交わり始める道
「アルフ様……」
俺――――ザキア・ギルフォードは、目の前で静かに眠る、先王のアルフ・ディア・カイゼル様のお顔を見つめていた。
アルフ様は、こうして数年間、目を覚ますことのない呪いに蝕まれている。
――――【悠久の眠り】。
この呪いを受けた人間は、二度と目を覚ますことなく眠り続け、緩やかに死へと向かっていくのだ。
昔は筋骨隆々で、覇気にあふれていたアルフ様も、すっかり瘦せ細り、その当時の姿が見る影もない。
「どうして……こうなってしまったのでしょう……」
アルフ様が呪いにかかったのは、本当に突然だった。
ある日、いつもなら目を覚ましているはずのアルフ様が、目を覚まさないのだ。
すぐに医者を呼び、容体を調べたところ、呪われていることが発覚する。
どうしてアルフ様が呪われたのか、それに誰がこんなことをしたのか。
あの手この手で調べたが、結局手掛かりは一つも得ることができなかった。
最終的には、アルフ様の呪いは自然と発現したものか、この土地特有のものだという結論に落ち着いたのだ。
極稀にだが、呪いは自然と発現する可能性があり、さらに昔大戦が行われたような土地だと、そこに染み付いた霊によって呪われるなど、『呪具』以外にも呪いにかかる可能性はあった。
実際にカイゼル帝国の土地も、遥か昔に祖先が戦争によって勝ち取ったものなのだ。
……とはいえ、それで納得できるはずはないが……。
「……」
アルフ様が執務をされていたころは、カイゼル帝国も活気にあふれたいい国だった。
しかし、アルフ様が倒れ、現帝王であるシェルド・ウォル・カイゼル様が即位されてからは、カイゼル帝国は変わってしまったのだ。
「私は、どうすればよいのでしょう……」
そう問いかけるも、目の前のアルフ様から答えが返ってくることはない。
アルフ様が眠るこの部屋も、先王に対する扱いとは思えぬほど質素であり、管理もあまり行き届いていなかった。
だが、逆にこれはいいことだったのかもしれない。
昔から華美な装飾を嫌い、質実剛健な性格だったアルフ様は、こちらの部屋の方が落ち着くだろう。
それに、今の城内は何が起こるか分からない。
よって、あまり人目の向かぬこの場所は都合がよかった。
いつも通りアルフ様の部屋を整えていると、一人の男がやって来る。
「ザキアさん、ここにいましたか」
「オルフェ」
やって来たのは俺の部下であるオルフェ・アルモンド。
彼は手にいくつかの資料をまとめていた。
オルフェは俺のもとに近づくと、アルフ様の顔を見つめる。
「……やはり目は覚まされませんね」
「……ああ。それで、どうだった?」
「はい。やはり、陛下を見たものは一人もいません」
俺は今、オルフェや第二騎士団の団員たちを使い、城内のことを調べていた。
というのも、ある日を境に陛下が姿を現さなくなったのだ。
代わりにヘリオのヤツが城内を取り仕切り、様々な指示を出すように。
「一体、陛下はどこに消えたのだ?」
「ただ、陛下の部屋で人の気配は感じ取れるため、生きてはいると思うのですが……」
「ふむ……」
色々推察するも、何故陛下が姿を消したのか、結局分かることはなかった。
「しかし、何かが起きているのは確実です。ここ数週間で、かなりの数のメイドや執事が姿を消しています」
「その行方は?」
「当然、分かってません」
陛下が姿を見せなくなったのと同時に、城内で働いていた者たちが、姿を消すことが増えた。
最初は些細な違和感だったが、その変化は如実に表れ、今の城内は腐敗した貴族どもと、第一騎士団の面々しか見かけることがない。
かつてはあれほど活気にあふれていた城内も、今となっては廃墟のようだった。
「……ひとまず了解した。団員たちには引き続き調査するように伝えてくれた。ただし、少しでも危険を感じ取れば、すぐに離脱するように」
「分かりました。……あ! そういえば、ザキアさんはあの噂を知ってますか?」
「噂?」
何かを思い出したようで、オルフェは真剣な表情で語る。
「ええ。ウィンブルグ王国での話なのですが、実はランゼルフ国王が呪いにかかったそうです」
「何だと? それは本当か?」
「ええ。ただ、この話はここで終わりではありません。なんと、ランゼルフ国王はその呪いが消えたというんです」
「何!?」
それはまさに、今の俺が探し求めている情報に他ならなかった。
「どういうことだ! 最初から呪われていなかった、などというオチではないだろうな?」
「はい。呪われていたのは確実だそうです。何でも暗殺者による襲撃に使われた凶器が、『呪具』だったようで……」
「暗殺だと?」
あそこの国は他の国から狙われるような地理でもなければ、外交面でも特に敵を作っているという話は聞いたことがない。
……いや、この国の帝王であるシェルド様が、唯一あの国を毛嫌いしていたくらいだろう。
「待て。となると、その暗殺というのは……」
「……おそらく、我が国からでしょう」
「くっ! アルフ様が呪いで倒れたというのに、その呪いを暗殺に使うだと!?」
俺はつい怒りを爆発させそうになるも、何とかそれを押しとどめた。
「っ……ふぅ……すまない。取り乱した」
「いえ、お気持ちは分かりますから……」
オルフェもまた、我が国の行いに、怒りを耐えていた。
しかしそうなると、一つの疑念が生まれる。
アルフ様が倒れたのは、本当に偶然なのだろうか?
