誠二のこれから
「――――アナタ!」
「エレミナ……!」
誠一たちが冥界へ旅立ったころ、誠二はエレミナと拘束したゲンペルを連れ、テルベールまで戻った。
無事に帰って来たエレミナに対し、ランゼは急いで駆け寄ると、そのまま抱きしめる。
「よかった……本当によかった……!」
「ごめんなさい、心配をかけて……」
「いや、いいんだ。お前が無事ならそれで……!」
誠二はランゼとエレミナが再会を喜ぶ様子を優しい表情で見つめた。
フロリオも安心した様子で息をつきながら、二人の様子を見つめる。
しばらく抱き合っていた二人だったが、やがてランゼが誠二の存在に気付き、恥ずかしそうに笑った。
「す、すまねぇ……つい、嬉しくてな……」
「いえ、大丈夫ですよ。俺もちゃんと送り届けられてよかったです!」
何てことなさそうに笑う誠二に対し、ランゼは首を振る。
「……いや。今回は本当に助かった。お前には、常に助けられっぱなしだな……何か一つでもお前に恩返しができればいいんだが……何も思いつかねぇ」
「そんな! 別にそういうのを求めてたわけじゃないですし、気にしないでください。ただ助けたかったから、助けただけですよ」
何てことなさそうにそう告げる誠二だが、それが難しいことはランゼにはよく分かっていた。
国王という立場だからこそ、爵位や領地など、本来ならいくらでも与えられるものは存在する。
だが、それらを与えて得をするのもまたウィンブルグ王国だけで、誠一が望んでいるものでは決してないことを、ランゼは理解していたのだ。
思わず難しい表情になるランゼだったが、ふとあることに気づく。
「そこに転がってるのは……確か、ゲンペルだったか。そいつも捕まえてくれたのか」
「ええ。どうするのが正しいのか分からなかったので……」
「……お前、何をやったんだ? そいつ、滅茶苦茶ボロボロの上にずっと何かを呟いてるみてぇだが……」
ランゼの言う通り、ここまで運ばれてきたゲンペルはボロボロのまま、虚ろな表情でずっと言葉を呟き続けていたのだ。
「……あり得ぬ……私の力が……こ、駒が……駒ごときが……私を襲うなど……こ、これは夢だ……夢に違いない……!」
「あ、あははは……俺は何もしてないんですけどね……」
「何もしてないのにこんなことになる訳ねぇだろ?」
ランゼはあきれた様子でそう告げるも、誠二の言う通り誠一は何もしていなかった。
なんせ、自身の生み出した駒にボコボコにされただけだからだ。
「……何があったのか分からねぇが、一応牢屋に入れとくか。フロリオ」
「はっ!」
フロリオはいまだに何かを呟き続けるゲンペルを拘束すると、そのまま城の方まで連行していった。
「さて、ひとまず今回の件は終わったみたいだが……そう言えば、嬢ちゃんたちはどうした? 皆にも直接礼がしたいんだが……」
「ああ、サリアたちなら今頃誠一と一緒に冥界に行ってますよ」
「………………ん?」
ランゼは誠二の言葉を理解するのに時間がかかった。
「今、何て言った? 誠一と一緒? 冥界?」
「あー……ちゃんと説明しないと分からないわよね……」
当然のランゼの反応に対し、エレミナは苦笑いを浮かべる。
それにつられ、誠二も苦笑いを浮かべながら続けた。
「すみません、俺、誠一じゃないんです」
「は?」
「俺は誠二です」
「…………アイツ、ついに分裂までできるようになったのか……?」
「いや、分裂はしてないですからね!? そこは普通、双子とか疑いません!?」
「双子だなんて話は聞いたことねぇし、それよりは分裂したって方が信じられる」
「俺への印象!」
誠二はついツッコんだ。
双子以上に分裂の方が信じられる。これこそが誠一だった。
「さっき牢屋まで運ばれたゲンペルの能力が、対象者の性能そのままの偽物を生み出す力でして、俺は誠一の偽物として生み出されたんです。ただ、他の偽物はゲンペルが力を使わなければ自我を与えられないんですけど、そこはまあ……誠一の偽物ってことで、俺は生み出されたときから自我がありまして、さすがにややこしいということで名前も付けて、今こうして存在してるって感じです」
「アイツむちゃくちゃすぎねぇか?」
ランゼのツッコみは当然だった。
