくれた。
なんて言うか……お母さんのようにも見えるんだけど保育園や幼稚園の先生にも見える。
「あと、ごめんね?今日はもう皆とバイバイしないといけないの」
「「「えええ~!」」」
サリアの言葉に子供達は悲しそうな声を上げる。
「大丈夫!また今度遊びに来てあげるから……ね?」
その言葉に子供達は不満もあるようだが何とか納得してくれた。
「大丈夫よ!サリアちゃんは今度から私が名指しで依頼するもの!」
そして、クレアさんはそんな子供たちに向けてそう告げた。サリアもどうやらお得意先というモノが出来たようだな。
そんな事を思っていると、クレアさんは俺がアドリアーナさんから貰った様な麻袋を持ってきた。
ただし、アドリアーナさんの様に大きな袋では無く、片掌に収まる程度の大きさだった。
「これが今回の報酬よ。本当はもっと上乗せしてあげたかったんだけど……」
「別にいいの!皆と出会う事も出来たし、遊ぶことも出来たんだから!これ以上に無い位の報酬を貰ってるよ」
サリアの言葉に感激するクレアさん。少しの間しか離れてなかったけど、サリアって子供っぽい言動の割には凄くしっかりしてるよな。俺の中身が子供っぽ過ぎるってのもあるかもしれないけど。
「ありがとう、サリアちゃん!また、依頼を出したら受けてくれるかしら?」
「勿論!」
クレアさんの言葉にサリアは元気よく返事をすると、俺達は孤児院を後にした。
◆◇◆
「ほら、これが廃墟の解体の報酬だ」
カオスが広がるギルドに戻ると、受付のエリスさんから受け取った報酬をアルトリアさんが俺に手渡してくれた。
やはりというか、危ない仕事なだけあり、お金もかなり入っていたが、アドリアーナさんから貰ったお金を考えれば、どう頑張ってもアドリアーナさんの報酬の方が多かった。
「ハハハハハッ!初の依頼……無事成功させてきたようだな!」
「お疲れ様ですわ」
俺達の下に、ガッスルとエリスさんもやって来る。……ガッスルのヤツ、仕事してんのかな?
「冒険者となると、皆討伐系の依頼などを多く受けるようになる。それは、報酬が断然いいからだ。だが、君たちが今回受けた、雑用系の依頼だって立派な仕事なのだよ。それが、今回の依頼で分かったかな?」
「ああ」
「うん!」
珍しく真面目な様子でそう言ったガッスルの言葉に、俺もサリアも即答した。
地味な仕事が多いかもしれないけど、雑用も立派な仕事の一つで、仕事に優劣なんて考えちゃ駄目……与えられた仕事をどれだけ本気でこなせるかが大切なんだよな。
即答した俺達にガッスルは一瞬目を見開くと、優しげな笑みを浮かべた。
「そうか!分かったのならいいのだ!私の筋肉も喜んでいるからな!」
相変わらず意味が分からない。
せっかく珍しく真面目だなって思ってたのに、最後は最初と同じかよ。
そんなガッスルの様子に呆れていると、エリスさんが俺とサリアに掌サイズの白い板を渡してきた。
「それは、ギルドに登録していない人に渡す、仮ギルドカードですわ。仮とは言え、身分証としての役割も果たしますので、失くさないでくださいね?」
渡された白い板を見てみると、最初に紙に書いた内容が簡単にギルドカードとやらに書き記されていた。
「さて、君達の雑用系の試験は終わったが、明日は採取系の依頼を受けてもらうぞ?」
「ああ……あ」
「ん?どうしたよ?」
ガッスルの言葉に答えた直後、俺はある事に気付いた。
「俺達、今回泊まる場所を確保してないんですけど……」
「そう言う事か……だったらオレと同じ所に来るか?」
「え?」
「一応宿代もそこそこの値段だし、安全面は安心していい。それに、朝昼晩とでる食事は美味いしな」
「そこにしましょう」
アルトリアさんの誘いに即答した。別にご飯が美味しいからとか、そんな理由じゃねぇからな!あ、安全面を考慮した結果だぞ!?
そんな事を思っていると、ガッスルとエリスさんは何故かアルトリアさんの方を見て、目を見開いていた。何で?
