ランゼの頼み
「陛下!」
「フロリオ……?」
「あ、ランゼさん。どうも」
「……どういう状況だ?」
フロリオさんに連行された俺は、未だ引きずられている形だったが、ひとまずランゼさんに挨拶する。
いや、どういう状況なのかは俺が聞きたいんですが……。
するとそんな俺を追って、サリアたちもやって来た。
「おいおい、何だよ。全員揃って……」
「陛下! 今回の件、誠一君に頼むのはどうでしょうか!?」
「え?」
フロリオさんは切実な様子でランゼさんにそう告げた。
「あの未知の力を持つ男から確実に救出するには、十分な戦力が必要です。……悔しいですが、私や……それこそ【黒の聖騎士】、ルイエスがいたとしても、勝てるか分かりません。それほどまでにあの男は謎でした。だからこそ、我々があの男からエレミナ様を救出するには、多くの兵力が必要です! ただ……多くの兵を率いてしまえば、男の相手だけでなく、『山』すら相手にする必要があるでしょう。そうなると、救出どころかヤツが指定した【山神の洞窟】に向かうのすら困難になります。ですが、誠一君であれば……!」
状況が掴めないまま話が進んでいくと、ランゼさんはフロリオさんの言葉に対して、真剣な表情で首を振る。
「いや、誠一を巻き込むわけにはいかねぇ。コイツは今までも俺たちを助けてくれた。だが、そればかりを頼りにはできん」
「ですが……!」
「あの……何があったんです?」
断片的にしか分からないが、かなり深刻そうだ。
救出とか戦力とか聞いてる限り不穏な感じだけど、俺に何かできることがあれば手伝いたい。
だが、俺の問いにランゼさんは笑った。
「ちょっとな。それよりも、そこにいるのが誠一の言ってた嬢ちゃんたちか?」
「は、はい! 拙者は守神ヤイバと申します」
「月影エイヤでございます。それと、こちらは我らが主君である大和ムウ様です」
「そうか。悪いなぁ、来てもらって早々にこんなバタバタしててよ。まあこの国をゆっくり楽しんでくれれば嬉しいぜ」
「……」
笑いながらそういうランゼさんの顔を、ムウちゃんはじっと見つめた。
そして……。
「何を躊躇しておるんじゃ。素直に誠一に頼めばよかろう?」
「え?」
「困ってるから助けてほしい。ただそれだけのことを頼むのは案外難しいものじゃ。それにお主の言う通り、誰かに頼り切りだったり、相手の善意を利用するようなヤツであれば、余も何も言わん。だが、お主は自分の力で解決しようと努力し、それが難しいと分かったのなら、素直に周囲を頼るべきじゃ」
「……」
「何より、此度の件、相手の理不尽による被害じゃろう? ならばより遠慮することはない。お主の落ち度ではないんじゃ」
「……どうしてそこまで分かるんだ? フロリオの様子を見るに、話は聞いてねぇんだろ?」
今回のこの騒動の原因を知っているかのような口ぶりのムウちゃんに対し、ランゼさんは驚いていた。
というより、俺たちも驚いている。
だが、そんな俺たちの様子をよそに、ムウちゃんは胸を張った。
「むふー。余はムウちゃんじゃからな! なんでも分かるぞ!」
「こ、答えになってないよ、ムウちゃん……」
「そうか? というより、何故誠一は分からんのじゃ?」
「何故!?」
な、何故と言われても、分からないから分からないとしか……!
「まあよい。それよりも、お主は頼れるべき相手にはちゃんと頼るのが一番じゃぞ。……余はそれができなかったから、心を閉ざすことになったんじゃ」
「ムウちゃん……」
ムウちゃんも誰かに頼ることができなくて、辛い思いをしたのだ。
そんなムウちゃんの言葉だからこそ、とても説得力があり、ムウちゃんのことを詳しく知らないランゼさんも真剣な表情を浮かべた。
ただ、それでもまだ苦悩するランゼさんに対し、俺は口を開く。
「あの、話してください。俺に何ができるか分かりませんが、協力したいんです」
「誠一……」
「俺、この国が好きです。ちょっとぶっ飛んだ人が多い国ですけど、それでも皆温かくて……」
「……」
「それに、ランゼさんにはノアードさんのお店で相談に乗ってくれたじゃないですか。その恩返しをさせてください」
「……んなもの、とっくにしてもらってる。俺が呪いにやられたときも、魔王国の嬢ちゃんと会談した時も……」
ランゼさんはそういうが、俺としてはまだまだ恩返しはできていない。
俺たちをこんないい国にいさせてくれて、そのうえ父さんたちも受け入れてくれて……感謝してもし足りないんだ。
すると、俺たちの会話を聞いていたサリアが手を挙げた。
「はいはい! 私たちも協力するよー! 困ってる人がいたら、助けないと!」
「もちろん、オレも……つっても、誠一が協力するんならオレらいらねぇ気もするが……」
「主様が手を下すまでもありません! 勝手に自滅します!」
「……食いしん坊。それはさすがに――――あるかも」
「あるんですか!?」
オリガちゃん、そんなこと起きないからね!? ゾーラも真に受けない!
