番外編 合流するFクラスの女性陣
明日、9月30日に『進化の実』の13巻が発売されます。
書下ろしもございますので、ぜひそちらもお手に取っていただければ幸いです。
また、10月4日より、毎週月曜日の深夜2時から、テレビ東京にて『進化の実』のアニメが放送されます。
こちらも観ていただけると嬉しいです。
詳細は公式ホームページや、私のTwitter(@aoimiku0505)にて投稿してますので、確認いただければと思います。
前書き、失礼いたしました。
神無月華蓮たちがルイエスに保護されている頃、ヴァルシャ帝国の【封魔の森】に、バーバドル魔法学園の元Fクラスメンバーであるフローラ・レドラント、レイチェル・マダン、イレーネ・プライムが訪れていた。
「ま、まだ着かないの~?」
「そう言われても~……私にはどうすることもできないですよ~」
「そりゃそうだけどさ~! ねぇ、イレーネ、本当にこっちで合ってるんだよねー!?」
そんなフローラの言葉に対し、イレーネは顔色一つ変えずに答える。
「当然です。この完璧で美しい私に、間違いなどあり得ません」
「完璧はともかく、美しさは関係ないでしょ……」
「馬鹿ですか?」
「酷い!」
それぞれ慣れない森の中を移動しつつも、多少は鍛えていた三人であるため、そんなやり取りをする程度の余裕は残っていた。
二人のやり取りに苦笑いを浮かべていたレイチェルは、改めて森の中を見渡す。
「それにしても……こんな場所があるんですね~。まさか魔法が使えないなんて思いませんでした~」
「そうだね。ヘレンって元々あんなに強かったのに、魔法が使えないのが不思議だったんだけど……この場所を考えると、環境によるものが大きかったのかもねぇ」
フローラもレイチェルの言葉に続く形で周囲を見渡す中、やはりイレーネだけは涼しい顔をしていた。
「魔法が使えないのは確かですが、私たちにはあまり関係ないでしょう」
「ええ? なんでだい?」
「誠一先生に出会うまでは魔法が使えなかったのですから。今更使えなくなっても問題ありません」
「いや、そうかもしれないけどさ……ほら、せっかく使えるようになったのに、結局使えないのは困るでしょ?」
「魔法の便利さを知った以上、普段であれば困るとは思いますが、現時点ではこの環境は私たちにとって、都合がいいはずです。追手も私たちと同じで魔法が使えないでしょうから」
「あ、そっか! ボクたちは魔法がないのに慣れてるけど、向こうはそうじゃないもんね!」
イレーネの言葉に納得の表情を浮かべるフローラ。
そして、レイチェルは少し不安そうにしながら背後を振り返った。
「で、でも~……ちゃんと逃げ切れるでしょうか~?」
「……そこに関しては何とも言えませんね。スキルで周囲を探りながら進んではいますが、相手もそれくらいは想定してるでしょうし……」
そう、イレーネたちはとある集団から追われていたのである。
というのも、元々バーバドル魔法学園がカイゼル帝国によって封鎖され、故郷に帰ることになった三人だが、故郷もすでにカイゼル帝国によって占領されており、虐げられることが目に見えていた。
力のない一般人であればまだ別の選択肢もあったかもしれないが、三人はある程度の戦闘力を持ち、さらに見た目もよかったため、場合によってはカイゼル帝国にそのまま連行され、好き勝手される可能性も高かった。
それを見越していたイレーネは、故郷に帰る途中でフローラたちと合流し、様々な情報を得たところで、未だカイゼル帝国の手に落ちていないヴァルシャ帝国とウィンブルグ王国の存在を知ったことで、一番現在地から近く、なおかつヘレンの出身地であるヴァルシャ帝国へ向かうことが決まったのだ。
ただし、イレーネたちはバーバドル魔法学園から故郷に帰る中、カイゼル帝国が安全に送り届けるという名目の、実質監視がついた状態だったため、その監視の目から逃れ、移動した結果、それに気付いたカイゼル帝国の兵士たちが追いかけてきていたのだ。
「もし見つかったら、どうなるの?」
「もちろん連行されるでしょうね。それこそ次は逃げられないように、身動きが取れない状態にされることも想定されます」
「うへぇ……それは嫌だなぁ」
「呑気に構えてますが、結構危ない状況ですよ? 私を含め、見目麗しい女子がこうして集まっているのです。男どもの劣情を向けられる可能性は非常に高いでしょうね」
「……サラッと容姿を褒めながら、怖いこと言わないでよ」
イレーネの言葉に、フローラは何とも言えない表情を浮かべた。
「まあボクたちの状況は理解したわけだけど、二人は家族とか大丈夫なの? ボクは元々孤児だから関係ないんだけどさ~」
「私の家は道場をやってるような家系なので~……何かあっても大丈夫だと思いますよ~」
「そう言えばレイチェルってふわふわしてる割に、結構武闘派だったね……」
「私も問題ありません。私の両親ですから、私の思考を上手く読み取り、完璧に動いてくれるでしょう」
