最強の敵?
走って洞窟の奥まで向かっていると、途中で偽物のS級冒険者たちが再度襲い掛かってきたが、それらを蹴散らしながら突き進む。
……この偽物、アルが言うには実力は本物と何も変わらないみたいだけど、やっぱりS級冒険者はその変態性含めての強さだと思うんだ。まあエレミナさんとガルガンドさん以外はS級冒険者がどんな人たちなのかは知らないんだけどさ。
でもガッスルやエリスさんと同じって考えれば普通なわけないよね。
そんなことを考えながら進んでいくと、ついに洞窟の最奥までやって来た。
そこには壁に鎖で磔にされたエレミナさんと謎の男がいる。
謎の男は俺たちの存在に気付くと、目を見開いた。
「馬鹿な!? あの数のS級冒険者をどうやって!?」
「残念だけど、あれじゃあ俺たちは止められないよ」
もし本物の変態集団だったらどうなるかと思ったけどね!
偽物なら怖くない。
何とかたどり着いた俺たちに、壁に拘束されていたエレミナさんが気づいた。
「! 誠一、君?」
「はい! ランゼさんの要請で助けに来ました!」
「ダメ……逃げて……この人には、絶対勝てない……」
「え?」
エレミナさんのその言葉に首をひねると、謎の男は笑みを浮かべた。
「フ……フフフ。その通りだ。まさかS級冒険者どもを倒してここまで来るとは予想していなかったが……どうなろうと結末は変わらん。貴様らの敗北というな」
「なんだと?」
「そう言えば、貴様らにはまだ名乗っていなかったな。私は≪鏡変≫のゲンペル。【魔神教団】の神徒だ」
謎の男――――ゲンペルはそう言いながら恭しくお辞儀をする。
そして、顔を上げると怪しく笑った。
「誰に駒にされるのかくらいは知っておきたいだろう? 覚えておきたまえ。まあ……すぐにでも忘れるがね」
「さっきから聞いてりゃ……状況分かってんのか? お前の用意したS級冒険者の偽物はオレたちにゃあ通じねぇ。見たところお前自身強くもなさそうだし、どうするつもりだ?」
アルはゲンペルの小馬鹿にしたような態度にキレつつ、そう告げる。
一応ゲンペルを鑑定してみたが、不思議なことにゲンペルにはステータスが存在しなかった。
それはまるで、この星の住人ではないというか、この星のシステム外の存在というか、とにかくステータスという概念がない場所からやって来たみたいだ。
なので正確なことは分からないが、アルの言葉にサリアたちも頷いているので、ゲンペル自身は強くないのだろう。
俺は何でそれが分からないのかって?
……ゼアノスたちのおかげで気配察知的なものは学べたけど、さすがにそれが強いかどうかは分からんよ。達人じゃないんだもん。
そう考えると達人ってすごいよな。一目見ただけで彼我の戦力差が分かるわけだし。
ともかく、アルの言葉通りならゲンペルにとっては絶体絶命のはずだ。
だが、ゲンペルは特に焦る様子を見せるどころか、さらに嘲笑う。
「ハッ! 何を言っている? 私の駒の一部を倒しただけでいい気になるな。貴様らがあの駒で倒せなかったのなら、新たな駒を用意すればいい」
「新たな駒だと?」
「そう、こんな風にね――――」
「な――――!?」
ゲンペルが指を鳴らすと、ゲンペルの背後にいくつかの闇が集まり、それが徐々に人の形を形成していく。
燃えるような赤い髪と赤い瞳のすごいイケメン。
銀髪に褐色肌のすごいイケメン。
茶色の長髪を後ろで結わえたすごいイケメン。
黒髪黒目の猫の獣人らしきすごい可愛らしい男の子。
蛇の髪を持った、眼鏡姿のすごいイケメン。
そう、それはまるでサリアたちがそのまま男性化したような存在がそのまま生み出されたのだ……!
「なんだコイツら!?」
「なんか私たちにそっくりだねー」
「……ん、でも変。私たちは誰もアイツに捕まってないし、洗脳もされてない。なのに何で……」
「わ、私が男性になるとあんな風になるんでしょうか……?」
「なんだ? あの男。不愉快だな」
それぞれが目の前のイケメンたちに反応していると、ゲンペルは高らかに笑う。
「フハハハハ! 私がいつ洗脳しないと駒にできないと口にしたかな? 私はただ、その存在を認識するだけで、自由にその者たちと全く同じスペックの駒を生み出すことができるのだよ。しかも、生み出した存在の性別も自由に変えられる……こんな風にな」
「へ!?」
ゲンペルがもう一度指を鳴らすと、そこには進化後の俺の姿がそのまま女性になったような女の子が現れた!
