喜劇の幕開け
ユティスとの戦闘? を終え、先に進む俺たち。
相変わらず代わり映えのしない石造りの廊下を歩いていると、再び何かしらの部屋の入り口が見えてきた。
「あ、誠一! また部屋があるみたいだよ?」
「そうだな。でもやっぱり扉みたいなのはないんだなぁ」
「そうだね。じゃあ部屋のつくりも同じなのかな?」
サリアの言う通り、おそらく目の前の部屋も、先ほどユティスと戦った部屋と同じで、何もない殺風景な部屋であることが予想できる。
……本当に何のための部屋なんだ? 俺たちみたいな侵入者への嫌がらせ?
そう考えてしまうほど、部屋というか、この【魔神教団】の本拠地はよく分からない造りをしていた。
またスルーするだけの部屋かとげんなりしつつ、そこまでたどり着くと……俺たちは息をのんだ。
「こ、これは……!」
そこは今までと打って変わり、石造りからいきなりハイテクノロジーな、機械がたくさん置かれた部屋へと変化していたのだ。
何て言うか、宇宙人のギョギョンたちが改造した、東の国のお城に近い雰囲気がある。
どちらにせよ、この世界ではまずあり得ない技術なのは間違いなかった。
「な、なんだよ、これ……」
「……ん。変な意匠の部屋。東の国でも見た」
「つ、つまり、宇宙の技術ということでしょうか?」
「その可能性は高いだろうな……」
ゾーラの言う通り、この部屋に使われてる技術も宇宙から持ってきたものなんだろう。
結局、ユティスの能力が何なのかは分からなかったが、デストラやゲンペルなど、『神徒』の能力はこの世界の魔法やスキルとも違う別の力で、俺が地球から来たのと同じで、違う世界からやって来たと言われてもおかしくなかった。
あれだけぶっ飛んだ能力の持ち主たちなら、宇宙でも全然やっていけるだろうし。
何ならデストラなんて、事象や概念すら殺せそうな雰囲気だったし、宇宙の法則とか殺しましたーって軽い感覚で移動してそうだ。
部屋の周りを見渡すと、何やら巨大な培養液らしきものが入った装置が並べられており、そこには魔物とも違う、未知の生物たちが静かに収まっていた。
よく見ると、ルーティアの父親であるゼファルさんを助けに向かった際、襲ってきた植物型の魔物も、この装置の中に漂っている。
つまり、あの魔物は【魔神教団】によって生み出された魔物である可能性が高かった。
他にも見たこともない生物たちに驚いていると、サリアが声を上げた。
「誠一! あれは!?」
「なっ!?」
サリアの指差す方に視線を向けると、何とそこには人間が同じように培養液に浸かっているのだ!
「アイツらは……捕まったっていうS級冒険者たちじゃねぇか!」
アルの言う通り、その培養液に浸かっている人たちは、『必倒』のガルガンドさんを始めとする、S級冒険者の皆さんだった。
「おい! 今すぐこの装置を壊して救出するぞ!」
「う、うん!」
アルの声に正気に返った俺たちは、すぐに装置に駆け寄るも、どうすれば解放できるのか分からない。
「こ、これ、どうしたらいいんだ!?」
「んなこと知るか! 分からなくてもすぐに解放するんだよ!」
「んな無茶苦茶な!?」
アルの言わんとすることも分かるが、装置を適当に触った結果、さらに大惨事になったら目も当てられない。
どこかに説明書みたいなのないですかねぇ!?
あるわけがないのは分かってるが、そう思わずにはいられない。文明レベルが低い地球人やこの世界の人間が、宇宙の技術をどうこうできるわけないでしょ!
「えい!」
「サリアさああああん!?」
ただただ装置の前でわたわたしている俺たちに対して、サリアはじっと装置を見つめると、容赦なく装置を殴った!?
すると装置から一気に液体が流れ出てきて、そこに収められていたS級冒険者の一人だと思われる女性が出てくる。
「ちょ、ちょっとサリアさん!? そんな確認もせず触ると……!」
「でもあそこに壊していいって書いてあるよ?」
「何で!?」
サリアが壁の一部を指さすと、そこには絵と文字が壁に刻まれていたのだ!
