≪王剣≫からの依頼
「はあああっ!」
「キシャアアア!」
俺――――ザキアは、目の前に襲い来る化物に対し、剣を振り下ろした。
その一撃を受けた化物は、体を左右に断たれると、そのまま消滅していく。
目の前の化物を倒したところで、次の化物に目を向けると、副隊長のオルフェが、化物に押されている様子が目に入った。
「ぐっ!」
「シャアアアアアア!」
「オルフェッ!」
俺はすぐにオルフェの下に駆け寄り、そのまま化物を斬り伏せると、オルフェを抱え、一度下がる。
「す、すみません……」
「気にするな。それより、怪我は?」
「大丈夫です。ただ……これは何時まで続くんでしょうか……」
「……」
この城から化物が出現するようになり、すでに何日も経過していた。
ある日を境に、帝王陛下は姿を見せなくなったのだが、それと同時にこの街にも異変が訪れたのだ。
すぐに陛下と面会しようにも、ヘリオのヤツがそれを邪魔し、身動きが取れない。
我々はヘリオのせいで一種の催眠状態にも陥っていたのだが、それを解除したせいか、ヘリオは俺たちのことを警戒するようになったのだ。
もちろん、すぐにでもヘリオを斬り伏せようと思ったことは何度もある。
しかし、ヤツは巧妙に魔法を使い、俺たちの目を欺きながら邪魔をしてくるのだ。
そこは『幻魔』と呼ばれるだけの実力の持ち主ということだろう。
それに、邪魔をしてくるのはヘリオのヤツだけではない。
この国に所属する他の兵士たちも、我々第二部隊の邪魔をしてくるのだ。
元々、平民から構成される第二部隊の俺たちは嫌われていた。
とはいえ、この国家の異常事態に際し、協力できないほどだとは思いもしなかった。
最初こそ我々と同じくヘリオの洗脳を受けているのかと思ったが……どうもそういうわけではなく、元々そういう性根なのだろう。
ともかく、突然現れた目の前の化物たちを倒すべく、我ら第二部隊は戦い続けていた。
幸いこの化物は夜になると活動を止め、出現しなくなるため、そこで休息をとることができる。
しかし、いつか夜にも出現するのではと、警戒し続けるせいで身動きが取れなかったのだ。
「本来なら、こんなことをしている場合ではないのだが……!」
俺は襲い来る化物を斬り伏せながら、そう吐き捨てる。
何が起きているのか、ここで化物と戦い続ける俺たちには把握しきれていないのだ。
どうも他の兵士たちはこの事態を無視し、街の人々を連行しているようだが、それを問い詰め、止める暇もない。
ここを離れてしまえば、化物が街にあふれ、それこそ街の人々へ襲い掛かるのは分かっていた。
「クソッ! このまま訳も分からず倒れるしかないのか……!?」
いくら夜に休息が取れるとはいえ、常に警戒をし続けるこの状況に、もはや第二部隊の兵士たちも限界に近かった。
いくら嘆いても現状は変わらず、俺たちはただ、襲い来る化物を倒し続けるのだった。
◆◇◆
「ここが城か……」
ソシャークさんから話を聞き終えた俺は、すぐに城に到着した。
だが、そこは異様な気配を放っていた。
「何だ……? ここも人の気配がほとんどしないぞ……」
最初にこの街に来た時と同じで、この城も何だか人の気配が感じられない、不気味な建物になっていた。
ここまで立派な城だと、城勤めの人は多そうなのに……。
ひとまずこの建物から勇者たちを探そうと、より集中して気配を探ろうとすると……。
「――――!」
「ん? なんか……戦ってる?」
城の中で誰かが戦っている音が聞こえてきたのだ。
そういえばソシャークさんも城から化物が出てきたって言ってたけど、その化物と第二部隊の兵士さんが戦っているんだろうか?
戦いの音がする方に向かうと、そこには予想通り化物と戦う兵士さんの姿が。
ただ、予想外なことも存在した。
「なっ!? あ、あれは!」
兵士さんが戦っていたのは、前に魔神が生み出した、化物たちに他ならなかったのだ。
だが、その魔神は確かに俺のステータスによって消滅したはず……それなのに、どうしてこの場に?
ただ、その時と違うのは、どうやら兵士さんたちでも倒せる程度には弱体化しているようだった。
とはいえ、魔神の生み出した化物がいる以上、黙って見ているわけにはいかない。
俺はすぐに誠一魔法『ジャッジメント』を発動させた。
すると、城内でありながら、頭上に暗雲が立ち込め、そこから次々と光の柱が降り注ぐ。
その光は的確に化物だけを射抜き、そのまま消滅させていった。
「なっ!?」
「こ、この魔法は……」
ん? あれ? この兵士さんたち、見覚えがあるぞ……?