そしてサリアたちの男性版はそれぞれ相対するように行く手を阻み、俺の前には自分の女性版の姿が。
「さあ、どうかね? ただ己と戦うだけでは芸がない。だが、こうして性別を変えてしまえば話は変わる。女が相手であれば、同じレベルならば腕力では男の方が勝り、男が相手ならば外道でない限り女に手をあげられん……フフフ、まさに完璧だ! この力を前には誰も敵わぬ!」
「みんな……逃げ、て……!」
エレミナさんが必死にそう絞り出した瞬間、ゲンペルは顔を輝かせた。
「逃がすはずないだろう!? 行け!」
『――!』
「くっ!?」
サリアたちはそれぞれの異性バージョンを相手に戦うことになり、拳や武器がぶつかり合う。
「はあっ!」
『――!』
「クソッたれ! 全く同じ力量、おんなじ癖、完全にこっちの動きを理解した攻撃をしてきやがる! その上、男だからか筋力は向こうが上だ……!」
ゲンペルの言っていた通り、同じレベルやスキル構成だが、そこに性差という人体の差をつけたことにより、皆微かに押されていた。
だが、女性ならではのしなやかさスピードは相手にはないため、そこでなんとか拮抗した戦いを見せている。
本当なら俺が今すぐにでも助けに行きたいが、目の前の俺の女性版が襲い掛かってくる可能性があるため、うかつに動けなかった。
だが――。
「? どうした、何故動かん! 今すぐその男を倒せ!」
何故か、俺の女性版はその場から動くことはなかった。
そして――――。
「――――なんで私がアンタの言うこと聞かなきゃいけないのよ」
「な!?」
呆れ返った様子で女性版の俺はゲンペルに向き直るとそう口にしたのだ。
「な、何が起きている!? どうして私の命令が……!」
「だから、アンタの命令を私が聞くわけないでしょ? 聞く義理もないし」
「へ!?」
完全に予想外だったようで、女性版の俺の言葉に対し、ゲンペルはただただ呆気にとられる。
それは俺も同じで、俺もサリアたちと同じく戦うもんだと思っていたので何とも言えない表情を浮かべることになった。
すると、そんな俺の様子に気づき、女性版の俺は苦笑いを浮かべる。
「何もそんな驚く必要ある? だってオリジナルは貴方なのよ? それが普通にコピーされるわけないじゃない」
「いや、どこに納得する要素が!?」
オリジナルが俺であることと普通にコピーされないことは何の繋がりもないですからね! ……たぶん!
「まあなんだっていいわ。それよりもあの連中を片付けるわね」
「え」
女性版の俺が軽く腕を振るった瞬間、サリアたちの男版はそのまま消し飛んだ!
どうやって消し飛ばしたかといえば、人数分の斬撃を素手から放ち、それを的確にサリアたちの男版にぶつけたのだ。
たぶん他の皆はちゃんと認識できていなかっただろうが、俺にははっきりと見えている。
……これ、俺の女性版ってことは、俺も素手から斬撃出せるの? 試したことなかったけど……できそうだなぁ。
まあ陸地や海を従えるよりは現実味があるよね!
「な、何が……」
「すごーい! 誠一は女の子になっても誠一なんだね!」
そんなサリアの純粋な言葉に女性版の俺は優しい笑みを浮かべると、いつの間にか女性版の俺の体が消えていく。
「ど、どうした!?」
「どうしたって……ただ消えるのよ。所詮私はコピーだし、別にこの世界には興味ないから。ま、貴方のおかげで私が生まれたんだし、何か用事があればまた来るわね」
「そんなコンビニ感覚で!?」
やけにあっさりとそう告げると、そのまま女性版の俺は消えてしまった。
呆然とその様子を眺めていると、同じくこの状況を理解できていないゲンペルが正気に返った。
「はっ!? ま、まさか私の能力に支障が出るとは……だが、今のは変に性別を弄ったから起きた事故だ。ならば、普通に生み出せば話は変わる!」
「まさか!?」
ゲンペルは懐から何かを取り出すと、そのまま地面に叩きつける。
その瞬間、周囲に煙が充満し、視界が悪くなった。
「ごほっ、ごほっ! な、なんだこの煙!?」
「……ん。スキルが妨害される」
「わ、私の熱源感知も魔力感知も機能しません!」
ゲンペルの使った煙幕は普通の煙幕ではなかったようで、アルたちはスキルなどが正常に発動しなかった。
ただ……おかしいな。俺は普通に皆が見えるぞ。
ゲンペルのアイテムがスキルを阻害するんだったら、俺もそれの影響を受けるはずなんだが……。
ただ、ゲンペルは煙幕を使った瞬間どこかに移動したみたいで、ぱっと見た感じ見当たらない。
それなら生命力感知や気配察知で探すかと考えたところで煙が晴れた。
そして――――。
「なっ!?」
「……誠一お兄ちゃんが二人?」
「え」
オリガちゃんの言葉に反応し、慌ててその方向に視線を向けると、そこには俺と同じように驚いている俺の姿が!
