所属先
「おお! ここが誠一たちの暮らすウィンブルグ王国か!」
ランゼさんに事情を説明し、改めて東の国に戻った俺は、まだちゃんと大和様に挨拶していないことを思い出して慌てて挨拶を済ませた後、大和様たちと一緒にテルベールに戻って来た。
初めての外の世界に大和様は目を輝かせているが、俺たちはそれどころじゃなかった。
「つ、疲れた……」
「当然っちゃ当然だけどな……」
「なんじゃ、情けない。あの程度どうってことないじゃろう?」
「い、いえ、肉体的にというか、精神的に疲れたわけでして……」
何故俺たちがここまで疲れているのか――――。
◇◆◇
まず、ウィンブルグ王国が大和様たちを受け入れることを告げた結果、大和様はすぐさま行動し、大臣たちを集めた。
そして――――。
「――――余はこの国を出ていく!」
『は?』
「ああ、ヤイバたちも一緒じゃから、そこんところよろしく頼むの!」
「む、ムウ様!?」
なんと、何の前置きも説明もなく、大々的にそう告げたのだ。
突然の招集にも驚くところだが、何より大臣たちが驚いていたのは大和様の溌剌とした姿で、今まで心がなかった大和様しか知らない大臣たちは大騒ぎ。
「な、なんだ? 何が起きておる?」
「わ、分からぬ! ワシ等はただ大和様がお呼びだと……」
「待て、大和様がお呼びするという状況がおかしいだろう!? 大和様の心は封じられているのだぞ!?」
訳の分からぬ状況に混乱する大臣たち。
守神さんや月影さんはその状況をおろおろしながら見つめ、俺たちもただ黙って静観することしかできないでいると、騒ぐ大臣たちを前に大和様はため息をついた。
「はぁ……全く、情けないのぉ。そんなことじゃからこの国が侵略者の手に渡りそうになるんじゃ。もっとシャキッとせんか、シャキッと!」
「は、はい!」
「………いやいやいや、おかしい! 絶対におかしいぞ!? 大和様がここまではっきりと発言できるはずがない! その御心は大和様自身が封じ込めたのだ! もはや二度と心が戻ることはない!」
「そ、そうだ! まさか、守神殿! 貴殿らの仕業か!?」
「え、ええ!? せ、拙者は……」
「いや、そこにいる異国の者どもの仕業やもしれん!」
「そうだそうだ! どのみち、大和様の感情が戻るはずがないのだ!」
「え、えっと……」
なんだか雲行きが怪しくなる中、大和様があきれた様子で告げる。
「何を言うかと思えば……余の心が戻ったのがそんなにおかしなことか? いや、まあ普通は戻らぬのじゃが……」
「黙れ偽物!」
「に、偽物!?」
まさか偽物呼ばわりされるとは思ってなかったため、大和様はここにきて初めて動揺した。
しかし、その動揺が良くなかったようで、大臣たちは徐々に怒りを募らせていく。
「どうやったのかは知らぬが、ワシ等の大切な大和様の偽物を作り出すとは!」
「生かしてはおけん! 守神たち含め、捕まえろ!」
「うえええええええ!?」
もはや俺たちの言葉に耳を貸さない大臣たちは、容赦なく襲い掛かって来た。
そんな大臣たちの襲撃から逃げ、あれよあれよとお尋ね者になってしまったのだった――――。
◇◆◇
「まさか犯罪者になるとは思わなかった……」
いや、あの国の成り立ちとか大和様のことを考えれば仕方ないのかもしれないけどさ。でもギルドの連中より先にお尋ね者なのは納得いかねぇ!