「ま、まあお前が誠一じゃなく……誠二? ってことは理解した。いや、全然分かってねぇが、そういうもんだと思い込むわ。誠一関連はそう考えるのが一番だ。だが……冥界ってなんだ?」
「そこからは私が説明するわね」
エレミナはそういうと、ゲンペルと戦う前に集めた【魔神教団】の本拠地などについてランゼに伝えた。
それと合わせて、その本拠地には他のS級冒険者が捕まっていることも話す。
「何!? 【魔神教団】の本拠地が分かった!? それにS級冒険者の連中が捕まるなんて……」
「ええ。使徒の連中を尾行したりして何とか情報を集めることができたわ。まあ使徒たちは本拠地に入る資格がないみたいで、情報を集めるのには苦労したけど……神徒の誰かを尾行できれば一番早かったんだろうけど、さっきのゲンペルのように、実力がとんでもないから、それも難しくてね」
「なるほど……だが、本拠地が分かったってんなら今すぐにでも戦力を送り込まねぇと……こんな事態だ。冒険者連中も協力してくれるだろう。なんせ、S級冒険者が捕まってるんだぞ? ガッスルたちが許すはずがねぇ」
ランゼの言う通り、同じ冒険者であるS級冒険者たちが【魔神教団】に捕まっていることをギルド本部の面々が知れば、全力を挙げて助けに向かうことは簡単に想像できた。
それは誠一たちがアルと一緒に黒龍神のダンジョンに転移し、行方不明になった時にみんなで必死に探していたことからも分かる。
「それで肝心の【魔神教団】の本拠地はどこにあるんだ?」
「……その場所が普通じゃないのよ」
「普通じゃない?」
「ええ。ヤツらのアジトはダンジョンらしいんだけど、この世界には存在していないの」
「は? じゃ、じゃあどう行くって言うんだよ」
「【魔神教団】の本拠地に向かうための方法はただ一つ……それこそが、さっき言った冥界にあるのよ」
「はあ!? め、冥界って……死んだ先にたどり着く場所だろ!? じゃ、じゃあそこに行くためには死ななきゃいけねぇのか!?」
どう考えても無茶苦茶すぎる内容にランゼは絶句する。
「神徒たちはそれぞれが特殊な力を持ってる上に、魔神からも何かしらの加護を得てるはずだから、それによって問題なく冥界を行き来できたはず。でも、神徒以外の人間がそこに行くには……アナタのいう通り、死ぬしか方法はないわね。でもこれは私たちだけじゃなく、おそらく使徒たちも同じで、実質そこに行くことができるのは神徒だけよ」
「んなこと言われたって……どうすりゃ……って、待て。さっき、誠一たちは冥界に行ったって言わなかったか……!?」
「言いましたね」
「言ったわね」
「なんでそんなに冷静なんだよ!? それ、誠一たちが文字通り死にに行くってことじゃ……」
もはや訳の分からない事態に困惑するしかないランゼ。
「うーん……でも、誠一君、冥界に行くのはこれが初めてじゃないみたいだし……」
「アイツ、一度死んでんの!? 嘘だろ!?」
「あ、正確には死んだんじゃなくて、冥界に直接転移させられたってのが正しいですね」
「そっちの方がまずねぇだろ!? なんだよ、死なずに冥界に転移って!」
ただ一度死んだことがある以上に、冥界に生きたまま転移するなど考えられなかった。
もうすでにこの段階でランゼは驚きの連続だったが、さらに誠二は続ける。
「あ、その時に冥界から一緒に帰って来たのが、ゼアノスやルシウスさんたちですよ」
「衝撃的すぎる……! なんか初代魔王だとか元勇者だとか変な肩書だなぁとは思ってたけども!」
「いや、その肩書を聞いて変だなぁだけで済ませたランゼさんも大概だと思いますが……」
普通そんなことを言われれば信じられないはずだったが、誠一の仲間ということでランゼはすんなり受け入れていたのだ。これもすべて誠一に毒された結果である。
「と、とにかく、そういうわけで冥界に行くのは難しくないんですよ」
「……これ、冥界に行くってのが誠一じゃなかったら完全に頭がおかしくなったヤツの発言だからな?」
「褒めてるんですか……?」
誠二は何とも言えなかった。
「……まあ冥界に奴らの本拠地があって、そこに誠一たちが直接乗り込んだってのは分かった。だが、サリアの嬢ちゃんたちは大丈夫なのか? 嬢ちゃんたちは誠一みたいに人間辞めてねぇだろ?」
「あ、サリアは元々魔物なんで人間じゃないですが……」
「本当にお前の仲間どうなってんの?」
