哀れな最期
「さてと……」
改めて不気味な空間に戻ってきた俺は、中央に鎮座する肉の塊に目を向けた。
「うへぇ……見れば見るほど気持ち悪いなぁ……」
まあ俺も同じ経験してるんですけどね!
「それより、これ……手を出してもいいのかな……?」
そもそも、カイゼル帝国の帝王って前提で進めているが、違う可能性だってある。
例えば、魔神とか……。
なんせ、あの化物が城内にいたからな。
「どちらにせよ、このまま放置してていいことはないだろう」
そういうわけで、俺は【憎悪溢れる細剣】を取り出し、肉の塊を斬り飛ばすために振りかぶった。
その瞬間――――。
「なっ!?」
突然、肉の塊がより大きく動き始めたのだ!
「ひぃぃいい!? 気持ち悪いっ!」
思わずそう口にしてしまった俺は悪くないだろう。
今までも胎動するように蠢いていた肉の塊が、すごい勢いで形を変え、動き始めたのだ。
あまりの気持ち悪さに、つい攻撃するのも躊躇っていると、やがて肉の塊は人の形になり始める。
「マジかよ……」
もしかして、サリアも俺の最終進化を見てるときはこんな気持ちだったんだろうか……。
だとしたら、引かずに寄り添ってくれたサリアがすごすぎる。
まあ俺もサリアが目の前で同じ状況になったら、傍にいると思うけど……。
しかし、今目の前で蠢いているのは俺でもサリアでもない、完全に未知の……まったく知らない存在なのだ。引くなという方が無理!
って言うより、あんまり気にしてなかったけど、こうして俺が最終進化した時みたいな状況ってことは、目の前の肉の塊も『進化の実』を摂取したんだろうか?
今、この世に存在する『進化の実』は俺しか手にしていないので、食べることはできないと思うが……。
あれこれと推察する中、ついに肉の塊は完全な人の姿となり、やがて一人の男性が現れた。
顔や体の作りは人間と同じようだが、何故かその身に魔神の時のような、妙なオーラが纏わりついているという、何とも不思議な出で立ちである。
すると、男は静かに目を開くと、口角を釣り上げた。
「フッ……気分がいい。これこそが、世界の覇者たる我の真の姿か……」
何だか一人で自分の世界に浸っているようだが、色々聞きたいことがある俺は声をかける。
「あのぉ……」
「……誰だ? 我の神聖なる空間にゴミを入れたのは……」
「ゴミ!?」
初対面の相手にゴミ扱いされる覚えはないんですけど!
「それを言うならお前は露出狂だろうが!」
「なっ!」
俺が言い返してくるとは思わなかったのか、男は目を見開く。
だが俺の言ってることは何も間違っておらず、男は先ほどから全裸の状態で堂々としていたのだ。何とも間抜けな姿。ギルド本部の露出狂……スランさんといい勝負だよ。
「きっ貴様……我の玉体を前に、そこいらの変態と同列に語りおって……」
「いや、玉体とか以前に人の前で裸になればそりゃあこんな反応にもなるでしょうよ」
サリアの両親であるアドラメレクさんやサニーさんも、進化したての時は全裸だったもんな。
過去を思い出していると、男は再び尊大な態度で俺を見下ろす。
「フン……所詮はただの人間。矮小な存在に、至高の存在となった我のことなど分かるはずもないか」
どうしてこう、悪い人は相手のことをすぐ矮小だとか言うんだろう。
それに、自分のことを至高とか言っちゃうし……謎だね。
「それで? アンタは一体、何者なんだよ」
「フン。本来ならば、貴様のような存在が口を利くことすら烏滸がましいわけだが……今の我は気分がいい」
ねぇ、見下さないと死んじゃうの? 毎回俺のこと見下してくるじゃん。
「我はカイゼル帝国の帝王にして、この世の全てを支配する者だ」
「この世の全てぇ?」
魔神は世界を滅ぼそうとしてたけど、コイツは世界を支配しようって考えてるわけか。
「何でそんなことを……」
「そんなもの、理由があるはずがなかろう。この世は我の物であり、我の思い通りに動くのだ」
本当に、何で世界を征服しようとしたり、滅ぼそうとする人はこうも似通ったことを口にするんだろうか。
