連行(二回目)
ウィンブルグ王国の王都テルベールにある【アークシェル城】。
そこの執務室で、ランゼはいつも通り仕事をしていた。
「ったく……ちっとも仕事が終わらねぇ……これだから王なんてやりたくなかったんだがなぁ……」
目の前に積み上げられた書類を見て、ランゼは思わずそう呟いた。
というのも、ランゼの父である先王にはランゼしか息子がおらず、そのままランゼが継ぐ形で国王となったのだ。
とはいえ、ランゼの能力は非常に高く、王として非常に優れている。
ランゼが書類と格闘していると、不意に部屋の扉が叩かれた。
「ん? 入れ」
「失礼します」
すると、入室してきたのはルイエスの兄であるフロリオだった。
特にフロリオと面会する予定もなかったため、少し驚きながらもランゼは書類から目を離す。
「おお、フロリオか。どうした?」
「陛下。現在の訓練状況の報告に参りました」
「ああ……今はルイエスもいねぇし、お前さんに頼んだんだったな。で、どうだ?」
「そうですね……魔術部隊は前から私が受け持っていたので、特にご報告することもないのですが……一般兵は日に日に強くなっています。間違いなく」
「ほう、お前から見てもすぐに分かるほど、そんなに劇的に変わってんのか」
「はい。ギルド本部のせいで」
「…………これは喜んでいいのか?」
フロリオの言葉にランゼは何とも言えない気持ちになった。
「はぁ……最近はカイゼル帝国が妙な行動起こすせいで兵士たちには頑張ってもらわねぇといけねぇし、強くなるに越したことはねぇ、か……いや、市民への悪影響を考えると頭が痛ぇが……。そういやカイゼル帝国では人為的に『超越者』を生み出す方法を手に入れたらしいしな」
「それは……本当ですか?」
「本当だ。今、カイゼル帝国に偵察としてジョージの野郎を送り込んでんだが、そいつからそう報告があった。だから間違いねぇだろう。ウチの国でさえ『超越者』はルイエスしかいねぇ。『黒の聖騎士』でさえ、まだ『超越者』ではない。お前もな」
「はい……」
ランゼの言葉に、フロリオは思わず表情を暗くする。
「おいおい、そう落ち込むなよ! 人為的に『超越者』にするってのは本当に何の代償もなくできることなのかも分からねぇし、ルイエスはここ最近ぶっ飛んでるからな。主に誠一と会ってからだが……」
「我が妹ながら頼もしい限りです。それに、誠一君と出会ったことで、妹はとても生き生きしてますし、兄としては嬉しいですよ」
優し気な表情でそう告げるフロリオに、ランゼも苦笑いを浮かべた。
ここで誠一の話題が出たことで、ランゼはふと思い出す。
「そういや、誠一の言っていた東の国のお姫様ってのは無事到着したのかねぇ」
「お姫様、ですか?」
「ああ。なんでもアイツ、また色々やらかしたみたいでよ。最近疲れたとか何とかで、休養もかねてサザーンまで行ったらしいが、そこで東の国の武者? ってヤツを拾ったらしくてな」
「すでに情報過多なんですが……」
「んで、その拾ったヤツの頼みを何だかんだ聞いてたら東の国の騒動に巻き込まれ、そのまま一国救っちまったんだとよ」
「何だかんだで国を救うって何なんですか!?」
「俺が聞きてぇよ……」
ランゼも自分で説明しながら思わず頭を抱えてしまった。
「誠一は国を救ったとか、そんな風には言わずにただ成り行きで関わることになった問題を解決したって言ってたが……あれはどう聞いても国を救ったとしか言いようがねぇだろ……」
「あ、相変わらず無茶苦茶なようですね……」
フロリオ自身は誠一の実力をそう見る機会はなかったが、誠一に一時とはいえ手加減する術を身に着けさせるのに協力したり、ランゼの呪いを解く場面を見ていたりと、その能力の片鱗は見ていた。
それに対してランゼは自身の呪いを解いてもらったことや、魔王国との会議、ゼアノスたちとのつながりなど、誠一がとんでもない存在だということに否応なく気づかされていた。
「まあとにかく、誠一は東の国で活躍した結果、そこの国のお姫様と繋がりができて、そのお姫様がうちの国で暮らすんだとよ」
