先帝アルフ
「ここだ」
ザキアさんに連れてこられた場所は、王城から離れた、離宮? というような場所だった。
同じ城内とはいえ、また化物が出現する可能性もあったので、あまりその場から離れない方がいいんだろうが、そこはザキアさん以外の第二部隊の兵士さんたちが。
『ここは任せて、ザキアさんは彼をアルフ様の下へ連れて行ってください!』
って感じで、送り出してくれたのだ。
……な、何だかフラグっぽいけど、大丈夫だろう。うん。
周囲には高級そうな壺などが置かれており、今の城の状況の割には手入れがされている。
そんな感じでキョロキョロと城内を見ていると、とある部屋の前に着いた。
「ここだ」
そして、ザキアさんに促される形で中に入ると、そこには大きな天蓋付きのベッドが一つ。
その中央には、一人の初老の男性が静かに眠りについていた。
息こそしているが、その顔に生気はあまり感じられず、痩せこけ、今にも死んでしまいそうである。
「……この方こそ、先代帝王であるアルフ・ディア・カイゼル様だ」
「この人が……」
「どうか……どうか、アルフ様を救ってくれ……!」
ザキアさんの必死な願いに、頷く。
一応、ザキアさんの話では呪いで倒れてるってことらしいが、『上級鑑定』を発動させ、状態を確認した。
すると、そこには前にランゼさんも受けた【悠久の眠り】という表記が。
呪いを受けていることは間違いなかった。
とすれば、俺がやることはいたってシンプルだ。
すぐに手をアルフ様にかざすと、反転魔法『良くなれ』を発動させる。……いやぁ、呪文を唱えなくていいのは素晴らしいね!
問題なく魔法が発動すると、その効果はすぐに表れた。
「なっ!?」
発動した魔法がアルフ様の体に染み込むように消えていくと、何とアルフ様の顔に生気が宿り、その上目に見えて若返ったように見える。
ただ、長い間眠っていたことによる肉体の衰えは魔法ではどうすることもできなかったが、確実に健康になったのは間違いない。
目の前で信じられない現象が起きたザキアさんは、これでもかというほどに目を見開いている。
そして――――。
「ん……ぁ……こ……ここ、は……?」
「アルフ様……!」
ザキアさんは急いでアルフ様に駆け寄ると、アルフ様は徐々に意識がハッキリしてきたのか、ザキアさんに視線を向ける。
「ザキア、か……」
「はい……ザキアでございます……!」
「……心配を……かけたみたいだな。すまない」
「いえ……こうして陛下が目覚めただけで、私は……!」
ザキアさんにとって、このアルフ様は本当に大切な人らしく、俺がいることも忘れ、その場で静かに涙を流していた。
俺としてはソシャークさんとザキアさんの話でしかこのアルフ様って人のことを聞いていなかったわけだが、ここまで大切に思われているのなら、助けてよかったと素直に思った。
しばらく感極まった様子のザキアさんだったが、やがて落ち着いたようでこちらに視線を向ける。
ザキアさんが落ち着く間にアルフさんもしゃべれる程度には体力が少し回復したようで、同じように俺に顔を向けた。
「誠一君。君には、返しきれない恩ができた。本当に……本当にありがとう……!」
「い、いえ! 俺としても、力になれてよかったです!」
「……ザキアの様子を見るに、君が私を救ってくれたようだな。私からも礼を言わせてくれ。ありがとう」
「いやいやいや! 頭を上げてください! それに、病み上がりなんですから!」
以前、同じように呪いから解放したランゼさんからも頭を下げられたわけだが、王族の人に頭を下げられるのは心臓に悪い。
慌ててアルフさんを押さえた俺は、呪いが反転したことを伝え忘れていることに気づいた。
「あ、その、一つ言い忘れていたんですが、アルフさんの呪いは消えたわけではないんです」
「何!? な、ならば、また陛下は……!」
「ああああ、違います違います! その、俺が使った魔法は呪いを打ち消すんじゃなく、反転させるものなんです!」
「は、反転だと? つまり、どういうことだ?」
「えっと、確認できるのであれば、アルフ様のステータスを確認してもらえれば……」
俺がそういうと、アルフ様はすぐにステータスを確認し、目を見開いた。
「こ、これは……」
「あ、アルフ様! 一体何が!?」
「……確かに、そこの青年の言う通り、呪いは消えていた。だが、代わりに『呪い』として、【永遠の健康】というとんでもない効果が追加されているんだが……」
「な、何ですと!? し、失礼します!」
ザキアさんもアルフ様の状態を確認したようで、唖然としていた。
「こ、こんなことが……」
「あ、あはは……ま、まあ呪いは消えたということで、許してもらえると……」
「許すも何も、ここまで素晴らしい効果ももらったのだ。むしろ今の私に何か返せるものがあるだろうか……」
「い、いえ! そんな、気にしないでください! それもこれも偶然ですから!」
