久しぶりの冥界
「ここが冥界……」
エレミナさんを救出した後、教団のアジトが冥界から行けると聞いた俺たちは、エレミナさんを誠二に任せ、そのまま冥界へとやって来ていた。
そこは相変わらず不気味な世界で、周囲は寂れた雰囲気が漂っている。
初めて冥界にやって来たサリアたちは珍しそうに辺りを見渡しているが、アルやオリガちゃん、そしてゾーラはどこか顔色が悪かった。
「な、なんだ、この感じは……」
「……ん。背筋がぞっとする」
「い、嫌な気配ですね……」
「まあ確かに不気味な世界ではあるよなー」
「そんな軽いもんじゃねぇだろ!? 何て言うか……生物として、ここにいちゃいけない……そんな感じがする」
アルは難しい表情を浮かべつつ、そう口にした。
そう言われてみると確かにそんな気も……あれ、特にしないぞー?
何なら初めてこの世界に来たときでさえ、そんな感覚はなかった気がする。
でもアルの言う通り、ここは冥界で、本来生きてる存在がいるのは自然の摂理としておかしい。
そう考えると、アルたちの反応が普通で、俺のように何の危機感もない方がおかしいのだ。
ただ、それならサリアとルルネが普通そうにしているのが気になるけど……あれかな、進化の実を食べたかどうかで何か変わったりするんだろうか?
ふとそんなことを考えていると、突然大きな地響きがした。
それは徐々に俺たちの方に近づいてきており、どんどん揺れも大きくなっていく。
「えっ!? す、すごい揺れ……!」
「な、なんだ!?」
「……っ! 立って……られない……」
サリアたちは思わずといった様子でその場に膝をつき、何とか地響きに耐えている。
俺は特に問題なく普通に立てていたので、その異常に遅れて気づいたが、すぐにサリアたちを支える……というより、気づけば全員俺にしがみついていた。あ、あれー?
ただ、俺に捕まると揺れに耐えられるみたいで、皆表情を強張らせながらも揺れの原因を探す。
すると――――。
「あ、あれは……!」
こちらに向かって全力疾走する二つの姿が。
それは地球に存在した金剛力士像そのもので、石像の表情は本来変化しないはずが、今はすごく焦ってるようにも見える。
しかも素人目に見ても素晴らしいランニングフォームでこちらに向かってきているのだ。
……シュールすぎる。
あまりにも場違いな光景に全員呆気に取られていると、金剛力士像は俺たちの前でピタっと止まった。
『……お久しぶりです、誠一様……』
「あ、冥界さん」
「「「「冥界さん!?」」」」
金剛力士像が俺たちの前に止まると同時に、全員の脳内に語り掛けてきた冥界の声に反応すると、サリアたちは目を見開いた。
確かに驚く気持ちは分かるが、俺はなんだか慣れつつある。というより、東の国でも世界さんは大活躍だったからね! しかも今と同じように全員に聞こえるように語り掛けてたし!
『……その……確かに以前、また遊びに来てくださいと言いました……でも……本当に遊びに来るとは……』
「いやあ……俺としても、むやみにこの場所にくるつもりはなかったんですけどねぇ……」
だって死んでないからね!
すると、冥界はどこか困った様子を見せる。
『……いえ、誠一様ならば、特に問題なかったんですが……その、他の方々が問題でして……』
「いや、俺のことも問題視して?」
なんで俺だけ大丈夫なの? 俺も生きてるからね?
『……まあ、大丈夫でしょう……誠一様の関係者ですし……』
「それでいいのか、冥界!」
来ておいてなんだが、そんな適当でいいんですかねぇ!? ほら、金剛力士像も反応に困ってるから!