「と、とにかく! 冥界に関しましては誠一がいるので、サリアたちも問題なく対応できると思います。ただ、冥界がどんな反応するのか分かりませんが……」
「冥界が反応って……なんだ、冥界に自我でもあるって言いたいのか?」
「ありましたよ?」
「ダメだ、手に負えねぇ」
ランゼは顔を覆った。
どう考えても絶望的な状況だったはずなのに、誠一に頼んでから一気に緊張感がなくなってしまったのだ。
何とか様々な思いを飲み込んだランゼは、ふと気になったことを訊ねる。
「そういや……お前というか、誠一の両親には会うのか?」
「え?」
「お前、誠一の偽物……って言い方は悪いが、誠一じゃないんだろ? でもこうして話もできるし、一個人としての自我も存在してる……だからどうすんのかなってよ」
「……そうですね」
ランゼの問いに対し、誠二はどこか寂し気な表情を浮かべた。
「ランゼさんの言う通り、俺は結局誠一の偽物ですから。知識や記憶は両親のことをちゃんと認識できていますが……それでもあの二人が俺の両親、ってわけじゃないですよ。強いて言うなら、誠一本人とゲンペルのやつですかね? ……そう考えると嫌だな」
自分で言ってて顔をしかめる誠二。
そんな誠二にランゼもエレミナも何も言えないでいると……。
「あの、陛下」
「ん? どうした?」
ゲンペルを拘束し、牢屋まで運んだフロリオが戻ってきていた。
ただ、その表情は少し困惑している。
「一つお伝えしたいことが……」
「どうした? ゲンペルのヤツに何かあったか?」
「あ、いえ、ヤツはいまだに何かをぶつぶつと呟き続けておりまして、特別行動を起こしていませんが……その、誠一君のご両親が来てます。普通に考えれば誠一君に会いに来たと思うんですけど、どうやら誠一君に会いに来たわけではないと……」
「え?」
予想外の言葉に、ランゼも誠二も呆気にとられた。
ひとまずフロリオに二人を連れてくるように指示すると、少ししてから誠と一美の二人がやって来た。
「おお、これはランゼさん。お久しぶりです」
「あら、そちらは奥さんのエレミナさんよね? 相変わらず綺麗で羨ましいわ~」
やって来て早々二人の独特な雰囲気にランゼとエレミナは苦笑いを浮かべた。
「ああ、久しぶりだな。二人とも変わりないようでよかったが……どうしたんだ? 誠一に用があるわけじゃないって聞いたが……」
「ええ……っと、君か」
「え!?」
誠二は二人の登場にどうするべきか分からず、ただおろおろしていると、そんな誠二を誠と一美は優しい目で見つめた。
「なんだかここから新しい家族の気配がしてなぁ」
「そうそう! それで二人で見に来たんだけど……まさか誠一に弟ができるなんてねぇ~」
「うんうん。どういうわけか知らないが、こんなに誠一そっくりの弟が現れるとは……人生何があるか分からんなぁ」
なんと、誠と一美の二人は、どういうわけか誠二の存在を感じ取り、それを確認するためにやって来たのだ。
そして、一目見ただけで誠二が誠一ではないことを見抜くと、いつもの調子で朗らかに笑う。
「そうそう、さっきまで誠一と一緒にいたんだろう? 元気にしていたか?」
「え、あ、はい。いつも通り元気でしたけど……」
つい体を固くしながら誠二がそう答えると、一美は不満げな表情を見せた。
「家族なんだし、敬語はおかしいでしょ?」
「へ!?」
「そうそう。ところで名前は何なんだ?」
「ちょっと誠さん、そりゃ誠一の弟なんだし、誠二なんじゃない?」
「それもそうか。ははははは」
的確に誠二の名前すら当てて見せる二人の姿に、誠二はおろか、ランゼとエレミナまでもが目を見開いていた。
唯一フロリオのみ状況が呑み込めず困惑していたが、ランゼの背後に控えて静観している。
すると、誠は思い出したように手を打った。
「そうそう。誠二は今のところ用事とかないんだろう?」
「は、はい……あ、いや、うん」
「なら、私たちのところにおいで」
「え」
「そうそう! 誠一がいなくなって寂しかったのよ~。でも、こうして新しい家族も増えたし、またみんなでゆっくり食事できたらいいわね~」
「そうだなぁ。その時はサリアさんたちも呼んで……」
「あ! そう言えば誠二以外にも新しい家族の気配もあったし、その子も一緒だとなおいいわよねぇ」