化物の方に気をとられていて気づかなかったが、何と戦っていたのはかつてバーバドル魔法学園で学園の閉鎖を指示した、あの兵隊さんたちだった。
よく見ると、そのリーダーであるザキアさんの姿もあり、彼は俺を見て目を見開いていた。
「君は……」
「え、えっと……お久しぶりです」
また勝負を持ちかけられるかもしれないと思い、つい警戒しながらそう挨拶すると、何故かザキアさんは前とは打って変わって、穏やかな表情で頭を下げてきた。
「……久しぶりだな。それと、助太刀、感謝する」
「い、いえ! そんな……」
「それに、正気ではなかったとはいえ、君には前に迷惑をかけたな。その節は申し訳なかった」
「え? 正気じゃなかったって……」
てっきり、あれが本性なのかと。というか、この世界の人間は基本的に話より先に手が出るもんだと思っちゃうくらいだからね!
ま、まあそんなことは面と向かって言いませんけど。
すると、ザキアさんは何かを思い出したように、鋭い視線を城内に向けた。
「いかん。まだ気を抜くわけにはいかんのだ」
「それって、あの化物のせいですか?」
「ああ。ある日、突然この城から出現するようになったのだ。今のところ夜には出現しなくなるのだが、この城内に規則性なくいきなり現れる。だからこそ、我々は一瞬たりとも気が抜けんのだ。もしあの化物が街に放たれでもしたら、それこそ悲惨なことになる」
なるほど……やはりソシャークさんの言う通り、この場で化物の侵攻を押しとどめていたのは、ザキアさん率いる第二部隊だったようだ。
だがそのせいで街で起きていた事件は知らないみたいだが……いや、知っているのかもしれないが、そちらに戦力を割く余裕がないのだろう。
そんなことを考えていると、警戒していたザキアさんが首を傾げた。
「……妙だな。いつもなら、この時間帯は絶え間なく化物が出現するのだが……」
俺が『ジャッジメント』を放ち、化物を一掃した後の城内だが、特に化物が再出現する気配がなかった。
しばらく警戒する時間が続くも、特に化物が出てくる様子もなく、ザキアさんは警戒度合いを弱め、剣を降ろした。
「……どういうわけか、化物の出現が止まったようだな」
確信はないが、もしかすると俺が『ジャッジメント』を放ったことで、何らかの影響が出た可能性は高い。
しかし、それを確認する術がないからな……まあ出現が止まったと言うのなら、ひとまずは良しとしよう。
「そういえば、何故君がここに? 今この街は妙な結界で外部との繋がりが完全に遮断されているはずだが……」
「えっと……特に結界とかは感じませんでしたけど、ひとまず城壁を超えて来ました!」
「……君に関しては、すでに私の理解を超えた存在だと身をもって体感しているからな。あまり驚かないが……たとえ君がこの街を簡単に出入りできるとして、何故ここに来たんだ?」
「あ……」
あの魔神が生み出した化物に襲われてたから、思わず助けに入ったけど……よくよく考えれば、こうしてザキアさんの前に姿を現したのは不味かったんじゃないか?
俺の目的は、カイゼル帝国の戦力である勇者を回収することなわけだし、学園ではザキアさんが正気ではなかったとはいえ、この国の戦力低下に繋がることは間違いないはずだ。
となると、ザキアさんに本当のことを告げて良い物だろうか……。
すると、そんな俺の葛藤を見抜いてか、どこかやる瀬ない表情で口を開く。
「……安心しろ。君が先代帝王だったアルフ様を狙ったり、この街の人々を無暗に害するようなことでなければ、君がどんな目的でこの地に来たとしても咎めはせん」
「そ、それなら……実は、この国に帰って来てるであろう、勇者たちを連れていくために来たんです」
俺のその言葉は予想外だったのか、ザキアさんは目を見開く。
「何? 勇者を? 何故だ。こう言っては何だが、彼らは勇者という称号こそ得ているものの、ただの子供にすぎない。素質はあったものの、陛下たちにより十分な訓練ができていないからな。君がどこの国の者かは知らないが、彼らを連れ帰ったところで戦力などはあてにできんぞ?」
「いえ! そういうわけじゃなくてですね……実を言うと、俺もその勇者たちと同じ世界の人間なんです」
「なっ!?」
ザキアさんだけでなく、周囲で聞き耳を立てていた他の兵士さんたちも、俺の言葉に驚いていた。
「し、しかし、俺の記憶が正しければ、君のような子供は見ていないが……まさか、別の国が勇者召喚を……? いや、それはあり得ない。勇者召喚はカイゼル帝国に伝わる秘儀であるはずだ……」
「えっと……別に他の国に召喚されたわけじゃなく、それこそカイゼル帝国に召喚された勇者たちと同じタイミングでこの世界に来ましたが、その最初の召喚地点が違ったんですよ。それで色々あって、今の俺がいるわけです」
「その色々が非常に気になるところだがな……他の勇者は確かにこの世界でも有数の素質を兼ね備えているが、君ほど人間離れした実力の持ち主は生まれないだろう」
もう他人から見た俺の認識って、どうやっても人間辞めた人って感じなんですね!