とはいえ、無事こうして脱出できたので、ひとまずは安心だ。大臣たちも国の立て直しとかで忙しいだろうしさ。まああの国に行きにくくなったのは残念だが……仕方がない。
ため息をつきながら、俺は目を輝かせる大和様に訊ねた。
「や、大和様……その、よかったんですか? ちゃんと説明しないで……」
「いいんじゃ。余の言葉を信じぬ奴らが悪い。しかも余を偽物扱いとは酷すぎる! それに、余はもうあの国から出て、ヤイバたちと一緒にいると決めたからの。こっちの方が大事じゃ」
「そ、そうですか……」
「なに、見放したというわけではないぞ。どのような結末を迎えようと、あの国を、人々を生み出したのは余じゃ。だからこそ、分かることもある。あの国にはもう、余は必要ない。余がいなくとも、あの国はやっていける」
「な、なるほど……」
「それよりも……誠一。なんじゃ、その口調は?」
「へ?」
いきなり口調を指摘されると思ってなかった俺は、つい気の抜けた声を出す。
「だから、その口調はなんだと訊いておる。もっと普通にせんか。余とお主の仲ではないか」
「どんな仲!?」
俺と大和様の仲って何!? 言うほど会話してないですよねぇ!?
「どんな仲って……余と同じ力が使えるでないか」
「…………ん!?」
「いや、それは誠一に失礼か……誠一は余なんかとは比べ物にならんからの。何なら余の方が態度を改めた方が……」
「いやいやいや! 俺は大和様と同じ力なんて使えませんよ!?」
「使えない……? 誠一が……?」
「そんな深刻そうな顔しないで!?」
俺は無から生み出したり消したりとかできませんから!
『できますよ?』
「できなくていいんだよおおおおおおお!」
急に語りかけてきた脳内アナウンスに対し、俺は叫んだ。
「ま、まあよい。とにかく、余はもうあの国とは関係ないのじゃ。だから、普通に接してほしい。もちろん、ヤイバたちもじゃぞ」
「せ、拙者たちもでございますか!?」
「当然じゃ。二人にこそ、余は壁を作らず接して欲しいんじゃぞ」
「そ、そう言われましても……」
「むぅ……これは長丁場になりそうじゃ。まあいい。これからも一緒にいるんじゃ。気長に待つとするかの」
「こ、こちらも善処いたします……」
大和様の言葉に、守神さんたちは恐縮しっぱなしだった。ルーティアとか普通の口調で接してるけど、あの子も魔王の娘っていう普通なら気軽に接することができるような存在じゃないし、何なら今回のために会いに行ったランゼさんだって国王陛下なわけで、俺のような一般市民が気軽に接していい相手ではない。
どれもこれも相手がそれを許容してくれるから成り立ってることだよなぁ。あとは周囲の人々が寛容なのも大きい。
ただ、それとこれは別……とまでは言わないが、大和様は何というか、身に纏う雰囲気が他の偉い人たちとまた違っているのだ。
何ていえばいいのか……この世界に転移する際、転移のことを教えてくれた神様? と似た雰囲気といえばいいだろうか。
人間ではまず出すことができない神々しさを、大和様からは感じるのだ。いきなり普通に接しろと言われてもなかなか――――。
「分かった! よろしくね、ムウちゃん!」
「サリアさん!?」
俺が大和様への接し方に悩んでいると、サリアはそんな悩みを一蹴するかのようにとても親し気に話しかけた! しかもムウちゃんって!
