魔神帝王
――――暗い、暗い、暗い。
我は、一体どうしたと言うのだ……?
確か、ヘリオのヤツが見つけ出した、ハルマール帝国の秘術を使ったはず……。
何でも、かつてハルマール帝国が駒として使っていた勇者たちを、実力で支配するために編み出した秘術らしい。
その内容は、勇者の力を奪い、己の力とする……まさにこの世を支配する我に相応しい秘術だ。
そんな秘術の存在は我は知らなかったが、力が手に入るのならばとそれを行使したはずだが……そこから我の記憶は途切れている。
一体、ここはどこだと言うんだ!
ヘリオのヤツめ……まさか、この我を騙したのか!?
許さん……許さんぞ……!
我は、このような場所で終わる器ではない!
何としてでもここから脱出し、ヘリオを八つ裂きにしてやらねば……。
我は暗い闇の中を、ただひたすらに動き回った。
凡人ならば、このような状況は気が狂ってもおかしくないだろう。
しかし、我は違う。
この世の覇者となる我は、必ずこの場所から抜け出せると信じているからだ。
こうして時間の感覚もなく、ただ暗闇に身を委ねていると、不意にこの異空間に異物が紛れ込んだのを感じた。
『ふぅ……一時はどうなることかと思ったが、使徒が用意してくれた体があって助かったな……』
何? 体だと?
それはまさか、我の体のことではなかろうな!?
『む? 何だ? この体の元の持ち主か。ふん、しぶとく残っているようだが、この体はもはや我のものだ』
何だと!?
いきなり入り込んできておきながら、我の体の所有権を主張するなど……傲慢にもほどがある!
しかし、入り込んできた思念は笑い飛ばした。
『この我に向かって傲慢だと!? ハハハハハ! 何を当たり前のことを! 我は魔神なのだ。貴様ら矮小な存在如きが、逆らえるはずがなかろう!』
ま、魔神だと!? 一体どういうことだ!
『ふっ……簡単なことよ。貴様の部下だった男は、我の使徒であり、貴様の体は我が再び復活するための贄として使われたというわけだ』
なっ……なっ……!
我は魔神とやらの言葉が信じられなかった。
まさか、我の家臣であるヘリオが、そこまで裏切り行為を働いていたとは……!
『まあ貴様は大人しく、我に体を奪われるがいい。安心しろ。この体は有効活用してやるからなぁ』
嘲笑する魔神に、怒りがこみ上げる。
ふざけるな……ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなああああああああああ!
この体は、我の物だ! 貴様なんぞにくれてやるかああああああああ!
『ん? なっ!?』
我は、ただがむしゃらに魔神の気配が感じられる方に突き進むと、そこに紫色の炎が見えてきた。
それこそが魔神だと確信した我は、そのまま炎を飲み込む。
『や、やめろおおおおおお! き、貴様っ! この我の……高貴なる神の魂に触れるなど……!』
はっ! 貴様が高貴だと?
それは違う。
最も高貴であり、世界を征服するのは、魔神ではなく、この我だ――――!
『ぎゃ!? は、放せ! 我は……我の復活が……!』
無駄な抵抗を続ける魔神。
しかし、ここは元々我の世界である。
いくら抵抗したところで、こんな消えかけの魂ごときに負けるはずがなかった。
ふはははははは! 神だか何だか知らんが、我の体は……この世の全ては我の物だああああああああ!
『ぎゃあああああああ……――――』
魔神は大きい断末魔を上げると、そこから二度と声が聞こえてくることはなくなった。
くくく……馬鹿め。我の肉体を奪おうなどと、不遜な考えを持つから消えるのだ!
それよりも……魔神を飲み込んだことで、ついに我は己の肉体の所有権を奪い返し、意識を覚醒させることができるようになった。
その上、死にかけとはいえ神だったことに変わりはなく、我は魔神の力を完全に吸収することに成功する。
ハハハ! やはり、世界は我のために存在する! 魔神も何もかも、世界から我への献上品でしかないわ!