しかも、控えめに主張するように微かに光ってすらいる。
「あれ!? そんな文字とか最初からあったっけ!?」
「ううん。いきなり出てきたよ?」
「だから何で!?」
いきなり説明書が出現するなんてあり得るの!?
驚く俺に対して、ユティスとの戦闘時にも聞こえてきた世界の声が、俺だけでなくサリアたちにも聞こえる状態で教えてくれた。
『誠一様が困ってるようでしたので、この施設が教えてくれたのです』
「施設が教えるって何?」
無機物ですよね? いや、海とか陸とか操ってた俺が今更言えることじゃないけどさ。
確かに困ってたから教えてくれるのは有難いけど、それなら装置が自動的に解放してくれてもいいんじゃない? ……いや、俺、何を言ってるんだ? そう言う機能が設定されてない限り、装置が自動的に解放って普通しないよね? ダメだ、混乱してきた。
『誠一様の手を煩わせないように解放するという案もありましたが、ここらで一つストレスを発散していただこうかと思いまして、壊せるようにしました』
「むしろストレスなんですが!?」
俺のストレス発散のためってどういうことなの? 世界からストレスの心配までされちゃってた感じ?
まあ時々、俺が過ごしやすいようにとか何とか言ってたけども。
「……あれ、ちょっと待て。もし俺のストレスがどうとかって考えるんなら、そもそもあの長い廊下を歩かなくてもよかったんじゃない?」
『そこはあれですね。こうして散々苦労(?)させることで、魔神がすごく強そう感を演出し、最後は道化になってもらうための助走ですよ』
「鬼ですか!?」
敵ながら哀れだよ! 世界から道化師認定されて玩具にされるなんてさ!
今日、この場所に来るまで散々ヤバい組織感満載だったのに、すでに喜劇が確定してるってどうなってんの?
ほら、サリアたちも微妙な表情になってるじゃん! やっぱりおかしいって!
これ以上、世界の言葉に耳を傾けると、俺の中の常識が崩壊しそうなので、ひとまず無視して装置に囚われていた人たちを助け出していく。
すると、その中にS級冒険者以外の存在が一人だけいた。
しかもその人物に俺は見覚えがあったのだ。
「あれ? この人……」
「どうかしたの?」
「ああ。この人、だいぶ前に会話したことがあったからさ……」
「そうなのか? オレは少なくとも見たことねぇが……誰だ? S級冒険者は全員知ってるから、コイツがS級冒険者じゃねぇってのは分かるが……」
「この人はスロウさん。まあ俺もたまたま食堂で席が隣だったってだけなんだけどさ……」
そう、S級冒険者でないにもかかわらず、ここに囚われていたその人物は、かつてルルネとデートした際、とある食堂で開催された大食い大会を観戦していたときに、たまたま席が隣になったスロウさんだった。
「席が隣になっただけって……何でそんな奴がここに?」
「さ、さあ……初めて会った時も不思議な人だなって思ったくらいだし……」
そんなやり取りをしていると、静かにスロウさんを見つめていたオリガちゃんが、何かを思い出したように手を叩いた。
「……あ、そうだ。この人知ってる」
「え?」
「……この人、裏の世界じゃ有名人。『死煙』って聞いたことない?」
「しえん?」
「はあ!? 『死煙』だと!?」
アルはオリガちゃんの言った『死煙』とやらが何なのか分かったらしいが、俺やサリアたちは何のことだか分からなかったので、思わず顔を見合わせた。
するとアルはすぐに教えてくれる。
「まあ誠一たちが知らねぇのも無理はねぇか……『死煙』ってのはオリガの言う通り、裏の世界で有名な暗殺者だ。暗殺するときは必ずどこかに煙が立ち上ることから、その異名が付けられたんだが……何でそんなヤツと知り合いなんだよ!」
「さ、さあ?」
本当にたまたま食堂で会っただけなんだから、そう言われましても。
……本当に偶然なんだよな? これもまた世界が何か気を利かせて仕組んだとかじゃないよね?