なんと、誠と一美は誠二のことだけでなく、女性化した誠一のことすらも感じ取っていたのだ。
「それで、どうだ? 一緒に住まないか?」
「……その、本当にいいの? 俺、本物じゃないけど……」
誠二はつい顔をうつむかせながらそう告げると、二人は顔を見合わせた。
「? 誠二は本物だろう?」
「え?」
「誰がどう言おうとも、私たちにとっては大切な家族の一人よ。ねえ?」
「ああ」
当然だと言わんばかりに頷く誠。
「そもそも本物かどうかなんてどうでもいい。私たちが一緒にいたいから、言ってるんだよ」
「……」
二人の温かい言葉を受け、誠二は自然と涙を流していた。
誠二という名前を得たところで、結局は誠一の偽物でしかないことを自覚していたからこそ、二人の言葉に救われたのだ。
「……一緒に住んでもいい? ――――お父さん、お母さん」
誠二の言葉に、二人は笑顔で頷くのだった。
◇◆◇
「何て言うか……誠一のご両親ってとんでもねぇな……」
「そうね……」
誠二と一緒に帰っていった二人を思い返し、ランゼは思わずそう呟いた。
「いきなり自分の家族が増えるってだけでも意味分からんのに、さらにその家族ってのが自分の息子と瓜二つって……俺なら混乱するだけで受け入れられねぇだろうな」
「私もあんな風に朗らかに受け入れられるほど器は大きくないわ……」
思わず自分たちに置き換え、誠たちのことを考えるランゼ。
「おっと……つい気が緩んじまったが、まだ終わった訳じゃねぇもんな……誠一たち、どうなると思う?」
「……私は何とかなる、と思うわ」
何とも言えない表情でそう答えるエレミナに対し、ランゼは黙って続きを促す。
「正直、教団の力を甘く見てたってのが捕まったことで身に染みたわ。実際、他のS級冒険者たちまで捕まってしまってるわけだし……」
「そうだな。あのユーストですら捕まったってのが未だに信じられねぇ」
「でもそれを可能にするだけの力が教団に……いえ、神徒にはあったのよ」
「よく分からねぇが、神徒ってのは他の連中と何か違うのか?」
「ええ。教団の一般的な面々は使徒と呼ばれていて、教団が崇める魔神とやらから力を授かっているからその実力はとても高いけど、私たちS級冒険者や、この国のルイエスみたいに各国が抱える最高戦力なら問題なく対処できるはずよ。でも、神徒は違う。私が捕まったゲンペルは本人の戦闘力こそ皆無だけど、その特殊な力がとても厄介なのよ」
「自分と全く同じ存在を無限に生み出す力、か……改めて聞くととんでもねぇな」
ランゼは聞いていたゲンペルの能力を思い出し、顔をしかめる。
「アイツの力だけでも下手すりゃこの国……いや、世界を支配できるわけだろ? でも、神徒ってヤツは他にもいると……」
「詳しい人数は調べきれなかったけど、アナタの言う通りゲンペルと同格の存在が何人もいるのよ。しかも、ゲンペルとは違う力でね」
「……そういやぁ、以前、誠一やサリアの嬢ちゃんたちが教団の仲間を捕まえたって言って、ウチのとこまで運んできてくれたが……そいつら、癒しの力だったり、そこらへんの石ころと全く同じステータスだったり、妙な連中だったな。誠一が言うには幹部っぽい人間だって言ってたが、そいつらが神徒ってことは……」
「さ、さすがにないでしょ? そもそもどういう面々よ……」
ランゼの言葉に苦笑いを浮かべるエレミナだったが、その誠一たちの手によって運ばれてきた教団の人間……デストラとヴィトールは、紛れもなく【魔神教団】の最高戦力である神徒に他ならなかった。
ただ、誠一とかかわったばかりにその力は失われ、全員無害な人間になってしまっているため、誰が見てもそんな危険な組織の幹部とはとても思えなかった。
「まあいい。その運ばれてきた面々も、結局しゃべれなかったり精神的に壊れてたりしてまともに情報が集まらなかったからな。今回も望みは薄いが、何かいい情報が手に入れば……」
ランゼがそこまで言いかけた瞬間、突如兵士の一人が慌てた様子でやって来た。
「陛下! 至急、お伝えしたいことが……!」
「何だ、どうした?」
「その……捕まえていたゲンペルについてなんですが……」
「何!? 何かあったのか!?」
もしゲンペルが逃げ出したとなれば、また危険な状況に陥ってしまう。
それを危惧した二人は緊張した面持ちで兵士の言葉を待つも、兵士はどこか困惑した様子で告げた。
