予想外の人物
「あー……あー……」
「ひぃぃ……か、神様……どうか、どうかお助けを……!」
「い、嫌だ! この街から出してくれ……!」
城に向けて移動していた俺は、街に入ったことでこの国の異常さをさらに実感することになった。
なんと、道行く人々全員が痩せ細り、まるで何日も食事をしていないような状態なのだ。
その上、何かに恐れるように身を縮こませ、この街から出たいとすら口にしている。
普通に出ればいいんじゃ……とも思ったが、もしかしたら門が閉まってたように、何か出られない理由でもあるんだろうか。
とにかく普通じゃない状況に、俺はすぐに身を潜めることを選んだ。
これが普通の街だったなら、堂々と道を歩いて移動すればいいんだろう。
しかしこんな状況だと、今の俺のような存在は悪目立ちするのは確実だ。
こうしてスニーキングを続けていると、ふと城の方から衛兵らしき鎧姿の人たちがぞろぞろと現れるのが見えた。
すると、街の人々は今までにも増して恐怖の表情を浮かべる。
「い、嫌だあああ!」
「こ、来ないで!」
「俺たちを解放してくれ!」
だが、そんな街の人々の声も空しく、衛兵たちはすぐに動くと、街の人たちを捕まえ、引きずって連行し始めたのだ!
「なっ!?」
まさかの状況に驚く俺だが、このまま黙って見てるわけにもいかない。
目立つことなく勇者たちを解放できればよかったが、そんなことを言ってられる状況じゃなくなった。
「は、放してくれぇ!」
「黙ってついてこい!」
「――――やめろ!」
俺はすぐに飛び出すと、そのまま衛兵の腕をつかみ、街の人から引き離した。
「なっ!?」
「何者だ!?」
突然現れ、あっさりと街の人を解放されたことで、衛兵たちは慌てて剣を抜き、俺に向けてきた。
そして、俺の様子を確認すると、目を見開く。
「今の行動は……この街の者じゃないな!? どうやってこの街に!?」
「そんなことはどうでもいいだろ! どうして街の人に対して乱暴なことをするんだよ!」
「うるさい! コイツらは我らが主の貴重な贄なのだ!」
「贄……?」
穏やかじゃない言葉に眉根を寄せると、衛兵は嘲笑う。
「だが、ちょうどいい。どうやってこの街に入ったか知らんが、こうして飛び出した以上、貴様も主の贄となってもらうぞ……!」
「あっ、それはやめた方が……!」
衛兵たちが剣を抜き、俺に襲い掛かろうとした瞬間――――。
「なっ!? け、剣が!?」
「ぎゃああああああ!」
かつてバーバドル魔法学園でザキアさんという兵士と戦った時の現象が再び!
衛兵たちの剣や鎧が勝手に壊れたかと思えば、次々と目や口から血を噴き出すのだ。
「ど、どうなっでる! ぎざば、何をじだあああああああ!」
「だからやめた方がいいって言ったのに……!」
俺は忠告したからね!
だがそんな俺の思いも空しく、むしろこの状況の原因が俺だと分かった衛兵たちは、壊れゆく体を必死に動かし、元凶である俺を倒そうとしてくる。
その様子はまさにこの街の雰囲気と相まって、ゾンビ映画を見ているようだった。こ、怖ぇぇええ!
ひとまずこのままでは死んでしまうので、俺はすぐに回復魔法を衛兵たちに使用するのだが……。
「こ、これは回復魔法……ぎゃああああああああああああああ!?」
「うえええええええ!?」
何故か治療するための回復魔法を受け、衛兵たちが絶叫し始めたのだ!
「ちょ、ちょっと、今度は何!?」
慌てふためく俺に対し、回復魔法から声が聞こえてくる。
『誠一様に逆らった罰です! ただで治すわけないじゃないですか!』
「ええええ!?」
『今はこの通り、体中を粉砕しては再生させてます! 大丈夫です! ちゃんと死なないように調整してますから!』
何で回復魔法かけたのに相手の命を心配しないといけないわけ?