「と、とにかく! 俺はその勇者たちを解放しに来たんです。それで、その勇者たちがどこにいるか分かりますか?」
「大人の勇者たちはこの城の地下牢に閉じ込められている可能性が高いが、この国に帰って来た勇者たちがどうしてるのかは俺にも分からん。というのも、この国に帰って来てからは先ほどの化物への対応などに追われていたからな……」
地下牢か……確かに神無月先輩が先生たち大人の勇者は監禁されて、人質に取られてるって言ってたが、本当みたいだな……。
監禁されてるとだけ聞いていたが、ちゃんと無事なんだろうか? まあ見に行けば分かるか。
「なるほど……ありがとうございます。ひとまずこの城の中を探してみようと思います」
「待て、今の城は危険……いや、君にその忠告は無駄だな。君が危険な目に遭う未来が見えん」
「あ、あははは……」
ザキアさんの言葉に苦笑いしつつ、いざ城の探索に向かおうとすると、ザキアさんが何かを思い出したように口を開いた。
「す、すまない! ひとつ、聞いていいだろうか?」
「はい?」
「その……君がどこの国の人間か知らないが、呪いを解ける人物を知らないか?」
「え?」
「実は、この国の先代帝王であるアルフ様が、今も呪いで伏せているのだ。そして呪いは解けないものとして世間に認知されていた……はずだった。しかし、ウィンブルグ王国の国王が同じように呪具によって呪いを受けたものの、その呪いから解放されたという話を聞いたのだ。だからその呪いを解ける者を……いや、そこまで贅沢は言わない。何か、知ってる情報があれば教えてほしい。本来ならば、アルフ様の呪いを解くことを最優先に動きたかったのだが、このような状況になり、そうも言ってられなくなったのだ。だから――――」
「えっと……それ、俺ですね」
「…………へ?」
ソシャークさんも言っていたが、この国の先代帝王はいい人だったらしいが、呪いの影響で倒れたと言っていた。
その時はそうなんだ、くらいの認識だったが、こうしてその先代帝王の……アルフ様? という人を助けようとしている人がいるんだと改めて実感したのだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。君が……呪いを解いた人物だと?」
「そうなりますね。一応、俺はウィンブルグ王国の所属みたいなもんですし」
ランゼさん含め、ウィンブルグ王国には本当にお世話になっている。父さんたちも楽しく暮らせているのはランゼさんたちのおかげだ。
「信じてもらえるかは分かりませんけど、実際にその呪いを対処したのは俺ですね」
「い、いや、疑うわけではないのだが……本当か?」
「はい」
俺がそう言い切ると、ザキアさんは考え込む。
「た、確かに君は我々の常識を超えた実力を持っている……いや、この際、そんなことを言ってる場合じゃない」
ザキアさんは考えがまとまったのか、俺の目を真っすぐ見つめ、そのまま頭を下げた。
「頼む! どうか、アルフ様を救ってくれないだろうか!」
「ええ!?」
「……今のカイゼル帝国に必要なのは、陛下ではない。民を苦しめる帝王など、あってはならん! 今この国に必要な存在は、アルフ様だ。だからこそ、どうか……アルフ様を救ってほしいッ!」
気づけば、ザキアさん含め、第二部隊の兵士さんたちも頭を下げていた。
……ここまでされたら、応えないわけにはいかないよな。
「分かりました。それでは、そのアルフ様の下に連れて行ってください」
「……ありがとう!」
こうして俺は、勇者たちより先に、この国の先代帝王の呪いを解きに向かうのだった。