「えっと……死にかけてます」
「「…………え?」」
◇◆◇
誠二とランゼが会話をしているころ、牢屋まで連行され、鎖で繋がれたゲンペル。
他の牢屋は鉄格子の一般的な牢屋なのに対し、ゲンペルに用意された牢屋は、他とは異なり、完全に四方を金属で覆われた堅牢かつ巨大な金属箱だった。
呼吸のための最低限の穴こそあるものの、それ以外は外の様子を見ることさえ不可能なほど、何もない。
しかもその巨大な金属箱は地下の石室に存在しており、二重の牢屋として機能していた。
見張りの兵士は定期的にその石室に入り、金属箱の中身を覗いたりするものの、基本的には石室の外で待機しているため、金属箱内の様子は分からなかった。
ただ、金属箱や鎖に使われている素材は魔力を奪い、霧散させる効果があるため、魔法による脱出は不可能だった。
そんな厳重な場所に監禁されたゲンペルは、一人になったことで不意に正気に返る。
「ハッ!? そ、そうだ! 今ならあの化け物も存在しない……あの時は上手く発動しなかった私の力だが、ここでは違う……あれはあの化け物のせいだ。私の力が及ばなかったわけではない……!」
自身の力が通じなかったのは誠一のせいであり、自分自身は決して弱くはないと言い聞かせるゲンペル。
誠一のせいで力が通じなかったというのは正しい結論ではあったが、ゲンペルの力が強いというわけではない。
もちろん、誠一以外の存在に対しては、ゲンペルの力は圧倒的だろう。
なんせ、ゲンペルの力は対面で相手を認識さえすれば、無条件かつ代償なしで無限にコピーを生成できるのだ。
それこそ自身が崇める魔神でさえ、ゲンペルは完璧にコピーできる自信があり、その認識は実際正しい。
ただ、ゲンペルは魔神が復活するまでは間接的にしか認識することはできておらず、復活を果たした現在も直接認識できたわけではないため、魔神のコピーは不可能だった。
【魔神教団】の神徒たちはそれぞれ自分の力に絶対的自信を持っており、教団に所属していながら魔神ですら倒せると心の中で考えていた者もいる。
それこそデストラなどはまさにその思考の持ち主であり、ゲンペルもデストラほど分かりやすく態度には出していなかったが、心の中では魔神を倒せると考えていた。
当然そんな思考は魔神にはバレていることも二人は承知だった。
そのうえで、最終的に魔神と戦うことになったとしても、魔神を倒すことなど容易だと考えていた。
それでも教団に所属していたのは、魔神という存在としての格が最高位の神というものに興味があったからに他ならない。
「クソッ……この私がこんな目に遭うとは……今までは大人しく教団の言うことを聞いていたが、こんなことになるのであれば、早く手を引くべきだった……! 魔神という新たな駒を手に入れられないのは惜しいが……そんなことを考えている場合ではない。他の神徒連中の駒が使えるようになっただけでも教団に所属したかいがあったと考えよう」
冷静にそう結論付けたゲンペルは、自身を拘束する鎖に目を向ける。
「フン……この私がこの程度で拘束できると思われているのは非常に癪だな。こんな鎖、私の力ならばいくらでも解放できる存在を生み出せる。そうと決まれば今すぐここから逃げ出さなければ……いや、その前に、こんな目に遭わせてくれたこの国の連中を虐殺しなければ私の怒りは収まらん……!」
まずは脱出することを考えたゲンペルだったが、次第にこの状況に陥るきっかけとなったウィンブルグ王国のことを考え、怒りに震えた。
「大人しく国民を差し出していれば、私はあの化け物と遭うこともなく、魔神という駒も手に入れられたはずなのだ……! 許さぬ、許さぬぞ……!」
ゲンペルの言葉は完全な八つ当たりでしかなかったが、本人にとってはそんなことはどうでもよかった。
すると、ゲンペルが少しでも正気に返ってたかどうかを確認するため、兵士たちがやって来た。
そして金属箱の確認口から覗き込むと、憤怒の形相を浮かべるゲンペルを見つける。
「ッ! ……どうやら正気に返ったようだな」
「貴様らか、この私をこのような場所に閉じ込めたのは……」
「そうだ。そこは特殊な金属で作られた場所なのでな。魔法で逃げようとしても無駄だ。それに、本人が強ければさらに体力自体を奪うアイテムを使用するが、お前自身は特に強くないみたいだからな。物理的な脱出も不可能だ。お前にはこれから色々と聞きたいことがある。覚悟しておけよ」