『……それで、本日はどういったご用件で? ……本当に遊びに来ただけですか?』
「さ、さすがに冥界に遊ぶためだけにはいかないけど……」
つい冥界の言葉に頬を引きつらせつつ、【魔神教団】のアジトがここにあることなど、一つずつ説明した。
すると、冥界はどこか厳しい声音で告げる。
『……まさか、私の中にそのようなものがあるとは……』
「え、冥界は知らなかったのか?」
『……はい……話を聞くに、その場所の主は、私たちの創造主である神のようですから……なので、私たちに気づかれることなくその場所が存在していたのでしょう……それもあり、私の知らないところで他の生者が出入りしていたと考えると……とても見過ごせるような状況ではありません……』
確かに、アジトがあるだけでなく、神徒の連中もこの場所を通って出入りしていたことになり、それに気づけなかったのは冥界として問題なのだろう。
そんなことを考えていると、冥界は金剛力士像たちに指示を出す。
『……命令です。周囲の悪霊どもを使い、怪しい場所を探してきなさい……』
「「!」」
承諾の意味なのか、金剛力士像たちはそれぞれマッスルポーズをとると、そのまま一瞬にしてそこから去っていく。
『……お手数をお掛けしますが、少々お待ちください……私も探してみますので、見つけ次第報告しますね……』
「お願いします」
そういうと、冥界もアジトを探すために消えていった。
冥界がどこかに行った気配を感じ取ると、俺はサリアたちの方に振り向く。
「冥界が手分けして探してくれるみたいだから、少し待ってようか」
「いやいやいや! おかしいだろ!?」
真っ先に正気に返ったアルがすかさずツッコんだ。
「冥界から声がかけられるって状況もおかしいのに、その上オレたちの手伝いってなんだよ!? あの二体の石像もわけ分かんねぇし!」
「そ、そうかな? でも、東の国で世界の声は聞いてるよね?」
「そうだったよ、コンチクショウ!」
俺の言葉にアルは全力で頭を抱え込んでいた。
「おかしい……普通なら信じられねぇ状況のはずなのに、すでにオレたちは体験済みだと……!?」
「うーん……まあ誠一だからねー。あんまり深く考えない方がいいんじゃない?」
「サリア……オレには無理だ……こいつ、本当に人間か……?」
「散々な言われよう!?」
アルの言葉に俺は思わずそう返しつつ、冥界の言葉通りしばらくの間待機するのだった。
◇◆◇
『……誠一様……探していた場所が見つかりました……』
「お、本当か!?」
冥界が教団のアジトを探索し始めて少し経った頃、冥界から改めて声がかけられた。
ただ、その声音はどこか残念そうにも聞こえる。
「なんか元気なさそうだけど、どうしたんだ?」
『……いえ……本当なら私のことなので、私自身の手で処理しようと思ったのですが……やはり私の力では神には及ばず……また誠一様のお手を煩わせるのかと思うと……』
「そ、そこまで気にしなくてもいいんじゃないかなー? は、ははは」
冥界の恐縮しきっているその声に、俺はつい乾いた笑いしか出なかった。隣でアルがジト目を向けてきてるしね!
「ま、まあいいや! 早速その場所まで案内してくれ」
『……かしこまりました……周囲に敵影などは確認できませんでしたが、そちらが現れましたら我々にお任せください……』
「至れり尽くせりだな……」
『……ええ……冥界の名に懸けて……完璧に処理して見せますとも……』
怖っ!?
冥界が処理ってどうするの!? 死ぬ以上に酷いことになりそうな予感。
そんな会話をしつつ、殺風景な冥界を進んでいくと、ついに目的の場所までたどり着いた。
そこにはすでに金剛力士像たちが待機しており、使徒や神徒が近づかないようにするためか、周囲を見張ってくれている。
そして金剛力士像たちが守るようにしている位置に、禍々しい気配を放つ魔法陣が描かれていた。
その魔法陣を見て、サリアとルルネが冥界にきて初めて顔をしかめた。
「な、何? あの魔力……」
「……不愉快ですね、サリア様」
「ど、どうした? 二人とも……」
サリアとルルネは何かに気づいた様子だったが、逆に今度はアルたちにはその魔法陣からは特に何も感じないようで、首をひねっている。
「た、確かに見た目は禍々しいが……この世界みてぇな背筋が凍るような感覚は特にしねぇぞ?」
「なんて言ったらいいのかな……この世界は、死んだらたどり着く場所でしょ? それってつまり、生き物にとってはこの世界は必要な場所だけど、今生きてる私たちが不快に感じるのは仕方ないと思うの。だから嫌な感じがしても、私たち生物がいずれたどり着く場所って考えれば、そこは私たちに最後の故郷になると思うんだ」
「そ、そうなる……のか……?」
サリアの説明にアルもオリガちゃんたちも首をかしげる。
うーん……サリアの言葉を正確に理解はできないけど、サリアの言葉にルルネが頷いている様子を見るに、野生として生きてきたからこそ、強く感じる感性なのかもしれない。
……あれ? でもルルネって元々魔物販売店にいたロバだよな? 野生とは?
ま、まあ動物だからこそ強く感じる本能的なものなのだと理解しておこう。
「でも、あの魔法陣から流れてくる魔力は違う……『死』っていう最後の安息すら拒絶する、ただの『虚無』みたいなものを感じるの……」
「虚無……」
「主様。私もうまく説明はできないのですが、あの魔力は私たちの世界にあってはならないものだと思います」
「ルルネまで……」
いつも泰然としていて、己の食欲を優先するルルネでさえそう口にしている状況に、俺だけでなくアルたちも驚いていた。
「……驚いた。食いしん坊がまともなことを言ってる……」
「貴様、喧嘩を売ってるのか?」
「ま、まあまあ」
ゾーラが慌てて宥めているが……日頃の行いのせいだというのは黙っておこう。俺も人のこと言えないし。
すると、今まで黙っていた冥界が忌々しそうな様子で口を開いた。
『……サリア様とルルネ様のご指摘通り……その魔力……その力は、存在してはいけません……いえ、もっと正確に言えば、世界に存在してはいけないのです……』
「あの魔法陣の力ってのはおそらく教団の崇めてる魔神の物だと思うけど、何で存在しちゃいけないんだ?」
『……サリア様がおっしゃっていた通り、この星だけでなく、全宇宙、全時空、全次元……どこを見ても、生者である以上、死というものは必ず訪れます……たとえ不死者をうたう者であっても、死ぬのです……』
「そうなの!?」
魔法陣の力も気になるけど、死なない人間も死ぬってことの方が驚きなんですが!?
