心の発露
守神さんとの一件から、そのまますぐにお客さん用という露天風呂まで案内してもらい、しっかり堪能することができた。
影の里で入った露天風呂もよかったが、このお城の露天風呂もまた違った趣で非常に楽しめた。何より乱入者がいなかったことが一番大きいですけどね! 最近、裸見られる率高すぎじゃない?
それはともかく、お風呂から部屋に戻ると、そこには豪華な食事が用意されていた。
影の里の時は結局襲撃者のせいで食事をすることができなかったからな。どんな料理があるのか気になっていたが……やはり地球の和食と同じような料理が並んでいた。
「わー! 美味しそうだね!」
「ああ。サザーンで刺身は食ったことがあるから分かるが、他は見たこともねぇ料理ばかりだ」
「……ん。いい匂い」
「す、すごいですね。お魚さんを丸ごと使った料理があるなんて……」
サリアたちは目の前に並べられた料理に感動しており、それぞれが期待しながら席に着く。
ルルネも前ほどがっつく様子は見せないものの、顔がとてもだらしないことになっていた。いや、気持ちは分かるが涎は垂らすなよ?
俺たちが目の前の料理に感動していると、遅れて守神さんと月影さんがやって来た。
「皆、揃っているでござるな。改めて、この度は我らの問題を解決してくださり……感謝いたしまする」
守神さんと月影さんは席に着くや否や、そのまま俺たちに向かって頭を下げた。
「そんな……頭を上げてください! 俺らとしても、無事に終わってよかったです」
「そうそう! 大和様も無事だし、こうしてこのお城も取り戻せたし、丸く収まってよかったよ!」
「……まあ城の中は滅茶苦茶だけどな」
アルの言う通り、お城自体はミスマッチな未来風に改造されてしまっているが、それ以外は元通りになったのだから、よかった。
だが、守神さんと月影さんにとってはそうではないようで、二人ともどこか寂しい表情を浮かべる。
「……拙者たちだけの力では、ムウ様をお守りすることができなかったでござる。大和家の懐刀であるはずの拙者では……」
「それはムウ様を陰から支える拙者も同じだ。月影家はムウ様を陰からお守りすることこそ使命としている。だが……拙者たちの力ではそれもかなわなかった。ムウ様に顔向けできん……」
「そんな……二人はずっと大和様のことを守ってたじゃないですか!」
「いや、拙者たちはムウ様のことを真の意味で支えることができなかったんでござるよ」
「え?」
守神さんの言葉の意味が分からず、つい聞き返してしまうと、守神さんは続けた。
「前にも話したでござるが、ムウ様はこの国に住む者たちから裏切られ、心を閉ざされてしまった。だからこそ、拙者たちは二度と、ムウ様を裏切ることなく支え続けなければならなかったんでござる。――――だが、現実は違った。拙者たちはこの国を侵略してきた者たちに手も足も出なければ、再びムウ様を裏切る輩を出してしまったでござる……!」
「拙者たちは己の無力さが憎いのだ。もし、この国の者たちが一致団結し、あの侵略者と対抗していたら……ムウ様を、これ以上悲しませることもなかったのだ」
「……」
悲痛な表情でそう語る守神さんたちに、俺たちはかける言葉がなかった。
すると、守神さんは再び寂しそうに笑いながら、口を開いた。
「まあ、それはともかく、今日は誠一殿たちへの感謝としての他に、お別れを言いに来たでござるよ」
「え、お別れ?」
「拙者たちは、ムウ様を守り切ることができなかったと判断され、護衛の任を解かれてしまったのだ。それに、ムウ様を結果的に危険に晒した責任も追及されるだろう」
「はあ!? なんじゃそりゃ!?」
「……意味分からない」
守神さんたちから告げられたその内容に、アルは驚きの声を上げ、オリガちゃんも困惑していた。
そりゃそうだろう。守神さんも月影さんも、東の国の偉い人たちが裏切る中、命がけで守り続けたんだ。それなのに……。
「一体どこの誰です? そんなことを言うのは……」
「侵略者が討たれたことで、再び戻って来た大名たちだな」
「はあ?」
俺はついつい感じの悪い言葉が漏れてしまったが、仕方ないだろう。
だって、その大名とかって人たちは大和様を裏切って、あのギョギョンに従ってたわけだろ?