まさに回復魔法がそのまま攻撃になるゲームのゾンビじゃん。
もはやどうすることもできず、白目をむく俺。
こうしてしばらくの間衛兵たちの絶叫が響き渡ると、やがて回復魔法は満足したのか、そのまま消滅した。
そして目の前には息も絶え絶えな衛兵たちの姿が。
「こ、これ、どうすりゃいいんだ……?」
図らずも相手を制圧してしまったわけだが……。
すると、回復魔法に続き、大地から声が聞こえてくる。……もう声に関するツッコミはなしで。
『誠一様! 私にお任せください! こいつらを綺麗に拘束いたしますよ!』
大地はそう言うや否や、気絶する衛兵たちの周りの地面が蠢くと、何と体を飲み込み、顔だけが地面から出た状態で固定されてしまった!
「ん……なっ!? 何だ、これは!?」
気を失っていた衛兵たちは、すぐに自分の状況に気づくと、目を見開く。
ま、まあ起きたら体が地面に埋まってるんだもんな……こんな光景、海水浴場の砂浜でしか見たことないし……。
衛兵たちは必死に体を動かすも、大地は完全に固まり、身動き一つとれなかった。
ひとまず大地のおかげで衛兵たちはまとめられたので、助けた街の人の様子を確認しようとしたのだが……。
「あ、あれ?」
いつの間にか助け出した街の人はいなくなっていた。
それどころか、最初は少し離れた位置から俺たちの様子を見ていた他の住民たちも、気付けば皆さらに遠くに逃げていた。
「な、何が起きたんだよ……」
「突然血を噴き出したり……アイツは何者なんだ!」
「アイツだ、アイツがこの街を混乱させる化け物に違いねぇ……!」
遠くから聞こえる声は、俺のことを怖がるものばかりであり、好意的な視線は何一つなかった。
ま、まあいきなり目の前で人が自滅してたらそりゃ怖いよなぁ。俺だって怖いしね!
何となく寂しいものの、理解はできるので、ここは下手に刺激しない方がいいだろう。
それよりも、この衛兵たちをどうするかだな……。
「このままここに放置してもいいんだろうけど……」
俺がやったわけじゃなく、大地が勝手に俺に忖度して衛兵たちを拘束したので、逃げ出すことはまずないだろう。だって星がわざわざ捕まえているのだ。……星が捕まえるという訳の分からない状況は無視するとして、ここまでガチガチに固められれば脱出することはできない。
かといって、このままここに置いておくのも街の人からすれば邪魔だろうし……。
「……あ、そうだ! あそこに持って行けばいいんだ!」
俺はとある場所を思い出すと、すぐさま衛兵たちを連れていくため、大地に声をかけた。
「なあ、コイツらを運びたいんだけど、拘束したまま動かすことはできるか?」
『お任せください!』
大地は元気よくそう口にすると、今度は拘束された衛兵たちを囲むように亀裂が入り、その衛兵たちのいる場所だけどんどん盛り上がっていき、最後にはちょっとした土の塔のような形になる。
「おお。これなら運べるな」
俺はサクッと塔の土台を切り取ると、そのまま土の塔ごと持ち上げた。
「ひぃぃぃいいい!」
「お、降ろせえええ!」
塔の上の方で衛兵たちが叫ぶ声が聞こえるが、ひとまず無視しよう。
こうして塔を担いだ俺は、転移魔法を発動させると、とある場所まで瞬時に移動した。
「なっ!? ど、どこだここは!?」
「う、海だと!?」
「それよりも、早く我らを解放しろ!」
俺が衛兵たちを連れてきた場所。
それは、かつてヴァルシャ帝国を侵攻していたカイゼル帝国の兵士たちを、その土地ごと海に捨てた場所に他ならなかった。
うん、ここなら仲間のカイゼル帝国もいるだろうし、問題ないだろう。
そっと塔をその土地に降ろした俺は、そのまま手を挙げる。
「じゃ!」
「はあ!? おい、待て――――」
最後も何か俺に呼び掛けていたようだが、今の俺は忙しいのだ。
そういうわけで、もう一度カイゼル帝国まで戻ってきた俺。
「それにしても……一体何が起きてるんだ……?」
カイゼル帝国にはいい思いを抱いていないとはいえ、ここまで荒んだ国だとは思いもしなかった。
何より、聞いた話ではヴァルシャ帝国やウィンブルグ王国、そして東の国以外はすべてカイゼル帝国が占領したとかなんとか。
それだけ快進撃を続けているにもかかわらず、この国の雰囲気はおかしいだろう。