「んじゃ、とっとと行こうぜ。オレは少し疲れたんでな……」
「え?あ……ちょっと待ってくださいよ!」
不思議に思い、首を傾げていると、アルトリアさんはギルドをとっとと出ていく。
ここではぐれてしまえば、宿屋がどこか分からないので、俺とサリアはエリスさん達に簡単に挨拶を済ませ、急いでアルトリアさんを追いかけるのだった。
「エリス君。アルトリア君が、同じ宿屋に誘ったぞ」
「え、ええ……。何時ものアルトリアさんでしたら、違う場所で、いい宿屋を紹介していた筈なんですけれど……何かあったんでしょうか?」
「ううむ……まあ、いい方向に進んでいるようでなによりだ。私の筋肉も歓喜してる」
「さて、仕事しますか」
「あれ?スルー?」
そんなやり取りが俺達が去った後のギルドで行われていたという事を、俺達は知らない。
◆◇◆
「ここが、オレが泊まってる宿だ」
「おお……」
俺達が連れて来られた場所は、『安らぎの木』と書かれた宿屋だった。
そんなに見た目は派手では無く、人通りも多い場所にあるという訳でもないが、ギルドからの距離は丁度いい感じの位置に存在していた。
「とっとと入って、部屋とるぞ」
「あ、はい」
宿屋に入ると、中はある程度の賑やかさで包まれていた。
とても広い訳ではないが、色々な意味で丁度いい感じの広さだった。
辺りをキョロキョロと見渡していると、一人の女性が近づいてくる。
「あら?お帰りなさい、アルちゃん」
「……おう」
あ、アルちゃん?愛称かなんかだろうか?
女性の発言に内心首を傾げていると、女性は俺とサリアの存在に気付いた。
「うん?そちらの方たちは?」
「今オレが試験監督として受け持ってる新人だ。この二人に部屋を用意してやってくれ」
「まあ、あのアルちゃんがねぇ~。今丁度二人部屋が一つだけ空いてるんだけど……そこでいいかしら?」
女の子と同じ部屋で眠るのが色々マズイとかって言う事は、このテルベールに来るまでの旅の中で一緒に寝続けただけあり、あんまり気にしないようになっていた。
なので、俺もサリアも了承の意を伝える。
「別に大丈夫ですよ」
「私も大丈夫!」
「それじゃあ、何日間泊まるのかしら?」
「そうですね……取りあえず1ヵ月位でお願いします」
「分かったわ。それじゃあ、銀貨50枚だけど大丈夫かしら?」
今更だけど、一ヶ月が通じて良かった。日月の概念は異世界でも同じみたいだ。つか、銀貨10枚あれば一年過ごせるって神からの知識には書いてあったけど、50枚って軽く5年分だよな。
神もこの世界には基本ノータッチって言ってたし、随分前のお金の価値で考えてるんじゃないだろうか?……これは、お金の価値なんかを今一度調べなおす必要があるかも。
取りあえず、金銭面は全然大丈夫なので、俺はアイテムボックスから銀貨を取り出した。
「あ、大丈夫です。はい」
「はい、受け取りました。あ、私はフィーナよ。ここは私と旦那、そして娘の三人で切り盛りしてるの。よろしくね?」
「俺は誠一といいます。えっと……よろしくお願いします」
「私はサリアです!よろしくお願いします」
「誠一君とサリアちゃんね。それじゃあ簡単に宿の説明をさせてもらうわ。食事は毎食3回分出るの。時間なんかは決まってないから、欲しい時に食堂に来てくれれば、何時でも旦那が作るわよ。食堂は丁度人もいないし……一応顔合わせしておいてもらおうかしら。アナター!ちょっと来てくれるー?」
旦那さんが作ってんのか……小説とかじゃあ、こう言う時の旦那さんって厳つい髭モジャなおっさんなんだよな。
随分偏った考え方だとは思うが、そう言うイメージが俺の中では強かった。
そして、当然というか、フィーナさんはとても美人である。うーん……宿屋にいる女性は美人ってのは常識なんだろうか?
