ギョギョン
「お主は、何者でござるか?」
俺がアルにツッコまれていると、守神さんが鋭い視線を空中にいる宇宙人へと向ける。
すると、宇宙人は俺たちを見下ろしながら口を開いた。
≪我こそはギョウオ星の王にして、新たなる宇宙の大帝となるギョギョンである。下等生物が――――頭が高いぞ?≫
「くっ!?」
空中にいる宇宙人――――ギョギョンとやらがそう言った瞬間、守神さんと月影さん、そして権兵衛さんがまるで重力か何かで押しつぶされるように、その場に這いつくばった。
「も、守神さん!?」
「せ、誠一殿たちは……何ともない、で、ござる……か……!?」
「はい!」
「んなバカな……」
苦しそうな様子のまま、守神さんも月影さんも俺たちを驚愕の表情で見つめる。
そんな顔で見られても、実際何ともないし、サリアたちも特に何も感じていないようだ。
すると、そんな俺たちの様子に気づいたギョギョンが、不愉快そうな声を上げる。
≪ん? 下等生物の分際で、我の言葉に抗うというのか? ――万死に値する。死ね≫
「――――誠一!」
瞬間、ギョギョンの背中から生えた無数の触手が、俺目掛けて襲い掛かっってきた!
「うわぁ、気色悪っ!」
つい本音が漏れながらも触手を避けていると、ルルネが目を輝かせる。
「主様! これ、イカやタコの足みたいですね!?」
「さすがにそうは見えんよ!?」
「食べていいですか!?」
「お腹壊すぞ!?」
いや、魚類っぽい見た目だし、その上触手ってなると、イカやタコ、クラゲなんかが連想されるけど、目の前の宇宙人を見ちゃうとさすがにそれらは思い浮かばんよ。
とはいえ、襲ってくる触手が鬱陶しいことに変わりはなく、俺たちはひとまず全部の触手を切り落とすことにした。
「らああああああっ! って、妙に弾力があって斬りにくい……!」
「えい! ――――アル! 殴れば弾け飛ぶよ!」
「それはサリアだけだろ!?」
「……ん。アルお姉ちゃんの言う通り。でも、ゾーラお姉ちゃんの力を使えば、壊すだけ」
「確かにな……ゾーラ、いけるか?」
「は、はい! 任せてください!」
ゾーラの目の力により、次々と触手が石化されていくと、アルは勢いよくそれらを破壊していく。
そんな俺たちの様子を見て、ギョギョンはますます不愉快そうに顔をしかめた。
≪……我の高貴なる腕を破壊するか。何たる不遜! 容易く死ねると思うなよ?≫
その瞬間、ギョギョンの背中から、追加で触手が生えると、四天王の放った魚型のビームとは違い、まさに閃光といったレーザーが触手の先から放たれ、俺たちに襲い掛かった。
「いや、これ、当たれば容易く死にそうなんですけど!?」
「ツッコんでねぇでお前も戦え!」
ギョギョンの攻撃を避けながら喚いていると、アルに怒られてしまった。反省。
「そっちが触手なら、俺だって……!」
「……触手が生えるのか?」
「生えないよ!?」
アルさん、なんでそんな疑惑に満ちた目を向けてくるんですかね?
タコだかイカだか分からんが、そんな人間ならざるモノが生えるわけ――――。
……。
「……生えないよね?」
『生やします?』
「生やさねぇよ!?」
急に脳内アナウンスが語りかけてきたかと思えば、なんてこと聞いてんの?
脳内アナウンスは気の使い方がおかしいから! もっと俺に忖度して!
……もしかして、忖度した結果がいつものとんでもねぇ状態に繋がってるわけ?
あれ、実は無意識に俺が望んでたりする?
あかん、俺は自分を信じられない……!
≪ちょこまかと……忌々しい下等生物どもが。さっさと死ね≫
ついつい自分の無意識に関して考えていると、ギョギョンの攻撃はさらに苛烈になる。
そうだ、俺の体から触手を生やすつもりはないが、俺だって触手が使えるのだ!
「陸さん、お願いします!」
「お前、本当に緊張感ねぇな!?」
こればかりは性格なのでね。
俺は地面に声をかけると、その瞬間、地面が次々と盛り上がり、やがて無数の岩の触手へと姿を変えた。
≪何!?≫
その光景に驚くギョギョンだったが、驚くにはまだ早い。
岩の触手はギョギョンの触手に向かうと、すべてを絡め取り、握り潰し、引き抜いた。
≪ぎゃああああああああっ!?≫
「おおー! すごいね、誠一!」
「……痛そう」
サリアが手で庇を作ると、痛みに悶えているギョギョンを見て感心したような声を上げた。オリガちゃんには刺激が強かったみたいだが、サリアみたいな美少女がこの光景を何の抵抗もなく見れているのも不思議な感じがする。まあ元はゴリラだからな。
俺の岩の触手により、すべての触手を引き抜かれたギョギョンは、痛みにのたうち回ると、それが切っ掛けで、守神さんたちを襲っていた謎の圧力が消えたらしく、フラフラになりながらも立ち上がった。
「大丈夫ですか?」
「た、助かったでござる……」
「……拙者もあの触手に捕らえられたんだったな……未だに訳が分からん……」
「月影さん、安心してくれ。誠一を理解できるヤツはいねぇからよ」
「そんなことないよ!?」
俺ほど単純明快な男の子っていないと思うんです!