「やっぱりイレーネの両親というだけあって、似てるんだね……」
「そう言えば、ヴァルシャ帝国に逃げたところで匿ってもらえるんでしょうか~?」
「あ、そう言えば……ヘレンとは友だちだけどさ、国として保護してもらえるか分からないよね?」
レイチェルとフローラの発言に、イレーネは頷く。
「そうですね。ただ、どのみち私たちには選択肢がありません。もしダメなら、ウィンブルグ王国まで行かなくてはいけませんが……国境ではカイゼル帝国が監視してるでしょうし、難しいはずです」
「まあここで考えても仕方ないし、ひとまず行くしかないかー」
ため息を吐きながらフローラがそう口にした瞬間だった。
「止まってくださいっ!」
いつものふわふわとした雰囲気とは異なり、鋭い制止の声を上げるレイチェル。
その様子にフローラもイレーネもすぐさま武器を構えると、森の中から数人の男たちが姿を現した。
「おっと、バレねぇように近づいたんだが……よく気づけたなぁ?」
「……先回りされてましたか」
森の茂みから現れたのは、カイゼル帝国の兵士たちだった。
兵士たちはそれぞれ武器を構えており、下卑た笑いを浮かべている。
「残念だったなぁ? あと少し早けりゃ逃げられたのかもしれねぇが……ここまでだ」
兵士の一人がそう告げると、イレーネたちの進行方向だけでなく、背後にも兵士たちが回り込んでおり、逃げ場が封じられていた。
イレーネたちは武器を構えつつ隙を窺うも、元々学生であるイレーネたちとカイゼル帝国の兵士たちでは経験の差が大きく、とても逃げ出せそうになかった。
「逃げようったって無駄だぜ? 未遂とはいえ、俺たちを出し抜いたんだ。ここで追いついた以上、逃がすような真似はしねぇよ」
「……」
「いいねぇ、その表情……その顔を見ると蹂躙したくなるぜ……」
笑みを深める兵士に対し、別の兵士も口を開いた。
「隊長~。俺たちで先に楽しみませんかぁ? どうせ連れて行ったらいつ回ってくるか分からないですし」
「そうそう! それくらいの役得があってもいいでしょう? こんな上玉、そうそうお目にかかれねぇぜ」
「へへ……それもそうだな。んじゃあサクッと捕えて、楽しませてもらおうかねぇ?」
徐々に包囲網を狭めてくるカイゼル帝国の兵士たち。
この状況にイレーネたちは体を固くしながら、何とか状況を打破しようとしていた……その時だった。
「――――はあああああっ!」
「なっ!? どこから……ぎゃあああっ!」
カイゼル帝国の兵士たちの後ろから、別の兵士たちが姿を現し、そのまま攻撃を仕掛けたのだ。
突然の襲撃にカイゼル帝国側が慌て、イレーネたちも呆気にとられたが、すぐに正気に返る。
「フローラ、レイチェル!」
「う、うん!」
「はい~!」
三人は武器を構えると、近くの兵士に突撃し、包囲網から抜け出そうとした。
「クソがっ! ガキの分際で調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
「ハアッ!」
イレーネは手にした大鎌を素早く振るうと、兵士たちの攻撃を捌いていく。
「ボクも負けないよ!」
「私だって……!」
そんなイレーネに続き、フローラとレイチェルも迫りくるカイゼル帝国の兵士たちを相手にしていると、カイゼル帝国も逃がすまいとより迫って来た。
「逃がすかああああ!」
「イレーネ!?」
そのカイゼル帝国兵は、別の兵士を相手にしていたイレーネの死角から襲い掛かったため、イレーネは反応が遅れ、防御が間に合わない。
フローラたちもすぐにその攻撃を防ごうとするが、他のカイゼル帝国の兵士たちを前に、その攻撃を防げそうになかった。
カイゼル帝国兵の剣が、まさにイレーネに触れる直前、別の場所から鋭い何かが飛んできたことで、イレーネへの攻撃は防がれた。
「なっ!?」
「――――知り合いに手を出してんじゃないわよ!」
その攻撃は、まさにイレーネたちが会いに向かっていたヘレンによるものだった。
ヘレンはそのままイレーネたちを庇うように立つと、周囲のカイゼル帝国の兵士たちに相対する。
「ヘレン! いくらヘレンでも、軍人相手じゃ……!」
フローラは何故この場にいるのかなど色々聞きたいことはあったものの、それよりもヘレンの行動に対して声を上げた。
ヘレンが強いことはこの場にいる三人はよく理解していたが、それでも本職の軍人を相手にできるとは思えなかったからだ。
だが……。
「大丈夫よ」
「え?」
――――そこからは、一方的だった。
ヘレンは両手に構えた短剣を素早く振るうと、次々とカイゼル帝国の兵士たちを切り伏せていったのだ。
しかも、カイゼル帝国の兵士たちはヘレンの動きを捉えられず、文字通り手も足も出ないまま、倒されていく。
「す、すごい……!」
「あの力、どうやって……」
クラスメイトの成長を遂げた姿に、つい逃げることも忘れ、見惚れる三人。