「何にしても、まずは城に向かうか……」
「ん? 君は……」
「え?」
不意に声をかけられた俺は、まさかこの地で声をかけられるとは思ってもおらず、驚く。
というのも、カイゼル帝国で俺のことを知る人間はほとんどいないはずなのだ。
だからこそ、誰が俺のことを……。
声の方に視線を向けると、そこには立派なカイゼル髭に軍服姿の初老の男性が立っていた。
一瞬、誰か分からず困惑したが、ふとルルネとデートした際、大食い大会に出場していた面々が脳裏を過る。
「アナタは……た、確か、前に大食い大会にいた……!」
「うむ。ソシャークであーる」
そう、目の前にいる男性はまさに大食い大会に参加していたソシャーク選手だった。
確かにあの時もカイゼル帝国から来たと実況されてたな……。
それにしても、俺のことを覚えているとは思わなかった。
せっかく俺のことを知ってる人間に会えたんだ。今の状況について聞いてみるか……。
「その、この街で、一体何が起きてるんですか?」
「……見ての通り、この国はおかしくなった。他の街はどうかは分からんが、少なくともこの街は壊れている。それもこれも、今の帝王に変わってからだ」
「え?」
「知らないか? 先代帝王様がご健在だった時は今と違い、このような軍事大国というわけでもなく、いたって平和な国だったのであーる」
「そうなんですか!?」
そう言われても信じられないと言うか、想像できないな……。
俺の知るカイゼル帝国は勇者として俺たち異世界人を召喚し、それを利用するようなロクでもない国のイメージでしかないのだ。
「だが、ある日突然先代帝王様が倒れたのだ」
「それって……病とかってことですか?」
「いや、詳しいことは上層部によって伏せられているので、何とも言えんが……噂では『呪い』によるものではないかと……」
「呪い!? なんでそんな物騒な……」
いや、でも、今でこそカイゼル帝国が侵略国家的な立場にいるものの、昔はそうじゃないって話だし、どこか別の国の策略に巻き込まれたりしたんだろうか……。
そう思っていると、ソシャークさんはあたりを見渡しながら声を潜める。
「……その呪いも、シェルド陛下が関与しているのではないかと言われているのであーる」
「なっ!?」
つまり、今のカイゼル帝国の帝王は、先代を呪いで倒した後、そのまま即位したってことか?
聞けば聞くほどきな臭い国だな……。
そんな国に召喚されたんなら、そりゃあ利用されるわな。
「ともかく、今の帝王陛下に変わってから、国の方針は大きく転換したのであーる。その結果が、今のカイゼル帝国であーる。侵略された国からすればたまったものではないが、我が国においては戦争に勝ち続ける分にはまだよかったのだ……少なくとも敗戦国としての扱いは免れる。しかし……奴らが現れたのであーる」
「ヤツら?」
すると、ソシャークさんは途端に表情が青ざめ、震え始めた。
「あ、あれは化物だ……人間でも魔物でもない、正真正銘の化物であーる……その化物が、城から溢れ出てきたのだ」
「城から!? でも、今はそんな化物の姿は見えないですけど……倒したんですか?」
「いや、この国の第二部隊が何とか抑えてくれているらしいが……それもどうなるか……」
「それじゃあ、先ほど兵士たちが言っていた贄とは?」
「それについてはよく分からないのであーる。定期的に兵士がやって来ては、この街の人間を城まで連行していたのだが……」
「……」
話を聞いているだけだと、その連れていかれた人たちがどうなったのか……何とも嫌な予感しかしねぇ。
この国の軍事体系は分からないが、第二部隊とやらは化物を倒しているらしいし、もしかしたら全員が悪いと言うわけではないのかもしれない。
ともかく、すべての謎は城に行けば分かるだろう。
「ありがとうございます。それじゃあ俺は行きますね」
「……まさか、城に向かうのか?」
「ええ」
「……正直、それは止めるべきなのだろうが、こうして外から遮断されたはずのこの街に君がいるのは、それなりの実力があってのことだろうし、何よりわざわざ危険を冒す以上、理由があるのだろう。それでも……気を付けるのであーる。死んでしまっては、元も子もないのだからな」
ソシャークさんの言葉に頷くと、俺は改めて城に向かって走り出すのだった。