「どういう流れでそうなるんですか!? そもそも一国の姫がそう簡単に他国で暮らすなんて……」
「俺も色々言いたいことはあったが、どうやら向こうも訳ありっぽくてなぁ。何かあっても誠一が解決するだろうし、考えんのも面倒だったから許可したぜ!」
「もはや諦めてますよね……」
「というか、誠一とかかわってからこの国どんどんとんでもない方向に向かってるよな。ゼアノスたちとかすげぇ連中が次々移住してくるし……なんだ? この国は避難所か? いいけどよ!」
「ま、まあ結果的に国の利益になるのであれば……」
どこかやけくそ気味に叫ぶランゼに対し、フロリオは苦笑いを浮かべることしかできなかった。
すると、フロリオはランゼの左手に装着された指輪が光っていることに気づく。
「あの、陛下。そちらの指輪が光ってるようですが……」
「あん? ッ!?」
フロリオの指摘を受け、ランゼはその指輪に視線を向けると、薬指に装着された石が赤く光っていた。
その光を見て、ランゼは血相を変える。
「エレミナ!?」
「! エレミナ様がどうかされたんですか!?」
「これは『指針石』だ! もしアイツに何かあった時のために持たせてたんだが、なんで……!」
突然の事態に困惑するランゼ。
ランゼはエレミナの居場所や状況を少しでも分かるようにするため、お互いに魔力を込めた『指針石』を肌身離さず付けていた。
そしてエレミナ自身はS級冒険者だということもあり、そう危険な目に遭うこともなく、今まで続いてきた。
だが、ここで初めてエレミナの危険を知らせる『指針石』が光ったのだ。
「どういうことだ? エレミナに何が――――」
『――――ご機嫌麗しゅう……国王陛下』
「「!!」」
部屋の一部に闇が滲むように広がると、そこから一人の男……ゲンペルが姿を現した。
何の気配もなく現れたその存在を前に、すぐさまフロリオはランゼを庇うように移動し、杖を構える。
ただ、フロリオは何の気配もなく、それでいてランゼの下に一瞬で現れた目の前の存在に驚愕し、冷や汗を流した。
そんな中でもランゼは冷静に相手を見つめ、問いかける。
「……お前は誰だ」
『おっと、私のことはご存じないようだ。まあ、私の所属する組織については、陛下の奥方から聞いているのでは?』
「【魔神教団】、か」
『その通り! 改めて……私は【魔神教団】の神徒である、≪鏡変≫のゲンペルだ。今回私が陛下にこうして連絡を差し上げたのは他でもない……その奥方についてだ』
「まさか……テメェか! エレミナはどこだ!」
激昂するランゼに対し、ゲンペルは笑みを崩すことなく続けた。
『そう焦らないでくれたまえ。急かさずとも話すさ……陛下の奥方だが、お気づきの通り、こちらで預かっている』
「エレミナ……!」
ゲンペルが指を鳴らすと、空間に一つの映像が映し出された。
それはボロボロになり、気を失ったエレミナが拘束された姿だった。
「テメェ……!」
『陛下の怒りはもっともだが、彼女が抗うからこちらも手荒い真似をせざるを得なかったのだよ。まあこうして大人しくなった後は丁重に扱っているので安心したまえ』
「……何が目的だ」
ランゼは怒りに耐えながらそう呟くと、ゲンペルは厭らしく笑う。
『理解が早くて助かるよ。私の望みはただ一つ。このウィンブルグ王国にある兵力を……いや、この国を捧げることだ』
「!?」
「貴様、何を言っている……!」
フロリオが今すぐにでも魔法を放てるようにしながらそう叫ぶと、ゲンペルは続けた。
『何、そのままの意味だ。このウィンブルグ王国は以前、魔王国と会談を行っただろう? そこに我らも干渉させてもらったのだが……どういうわけか、使徒たちが使い物にならなくなった。他にも各地に散らばる使徒たちでさえ、次々と倒されていく……だからこそ、我々は戦力を補充する必要があるのだ。中でもこの国は随分と良質な兵が多いからな。都合がいいのだ』
「……戦力が欲しいってんなら、カイゼル帝国にでも行けばいいじゃねぇか。あそこは『超越者』だらけだって言うぜ?」