いや、実際に『良くなれ』で呪いが反転していい効果を得られるなんて、魔法を創った時は思いもしなかったわけだが。
しかし、やはりランゼさんの時と同じように、一国を治める者が助けられ、何も返さないというのは色々と問題があるようだ。
だからこそ、アルフ様も渋い表情を浮かべている。
「だが……」
「それなら、これからカイゼル帝国を素晴らしい国にしてくれれば、それでいいです」
「何? そういえば、今この国はどうなっているのだ? シェルドのヤツが上手く国を回しているのか?」
「それが……」
ザキアさんはアルフ様の言葉に表情を曇らせると、やがて決心したように口を開いた。
「……今のカイゼル帝国は、危機に瀕しています」
「何だと!? どういうことだ? 他国から攻められたのか?」
「いえ……むしろ、シェルド様の指示により、我らカイゼル帝国は他国を侵略し、この世界を征服しようとしているのです」
「なっ!?」
「そして今、この城で異変が起きており、シェルド様もどういう状況なのか……」
ザキアさんの説明を聞き終えたアルフ様は頭を抱えた。
「私が眠っていた間に、一体何が起きたと言うんだ……!」
「……その、確証はありませんが、アルフ様が眠りにつく切っ掛けとなった呪いにつきましても……シェルド様やヘリオのヤツが関係している可能性が非常に高いのです」
「…………そう、か」
アルフ様は心のどこかでその可能性を感じ取っていたのか、悲しそうな表情を浮かべながらもさほど驚いた様子は見せなかった。
「そして、アルフ様が眠っていた間、カイゼル帝国は衰退の道を辿ることになりました……戦争に勝利はしても、疲弊していく国民に、拡大する貧富の差。さらに現在は正体不明の化物が城からあふれ出し、国民に危害を加えているのです。私自身も、己を見定めることができず……ただ、傀儡のごとくシェルド様の指示に従うだけでした」
「ザキア……」
「私が……私がもっとしっかりと……命を懸けてでもシェルド様とヘリオの行いを止めることができれば、こんなことには……!」
悔しさに顔を歪めるザキアさんの肩を、アルフ様は優しく叩いた。
「いや、ザキア。お前はよくやってくれている。こうして私を救うために、動いてくれたじゃないか。それに、その悔しさは国民を思ってのことだろう。ならば、私と一緒に、もう一度立ち上がればよいのだ」
「アルフ様……」
すると、アルフ様は力強く前を見つめる。
「シェルド……私を倒し、帝位につくと言うだけであれば、それもまた私の運命として受け入れた。だが! この国を、国民を巻き込むことは決して許さん! 私が復活した以上、ヤツの好きにはさせんぞ!」
「ハッ! このザキア、最後までアルフ様と共に……!」
「うむ! ……青年よ。君の言う通り、私はこの国を再びよい国にすることを誓おう。だが、君への恩返しはそれだけで終わるつもりはない。まだまだ先の話にはなるだろうが、必ず、君には何か礼をすることを約束しよう」
「は、はい」
これ以上は俺が何を言ってもアルフ様は押し通すだろうから、ひとまず俺は頷くだけにとどめた。ま、まあこの騒動が終われば、しばらくはカイゼル帝国に行くこともないだろうし、アルフ様も忘れてるだろう。うん。
それよりも、こうしてアルフ様の解呪が済んだわけで、今度こそ勇者たちの救出に向かわないと。
何だかんだ後回しにしていたが、今のカイゼル帝国はきな臭いので、皆危険な目に遭っているかもしれないからな。
「その、ザキアさん。俺はもう一度城に戻って勇者たちを救出しようと思うんですけど……」
「何、勇者だと!? まさか、シェルドは勇者召喚の儀式にまで手を出したのだ!?」
勇者召喚を行ったことすら初耳のアルフ様は、再び目を見開く。
「ええ。俺もその勇者と同郷の者なんですけど、この国に召喚されて、今の帝王に色々と危険なことをさせられそうらしいので、救出に来たんです」
「いかん。それならば、急いで救いに行かねば……!」
「え?」
確かに、今の城内は危険なので、早く助けに行く必要があることに間違いはないが、何だかアルフ様の反応はそれ以上に勇者たちが危険な状況に遭遇している可能性を考えているように見えた。
「あの、どういうことでしょうか? もしかして、何か勇者に問題が?」
「……このカイゼル帝国が存在する土地には、かつてハルマール帝国という大国が存在したのだ」
「ハルマール帝国?」
ザキアさんは初めて聞く国名らしく、首を傾げていたが、俺はその名前に目を見開いた。
何故なら、ハルマール帝国はゼアノスがかつて仕えていた国の名前であり、勇者が存在した国だからだ。
なるほど……ハルマール帝国が滅んで、そこにカイゼル帝国ができたから、この国に勇者召喚って形で『勇者』という概念が残ったんだな。
だからこそ、ゼアノスもカイゼル帝国に気を付けろって言ったんだろうか?