すると、そのままヘレンは近くにいたカイゼル帝国の兵士たちをすべて倒してしまい、さらに別の襲撃者たちも残りの兵士たちをすべて倒し終えた。
そこで三人はその襲撃者が、ヴァルシャ帝国の兵士たちだということに気付き、本当の意味で助かったことを知る。
カイゼル帝国の兵士たちが倒されたことで、ようやく息をつくことができた三人は、その場に座り込んだ。
「た、助かったああああ!」
「ど、どうなるかと思いました~……」
そんな三人に対し、倒したカイゼル帝国の兵士たちを縛り上げるよう、ヴァルシャ帝国の兵に指示を出していたヘレンは、改めて三人に近づいた。
「ちょっと、どうしてアンタたちがここにいるのよ?」
「ヘレン。貴女に会うためです」
「え、私に?」
驚くヘレンに対し、イレーネは今までのことを静かに語り始めるのだった。
◇◆◇
「……なるほどね。カイゼル帝国から逃げるためにここに来たと……」
すべての説明を聞き終えたヘレンは、あきれた様子でため息を吐いた。
「理由は分かったけど、いくら何でも無茶苦茶よ。もし私が来てなかったら、どうするつもりだったのよ」
「……どうしようもなかったでしょうね。ですが、ヴァルシャ帝国に近づいておけば、私たちがカイゼル帝国の兵士と戦うと、その異変を察知してヴァルシャ帝国が偵察くらいは出してくるだろうと予測していたんです。本当なら見つかる前にたどり着ければよかったんですけど、最低でもヴァルシャ帝国に近い場所まで移動できるようにここまで来ました。結果は成功です」
涼しい顔をしてそう告げるイレーネに、ヘレンはますます呆れた表情を浮かべた。
「まったく……アンタ、本当に変わらないわね」
「当然です。それに、カイゼル帝国から逃げ出さなければ、どのみち私たちは酷い目に遭っていたでしょう。この完璧な美貌を誇る私です。それはもう、口にするのもおぞましい行為を私に……!」
「……本当に、変わらないわね」
イレーネの相変わらずの自分に対する絶対的自信を前に、ヘレンは顔を引きつらせた。
すると、フローラが興奮した様子で訊く。
「そうだ! ヘレンってあんなに強かったっけ!? あ、もちろん学園にいる頃から強かったのは知ってるけど、その時以上じゃない!?」
「そうですね~……それに、ヴァルシャ帝国の兵隊さんも、ヘレンちゃんに恭しく接していますし~……」
「ああ……私の出身は知ってても、私がどういう立場かは知らないのね。あんまり言いふらすようなことでもないけど、私、こう見えてこの国の皇女なのよ」
「「へ?」」
「まあ第二皇女だけどね」
「なるほど……だから兵士たちの態度があそこまで丁寧なんですね」
ヘレンの告白に驚くフローラとレイチェルだったが、イレーネだけは冷静に頷いていた。
「いやいやいや! なんでイレーネは冷静なのさ!? てっきりウチのクラスってブルードだけが王族だと思ってたよ!」
「まあブルードと同じように平民の血が流れてるし、別の姓を名乗ってたから、知らなくても当然だけど。それと、何で私がここまで強くなったのかといえば……まあ誠一先生のおかげね」
「え、誠一先生!?」
予想していなかった人物の名前に、三人は目を見開いた。
「そう。この国、今はカイゼル帝国の脅威から逃れられてるけど、少し前はこの国も危うかったの。それこそカイゼル帝国と戦争状態だったわ。それを何とかするために、私は誠一先生について行くことで、力を得ようとしたんだけど……その結果、私は『超越者』の仲間入りをし、その上その力は使う間もなく誠一先生によって直接戦争が終わらされちゃったのよ……」
「先生無茶苦茶だね!?」
「さすが誠一先生です。私に並ぶ完璧なだけあります」
「いや、完璧とかの次元じゃないよ!?」
「一人で戦争終わらせるとか、普通は信じられないですよね~」
驚くフローラに対し、レイチェルは苦笑いを浮かべることしかできない。
というのも、普通であればとても信じられるような内容ではなかったが、ここでその話の中心人物が誠一であるというだけで、すでに話は大きく変わるからだ。
ヘレンは再度ため息を吐くと、優し気に笑う。
「まあでも……その力がこうして活かされて、アンタたちを助けられたんだし、よかったわ」
「ヘレン……!」
「それで、この国に逃げてきたってことだけど、家族はいいの?」
「それに関しては三人とも大丈夫です」
「そう。まあ一番安全なのは誠一先生の場所でしょうけど……この国も強くなったから、安心してちょうだい。三人とも保護するわ」
ヘレンの言葉に、イレーネたちは顔を見合わせると、ほっと一息ついた。
しかし、次の瞬間、ヘレンはニヤリと笑う。
「まあでも、ただで保護するわけにもいかないし……ちゃんと働いてもらうからそのつもりでね?」
「うっ……はーい」
「こればかりは仕方ないですね~」
「任せてください。どんな仕事でも完璧にこなしてみせますよ。この完璧美少女である私が……!」
こうして、イレーネたちは無事にヴァルシャ帝国に保護してもらえるのだった。