とにかく、目の前のコイツがカイゼル帝国の帝王であることに間違いはなく、世界を支配しようとしている以上、敵であることに変わりはない。
「まあいいや。話を聞いてる限り、お前を倒せば全部終わるのかな?」
「我を倒すだと……? ハハハハハ! 何を馬鹿なことを! 貴様のようなたかが人間ごときに、至高の存在である我を倒せるはずがなかろう!」
皮肉なことに、こういう見下してくる敵であればあるほど、俺のことを人間扱いしてくれるの、何なんだろうね。悲しくなってきた。
思わず遠くを見つめていると、カイゼル帝国の帝王は腕を振るう。
すると、城内で暴れていた化物が無数出現した。
「これって……」
「さて……ここまで我が相手をしてやったのだ。新たに生まれ変わった我の力を試すための実験体となり、死ね」
「キシャアアア!」
「ギェェェェエエ!」
容赦なく襲い来る化物たち。
だが――――。
「えっと……『ジャッジメント』」
『ぎゃあああああああああああああ!』
魔法を発動させた瞬間、化物だけでなく、カイゼル帝国の帝王の頭上から、光の柱が降り注ぎ、そのまま化物たちを消滅させた。
「あばばばばば! な、何んだコレはああああああああ!? こ、この我が、このような攻撃にぃぃぃいいい!?」
帝王がそう叫ぶが……その、魔神とかと戦った後だから、あんまりラスボス感がないと言うか……。
実際、この帝王も魔神と同じ化物を出現させてきたが、魔神はそれこそ無限に生み出し続けていたのに対し、帝王は多くて数百体レベルにしか召喚しなかったのだ。
この時点で魔神と帝王の間に大きな戦力差があるのは見て分かる。
てか、どうしてこの帝王は魔神の力を使えるんだろうか? 体にも魔神と同じようなオーラを纏ってるし……。
まあ何にせよ、倒すことに変わりはなかった。
「み、認めぬ! この我が……この我がこんな簡単にやられるなどおおおおおおおおお!」
必死に耐えようとする帝王だが、それが『ジャッジメント』の癪に障ったのか、ひと際強烈な光の柱が再び帝王の頭上から降り注いだ。
「え? あ――――」
そして、帝王は唖然とその光を見つめると、そのまま光に飲み込まれる。
やがて光が収まっていくと、そこには帝王の姿はなく、この不気味な空間に亀裂が入ると、そこから砕け散り、元の謁見の間に戻るのだった。
「…………え、本当に終わり?」
まだ奥の手があるかもしれないと身構えた俺だったが、いくら待っても帝王が復活する様子がない。
まさか、マジで終わったの? あれだけ黒幕感出してたのに?
「……今までで一番呆気なかったかもしれない……」
ま、まあ安全に倒せる分にはいいんだけどね。だとしてもこの終わり方は予想できなかったけどさ。
ただ、散々迷惑をかけ続けたくせに、こうあっさりだと……あれ?
俺はそこまで考えて――――ふとおかしなことに気づいた。
「俺は……こんな場所で何してたんだっけ?」
あたりを見渡し、必死に自分の行動を思い出そうとするが、何故か思い出すことができないのだ。
「えっと……神無月先輩に頼まれて、勇者たちを救出しただろ? そのあと、ザキアさんと出会って、アルフ様の呪いを解いたんだ……」
そこまではちゃんと覚えているのだが……そこから先の記憶が呼び起こせない。
「んん? そこから、何で俺はここに来たんだ? 何かやらなきゃいけないことがあったような気もするけど……あれー?」
何だこれ、めちゃくちゃ気持ち悪いぞ!
さっきまで覚えていたことが、すっぽり抜け落ちたような……とにかく、どれだけ考えても思い出すことができなかった。
「落ち着け……この魔法陣は見覚えがあるぞ……確か、ザキアさんと一緒にこの上に置かれていた人々を助け出したんだ。その中には勇者たちもいて、他にもこの国の住民まで生贄として置かれていたんだったな……」
床に描かれた不気味な魔法陣は、魔神教団の残党であるヘリオって人が描いたんだったっけ?
……あれ? 何で俺、ヘリオが魔神教団だって知ってるんだ……?