意識が徐々に覚醒し、取り戻した体で目を開いていくと、そこには感動に打ち震えた様子のヘリオの姿が。
「おおおお! 魔神様がついに!」
「……」
「魔神様! こちらに用意した魔法陣を用いれば、勇者どもから力を奪い取ることができます! 他にも人間を用いれば、そいつらの生命力を奪い、魔神様の力とすることができるでしょう!」
「――――そうか」
「そして、中央の魔法陣に魔神様が降臨されることで、周囲の魔法陣からかき集めた力を得ることができます!」
聞いてもいないことをぺらぺらとしゃべり出すヘリオだが、聞き出す手間が省けたと考えればちょうどよかろう。
だが……。
「ずいぶんと手間をかけたようだな」
「とんでもございませ! 私は魔神様の僕です! 何なりとご命令を!」
「ならば――――死ね」
「へ?」
我は己を裏切りながらも、のうのうと雑音を垂れ流すヘリオに対し、そう言い放った。
その瞬間、我が軽く腕を振るうと、ヘリオの体が宙に浮かび上がる。
こんな芸当、かつての我ではとてもできなかったが、今の我には造作もない。
そして、手に入れた力の使い方も、理解できていた。
「なっ!? 何をなさるのですか!?」
醜く喚き散らすヘリオ。
そんなヤツに対し、我は冷たい視線を向ける。
「残念だったな。貴様の求めた魔神とやらは、すでに消えたぞ?」
「なああ!? で、では……貴様は、シェルドというのか!?」
「この我をそのように呼び捨てるとは……不敬である」
「ぎゃっ!?」
我がもう一度腕を振るうと、ヘリオが用意したと思われる魔法陣に叩きつけ、そのまま上から押しつぶすように力を加えた。
「ぎゃああああああ! な、何故ええええええええ!」
「この世の頂点となるのは我だ。魔神など、我への献上品に過ぎぬ」
「ふ、不敬なあああああああああああ!?」
「む?」
次の瞬間、喚いていたヘリオの体が、一気に干からびていった。
突然の変化に多少驚いたが……なるほど。これが生命力を奪う魔法陣というわけか。
そして、中央に我が立てば、奪った生命力や勇者の力でより強化できると……。
「くくく……ハハハハハハハ! これはいい! 早速勇者どもだけでなく、人間を集め、我を強化しようではないか!」
我はそう決めると、さっそく己を強化する準備のため、腕を軽く振る。
「来い!」
「――――ギギ」
「ギシャア!」
すると、何もない場所から、化物がぞろぞろと現れ始めた。
「よし。貴様らは外に出て、贄となる者を連れてこい。当然、勇者たちもだ」
「シャアア!」
「ギギギャギャ」
我の言葉を受け、化物たちは一斉に部屋から飛び出す。
「ふん。あの魔神、弱っていたせいか、満足に力が使えんな……これが完全な状態であれば、あの化物も無数に呼び出せたのだが……」
まあこれからあの化物が贄を集めてくれば、我の力も元通りになり、さらに最強の存在へと変わるはずだ。
そうすれば、制限なくあの化物を召喚することができるだろう。
「ハハハ! これからが楽しみだ!」
我は先の未来を考え、高笑いするのだった。
◆◇◆
ランゼさんの下に勇者たちを預けた俺は、再び不気味な空間に戻って来た。
「すみません、遅くなりました!」
「い、いや、大丈夫だが……本当に転移できるのだな……」
「え?」
「……何でもない」
どう考えても今の間は何でもないって感じじゃなさそうですけどね!
「それよりも、あの魔法陣に置かれていた人々はひとまずここに集めたが……」
「……すごい数ですね」
そこに並べられた人たちは、数十人どころか、数百人規模であり、それら全員がカラカラに干からび、死にかけている。
しかも、集められた人々に規則性はなく、普通の街の人といった人から、執事服やメイド服といったこの城に勤めていたであろう人たち、そしてザキアさんが探していた囚人など、バラバラだった。
すると、ザキアさんは困惑した表情を浮かべる。
「……おかしい。何故、コイツがここに……」
「どうしたんです?」
「……恐らく、今回の陛下を唆したであろう人物が、この中にいたのだ」
「え?」
唆したってことは、勇者召喚やら秘術など、あらゆる面での黒幕ってことだよな? それがこの干からびた人の中にいるって……。
「このローブ姿の老人こそ、カイゼル帝国を裏で操っていたヘリオだ」
「この人が……」
その人物は、元々年老いていたこともあり、他に比べて干からび具合が酷い。というより、本当に生きてるんだろうか……?
「君がいない間に回復魔法をかけてみたが、やはり何の反応もなかった」
「あ、そのことについてなんですけど、どうやら生命力を分け与えれば回復するみたいですよ」
「……何を言ってるんだ?」
そりゃまあそういう反応になるとは思ってましたけど!