そりゃあ自分の命が大切だから生き延びるためにそうやって相手に降ることはあるかもしれない。でも、結果として大和様も無事で、ギョギョンも倒せた途端に戻ってきて、必死に戦った二人を解任するって……。
「ちょっとそれ、文句言いに行きましょうよ! だっておかしいでしょ!? 二人は頑張ったのに……」
「確かに思うところがないわけではない。だが、事実として誠一殿たちの力を借りなければ、拙者たちではムウ様を守り切ることができなかった。つまり、護衛としての力はないと判断されても仕方がない」
「で、でも、一時的とはいえ、相手方に寝返った人らのいうことを聞く必要はないでしょ!? その人たちこそ、何かしらの追及がないと……!」
「……誠一殿の言う通りでござるが、この国には彼らが必要なのでござるよ。彼らが諸大名がそれぞれの地を治めることで、今までこの国は成立してきたでござる。だからこそ、この国を立て直すには彼らの力が必要なのでござる。今回で明らかになった外からの侵略の備えも、長期的な計画などは彼ら諸大名が決める方が良い方向に進むでござろう」
「拙者たちは所詮ムウ様の矛にすぎん。政治的な部分では何の力もない。そして、その矛が使えないと分かれば、捨てられるのも当然の結果だろう」
「そんな……」
なんだ、その理不尽な結末は。
本当にそれでいいのかよ。
俺みたいなガキからすれば感情論でしかないのかもしれないけど、それでも守神さんたちの扱いには納得できない。
だが、守神さんたちはその決定がこれからのこの国をいい方向に進めてくれると信じているからこそ、それを受け入れているんだ。
俺たちの間に重い沈黙が訪れると、突然部屋の襖が開いた。
「え?」
思わずその方向に視線を向けると、そこには大和様が一人で立っていたのだ。
「む、ムウ様、何故こちらに――――」
守神さんたちにも予想外だったようで、驚きながら声をかけると――――大和様は静かに涙を流した。
いきなりの事態に、俺たちはさらに目を見開く。
「む、ムウ様!?」
「どうかされましたか!?」
守神さんと月影さんが必死に大和様に話しかけるが、心を封じてしまった大和様は、答えない。
でも、大和様はその虚ろな表情の中で、涙を流したのだ。
そして、ムウ様は必死に宥めようとする守神さんと月影さんの袖を掴んだ。
それはまるで、大和様が二人と離れたくないと言っているように見えた。
こんな大和様の姿を見ても、二人の解任は止められないのだろうか? やっぱりこの国の偉い人たちの決定だから?
それよりも偉い人である大和様だけど、大和様は心を閉ざした関係でしゃべることができない。
この行動も偶然の一言で片づけられてしまうんだろうか。
大和様の行動に対し、二人はこれ以上ないほど様々な感情が入り混じった表情で、大和様の手にそっと触れた。
大和様の近くにいたいけど、それでも国のため、大和様のためにと身を引こうとしているようだった。
「ムウ様。拙者たちは――――」
『――――スキル【同調】が発動しました。これより、周囲と同調します』
「へ?」
突然の脳内アナウンスに、つい周囲の雰囲気も考えず気の抜けた声を発すると、大和様に異変が訪れた。
「――――ゃ」
「え……」
「……やじゃ……いやじゃ……嫌じゃあああああああ!」
「!?」
先ほどまで無表情だった大和様が、感情を爆発させ、本当に泣き始めたのだ!
「嫌じゃ! 二人と離れとぅない! 余は二人と……ずっと一緒にいたいんじゃああああああ!」
「む、ムウ様!? こ、心が……!」
「どうして!?」
封じられたはずの心の発露に、守神さんたちは混乱が収まらない。
だが、サリアたちだけは無言で俺のことを見つめていた。
え、えっと……。
『同調を完了しました。今回の同調内容は、周囲の【心】を本体とし、大和様の心を解放いたしました』
はい、俺のせいですね!