「と、とにかく! 俺たちが協力したいんです! だから、教えてください。何があったのか……」
「お前ら……」
ランゼさんは俺たちを一度見渡すと、やがて覚悟を決めた様子で話し始めた。
「……分かった。実は……俺の妻であるエレミナが、【魔神教団】の神徒に攫われた」
「え!? エレミナさんが?」
エレミナさんのことは俺も覚えている。
ランゼさんの奥さんでありながらS級冒険者で、普段は世界中を旅して様々な情報を集めていると……。
しかも、初めて会話した時に【魔神教団】の情報を俺に教えてくれたのだ。
「エレミナはもともと旅をするのが好きで、冒険者として活動してる中、俺の……国のために旅の中で得た様々な情報を教えてくれた。そんな中で、【魔神教団】の情報も集めていたんだが……今回はどうやらそれが原因じゃねぇみたいだ」
「え? 【魔神教団】の情報を探ってたから狙われたわけじゃないんですか?」
「もちろん、それも理由としてはあるのかもしれねぇが、どうやら相手は即戦力を求めてるみたいでな。使徒にするための人材を集めているらしい」
「使徒にするためって……で、でも、エレミナさんはそれを承諾するとは思えないんですが……」
「詳しいことは分からねぇが、どうやら向こうには強制的に従わせる何か未知の力があるんだろう。それが洗脳なのか何なのかは分からねぇがな」
「せ、洗脳……」
きゅ、急にヤバい組織感が出てきたな。いや、もともとヤバい組織なのは分かってたけども。
「それに、エレミナが捕まったことや、相手の口ぶりから考えると……他のS級冒険者も掴まってるかもしれねぇ」
「え!?」
「んな馬鹿な! あの変態たちが!?」
アルさん? 驚き方おかしくない? ……俺も信じられないけどさ。
S級冒険者ってエレミナさん以外は深いかかわりがないから分からないけど、ガッスルやエリスさんも元S級冒険者なんだろ?
あの二人クラスの変態が捕まるって……想像できないなぁ。
「じゃ、じゃあ、相手はエレミナさんを戦力として捕まえたってことですか?」
「……いや、一番の狙いはこの国そのものだ」
「!?」
「奴らは魔神とやらのための戦力として、この国まるまる手に入れるつもりだ。しかも、国という概念は魔神に捧げるとか何とか……」
「……」
【魔神教団】がどんな方法で今ランゼさんが言ったことを実行するのか知らないが、そう告げられたってことは、相手にはそれができる自信があるんだろう。
何ていうか、予想以上に深刻な状況だな……。
「それなら早く阻止しないと! さっきの話し合いの中でも出てましたけど、相手の場所は分かってるんですよね?」
「ああ。どうやら俺たちが降伏するのを待ってるようだ。……俺らが力づくで奪いに向かっても返り討ちにできる何かがあるんだろうな」
「それに、その男が指定した場所が問題でね。【山神の洞窟】って場所なんだけど、『山』がいるから僕らは大々的に兵を率いて向かうわけにはいかないんだ」
確か、『山』ってのは巨大な魔物のことだっけ?
人間がその魔物の背中である文字通り『山』に大勢で訪れると、怒って暴れると……面倒な場所を指定したな。そこも含めて相手の策略なんだろう。
ただ……。
「俺たちだけなら……」
「大丈夫だよね! 私たち全員で向かっても六人だし!」
「せ、拙者たちも助太刀いたすぞ?」
「いや、守神さんたちは色々あって疲れてるだろうし、ゆっくりしててください」
「それは誠一殿たちも同じだと思うが……」
「ヤイバ、誠一じゃぞ? 大丈夫じゃ」
「ですね」
「どこで納得したの!?」
俺だから大丈夫なんてことはないよ!? ムウちゃんの謎の信頼が怖い!
「と、とにかく! そんな状況なら今すぐにでも向かいます。ただ俺はその場所が分からないんだけど……」
「安心しろ、オレが知ってる」
アルが力強く頷くので、場所に関しても問題ない。
「それじゃあランゼさん、行ってきます!」
「っ! ……エレミナを……頼む」
ランゼさんは様々な感情が入り混じった表情を浮かべると、そのまま頭を下げるのだった。