もう世界そのものを信じられなくなりつつあるんですけど。
「ま、まあなんだっていいじゃないか。ひとまずこの人もここに囚われてたわけだし、連れて帰らないと」
「そりゃそうだが……ってどうする? このまま置いていくわけにもいかねぇし、コイツらを連れて一度戻るか?」
アルの言う通り、ここで囚われていた人たちを解放した以上、そのまま魔神の下に向かうわけにもいかないだろう。
だが、そうなると必然的に冥界を通る必要がある。
初めて冥界に飛ばされたときもそうだったが、冥界から俺たちの暮らす世界への転移は不可能だったからだ。
そのため、もし連れて帰るなら一人一人抱きかかえて、冥界を通り、人間界にまで戻る必要がある。
別にこの場にいる全員を積み重ねて持ち上げるだけなら何の問題もないが、そうすると積み上げられた人たちが苦しいだろうし……。
どうしたもんかと頭を悩ませていると、再び世界から声がかけられた。
『転移します?』
「何でだよっ!?」
できないって言ってたじゃん! なんでそれをそっちから提案してくるわけ!?
「アンタが……というより、冥界が転移できないって言ってたんですけど!?」
『確かに人間たちが暮らす世界と、冥界では世界そのものが違うので、同じ世界の中で移動する転移魔法は効果がありません。そのため、冥界と人間界を移動するには死ぬか、冥界へと続く門を通る他ないのです』
「そうだったよねぇ!? ならどうして――――」
『ただ、よくよく考えれば誠一様なら関係ないのでは? と……』
「何でだよおおおおおおおおお!」
俺なら関係ないってのやめません!? 仲間外れ反対!
世界からの言葉に精神的ダメージを負っていると、サリアが首を傾げた。
「うーん、もういいんじゃない?」
「え?」
「よく分からないけど、誠一のおかげで冥界まで戻らなくても、直接この場所から別の場所に移動できるんでしょ?」
「ま、まあ……」
「ならいいよね! さすが誠一!」
「サリアがそう言うなら……いい、のか?」
もうよく分かんねぇや。
でもサリアの言う通り、今の俺たちからすれば、ありがたいことに変わりはない。
本当は色々言いたいところだが、今回は状況が状況だからな。
「……ひとまず、この場にいる全員を一度、テルベールまで連れて帰ろう。ギルド本部に預けつつ、ランゼさんに報告もしておきたいしな」
特に戦闘らしい戦闘は一切していないのだが、何故かどっと疲れた俺は、解放したS級冒険者たちを集め、そのままテルベールへと一度帰還するのだった。
◇◆◇
誠一たちが一度テルベールに帰還したころ。
【魔神教団】のアジトの奥地で、復活した魔神が静かにたたずんでいた。
「……妙な気配が紛れ込んだかと思えば……ようやく消えたな。随分と奥まで来ていたが……」
誠一たちの気配が消えたことを感じ取った魔神は、気配が消えたわけを誠一たちがやられたからだと勘違いしていた。
そうでもなければこの冥界に存在する本拠地から、人間界に一瞬で移動する術はないからだ。
――――しかし、それは普通の人間の場合である。
「妙な気配が消えたのはいいが……神徒どもの気配も感じ取れなくなるとは。まさかとは思うが、相打ちにでもなったか?」
このアジトには元々ユティスが控えていたため、当然誠一たちの相手もユティスがしたことは魔神は分かっていた。
そのユティスの反応もぱたりと途絶えてしまったのだ。
他の神徒たちの気配も、探ろうと思えば何の労力もなく、魔神は探ることができる。
だが、それをする必要が魔神にはなかった。
それは……。
「……まあいい。完全に力を取り戻し、すべてを超越した今、我を止められる者はいない」
誠一たちが本拠地に来ている頃も、各地に散らばった使徒たちの活動により、少しずつだが、確実に負のエネルギーを魔神は得ていたのだ。
その結果、魔神の力は封印される前以上のものとなっており、もはや他の神々すべてを相手にしても負ける気は一切なかった。
そして、そんな強力な力を得た今、当然他の神々がそれに気づかぬはずがなかった。
