魔神教団、終了
『終わりました』
「嘘だろ?」
晴れやかな様子でそう宣言する世界に対し、俺はそう言わずにはいられなかった。
だって……だって神様だよ? こんな訳の分からない終わり方していいの?
だが、そんな俺の思いとは裏腹に、ステータスは表示する。
◆◇◆
完璧に処理しました。
これ以上、この神が復活することはないでしょう。
◆◇◆
処理て。
ゴミじゃないんだからさ……。
すると、俺と同じく呆然と成り行きを見守っていたアルが、正気に返った。
「終わった、のか?」
「え? あ、うん、終わったみたいだけど……」
「……全然終わった気がしねぇんだが」
アルの言う通り、倒したって感じが全くない。
というか、最後は結局俺たちの力じゃなく、ステータスが倒したのだ。
◆◇◆
さて……魔神も処理できましたし、私は再び修行の旅に戻ります。
◆◇◆
「いや、え? なんでまた!? もう全世界巡ったし、神様もステータスとして表示できるようになったんだからよくない!?」
これ以上何を求めるっていうの!?
いい加減俺のステータスとして帰ってきてほしいんですけど!
◆◇◆
いえ、そういうわけにはいきません。
誠一様のステータスは諦めましたが、それでも自己研鑽を忘れるわけにはいきませんからね。
◆◇◆
諦めるなよ! お願いだから頑張って!?
◆◇◆
というわけで、これにて失礼いたします。
◆◇◆
ステータスはそれだけ告げると、俺たちの目の前から姿を消した。
……え? まさか、本当に消えた!?
「す、ステエエエエエエタアアアアアス! 帰ってこおおおおおおおい!」
俺の必死の叫びも空しく、ただ何もないこの空間に悲しく俺の声が響き渡るだけだった。
項垂れる俺に対し、サリアがそっと近づいてくると、肩をたたく。
「誠一。私たちも帰ろ?」
「……うん」
俺はただ、頷くことしかできなかった。
「さて……それじゃあ帰りますか――――」
『――――久しぶりだね』
「!」
ステータスが行ってしまったことは仕方がないので、気を取り直してテルベールに帰ろうとすると、突然声がかけられた。
その声に驚いたのは俺だけでなく、サリアたちも同じだったので、どうやらこの声は全員に聞こえているらしい。
というより、世界とは違う声に驚きはしたが、俺はその声をよく覚えいてた。
「これは……神様!?」
「え!?」
俺の言葉に、サリアたちは目を見開くと同時に、警戒した様子を見せる。
「ま、待って! この声の神様は、いい神様だから! たぶん!」
『たぶん、というのは酷いなぁ。まあ確かに、今の状況だとそれも仕方のないことかもしれないね』
すると、俺たちの目の前に、魔神と同じような、人型の何かが出現した。
その姿こそ、魔神と同じように見えるが、身に纏う気配がまるで違う。
魔神はすべてを拒絶するような、底冷えする気配だったのに対し、今目の前に現れた人型は、すべてを包み込むような……厳しい中にも確かな優しさが感じられる、そんな存在だった。
何の前触れもない神の登場にサリアたちが驚く中、神様は続けた。
『改めてだけど、久しぶりだね』
「は、はい! その節は大変お世話になりまして……」
俺がこの世界に来る切っ掛けは、元々この神様によるものだった。
理由も勇者召喚とか大層なものではなく、地球の人口が増えすぎたから、それを調整するためってものだったはずだ。
その調整手段として異世界に転移させるという方法がとられることになったものの、その神様の転移にカイゼル帝国の勇者召喚が割り込んだことで、神無月先輩たちは勇者としてカイゼル帝国に転移することになった。
ただ、転移するときにグループで固まっていれば、同じ場所に転移させられたのに対し、俺はクラスメイトたちから拒絶されたせいで、一人別の場所に転移することになったのだ。
……当時はとにかく必死で、色々大変だったけど、この神様がそんな俺に同情してくれたおかげで【完全解体】というとんでもないスキルを与えてくれたから、俺はこうして生きている。
「……神様のおかげで、俺はサリアたちに出会えたし、今の自分がいるんです。だから、本当にありがとうございます」
『あの時の君にそんな風に言われるとはね……しかも、魔神を倒すなんて、思いもしなかったよ。あの時から君は、【進化の実】の効力の中にいたのかもしれない』
「え?」
ここでまさか【進化の実】という言葉が出てくるとは思わず、驚いていると、神様は続ける。
『君は確かに、あの当時のステータスは悲惨なものだった。それこそ運なんてないに等しい。そんな中、僕から君にスキルをプレゼントをしたわけだが……これは別に、ステータス上の運とは関係ない、僕だからできたことだ。なんせ僕は、あの魔神と同格の神。ステータスの運を無視してただ一人に干渉するなんて難しくもないんだよ』