すると、ゲンペルは俺たちから少し離れた位置に現れ、笑みを浮かべる。
「ククク……さあ、どうする? 今回の駒は一味違う。その性格もしゃべり方もすべて完璧にコピーしたのだ。これならどっちが本物か分かるまい!」
「しまった……!」
確かに、これだとサリアたちからすればどっちが本物か分からないだろう。
しかも、先ほどのサリアたちの男版と違い、こちらには感情らしきものまで搭載されているようだ。
……俺の女性版はイレギュラーとして感情やらをすでに備えていたけどさ。
それはともかく、俺からすればアイツが偽物で、倒そうとしても実力は同じって言うし……あれ、そうなると、俺たちが戦うとどうなるんだ?
もし本当に俺と全く同じ実力なら、戦いに決着がつく気がしない。
となると、サリアたちに信じてもらえるかどうかの精神的勝負になるんだが……。
俺と偽物は不意に視線がぶつかると、同時に口を開いた。
「俺が本物だ!」
「俺が偽物だ!」
「……え?」
俺は思わず偽物を二度見した。
あの……俺の偽物さん、自分で偽物って言ったぞ?
もしや、これは心理戦か!?
思わずそう勘ぐってしまったが、ゲンペルの様子を見て、どうやら違うことに気付いた。
「な、何故だ!? 何故自分から偽物だと!?」
すると偽物の俺は呆れた様子で続ける。
「お前、女性版の俺を作っといてまだ分かんねぇの? 俺をそのまま生み出したらそりゃあ本物の味方をするに決まってるじゃん」
「何!?」
「もし俺と同じように自我があって、向こうが偽物でこっちが本物だったとしたら、向こうも同じことすると思うぞ。だろ?」
そ、そんな急にだろ? って言われてもだな……。
偽物の俺にそう言われた俺は、その状況を想像してみる。
「あー……確かに俺だったら言うなぁ」
「な。だって迷惑かけたくねぇし」
まさにその通りだと偽物の言葉に頷いていると、ゲンペルは焦った様子を見せる。
「な、何故だ!? 私が生み出した以上、偽物であっても本物と思い込んだうえでの自我を持つはずだ! それなのに……」
「あのなぁ、俺のオリジナルを完璧にコピーするなんて無理なんだよ。だから俺と本物じゃ戦っても結果は向こうの勝ちだ。てか勝てねぇし、コピーされた俺たちは自分が本物だと思い込むこともない。そういう風になってるんだ。お前がどれだけ言葉遊びをしても、結果は変わんねぇよ」
「そ、そんな……」
「それに、サリアたちなら最初から気づいてただろうしな」
偽物の俺がそういうと、サリアは元気よく頷いた。
「うん! 誠一を間違えるわけないもん!」
「サリア……」
「ま、そういうこと。てなわけで、ここらで俺とお前は退場しようか?」
「な!?」
偽物の俺はそういうと……ってちょっと待った。
「さっきから偽物の俺とか長いし言いにくいんだが、どうしたらいい?」
「確かに。それじゃあ名前つけるかー」
「うーん、俺が誠一だし、誠二とかは?」
「お、いいじゃん。じゃあ短い間だけど、俺は誠二な。よろしく」
「よろしくー」
「お前らマイペースすぎるだろ!?」
偽物の俺……改め誠二とそんな会話をしていると、アルにそうツッコまれた。
いや……性格自体は同じなわけだし、話というかテンポが合うのよ。もし兄弟や双子がいたらこんな感じだったのかね?
誠二も同じことを思っていたようで、目が合うとつい笑った。
「……おかしい。絶対にシリアスな場面だったはずなのに、一気に緩みやがった……!」
「誠一だからねー」
「主様が二人……い、いえ! もちろんどちらが本物か分かりますよ? ええ!」
「「ルルネは分かってないだろ」」
「二人から言われた!?」
思わず気の抜けたやり取りをしていると、すっかり放置していたゲンペルがわなわなと震える。
「ふざけるな……この私を無視するなあああああああああああああ!」
「「うお!? びっくりしたあ」」
まったく同じ反応でゲンペルの叫び声に驚くと、ゲンペルは顔を真っ赤にする。
「もういい。本来ならば貴様らを捕獲し、永遠に駒を生み出すための機械として……そして、本物は完全に洗脳したうえでまた使ってやろうと思ったが、もうやめだ。貴様らはここで始末する。私の命令を聞かぬ駒など、消えるがいい……!」
ゲンペルはそう叫びながら手を広げると、洞窟内を埋め尽くす勢いで様々な人間が現れた。
それはS級冒険者たちだけでなく、いつぞやのダンジョンで出会ったデストラや、ルーティアを『良くなれ』で治したときに【魔神教団】の使徒たちを連れ去った謎の男、それにルルネたちが倒した≪共鳴≫という異名の……確かヴィトール? とかってヤツなど、本当に様々な人間たちが出現した。
「貴様らがどれだけ強かろうと、この数、この戦力に勝てるわけがない! 死ねぇ!」
一斉にして襲い掛かるそんな人間たちを前に、俺と誠二は自然と顔を見合わせて笑う。
「まあひとまず……」
「片付けますか!」
そういうと、俺たちはサリアたちを庇いつつ、襲ってくる連中とぶつかるのだった。