とにかく、この時の俺はフィーナさんの旦那さんをマッチョなおっさん位に想像していた。
しかし、俺の想像は一瞬で砕け散った。
「呼んだかい?」
「あ、来たわね。この二人が今回宿屋に泊るお客さんよ」
「そうなんだ……僕は、この宿屋で料理を担当してるライル。よろしくね?」
「え?あ……はい。えっと……誠一です」
「サリアです!」
フィーナさんに紹介された旦那さんは――――メチャクチャ爽やかなイケメンだった。
エプロンに身を包んでいる姿は、地球で存在していた育メンを想像させる。
誰だよ。宿屋の旦那さんがおっちゃんだって決めつけた奴。ライルさんイケメンじゃねぇかよ。
「誠一君もサリアちゃんも、お腹が空いた時は僕に言ってね?ちなみに、3食までだったら無料だけど、4食目からはお金を貰うから。気を付けてね?」
成程。まあ、時間を気にせず食べられるのは嬉しいかな。
つか、ライルさんの動作が全部爽やかに見えるのは何故だ。イケメンってズルイ。
「そうそう、お風呂は無いけど、体を拭くタオルとお湯だったら、私に言いつけてくれたら用意するから。洗濯して欲しい服も、言ってくれれば洗うわ」
一人勝手にイケメンに軽く嫉妬していると、フィーナさんはそう告げた。
スゲー至れり尽くせりだな。まあ、俺には生活魔法のウォッシュがあるから大丈夫だとは思うけど……。
「それじゃあ、はい。これが部屋の鍵よ。出かける時は私に預けてちょうだいね。それじゃあ今、娘に案内させるわね」
フィーナさんに渡された鍵には、301と書かれてあった。
「オレの隣の部屋か」
ふと、アルトリアさんが小さくそう呟いた。
「まあ、何かあったらオレの部屋に来い」
「ありがとうございます!」
うん、アルトリアさんっていい人過ぎる。
内心アルトリアさんの優しさに感動していると、宿屋の奥から一人の女の子がやって来た。
「この子が私達の娘、メアリよ」
「新しいお客さんね!よろしく!」
「俺は誠一。よろしく」
「私はサリア!よろしくね」
メアリは、緑色の髪の毛をポニーテールにしており、瞳は赤色。そして何より、フィーナさんとライルさんの娘というだけあり、凄い美少女だった。
年齢的には俺と大差ないようだけど……本当に美男美女で結婚すると、生まれる子供も美男美女なんだね。まあ例外はいるかもしれないけど。
「それじゃあついてきて!案内するわ」
メアリについて移動すると、メアリは突然止まり、ある場所を指さした。
「あそこが食堂よ。何時もはあそこでお父さんが働いてるから、お腹が空いたらあそこに行ってね?」
そんな感じで簡単に宿屋の説明をしていくメアリ。
確かに簡単な説明だが、とても分かりやすいと俺は感じた。
年齢的に大差ない筈なんだけど、メアリはどう考えても俺よりしっかりしている。
その事実に軽くへこんでいると、何時の間にか俺達の泊まる部屋の前に到着していた。
「ここが誠一さん達の泊まる部屋よ」
「ここが……」
「大体の説明はお母さんから聞いてると思うけど、何か分からない事があったら気軽に訊いてね!それじゃあ、私は他の仕事があるから!」
「ありがとう」
俺はメアリにそう言うと、メアリは笑顔を浮かべて去っていった。
「んじゃ、オレはそろそろ部屋に戻って休ませてもらうぜ。お休み」
「あ、お休みなさい」
「お休み!」
欠伸をしているアルトリアさんはそう挨拶をすると、そのまま俺達の隣の部屋に入って行った。
「さて、俺達も部屋に入るか!」
「うん!」
鍵を使って部屋に入ると、二人で使用するには少し広めな空間が目の前に広がっていた。
ベッドはちゃんと二つあるし、テーブルや椅子もある。設備はかなりいいな。
辺りを見渡し、そんな感想を抱いていると、隣でサリアが可愛らしい欠伸をする。
「ふぁ~……」
「どうした?疲れたのか?」
「うん……ちょっとね……」
「でも晩飯食べてないだろ?」
「そうなんだけど……お腹もあんまり空いてないの」
「そうか……それじゃあもう寝るか?」
「うん……」
サリアは眼をこすりながら、一つのベッドに歩いて行き、そしてそのままベッドに倒れ込んでしまった。
しばらくすると、可愛らしい寝息が聞こえてくる。
「……疲れてたんだなぁ」
俺も確かに一日中走り回ったし、疲れていたけど、サリアも子供たちの相手をして、色々疲れたんだろう。
俺は、ベッドに倒れ込んだサリアを抱え、しっかり毛布をかけてやる。
毛布をかける前に、ウォッシュを使用し、体も綺麗にしておいた。
「う~ん……誠一……」
寝言で俺の名前を呟くサリアの表情は、穏やかで、それでいてとても綺麗だった。
「誠一……大好き……」
その呟きを聞いた俺は、顔を真っ赤にさせる。
ゆ、夢の中でも俺の事を想ってくれてるのか……。
その事実に恥ずかしさがこみ上げてはくるが、それ以上に嬉しいという気持ちで俺の胸の中は満たされていた。
「……お休み、サリア」
最後に俺はそう呟くと、俺も晩飯を食わずにそのまま眠りに着いたのだった。