『ハッ……たかがレベルという概念に囚われ、レベル500を少し超えた程度で強いわけなかろう? それに、我々の下に来ればいくらでも【超越者】など生み出せる。だからこそ、元が強いこの国の兵を求めた方がいいのだ』
「……」
『それに、未だにこの星に【魔神教団】を最上とする国がないのはおかしいだろう? ゆえに、最初にこのウィンブルグ王国を魔神様への献上品にしようと思ってな』
ゲンペルの要求は理解できたものの、ランゼはそれを受け入れるわけにはいかなかった。
ここでゲンペルの要求を受ければ、【魔神教団】の傘下になることにつながり、さらにランゼの個人的な感情で国民を差し出すことになるからだ。
たとえエレミナが王妃であり、S級冒険者だったとしても、それを助けるために国を差し出すわけにはいかなかった。
とはいえ、ここで断ればエレミナの身がどうなるか分からず、答えに窮していると、ゲンペルは笑う。
『フフフ……私は優しいからな。今すぐ答えろとは言わん。一週間の期限をやる。確かこの国には【山神の洞窟】とやらがあったであろう? 答えが出れば、そこまで来い。もし私の要求を呑むのであれば、陛下の奥方は無事に帰してやろう。もちろん、全兵力を挙げて奪いに来てもよいぞ? 私は逃げも隠れもせん。まとめて来てくれる方が探す手間が省けるからな。その時は奥方や陛下だけでなく、国そのものが消えるがな? フハハハハハハ!』
「!」
「『ニヴルヘイム』!」
高笑いをするゲンペルに対し、フロリオがついに耐えきれず魔法を放った。
それは氷属性最強の魔法であり、ゲンペルどころか部屋のほとんどを一瞬にして氷漬けにしてしまう威力だった。
そんな魔法を避けることすらせず、もろに受けたゲンペルは、笑みを浮かべたまま氷漬けにされると、そのまま砕け散る。
だが……。
『ハハハハハ! 次に会えるのを楽しみにしているよ――――』
目の前で砕け散ったゲンペルの姿があるにも関わらず、ゲンペルの笑い声が部屋に響き、やがて完全に声は消えていった。
それと同時に砕け散ったゲンペルの死体が、まるで砂のように崩れ、消えていく。
「陛下……すみません、つい感情的に……」
「……いや、いい。それよりも、どうすれば……」
フロリオにすら感知されずに好きな場所に出現できる力と、たった今目の前で起きた謎の能力。
さらにはエレミナを倒したことからも、S級冒険者以上の実力があることが分かった。
たとえウィンブルグ王国の兵士たちが精強だと言っても、そのような謎の多い相手にどこまで対抗できるか分からない。
頭を抱えるランゼに対し、フロリオは真剣な表情で告げた。
「ひとまず討伐隊を編成しましょう。幸い向こうの指定した【山神の洞窟】はここから近いですし、一週間の猶予があるのですから、ルイエスたちが戻ってきてからでも間に合うはずです」
「いや、大勢でいけば、『山』を刺激することになる」
「あ……」
ゲンペルが指定した【山神の洞窟】は、超巨大な魔物であり、通称『山』と呼ばれる存在の背中の上にあった。
その名の通り『山』の大きさは尋常ではなく、普段は普通の山として機能しており、魔物の背中であるにも関わらず様々な恩恵を得ることができていた。
その恩恵の中には『山』という魔物の性質も含まれ、『山』はずっとその場で眠り続けており、大勢の人間がその『山』の上を通ろうとすると、煩わしさから目を覚まし、眠りを妨げた者たちに襲い掛かるのだ。
刺激さえしなければ何の害もなく、恩恵だけを授けてくれる『山』という魔物は、ウィンブルグ王国の守り神としても語られることもあったが、今の状況においては非常に都合が悪かった。
もしゲンペルからエレミナを取り戻すために大量の兵を導入すれば、それだけで『山』が目を覚まし、最悪テルベールが滅ぼされる可能性もあるのだ。
そうなると少数精鋭による救出隊が必要となるが、たった今、フロリオの魔法を受けても無事だったこと、エレミナを倒した実力があることなど、とても少人数で相手にできるような存在には思えなかった。
「一体どうすりゃいいんだ……」
ランゼは力なく座り込むと、頭を抱えるのだった。
◇◆◇
「――――むふー! 余は満足じゃ!」
