カイゼル帝国の異変
「さて……確か、カイゼル帝国の方角はこっちなんだよな?」
俺はテルベールからカイゼル帝国に向けて出発した。
「何気に一人で旅するってのも初めてだなぁ」
思い返してみれば、いきなり森の中に転移させられ、そこでサリアと出会って森を出たんだ。
森の中では旅なんて余裕がないほど必死だったし、こうして他の国に一人で行くのは何だか新鮮である。
「ただ、今は新鮮さより、寂しさの方が強いんだよな」
安全性を考えて、俺一人で向かっているわけだが、どこか寂しさを感じていた。
地球にいた頃ではとても考えられない感覚だ。
あの頃は父さんたちもいなくて、毎日虐められて……。
正直、寂しいなんて感じる暇すらなかった。
それがこの世界に来てからは、サリアたちと出会い、毎日が騒がしくて、すっかりその空気に慣れてしまった。
慣れてしまったからこそ、失うのも怖い。
だから……。
「なおさらカイゼル帝国はどうにかしねぇとな」
カイゼル帝国が世界中に戦争を吹っかけて、いろんな国を支配している。
別にそれでこの世界を救いたいとか、そんな大層な願いがあるわけじゃない。
でも、カイゼル帝国が進攻することで俺の大切な人が悲しむなら、何とかしたいと思うのだ。
「さて……カイゼル帝国がどんな状況かも分からないし、早く向かった方がいいんだろうな」
せっかくの一人旅なので、少しゆっくりしたい気もするが、そんな暇もないだろう。
早く他の勇者たちを救出して、神無月先輩を安心させたいし。
「ってわけで、走って行きますかね!」
幸い周囲に人の姿は見えない。
これなら多少力を出して走っても、迷惑は掛からないだろう。
気を付けるとすれば、地面が悲惨なことにならないようにすることと、力加減に気を付けて世界が悲鳴を上げないようにすること、だろうか?
「それじゃあ……行くぜッ!」
俺は意気揚々と一歩踏み出すと――――。
「へ?」
――――目の前に見知らぬ街が現れた。
「んんー?」
お、おかしい。
さっきまでは背後にテルベールがあり、目の前には道が続いていたはずだ。少なくとも街はなかった。
だが、俺が一歩踏み出した瞬間、視界の景色がとんでもない速度で動き、一歩踏み終える頃には見たこともない街に到着していたのだ。
慌てて後ろを振り向くが、やはりテルベールの姿はなく、まったく見知らぬ場所である。
「いやいやいや、ますます分からないんですが!?」
状況を整理したところで、結局何も分からなかった。
「そもそもここはどこなんだ? ま、まさか……ちょっと力入れた結果、未知の世界に来たとかないよな?」
いくら一人旅を満喫したいと思っても、いきなり目的地以外に寄り道するつもりはなかった。
しかし、現に俺の目の前には見知らぬ街が存在しているのだ。
もしかすると、力を入れ過ぎて次元やら何やら踏み抜いて、別の世界に来ちゃった……?
自分でも意味分からないことを考えているとは思うが、もう今の俺ならそれくらい勝手にできても不思議じゃない。神様公認でヤバいヤツって言われてるからね!
混乱極まる中、唐突に脳内に世界から声が聞こえてくる。
『カイゼル帝国、持ってきました』
「持ってきたの!?」
なんか別次元に移動しちゃうとか、そんな話じゃなかったけど、これはこれで予想外だよ!
そもそも国を持ってくるってどういう状況!?
『誠一様であれば、転移魔法の特性を無視し、訪れたことのないカイゼル帝国まで転移することは可能でした。しかし、その魔法を発動する手間をかけさせては申し訳ないと思いまして……はい』
「はいじゃないんだよなぁ」
魔法を発動させるのが手間だからって、何をどうすれば国を持ってくるなんて発想になるのだろうか。
『とはいえ、さすがに大地を直接変化させると影響が大きいので、星を高速回転させまして……』
「高速回転も十分影響が大きいと思うのは俺だけ?」
そんなもの、この星の上に住む俺たちがめちゃくちゃになっちゃうんじゃないの? まあなってないってことは、そこらへんはどうにかしたんだろうけどさ。
でも、それなら大地を動かした方が……いやいやいや、そういう話でもないよね! 俺が普通に向かえば済む話だったわけだし!
すると、そんな俺の内心が伝わったのか、世界から気まずそうな声が聞こえてくる。
『あの……気に入らないようでしたら、元に戻しましょうか……?』
「いいからいいから! こ、これで大丈夫ですから!」
何が大丈夫なのかは分からないが、少なくともこの星に住んでる人間たちに影響がなかったわけで、それに予想よりとんでもなく早くたどり着けたのだ。これ以上望むことはない。
世界は俺が特に怒っていないことを確認すると、どこか安心した様子で気配を消すのだった。
「あ、あぶねぇ……迂闊に希望を口にすると、とんでもない結果が訪れることになるからな……気を付けないと……」
自分のとんでもなさを自覚しつつ、改めて目の前の街に目を向けた。
「うーん……なんていうか……活気がない……?」
別に街の外から声が聞こえてくるわけではないが、感覚的にそう感じた。
特に今は頭上を分厚い雲が覆っており、なおさら暗い雰囲気なのである。
街に近づくと、その異様さがさらに分かって来た。
「あ、あれ? 門が……閉まってる?」
まるで外部からの交流を完全に断ち切るかの如く、街に入るための門が閉まっているのだ。
よく見ると、門の周りには特に衛兵らしき姿も見られない。
「まさか、無人街……なんてことは……ないよな……?」
急にホラーじみた展開に、俺は寒気を感じた。ゆ、幽霊とかやめてくれよな……!
とはいえ、このまま引き返すわけにもいかない。
「いきなりカイゼル帝国まで移動したのには驚いたが、わざわざ世界が気を使ってくれたからには、ここがカイゼル帝国の帝都で間違いないんだろうけど……」
門の周りを囲う城壁は分厚く、何十メートルと高さが感じられた。
「門を壊すわけにはいかないし……ひとまず上るか」
俺はその場から軽い気持ちで跳ぶと、一瞬で視界が切り替わり、空から街全体を見下ろせる位置まで到達した。
「うおっ! じ、自分で跳んだものの……やっぱりこの体おかしいよ……」
せっかくなので空から軽く街の様子を見てみたが、人の様子が確認できた。
しかし、俺が最初に感じた通り、街には活気はなく、まるで夢遊病者のように、どこかフラフラとした足取りの人たちばかりで、とてもじゃないが帝国の首都とは思えない。
何よりそんな人たちを取り締まるような兵士の姿も確認できなかった。
「ど、どうなってるんだ? 城壁の上にも兵士はいないみたいだし……」
いくらカイゼル帝国から他国に攻め入ってるとはいえ、ここまで無防備なのはおかしいだろう。
それに、人の姿を確認できたが、その人たちもまともじゃなかった。まるで廃墟を徘徊するゾンビみたいな……ハッ!? まさか、ホラーはホラーでもゾンビの方か! それはそれで嫌だよ!
ようやく空の旅も終わり、城壁の上に着地した俺は、聳え立つ城に目を向けた。
「多分、他の勇者たちもこの国まで帰還してると思うが……あの城に監禁でもされてるのかな?」
なるべく騒ぎは起こしたくないと言うか、この街は気味が悪いので、とっとと勇者や先生たちを解放しておさらばしたかった。
「考えても仕方ないか。ひとまず、あの城に行こう」
そう決めると、俺は勢いよく城壁から街へ飛び下り、そのまま急いで城まで向かうのだった。