驚いたのは俺だけでなく、アルたちや守神さんたちも目を見開いている中、大和様だけ一瞬目を見開いた後、嬉しそうに笑った。
「うむ……うむ! それでいいんじゃ、サリアよ! お主はよく分かっておるの!」
「えへへ。だって寂しいもんね!」
「っ!」
サリアの言葉に大和様はさらに驚いた様子を見せた。寂しい……そうか、俺たちの態度が変わらない限り、大和様は孤独を感じることになるんだな。
そう考えると、俺たちも普通に接するべきだろう。
そんなやり取りをしていると、ついにテルベールの正門にたどり着いた。
そこでは兵隊さんが一人一人を検問しており、兵隊さんの中にクロードを見つける。
「ん? おお、誠一たちじゃねぇか」
「クロード! なんだか久しぶりだね」
「言われてみればそうだな。この街にお前たちが帰ってきてからあんまり話す機会もなかったしなぁ……っと、悪い、先に検問済ませちまうな」
クロードはそういうと、俺たちの身分証を確認していく。
俺たちはギルドカードが身分証として使えるので、それを見せれば済むが、大和様たちはそう言ったものを持っていなかった。
なので、この街に俺とサリアが初めて来たときと同じく、『真実の宝玉』というアイテムを使い、手続きを終え、三人分の入門料も支払う。
「うし、全員大丈夫だ。そこの三人はこの国に長期滞在するつもりなら、どこかで身分証を作れよー」
「うむ、分かったのじゃ!」
「お、元気がいい嬢ちゃんだな。じゃ……ようこそ、テルベールへ!」
クロードに見送られ、俺たちは改めて街の中に入ると、守神さんたちは物珍しそうに周囲を見渡した。
「おお! 見たことのない建築様式じゃな!」
「やはり拙者たちの国とは大きく様相が異なるな……」
守神さんはほんの少しとはいえ、港町サザーンに漂流したことから、異国の雰囲気を一応知っていたので、月影さんたちほど驚いていない。
「うむ、よい国じゃな! 皆生き生きとした表情をしておる! 余はすでにこの国を気に入ったぞ!」
「でしょ! みんないい人たちばかりなんだー!」
「えっと……まあいい国であることに間違いはないのですが――――」
俺がそこまで言いかけた瞬間だった。
「待てええええええええええ!」
「ハハハハハ! 今日も気持ちがいいね! 下半身がスースーするよ!」
「そりゃ服を着てねぇからなぁ!?」
「クソっ! アイツ、また速くなってねぇか!?」
「おい! 向こうの通りでグランドの野郎が暴れてるって連絡が!」
「うがああああっ! ひとまずあの露出狂捕まえて、すぐにグランドの野郎も捕まえるぞ!」
「あ、向こうで子供にヤバい視線を向けてるヤツもいます!」
「変態どもめえええええええ!」
一瞬にして俺たちの真横を走り去る裸の男と、それを追いかける兵隊さんたち。
いつもの光景を見送ると、俺は再び大和様たちの方に向き直った。
「――――このように、変態しかいません」
「なんなんでござるか、この国は!?」
俺が聞きたいくらいですね!
「誠一殿! このような……た、爛れた国では、ムウ様に悪影響が出るでござる! もっと他の国はなかったでござるか!?」
「いや、ないわけじゃないんですが……」
そりゃあいい国でいえばヴァルシャ帝国や魔王国もいいだろう。
でも、安全性でいえば、この国が一番だと俺は思う。
なんせゼアノスたちやルイエスがいるからな。
……それと本当に認めたくないが、一番の問題であるギルドの変態たちもいるからね! 見ての通り変態ども強いんですよ!
「大和さ……んん! ムウがこれから誰かに狙われるとも限らないし、そういう意味ではこの国が一番安全なんですよ。あの変態たちも実力者ですから……」
「誠一! もうひとこえ! ほれ、ムウちゃんと呼ぶんじゃ!」
「む、ムウちゃん?」
「うむ!」
唖然とする守神さんに説明すると、俺が大和様をムウちゃんと呼んだことでムウちゃんはとても満足そうに頷いた。
俺より断然年上のはずなんだけど、反応はとても幼いよな。
「それよりも……正門でクロードが言ってた通り、三人ともこの国で長期滞在するなら身分証を作った方がいいですね。どうします?」
「う、うーん……不安要素は大きいでござるが、他でもない誠一殿が安全というのであれば、本当に安全なのでござろうな……」
「まあな。この街を拠点にしてるS級冒険者こそいねぇが、皆実力だけならA級やS級だから、そこは安心していいぜ」
「そう、実力だけはね!」
「……世の中おかしいでござるよ」
アルの言葉に合わせて念押しするように言うと、守神さんは肩を落とした。
「余たちが住むのにこの国が適しているのは分かった。であれば、早速身分証とやらを作りたいのじゃが、どこで作ればいいんじゃ?」
ムウちゃんにそう聞かれるも、正直俺も冒険者ギルド以外でどこで作れるのか知らない。というか、この街に来たときは冒険者ギルドがあんな変態どもの巣窟だなんて思いもしなかったし。
なので一番詳しいであろうアルに視線を向けると、アルは俺の言いたいことをくみ取ってくれた。
「そうだな……ひとまずこの街には冒険者ギルドのほかに、商業ギルドや職人ギルドなんてものがある。だいたいはそれらのギルドに所属するのが一般的だな。だから、そこで登録した際に貰えるギルドカードが身分証になるんだが……まあ普通に商人ギルドでいいんじゃないか?」
「何故じゃ? 余たちは特別商人としての知識はない。それに、ヤイバもエイヤも戦えるんじゃ。冒険者ギルドの方がいいじゃろう?」
「すみません、ムウ様。ムウ様のためにも冒険者ギルドだけは……」
先ほどの変態の姿を見たことで、完全に冒険者ギルドに対する不信感を持った月影さんは、まるで血の涙を流す勢いでそう頼んでくる。そ、そこまで嫌ですか……うん、嫌だな!