『――――まさか、君が復活するとはね』
「来たか」
魔神の前に、無数の光が揺らめき、現れた。
それらは形を得ることなく、静かにその場に漂うと、その状態のまま魔神に声をかける。
その声は、誠一たちがこの世界に来る際、教室のスピーカーから流れてきた神の声と同じだった。
『どうやって僕たちの封印を解いたんだい?』
「そんなもの、我が貴様らを超えたからだ。遥か高みに存在する我を、矮小な貴様らが封じ込められるはずがなかろう?」
『随分と大きく出たものだ。君も僕たちも、同格の神。無から生まれ、すべてを創り、破壊する者。僕たちより上はなく、僕らはいつだって同じだ』
「はっ! 貴様らはそうやって停滞し続けた。今の立場に満足し、成長することを放棄したのだ」
『違うよ。僕らは成長を放棄したんじゃない。僕らがすべての始まりで、すべての終わりだ。すべては僕らが基準になる。そんな僕らを超えるなんて――――』
「これを見ても同じ事が言えるか?」
次の瞬間、魔神の前に揺らめく光に、すさまじい『何か』が襲い掛かった。
それは目に見えず、圧力や純粋な力でもない。
この世に存在するすべてが、魔神から発せられる正体不明の『何か』を的確に表現する術を知らなかった。
そんな『何か』に襲われた光の揺らめきたちは、魔神の力に生まれて初めての動揺というものを経験した。
『これ、は……!?』
「貴様らが基準だと言い切った先の力だ。そもそも、この世に本当の意味で完成された存在など何一つないのだ。何故か? そんなものがあったとすれば、その唯一無二こそがただそこに在るだけでいいからだ。宇宙や世界など不要なものを創る理由が一切ない。だが、現に宇宙は、世界は存在している。それは生み出した我々が不完全に他ならないからだよ。我々という存在が、完全なものが存在しないという証左なのだ。ならばこそ、決してたどり着くことのない力を求めた我が、貴様らを圧倒するのは当然だろう?」
勝ち誇るように告げる魔神に対し、圧倒された神は絞り出すように声を出す。
『君は……何がしたいんだ……?』
「何がしたい? 簡単だ。すべてを滅ぼす。それだけだ」
『な――――』
「言っただろう? 完全な存在がいるのなら、その存在一つあるだけでいいと。その唯一無二に、我はなるのだ。そのために、我はすべてを滅ぼす。我という唯一無二を生み出すために……!」
そう嗤う魔神は、どこまでも狂気的だった。
初めはこの星に封印されたことで、封印した神々への復讐こそが魔神の目的だった。
だが、封印を解く段階で得た負の力により、どんどんその力はどす黒く染まっていき、今はもう、他の神々を滅ぼすことではなく、すべてを消し去ることで、自分一人という完成された世界を生み出すことこそが目的へと変わっていた。
そのため、復活するまで尽力してきた使徒や神徒たちももはや眼中になく、ただただ狂気的に自分という存在のみを追い求めるようになっていたのだ。
「さて、貴様らをここで消し去ってもいいが……それでは面白くない。他のすべてを滅ぼした後、貴様らを最後に消し去ってやろう」
『待っ――――』
神が何かを言おうとした瞬間、再び魔神から得体のしれない『何か』が放たれると、光の揺らめきは一つ残らず消えてしまった。
ただ、光の揺らめきが消滅したとはいえ、魔神の言う通り神たちは完全に消滅したわけではなく、ただこの冥界や誠一たちのいる世界への干渉を魔神によって止められたのだ。
「くくく……まずは手始めにこの星から滅ぼしてやる。それまで貴様らに邪魔はさせん。せいぜい外から世界が滅びゆくさまを見ているがいい」
すでに消えてしまった神々にそう告げると、魔神は高笑いを上げる。
「フフフ……アハハハハ! さあ、滅びゆく世界の幕を開けよう!」
これから起こる惨劇は、魔神にとっての喜劇となる――――。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
しかし、魔神は知らなかった。
――――その喜劇の主役が、他ならぬ自分自身であることを。