そんなことを考えていると、アルフ様は苦々しい表情を浮かべる。
「……ハルマール帝国は、最初はその国に住む者に勇者という称号を与え、強化する秘術を生み出した。だが、それは強力な戦力を得る反面、自身にその力が向けられる可能性もあった。だからこそ、当時にハルマール帝国の帝王は、使い道のなくなった勇者から力を奪う秘術も同時に生み出したのだ」
「なっ!?」
「当然、強大な力を奪われるのだ。奪われた者が無事でいられるはずがない。力を奪われた勇者は、その役目を終えたかのように体が朽ち果てるのだ。だからこそ、勇者の中には亡命する者もあらわれた」
それで逃げたのが、アベルたちなのだろう。
だが、ハルマール帝国からの追手に仲間がやられ、アベルも死んだと……。
「そこでハルマール帝国は隷属の腕輪や首輪を作り出し、勇者とする者をあらかじめ隷属させ、駒にするようになった」
あの胸糞悪い首輪と腕輪はハルマール帝国が作ったのかよ!?
……まあ話だけ聞いていれば納得しかないが、第三者の視点から見ると、やはりどこまでも外道な国という印象しかなかった。これが国民とかからすれば、いい国って認識なのかもしれないが、少なくとも第三者の俺にはそうは思えない。
「そしてさらにハルマール帝国は、国民を消費するのではなく、別の世界……つまり異世界から人間を召喚し、その者に勇者という称号を与えることで、効率よくその駒を増やしていったのだ」
「どこまでも腐り切った国ですね……」
「まあだからこそ滅んだともいえるが……その流れをくむのが、実はカイゼル帝国なのだよ。ただ、勇者召喚も勇者の力を奪う秘術も、非人道的だとし、よほどのことがない限りは封じられてきた。だが……私が眠っている間、シェルドのヤツが勇者召喚を行ったということは、その勇者の力を奪う秘術も使う可能性が高い」
「つ、つまり、今の勇者たちはその秘術とやらで力を奪われると、死んじゃうってことですか……?」
「……そうなるな」
やべえええええええええええ!
全然余裕ぶっこいてる暇なかったあああああああああ!
今まで散々俺を虐めてたから後回しにーなんて小さいこと考えてたけど、それどころじゃねぇじゃん!
「とはいえ、勇者の力は強大だそう一瞬で力を抜き取るようなことはできんが……早く救出するに越したことはない。ザキア、青年を勇者たちの下に連れて行きなさい」
「し、しかし、そうなるとアルフ様が……!」
「なぁに、私は今まで眠り続けてたんだ。そして、そんな無防備な状態だったにもかかわらず、こうして生きている。となれば、今更私が狙われることもなかろう。だからこそ、青年を優先するんだ」
「……ハッ! 誠一君を送り届け次第、すぐに戻ってまいります」
ザキアさんはそう頭を下げると、俺に向き直った。
「それでは、誠一君。今すぐ向かうぞ!」
「はい!」
こうして俺たちは、急いで勇者たちのいる場所へ向かうのだった。