この土地による呪いをたまたまアルフ様が引き受けたとか、そういう話ではない可能性が出てきたのだ。
その際、俺の脳裏を過ったのは、まさに今のカイゼル帝国を仕切っているヘリオの顔だった。
「まさか、アイツが……」
もしヤツがアルフ様を倒し、さらに同じ道具を使って他国に仕掛けていたのだとすれば、許されることではない。
当然、証拠も何もない今、ヤツを責めることはできないが……。
「オルフェ。至急、ウィンブルグ王国の情報を調べろ。できれば呪いを解いた者が見つかればいいが、見つからずとも、呪いの解呪に本当に成功したのかだけでも調べておけ」
「分かりました。こちらの情報と陛下の捜索、どちらを優先しますか?」
「呪いの方で構わん」
本来ならば陛下の行方や安否を確認すべきなのだろうが、ヘリオがこの国を取り仕切ってる現状で、まだ大きな不備は出ていない。
ならば、先に解呪の方法を探し、アルフ様を目覚めさせることが先決だろう。
「いいか、何としても呪いに関する手がかりを見つけてくるんだ!」
「はっ!」
オルフェはそう返事をすると、すぐに部屋から退室した。
「アルフ様……少々お待ちください。必ずや、貴方様の呪いを解いて見せます……!」
俺は決意を新たに、部屋を後にするのだった。
◆◇◆
「――――というわけで、俺、ちょっとカイゼル帝国に行ってくる!」
「んな散歩に行くって口調で言われても……」
俺は宿に戻ると、その日に神無月先輩から頼まれたことをサリアたちに伝えた。
すると、アルは不機嫌そうに続ける。
「でもよぉ……その連中って、お前に酷いことしてたヤツらなんだろ? なら放っておいてもいいんじゃねぇか?」
「そうですよ、主様! そんな有象無象、気にする必要ありません! 勝手に消えればいいんです!」
「ルルネは過激だなぁ……」
二人の反応に苦笑いを浮かべつつ、俺は素直に自分の気持ちを告げる。
「もちろん、俺だって許したわけじゃないし、モヤモヤってした気持ちも当然あるよ。でも、このまま放っておくってのも、気持ちが悪いのも事実なんだ。それに、神無月先輩が悲しむからさ。やっぱり先輩には笑っててほしいし……」
「…………おい、あの女のためかよ」
「へ!? あ、そうだけど、そうじゃないというか!」
アルがあからさまに不機嫌そうになったので、慌てて弁明すると、サリアが笑顔を浮かべる。
「私は誠一の好きなようにするのが一番だと思うよ」
「サリア……」
「だって、誠一が好きにすれば、最後には皆が幸せになるはずだもん!」
何の根拠もないはずなのに、サリアは俺のことをいつも肯定してくれた。
これは進化の実を食べて、人になってからじゃない。
ゴリラだったころから、サリアは俺のことを考えて、いつも受け止めてくれるんだ。
だからこそ、俺も頑張ろうって、皆をガッカリさせないようにって思えるんだ。
すると、さっきまで不機嫌そうだったアルは、大きなため息を吐く。
「はぁ……ま、お前がそういうやつだってのは知ってるよ」
「アル……」
「まあ……少しは妬けるけどよ。でも、そんなお前だからオレは……」
「……ありがとう」
俺の言葉を受け、アルは照れ臭そうにそっぽを向いた。
すると、オリガちゃんとゾーラも俺の背中を押してくれた。
「……ん。私も誠一お兄ちゃんの思うように動けばいいと思うよ」
「そ、そうですよ! それで私たちは救われたんですから!」
「……ただ、今回は誠一お兄ちゃん一人で行くんでしょ?」
「うん……まあ激しい戦いをしに行くってより、救出するのがメインだからさ。どちらかと言えばバレないように動く方がメインかもしれない」
実際はどうなるか分からないし、助けに向かったところで俺の言うことも聞かず、暴れられる可能性だってあるのだ。
「まあ、こればかりはやってみないとね」
「主様なら大丈夫ですよ! ダメなら消しちゃえばいいんですから」
「お前は本当に過激だね!?」
元ロバとは思えない発言だよ!
ルルネの言葉に頬を引きつらせていると、サリアが首を傾げる。
「それで、いつ向かうの?」
「そうだな……明日の朝には出発しようと思ってる。カイゼル帝国は行ったことがないから、転移魔法も使えないしね」
「……お前ならたとえ行ったことのない場所だろうが、転移魔法で移動できそうだけどな」
「いやいや、そんな――――」
……たぶん、できるんだろうなぁ。
でもやらないからね!
わざわざ自分から、精神的ダメージを負いに行く必要はないのだ。
それに、助けるのは決めたけど、許してないのも確かなわけで……それなら俺がカイゼル帝国に直接向かうまでの時間を、待ち時間として許容してほしいもんだね!
心が狭いって? うるせーやい!
何だかんだありつつも、最後には全員に背中を押してもらい、俺はいよいよカイゼル帝国へと出発するのだった。