「登録してしまったでござる……」
あの後、ガッスルたちに強制的に連行され、そのまま登録することになったムウちゃんたち。
しかも俺たちの中にはアルもいるので、試験も簡単に終わり、無事登録することができた。
否。できてしまったのだ。
「これが余のギルドカードかぁ……!」
先ほど貰ったばかりのギルドカードを掲げ、ムウちゃんは目を輝かせる。
登録は守神さんと月影さんだけがするもんだと思っていたが、ムウちゃんもしたいと強く要望したため、結果的に三人とも登録することになった。
ムウちゃんは今まで心を封じ込めていたこともあり、世間的なことは何も分からないかと思ったのだが、試験はどれもちゃんと自分の力でクリアしていた。
唯一、筋力を使った雑用こそ苦手そうだったが、俺が勝手に一番の問題になりそうだと思っていた討伐なんかは簡単にクリアしていた。
というのも、そこで初めてムウちゃんの力を見たのだが、本当に無から何かを生み出したり、逆に有るものを無にしたりできるのだ。
最初こそ、討伐試験の対象だったスライムを一瞬で消滅させ、俺たちは驚いたが、それだと倒したって証明ができないので、他の方法による討伐が行われた。
それは魔法のように火や雷といったものを生み出し、それをスライムに放つことで倒したのだ。
ただ、魔法と違って何かを消費して生み出すのではなく、何の代償もなく火や雷を生み出し、操って倒したのだ。とんでもないよね。
「そうだ、誠一! 余はお礼を言いに行きたいぞ!」
「え、お礼? 誰に?」
「もちろん、この国の王じゃ!」
「む、ムウ様!? さすがにそれは無理だと――――」
「あー……じゃあ行ってみようか」
「できるのか!?」
月影さんは俺の言葉に目を見開いた。
「おかしくないか!? 誠一殿は一体何者なんだ! そんな簡単に王族に会えるなど、普通の存在ではないぞ!?」
「え? 誠一は普通じゃないよ?」
「サリアさあああん?」
なんで俺が普通だとおかしいみたいな反応をするんですかねぇ!?
「うーん……こればかりはなぁ。誠一だからとしか言いようがねぇな」
「……ん。誠一お兄ちゃんだから、だね」
「主様ですから!」
「それは答えになってないぞ!?」
「あ、あはは……」
アルたちがどこか吹っ切れた様子で答えるのに対し、月影さんはただただ困惑した様子を見せる。
まあでも月影さんの反応が本来正しくて、ただの一般人が王族と気軽に会えるはずがないのだ。
だが、俺の場合は色々な出来事が重なり、ランゼさんによくしてもらっている。直接ランゼさんの元に行くわけにはいかないが、王城に行けば兵士の人が連れていってくれるのだ。
「まあ本当に会えるかは分かりませんが、ひとまず知ってる兵士さんとかいるかもしれないんで、その人に聞いてみましょう」
「おー! さすがは誠一じゃな!」
「誠一殿と会ってから、拙者の価値観や常識がことごとく破壊されるでござる……」
「まさに理不尽の塊だな……」
「散々な言われよう!?」
俺としては普通に生きてるだけだから。勝手にトラブルが舞い込んで、勝手に破壊されてるだけだから……!
そんなこんなで早速ムウちゃんたちを連れ、お城に向かう。
だが……。
「あれ? なんだか騒がしいな……」
お城の入り口についたのだが、いつもなら門番さんらしき人が立っていて、挨拶したり、対応したりしてくれるのに、その門番さんたちも含めてドタバタしている。
しかも、全員の表情はなんだか深刻そうだし……。
「何かあったのか?」
「さあ……」
俺自身も分からないので、アルの問いに答えられないでいると、偶然フロリオさんの姿を見つけた。
「あ、フロリオさん!」
「え? ……あ、誠一君!?」
フロリオさんは俺を見つけると目を見開き、足早にこちらにやって来た。
そして、俺の腕をつかむと――――。
「ごめん、誠一君を借りるよ!」
「へ?」
『え?』
「さあ、こっちだ!」
「ま、また連行されるのおおおおお?」
初めてこのお城にやって来た時と同じように、連行されるように引きずられる俺は、ついそう叫んでしまうのだった。