「覚悟だと? それは貴様らがするものだ」
「何?」
自信に満ちたまま笑みを浮かべるゲンペルに対し、兵士たちは怪訝な表情を浮かべる。
というのも、今まで誠一たちによって運ばれてきた教団の面々は、すでに正常な状態ではなく、無害なまま運ばれて来ていたため、今回も同じように何もできないと考えていたのだ。
だが、ゲンペルは誠一によって能力を封じられたりしたわけではない。
「この私をこの程度のもので拘束できると思うなよ、下等生物が……!」
「なっ!?」
ゲンペルがそう叫んだ瞬間、次々と黒い靄がゲンペルの周辺に集まり、人の形になっていく。
それらはS級冒険者やヴィトールといった強力な面々の姿をしている。
ただ、一番強力な駒になるはずの誠一のコピーがいないのは、再び誠一のコピーを生み出すことで反乱されることを恐れたからだった。
しかし、そのことを知らないウィンブルグ王国の兵士たちだったが、いくつか見知ったS級冒険者たちの姿があるだけで大いに慌てた。
「ま、まさか、この空間でも力が使えるだと!? それにあれはS級冒険者たちの……偽物だろうが、実力まで同じだとしたら、不味い……!」
何とかしてゲンペルの能力を解除させるため、兵士たちは慌てて金属箱の鍵を開け、中に入るも、ゲンペルは笑みを浮かべたままだった。
「残念だったなあ!? 私の力は魔法でもスキルでもない! それを封じることなど不可能なのだよ! さあ、ここから脱出したあと、私をこのような目に遭わせてくれたこの国に地獄を見せてやろうじゃないか!」
両手を広げ、自身に酔いしれるゲンペル。
すでに完全な状態で生み出されてしまった偽物たちを前に、兵士たちは手を出せなかった。
それは偽物たちから漂う気配は本物と全く同じで、その気配だけでも兵士たちからすると身動きが取れなくなくほどの圧力だったからだ。
そんな兵士たちを前に、嗜虐的な笑みを浮かべたゲンペルは、声高々に告げた。
「さあ、我が駒たちよ! 地獄の始まりとして目の前の連中を皆殺しにするのだあ!」
『……』
S級冒険者たちの偽物が戦闘態勢に入ると――――。
「フハハハハハハ――――ぐぼるぅあ!?」
――――ゲンペルを殴り飛ばした。
思いっきりぶっ飛ばされたことで金属箱の壁に激突したゲンペルは、呆然としながら殴られた個所を手で触れる。
「え? は? な、何で?」
何が起きたのか理解できないゲンペルは、ただひたすらに困惑する。
それはゲンペルだけでなく、兵士たちも同じ心境だった。
「お、おい? て、敵は向こうだ! わ、わ、わた、私、私では――――」
『……』
「ぐへら!?」
容赦ない追撃を受けるゲンペル。
何が起きているのか全く理解できなかった。
「な、何で!? あ、あの化け物はここにはいないんだぞ!? そ、それなのに……!」
『……』
「い、いや……や、やめ……ぎゃあああああああああああ!」
――――そこからは暴力の嵐だった。
それはまるで今までの鬱憤のすべてをぶつけるかのような勢いで、ゲンペルは自分が生み出した駒にボロボロにされた。
途中何度も駒を消そうと試みたが、生み出した偽物たちは一向に消える気配もなく、むしろどんどん数を増やしながらゲンペルをボコボコにしていく。
「なんでえええええええええええ! どうぢでえええええええええええ!?」
泣き叫ぶゲンペルだが、物言わぬ偽物たちは淡々とゲンペルをボコボコにしていき、死にかければ偽物の一人が回復させ、またボコボコにするという……まさにゲンペルが告げた地獄がそこには待っていた。
なんてことはない。
ただ、ゲンペルに使われることで結果的に誠一への敵対行動となることを全力で阻止したかった偽物たちが、自分たちは誠一の味方だということを周囲に……そして世界に伝えるために起こした行動だった。
そんな偽物たちの心理を一生理解できぬまま、これでもかという暴力という暴力を一身に受けたゲンペルは、最後に回復すらしてもらえず、死にかけたままポツンと床に転がされ、偽物たちは消えていった。
こうして、ゲンペルは能力が消えていないにもかかわらず、二度とその能力をまともに使えることはなくなったのだった。