「えっと……どういう理由かは分かりませんが、あの魔法陣の上に置かれていた人たちは生命力を奪われたようです。だからこそ、回復魔法では回復せず、生命力を直接分け与える必要があるんですよ」
「り、理屈は分かるが……生命力を分け与えるなんて、そんなことできるのか?」
「できました!」
「………………そうか」
その間が辛い。
「ま、まあいい。助かるのであればそれに越したことはない。お願いしてもいいか?」
「分かりました」
『――――!?』
「おい、本当に大丈夫なんだろうな!?」
「た、たぶん……?」
勇者たちと同じように、俺ができる最大限の加減をしたうえで生命力を流し込むと、寝ていた人たちの体が大きく跳ね上がった。我ながらすごいホラーだな……。
ただ、その効果は確かで、先ほどまで死ぬ寸前だった人たちの顔に生気が戻ったのだ。
とはいえ、体が痩せ細ってる状態なのは変わらないので、これは時間をかけて回復するしかないだろう。
生命力が復活した皆さんは、そのまま安らかな表情でその場に寝ている。
「回復したと言うのなら、今度はこの場所から彼らを運び出さないとな……」
「あ、それも任せてください!」
「え?」
この人数を一気に抱えることはできないので、床ごと持ち上げて運ぶのもアリかと思ったが、その瞬間、寝ている人たちの体がふわりと浮かび上がる。
……たぶん、重力あたりが手を貸してくれてんじゃないかなぁ。
「お、おい、これはどういうことだ!? 急に浮かび上がったぞ!」
「重力が手を貸してくれました」
「何を言ってるんだ!?」
本当、何を言ってるんだろうね。
「まあいいじゃないですか。これなら運べるんですし」
「そうだが、そうじゃない! 君は本当に人間か!?」
「失敬な! 人間ですよ!」
「……人間とは……」
そういう反応、止めてください。傷つくんで。
「……それよりも、何故ヘリオだけそんな運び方なんだ?」
「……いや、俺にもよく分からないです……」
さっき黒幕だって言われてたおじいちゃん、他の人に比べれ運ばれ方が雑というか……なんか片足だけ持ち上がる形でその場に浮かんでいるのだ。
そのせいで、顔が地面にぶつかり、移動するたびに顔を地面に引きずる形になるので、見ていて痛い。
とはいえ、俺がわざとこうしているわけではなく、あくまで手を貸してくれている重力がこのような形で運んでいるだけなのだ。俺は悪くない! ……と思いたい!
「それじゃあ、皆で転移しますね」
俺はすぐに転移魔法を発動させると、ザキアさんや浮かんでいる人々含め、カイゼル帝国の城内に転移した。
「お、おお……君が無事に帰って来たからこそ、転移できるとは分かっていたが、いざ体験すると……信じられんな……」
「あはは……」
「――――ザキアさん!」
「っ! オルフェ!」
すると、少し前に化物と戦っていた兵士の一人が、俺たちの下に駆け寄って来た。
「ザキアさん、その人たちは……」
「……ここの人間は、謁見の間に集められていた者たちだ」
「謁見の間に!? ど、どうして……って、ヘリオ様!? こ、これはどういう……」
「驚くのは後だ。ひとまずここにいる者たちを寝かせられる場所まで運ぶぞ」
「は、はい! 他の兵士たちも呼んできます!」
そういうと、彼は慌てて他の兵士を呼びに戻っていった。
「さて……誠一君。恐らく勘づいていると思うが……」
「……この国の現帝王、ですよね」
「ああ……間違いなく、あの空間の中央にあった肉の塊こそが、陛下……いや、陛下だったものに違いない」
「やっぱり……で、でも、どうしてあんな姿に? 秘術は勇者から力を奪い、強くなるためものなんですよね?」
「詳しいことはアルフ様に聞かねば分からんが、その認識で正しいはずだ。そして、結果としてあのような姿になったと言うことは、ヘリオが嘘の秘術を教えたか、そもそも不完全の秘術だったか……とにかく、何か原因があるはずだ」
「……」
「まさか……行くつもりか?」
俺の様子を見て、ザキアさんが目を見開きながらそう口にするも、すぐに首を横に振った。
「……いや、君の心配をするだけ無駄だな。何なら私も同行したいところだが……」
「いえ、万が一、何かあった時のため、アルフ様の近くにいてください」
「……すまない」
ザキアさんは申し訳なさそうにしているが、何かあっても俺だけの方が被害が少なく済む可能性が高いからな。
何よりザキアさんもこれ以上アルフ様の傍を離れるのは不安だろうし。
今のところ化物が生まれる気配はないが、いつそれが復活するかも分からないからな。
「というわけで、俺はもう一度あの空間に行ってきます!」
「気を付けるんだぞ」
改めて、俺はもう一度あの不気味な空間に転移するのだった。