そういわれると、確かに不思議なことは多々ある。
進化前の俺のステータスは低かったにも関わらず、運がいいというか、悪運が強かったのだ。
ステータスの運が1だった奴が、特別なスキルをもらえるなんて幸運でしかない。
しかし、それはステータスを無視できる神だからこそできたことだったのだと、魔神の力を直接見た今なら理解できる。
ただ、それでもまだ理解できない部分も多い。
あれほどの力を持った神が、どうしてカイゼル帝国の干渉に負けたのか。
そう思っていると、その点も説明してくれた。
『今にして思えば、君たちが勇者召喚されたのも、あの魔神が関係してるんだろう。そうじゃないと、僕らの力に人間が干渉できるはずがない。今となっては、何故君たちを呼び寄せたのかまでは分からないけどね』
魔神の目的は分かったものの、俺たちを呼び寄せた理由は最後まで分からなかった。まあ分からなくてもいいんだけどさ。
『それよりも君だ。君は僕がこの世界に送る前から、【進化の実】の加護を受けてたんだと思う』
「し、進化の実の加護、ですか?」
『そうだよ。じゃないと、君があの森で生き抜くのはまず不可能だ。ステータスオール1の君が、レベル120の魔物に勝てるわけがないだろう?』
「そ、それはそうですね。あの時の俺ごときじゃ、臭いで倒すなんて普通は無理ですもんね」
『あ、それは君の力だよ』
「なんでええええええええ?」
【進化の実】と関係なく、あの時の体臭は殺人級だったってこと? 泣くよ?
ま、まああの蒸し暑い森の中を、何日も風呂に入ることすらできずに過ごしてたからな。多少体臭が濃くなっても仕方がないと言いますか……。
誰に言い訳してるのか分からないでいると、神様は続けた。
『【進化の実】の加護っていうのは、君が死ななかったことだ。あれだけレベルやステータスに差がありながら、攻撃を受けて死ななかったのも、君が【進化の実】の加護を受けてると本能的に世界やステータスが感じ取っていたのかもしれないね。だからこそ、君がダメージを受けても、ステータスがうまく調整し、君は無事だったと』
「ちょっと話についていけないんですが……」
ひとまず俺がクレバーモンキーの攻撃を受けて死ななかったのは、進化の実のおかげってことは分かった。
だが一番理解できないのは、どうして俺を進化の実が選んだのかだ。
「俺、この世界に来るまでは進化の実なんか見たことすらなかったんですけど……」
『それは当然だよ。君が【進化の実】の加護を受けたのは、この世界に来てからだ。じゃないと、そもそも生存が不可能ともいえる場所に転移するはずがない。それは君のステータスの運が低かったから、あの危険な森に転移した。ただ、君がこの世界に降り立った瞬間、【進化の実】は君を見つけたから、すぐに加護が与えられたんだ』
「だから、それはどうして……」
『君が生物としての格が一番低かったからだね』
「反応に困るヤツッ!」
俺が生物として一番しょぼかったから加護くれたの!? 同情されたってこと!?
『いいかい? 【進化の実】は、その生物をすべての頂点に押し上げる力がある。だが、最初からある程度完成されていたり、普通に生物として存在していると、その効力はとても低くなるんだ。例えば……そこの元魔物のお嬢さんとかね』
「あ……」
神様に意識を向けられたことで、サリアは体を固くする。
ただ、神様の言うことは何となく理解できる。
というのも、俺と同じで進化の実を10個食べてるはずのサリアは、俺ほど意味の分からない進化をしていないからだ。いや、魔物から人間になるのも十分意味が分からないけどさ。
でも、俺ほどおかしな進化を遂げていないのは間違ってない。
何ならサリアより、ルルネの方が進化としてはめちゃくちゃだ。ロバから人間って、もはや進化ですらないからな。しかも、気づけば体が宇宙とか意味の分からん存在になってるし。
それも神様の言葉を聞いた今なら、納得できる。
魔物より、ただの動物であるロバの方が生物としての格が低いって言われると、何となく理解できるのだ。まあ感覚的な話なので、実際はどうか知らないけどさ。そもそも生物としての格ってのもよく分かってないし。感覚で生きてるのでねっ!
「って……あれ? つまり、俺がこんなにめちゃくちゃな進化をした理由って……」
『君が全宇宙、全世界の中で最も格が低かったからだね』
「知りたくなかった新事実!」
俺、この世界に限らず、全宇宙規模で生物として最低だったの!?
そ、そりゃあこんな意味不明な進化をするわけだ…………って納得できませんけど!?
