番外編　保護されし勇者たち

「「はっ!?　誠一君(せいちゃん)が増えた……!?」」

「何言ってんだ……？」

王都テルベールへ向かう道中、いきなり華蓮と勇者組の一人である世渡愛梨が揃って叫んだ。

　――――カイゼル帝国の兵士たちの下から、ウィンブルグ王国へ逃げ出した神無月華蓮たち。

　あと少しでウィンブルグ王国にたどり着くという場面で、カイゼル帝国に追いつかれ、絶体絶命となっていた中、空から飛来した謎の斬撃により、運よく逃げ切ることに成功した。

　その上、逃げた先でちょうど国境付近に集まっているカイゼル帝国兵たちの真意を探るべく、派遣されたルイエスたちにより、無事保護されたのだ。

　そんな経緯もあってか、他の面々は非常に疲れた様子を見せていたが、華蓮と愛梨の二人は何故か元気だったのだ。

「翔太君は分からないのか!?」

「そうっスよ！　せいちゃんが増えたんすよ!?」

「ますます意味が分からねぇ……」

　華蓮と愛梨の言葉を受け、高宮翔太は頭を抱えた。

　すると、途中で華蓮たちと合流したバーバドル魔法学園の生徒の一人であるブルードが、あきれた様子で口を開く。

「そこの女は疲労で頭でもやられたのか？　ここに来るまでの冷静さや知性はどうした？」

「そんなものが誠一君を知るうえで必要だとでも？」

「……誰か頭に回復魔法をかけてやれ」

「せ、正常だから！　この人、これが平常運転だから！」

「なお恐ろしいわ」

　正確なブルードのツッコみに、翔太は慌ててそうフォローするも、それはとてもフォローとは呼べるものではなかった。

　すると、黙ってやり取りを聞いていた、今回華蓮たちを保護したルイエスが、首をかしげながら訊ねる。

「あの……一つ聞いてもいいでしょうか。先ほど師匠が増えたとおっしゃっていましたが……」

「ん？　師匠……ああ、誠一君のことですか。ええ、文字通り、誠一君が増えたんですよ」

　華蓮の言葉にそうだそうだと頷く愛梨。

　しかし、そんなことを言われても普通は信じられないため、翔太は再度頭を抱えた。

　だが、そんなとんでもない説明を受ける中、ルイエスは納得の様子で頷いた。

「なるほど。増えましたか」

「信じるんですか!?」

　すかさずツッコむ翔太に対し、ルイエスは何てことなさそうに答える。

「ええ。師匠なら特別不思議ではないですから。いつか増えると思ってました」

「増えると思ってたの!?　誠一、お前何やらかしてんだよ……！」

　謎の信頼感を得ている誠一に対し、翔太はただ困惑するしかない。

　そんなやり取りを見ていた高宮美羽と荒木賢治は顔を見合わせる。

「……誠一お兄ちゃん、何やらかしたんだろ？」

「さ、さあな。でも、昔から誠一ってどこかズレてたし……」

「本人は否定してたけど、誠一お兄ちゃんのお父さんとお母さんもだいぶ変わった人だったし、誠一お兄ちゃんも十分変だったよね」

「バーバドル魔法学園で再会した時も思ったが、相変わらず俺たちの想像の斜め上を突き抜けてやがるからなぁ……」

　賢治はここにいない誠一のことを考え、つい苦笑いを浮かべた。

　すると、とても誠一が増えた何てことが信じられない翔太は、学園で近くにいたブルードたちに尋ねる。

「な、なあ、誠一が増えたって、普通に考えればおかしいよな？」

「「「「……」」」」

「その沈黙は何なんだよ……!?」

　ブルードたちは揃って視線を外すと、気まずそうにした。

「あー……その、何だ。そこの女の言うことをよくよく考えてみたんだがな……」

「兄貴なら、増えるくらい余裕でしてそうだなぁってよ……」

「う、うん。信じられないかもしれないけど、誠一先生なら信じられちゃうっていうか……」

「逆に増えない方がおかしいかもしれない」

「どうなってんだよ……！」

　いつもなら、誠一がツッコみに回るはずが、この場にはすでに誠一の非常識かつぶっ飛んだ行動に慣れてしまった人間しかいないため、翔太が必要以上にツッコむ羽目に。

　だが、華蓮はそんな翔太の肩を優しく叩いた。

「まあいいじゃないか。誠一君が増えたんだ。何も問題はない」

「そうっスよ！」

「問題しかないんですが？」

　同じ人間が増えることのどこが問題ないのか、翔太には理解できなかった。

　華蓮と愛梨からすれば、誠一が増えたという事実だけで嬉しいことであり、何の問題もないのだ。

　すると、華蓮たちと同じく誠一が増えたことに納得していたルイエスは、別の意味でも誠一が増えることを歓迎していた。

「しかし……本当に師匠が増えたのであれば、とてもいいことですね」

「その……何がいいんでしょう？」

「究極の安心が手に入りますから」

「究極の安心？」

「師匠がそこにいるというだけで、どんな問題も解決が約束されます。しかし、師匠は一人しかいませんでした。それが師匠が二人になったことで、その安心感を得られる場所が増えるのです」

「本当に誠一の話してます？」

　翔太はそう訊かずにはいられなかった。

　少なくとも、翔太の知る幼馴染の誠一はそんなぶっ飛んだ存在じゃないからだ。

　だが、ルイエスを初め、異世界の人間たちの反応を見るに、その言葉がすべて正しいことを示しているからこそ、翔太は混乱するのである。

　ただ翔太としても、言われてみればバーバドル魔法学園で誠一がSクラスの教師を圧倒していたり、学園を襲撃してきたデミオロスを簡単に倒すなど、普通ではない様子は何度か確認する機会はあった。

　もはや頭がパンクしそうになった翔太は、最後にはこの話に関して、考えるのをやめ、別の話題を出す。

「そう言えば、これから俺たちはどうなるんですか？」

「そうですね……一度陛下に会っていただきつつ、そこでカイゼル帝国の状況などを含め、改めて説明をしていただくことになるかと」

「なるほど……」

　翔太はルイエスの話を聞きつつ、本当に助かったのだと改めて実感した。

「誠一のヤツも無事だといいんだが……」

「誠一君の無事は当然として、まず初めに増えた誠一君を探すぞ！」

「任せるっスよ！」

「人の話聞いてました？」

　完全に暴走を続ける華蓮に、翔太はどんどん疲弊していくのだった。