そもそも死なない生き物なんているんですか? それ、すでに死んでません?
『……もちろん、普通に生きているだけでは死なないでしょうが……そういった存在には必ず死を与えるための手段が何かしら存在しています……それは別の時空であったり、別の次元であったり……』
「な、なるほど……?」
『……そういった意味もあり、死ぬことは生きているうちは忌避するものであったとしても、どの存在にも平等に訪れる数少ないものの一つなのです……』
そう言われると、確かにそうなのかもしれないな。
地球のころに時間は平等みたいなことも聞いたけど、あれって流れる速度は同じでも、その時間がどこまで続くかとか、いろいろな要因があるから結局平等とは言いにくいもんな。
そう考えれば、死ぬってことは、どれだけ拒絶しても勝手に訪れるし、自分で死にたくなれば死ぬ選択肢も選べちゃうんだもんな。
まあ前向きに生きていられるうちは、前向きに生きたいものですがね!
『……それで、問題のその魔法陣なのですが……その魔法陣に込められた力は、神の力そのものです……神とは唯一、先ほど告げた死や生といった物事から完全に超越した存在になります……なんせ、その神々が私たちの星や宇宙、生命、次元……すべてを生み出したのですから……生と死の概念も、神々によって生み出されたにすぎません……』
もう本当に最近物事のスケールが大きくなりすぎじゃありません? 俺、ついていけてないんですけど?
『……そして、すべての始まりである神々は……なかったことにできるのです……』
「なかったこと?」
『……はい……生まれてきたことも……存在したことも……』
「!?」
冥界の口から語られたその言葉に、俺たちは絶句した。
生きていたことが……なかったことになる……!?
『……これこそが、サリア様がおっしゃっていた虚無という感覚の正体です……その力は、すべてを拒絶します……人間たちが歩んできた歴史も……紡いできた関係も……積み重なった記憶も……何もかもを否定し、何事もなかったかのようにしてしまうのです……それこそ、死んで私という場所にたどり着くことすらできません……もう、存在していなかったことになるのですから……』
「そんな……」
あまりにもぶっ飛んでいる……と言いたいところだが、神様なんだし、そんなものは普通なのだろう。
もしかしたら、普通という感覚すらないのかもしれない。
そりゃそうか。自分が生み出した生命なら、消すこともできるわな。それも、その人という生きていた証すら残さずに。
俺がこの異世界に送られることになった時、そのことを教えてくれた神様も同じ事ができるのだろう。
でも、それをせず、地球に人間が増えすぎたからって消したりしないで、この世界に送り込んでくれたんだ。
まあ最終的にはカイゼル帝国の勇者召喚で呼ばれたって結果になったけどさ。
だけど、存在をなかったことにすればそんなまどろっこしいことをしないでもよかったはずなのに、あの神様はそうしなかった。
それはあの神様が色々考えながらも大切にしてくれていたからだろう。そう思いたい。
ただ、今はその力が敵として存在している。
そんな神様を相手に、俺は本当に戦えるんだろうか?
冥界の言葉に俺を含め、全員無言になっていると、冥界が不思議そうに声を上げた。
『……どうしました?……』
「いや……神様を相手にするっていうから、そりゃあ強いとかそんな次元じゃないのは分かってたけど、いざその力の一端を目の当たりにすると、どうしてもしり込みするというか……」
『……? 何故です? ……誠一様であれば余裕だと思いますよ? ……』
「余裕なの!?」
え、今まで散々ヤバそうな気配漂わせてたのに!?
「い、いやいやいや! 余裕はないでしょ!? だって神様だよ!? しかも存在しなかったことにできるって……」
『……誠一様もできますが……』
「できませええええええええええええええええええん!」
できないから! 誰が何と言おうとできませんから!
だからアルさん、そんな「お前マジかよ」みたいな目で見ないでくれます!? 俺ただの人間だからね!?
『……いえ、でもできる――――』
「はああああい! 何も聞こえませええん! なので行ってきまあああああす!」
俺は冥界からの言葉を遮るように耳をふさぎつつ、魔法陣へと近づいた。
冥界は脳内に語り掛けてきているので、耳塞いだところで意味ないんですけどね!
俺に続くようにアルたちも魔法陣に近づくと、魔法陣が俺たちに反応してか、輝きを増していく。
そして――――。
『あ、マスター!? 私使うんですか? まっかせてくださいよー! 教団のアジトですよね!? 安心安全な転移をお届けしちゃいますとも! ついでに魔神の力も奪えますけど、いります?』
「……」
魔法陣が俺に話しかけてきた。
その声に、俺はふと思った。
――――俺、本当に神様と同じ事できるかもしれない。
そう考えて、自然とその場で頭を抱え込むのだった。