「まさかここにきてかなり重い精神的ダメージを受けるとは……」
『ははは。まあいいじゃないか。君はそのおかげで、進化の実の効果を誰よりも受けることができたんだ。進化の実は僕たちと魔神が衝突したことで生み出された力の結晶……そこに内包されてる力は、僕らですら計り知れない。そして、そんな進化の実だからこそ、君のステータスとは関係なく、君の前に現れたんだ』
進化の実が都合よく俺の前に転がったのも、それがたくさん手に入ったのも、全部進化の実がステータスの運に関係しない、独立した存在だからこそ、俺はそれを食べることができたのだ。
『進化の実は、君を待っていたんだよ。この世界に来るのをね』
「……」
そういわれると、俺は何も言えなくなる。
進化の実には、俺はたくさん救われた。
それこそ【果てなき悲愛の森】では、空腹を助けてくれたし、サリアも救ってくれた。
もちろん、それに伴ってどんどん俺が人間からかけ離れた存在に変化していったけど、こうしてみると、その力があったからこそ、魔神を倒すことができたのだ。
まあ一番いいのは、人間離れした力を手にしなくても、平和に暮らせることなんだけどな。
自衛ができる程度の力さえあればよかったんだが、結果的にその自衛の幅が魔神との戦いにまで発展してしまうんだから、世の中何が起こるか分からない。
そんなことを考えていると、俺はふと呟いた。
「俺、本当に進化の実には助けられたし、感謝してます」
本心から呟かれたその言葉に、神様は首を振る。
『君は進化の実に感謝しているかもしれないけど、進化の実もまた、君に感謝しているし、一番君のことを求めていたんだよ』
「え? ど、どうしてそんなことが言えるんです?」
『まあ確かなことは言えないけど、少なくとも元々は僕らの力が元になってできた物だからね。感覚的にそれが分かるのさ』
よ、よく分からないが、神様がそう言うのならそうなのかな? 所詮、人間が神様の考えを理解できるわけないんだし。
『さて……少し話が長くなっちゃったけど、僕は君にお礼を言いたかったんだ』
「え?」
『君のおかげで、魔神の企みを阻止することができた。君がいなかったら、この星どころか、全宇宙が滅ぼされ、文字通り彼一人の世界が出来上がってただろう。復活した魔神の力は、僕らを軽く凌駕しし、未知の力まで手に入れていたからね。だから、本当にありがとう』
「そ、そんな! 俺はただ、この世界に生きる人たちが、普通に過ごせたらいいなって……それだけで動いただけですから。それに、結局魔神も俺が倒したんじゃなく、俺のステータスが倒したわけで……」
説明してて思うけど、俺のステータスが倒すって何だろうね。
『いや、あのステータスも君がいなければ、あんなとんでもない存在に変貌しなかったはずだ。君のステータス、魔神を倒したように僕らも軽く倒せるだろうしね。まさに君のステータスだからできたことだ』
神様倒せるステータスって何よ。そんな子、知りません。俺のステータスは普通です。
『そう言えば、あまり意識してなかったけど、僕らが生み出したはずの世界や概念など、君に完全服従してるだろう? なら、僕らも君に敬語を使った方がいいのかな?』
「うわあああああ! や、やめてください! そんなことされるような人間じゃないですから!」
魔神はともかく、普通の神様に敬語使われるとか、恐れ多すぎるわ!
すると、今まで静観していたはずの世界の声が聞こえてきた。
『当然、神は誠一様に敬語を使うべきです』
「ちょっと黙っててくれる!?」
君の生みの親だからね!? それを差し置いて俺を優先ってどうなのよ!