「えっと、俺としても商人ギルドの方が――――」
「――――その必要はなああああああああああああああああい!」
「ッ!?」
こ、この声は……というより、この流れは……!
慌てて声のする方に視線を向けると、そこには褐色肌を惜しみなく晒す、筋骨隆々の大男……!
「ガッスル!?」
「そう、私が冒険者ギルドのマスター、ガッスル・クルートだっ!」
キラーン!
そんな効果音が聞こえてきそうなほど真っ白な歯を見せ、筋肉を強調するガッスル。
だ、ダメだ、この流れは。完全に俺とサリアの時と同じじゃねぇか……!
このままだと流れるように登録することになるぞ!
慌てる俺やアルをよそに、まだガッスルの存在に対する衝撃が抜けない守神さんたち。
すると、ガッスルは次々とマッスルポーズを変化させながら、こちらに近づいてくる。
「酷いじゃないか、誠一君! 何故我ら冒険者ギルドを勧めないのだね!? 私たちは常に、仲間を求めている。そう、欲望を解放する仲間を……!」
「それだと困るから勧めないんですけど!?」
「あら、誠一様。わたくしたちの仲間になれば、何も怖いものなんてないんですのよ? どうして拒むのです?」
「そりゃ怖いものないでしょうよ!? ってエリスさん!?」
思わずツッコんでいると、ガッスルと挟み込むような形でエリスさんが俺たちの退路を断っていた! いつの間に!?
驚く俺をよそに、ガッスルは自身の肉体を見せつけるようにポージングする。
「見たところ、君たちは身分証が欲しいのだろう? ならば冒険者ギルドだ! それ以外はありえない! 違うかね!?」
「せ、拙者たちは別の場所で――――」
「まさか断ると!? この肉・体・美が手に入るというのに!?」
「なんじゃと!?」
「ムウ様!?」
なんということだ! ムウちゃんがガッスルの筋肉に興味を示しているだと!?
まさかの展開に俺たちが目を見開いていると、ガッスルは嬉しそうに笑う。
「おお、君は見所がありそうじゃないか! どうだね? この筋肉! 欲しいだろう?」
「ほ、欲しいぞ! 余もその肉体が……!」
「ハハハハハ! ならば冒険者ギルド以外ありえないなぁ! さあ、君たちも一緒に、この輝かしい肉体を手に入れよう! 筋肉は君を裏切らないぞぅ!」
「だから、俺たちは別の場所で――――」
「うむ、登録するのじゃ!」
「ムウちゃああああん?」
登録するって言っちゃったよ! 見て!? ガッスルたちの顔! 特にエリスさんなんてドS丸出しの獲物を逃さねぇって表情になっちゃってるから!
「さあさあ皆さん、こちらですわ! オーッホッホッホッホッ!」
高笑いするエリスさんと筋肉を見せつけてくるガッスルたちの圧に負け、守神さんたちは冒険者ギルドへと連れていかれるのだった。