考えれば考えるほどにドツボにハマる俺は、頭を振る。
「ま、まあいいか。本当に大切なことならそのうち思い出すだろうし……当初の目的である勇者たちは解放できたんだ。それでいいだろ!」
結論として、特に問題ないと判断した俺は、考えるのをやめた。
「さて……帰りますか」
何でこんな場所に来たのか知らないが、用事がない以上ここにいる意味がないので、俺は伸びを一つするとテルベールに帰還するのだった。
◆◇◆
誠一が謁見の間を去った後――――。
その中央に、帝王の力の残滓が漂っており、それが再び集まろうとしていた。
『な、何だあの人間は! この我を一撃で消し飛ばすなど……!』
あれ程自慢げに晒していた肉体は消失し、今の帝王は力の残滓として空間に漂うことしかできない。
とはいえ、もう一度この残滓をかき集め、凝縮することで、肉体を再構築することは可能だった。
『せっかく手に入れた我が力が、ここまで弱まるとは……絶対に許せぬ!』
己の邪魔をされたことにより、激しい憎悪を燃やす帝王。
本当ならば、誠一に消し飛ばされた時点でその力量さを感じ取れるはずだったが、元の帝王は戦闘が得意でも何でもないただの人間だったからこそ、そのことに気づかなかった。
『我がやられたのは、油断していたからだ。だが、次は決して油断せぬ。ヤツは我がこの手で八つ裂きにしてやろう!』
だからこそ、帝王は復活できると信じていた。
だが……。
『……む? 何だ?』
帝王は漂う残滓をかき集めようと必死に思念を飛ばすも、その残滓は集まることなく漂い続ける。
それどころか、どんどん帝王の思念がある場所から離れ、最後にはこの星に浄化されるように消えていくのだ。
『な、何故だ!? 何故集めることができん!』
このままでは復活は不可能になってしまうため、より強い思念を発し、残滓をかき集めようとする帝王。
『ま、待て! どこに行く!? 消えるな、おい!』
どれだけ帝王が呼び掛けても、その残滓は二度と戻ってこなかった。
『ふ、ふざけるな! 我は……我はこの世の王なのだぞ!? 誰か、誰か我を助けろ!』
どれだけ喚いても、帝王の言葉は届かない。
そして、思念のみこの場に残った帝王は、改めて自分の状態を認識し、青ざめる。
『ま、まさか……一生このままだと言うのか……!?』
今の帝王には五感が存在しない。
見ることも、聞くことも、話すことも、嗅ぐことも、触ることもできないのだ。
思念となった今の帝王は、ただ思考することしかできない存在となってしまった。
だからこそ、今自分の身に降りかかっている絶望を、正しく認識できていなかった。
誠一の『ジャッジメント』を受けたことにより、誠一から害悪として認定された帝王は、その身をこの世界から拒絶されたのだ。
それはまさに、帝王シェルド・ウォル・カイゼルという存在の全てである。
つまり――――この星にシェルド・ウォル・カイゼルが存在していたという情報だけが、綺麗に消え去ったのだ。
ただ、帝王が存在していた記録が綺麗に消えたのであれば、多少なりとも他に影響を及ぼすはずだった。
それこそ、誠一の受け持ったFクラス出身のブルードは、このシェルドの息子なのである。
つまり、シェルドが消えれば、ブルードも消えてしまうのだ。
だが、この星はシェルドという存在を消しながら、上手く情報を操作することにより、他への影響をすべて封じ込めたのである。
その一つとして、今回の謁見の間での出来事は、魔神教団の使徒だったヘリオが、魔神復活のための儀式として、勇者たちを使おうとしていたことに改変されたのだ。
よって、シェルドただ一人が……この世の全てから忘れ去られたのである。
『誰か、誰もいないのか!』
何も見えない恐怖。何も聞こえない恐怖。
臭いも、感触すら感じぬこの状況に、帝王の恐怖は頂点に達していた。
『い、嫌だ、死にたくない……このままなど、許されるはずがないんだ……』
そして、思念だけとなった帝王は、発狂してしまうことすらできないのである。
故に――――この世の支配を企んだ帝王は、最後は全存在からその存在を忘れられ、何も感じ取ることができないまま、永遠の時を過ごしていくのだった。