世界の言葉にすかさずツッコんでいると、神様は優しい気に呟いた。
『君は、あの時から何も変わらない。相変わらず黒く染まらず、いつも通りでいる……そんな君だから、進化の実との相性が一番よかったのかもしれないね』
「え?」
『何でもないよ。ひとまず、僕の用事は終わった。ただ、この世界はもう、僕らの手を離れている。もちろん、今から再び神として見守るのもいいが……僕たちがいなくても、君らは十分にやっていけていた。だから、このままがいいだろう』
「それじゃあ……」
『うん、僕とはここでお別れだ。君の未来がどうなるのか、僕らにはもう分からない。君は完全に僕を超えてしまったから。でも、いつの日かまた、君と会えるのを楽しみにしているよ』
神様は優しくそう告げると、徐々に人型の輪郭が薄れ、最後には空に溶けるように消えていく。
その姿を見送っていると、神様は最後にふと思い出したように告げた。
『あ、そうそう。もし地球に帰りたかったら帰っていいよ』
「へ!?」
『いやぁ、元々は地球で人口が増えすぎたからこっちに送ったわけだけど、君が地球に皆を戻したいと思ったら、たぶん地球が自力で土地を広げて、受け入れてくれると思うからさ』
「土地を広げる!?」
『ま、考えてみてよ』
「ええ!? あ、ちょっとぉ!?」
最後の最後でとんでもないことを告げた神様は、今度こそ完全に消えていくのだった。
神様が去っていくと、少ししてからサリアたちは一気に脱力する。
「っぷはぁ! き、緊張した~」
「そ、そうか?」
「そうだよ! なんていうか、あの神様は冷たいけど温かい……まるで私が暮らしてた森と同じような感じだった!」
サリアの言わんとすることはよく分かる。
神様はその性質からか、俺たちにただ優しいだけじゃない。
そもそも魔神と神様が争った切っ掛けも、そこが原因なのだ。
魔神はただ人類を甘やかし、神様たちはそれを認めなかった。
でも、神様が人類を甘やかさなかったからと言って、それは人類が嫌いだからじゃない。
人類が大きく成長するために、神様は時に冷たく、時に優しくなったのだ。
それは大自然とよく似ている。
自然は俺たちに恵みをもたらすと同時に、災害という形で襲い掛かることもあった。
だからこそ、自然の中で長く生活していたサリアは、それを神様から強く感じ取っていたのだろう。
「まあでも、これで本当に終わりだと思う」
「そうか……それなら今度こそ帰るか?」
「ああ!」
アルの問いに答えると、俺たちは今度こそテルベールへと帰還するのだった。
◆◇◆
「――――というわけで、帰還しました!」
「いや、早くね?」
王都テルベールに戻ると、俺たちは早速結果を報告するためにランゼさんのもとを訪れた。
「確かにお前なら大丈夫だとは思っていたが……それにしたって早すぎるだろ。S級冒険者の連中を連れて帰ってきてからそんなに時間経ってねぇぞ」
「そうですか? 俺としては結構時間がかかったような……」
実際に、本当の魔神と戦う前に、化身とやらとも戦ったし、そこから世界の登場やらステータスとの再会やら、色々なイベントがあり過ぎて、濃密な時間を過ごした気分なのだ。
ただ、あの空間自体が魔神によって生み出された場所なので、この世界の時間から切り離されてた可能性もあるし、詳しいことは分からない。
「お前さんがそう言うなら時間がかかったのかもしれねぇが……よく考えてみろよ。神を相手にするってのに、一日二日で終わるって考えるほうがおかしいだろ? それがふたを開けてみれば数十分で帰ってきたんだ。驚かねぇほうが変だと思うぞ」
「そ、そう言われるとそうですね……」
確かに神様を相手にするのに、人間基準の時間で倒せるなんておかしいだろう。
というか、普通は倒せないよね。
特に直接魔神と相対したから分かるが、あれは人間というか、この世界に生きている存在であれば、決して逆らっちゃいけない類だろう。
ムウちゃんもあの魔神と同じように、人間や生命体を生み出すことができるものの、魔神はその規模が桁違いだ。まあムウちゃんが力を使ってる様子はちゃんと見たことがないので、正確に比べられるわけじゃないが……。
それでも、生物に限らず、その場で宇宙を生み出しては壊すような存在に、逆らえるはずがない。
魔神も言っていたが、人間も元々神々が生み出した存在である以上、足掻く間もなく存在を消滅させるなんて容易いだろう。
……まあ俺はそれ以上に意味不明らしいですけどね!
「別に誠一を疑ってるわけじゃねぇが、本当に倒せたのか?」
「そうですね……誠一が何を言っても信じられないと思うんで、オレたちが見た範囲での話になりますけど……」
「アルさん? さらっと酷くない?」
俺の言葉は流されつつ、アルやサリアたちはランゼさんに魔神教団で起こったことを報告した。
そして――――。
「……マジか?」
『はい』
「マジかー……」
ランゼさんは頭を抱えた。なんかすみません。
「いや、いいんだ。いいんだぞ? 悩みの種だった魔神教団も、そのボスである魔神も倒されたんだ。これは喜ぶべきことであるのに違いはない。でもな……その倒し方が特殊すぎるだろ……!」
「俺もそう思います……」
誰もステータスに倒されるなんて思わないよね。今でも自分で何言ってんのかよく分かってないし。
「魔神が倒されたことも信じられねぇが、それ以上に倒され方のほうが信じられねぇってどういうことだよ……ステータスが神を倒すって、洒落か何かか?」
洒落だったらどれほどよかったでしょうね!
ランゼさんの言葉に、俺はそう思わずにはいられなかった。
新作、『武神伝(仮)』を始めました。
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