「まあなんだっていい。あの……男? こそ、我らの真の敵! そうだな、権兵衛殿!」
「あ、ああ。あのお方こそ、今の栄京を支配されているギョギョン様だ」
「ならば話は早い。あの者を倒せば、再び栄京は元に戻るはずだ……!」
「月影殿、ムウ様のことを――――」
≪――――そうだ、『無有』だ!≫
「!? む、ムウ様!」
突如、ギョギョンが大和様に向けて手をかざすと、月影さんに背負われていた大和様が半透明の球体で覆われ、浮かび上がった。
「な!? この!」
すぐに月影さんや守神さんがその球体を破壊しようと攻撃するが、何故か傷一つ付かない。
≪ガハハハハ! 無駄だぁ! 貴様らはこの街に来た時点ですべてが終わっていたのだよ!≫
「何!?」
球体に包まれた大和様はそのままギョギョンのもとに向かうと、ギョギョンはそれを手で受け止める。
≪この街に何の仕掛けもしていないと思ったか? 貴様らがいずれこの街を取り返すべく動くことなど分かり切っていたこと。だからこそ、あらかじめ『無有』を捕獲するための仕掛けを施しておいたのよ。我としては、貴様らを殺したうえで奪い取ろうと思ったのだが……予想以上に貴様らが反抗するのでな。準備をしたかいがあったというものだ≫
どうやら俺たちの動きは予測されていたらしい。
まあ、影の里に権兵衛さんたちが来なかったとしても、俺たちの選択肢なんてそう多くないわけで、遅かれ早かれこの街を取り返すために動いていたのは間違いないだろう。
ギョギョンは大和様を伴い、そのまま高度を上げていくと、高らかに叫んだ。
≪そこで見ていろ! この我が、新たなる宇宙の支配者となる瞬間を!≫
ギョギョンが手を上空に掲げた瞬間、栄京を囲うようにして建っていた謎の塔が、輝き始めた!
そして、その塔の輝きは頂点に収束すると、一斉にギョギョン……というより、その隣にいる大和様へと放たれる。
光を受けた大和様は、そのまま黄金の光があふれ出した!
≪これだ! この時を待っていたぞおおおおおおおおお!≫
狂気の笑みを浮かべるギョギョンは、大和様から放たれる黄金の光に手を向けると、何と光はすべて、ギョギョンへと移っていった。
≪おおおおおおおおおおお!≫
徐々に黄金の輝きは増していき、最後にひときわ強い光を放つ。
あまりの眩しさに俺たちは咄嗟に目を隠し、光が収まるのを感じると目を開いた。
「あ、あれは……」
俺は上空に浮かぶギョギョンを見て、目を見開く。
≪ククク……クハハハハハハハハ!≫
驚いているのは俺だけでなく、サリアたちも同じで、守神さんたちも呆然とギョギョンを見つめていた。
何故なら――――。
≪どうだ、これこそが新たなる我の――――≫
「どこが変わったんだ!?」
≪へ?≫
俺の叫びを受け、ギョギョンは間抜けな表情を浮かべた。
いや、だって……。
「あれだけヤバそうな気配が漂ってたから、どこぞのラスボスみたいに第二形態、第三形態くらいの急激な変化があると思うじゃん。でもさ、何も変わってなくね? 俺の気のせい?」
「んなワケねぇだろ? あれだけ派手な演出があったんだ。こう……変わったんだよ! ……多分」
「えー? 私には同じに見えるけどなぁ」
「……ん。私も同じに見える」
「す、すみません。私もです……」
「触手無きアイツに、価値はないのでは?」
「それはルルネだけの感想だな」
でも本当に何が変わったんだろうか? どう見ても同じじゃない?
「守神さんたちには何が変わったか分かります?」
「い、いや、拙者には……その……」
≪だ、黙れえええええええええええ!≫
俺たちが必死にギョギョンの変わった点を探していると、ギョギョンは耐え切れなくなった様子で叫んだ。
≪だ、黙って聞いていれば好き勝手言いよって……! 我は、宇宙の支配者になったのだぞ!?≫
「いや、んなこと言われても……」
≪……もういい。ならば、我の手に入れた力を見せてやろう!≫
ギョギョンは隣に浮かんでいる大和様に手をかざすと、ニヤリと笑った。
≪手始めに、もはや用済みのこの下等生物を消し去ろうか?≫
「! む、ムウ様!」
守神さんが焦った声を出すが、守神さんや月影さんではギョギョンの行動を止める術はない。
何が変わったか分からないが、もし本当に何か変わり、とんでもない存在になったのだとすれば、大和様が危ない。
俺はすぐさま岩の触手を使い、大和様を助け出すように頼んだ。
すると、ギョギョンは大和様から視線を外し、鬱陶しそうに岩の触手に目を向ける。
≪フン。またしても我の邪魔をするか。だが、もうそれは通じぬ≫
「なっ!?」
ギョギョンは何もすることなく、ただ視線を岩の触手に向けただけで、大和様を救うために動いていた岩の触手が、ただの土に戻り、そのまま地面へと落ちていった!
その光景に驚いていると、ギョギョンは勝ち誇った様子で告げる。
≪我は、『無有』の力を手に入れた。つまり、我が望めば、森羅万象、あらゆるものは無となり、有まれる。もはや我に逆らえる存在などいないのだ≫
「ほ、本当に変わってたんだ……」
「んなこと言ってる場合かよ!?」
そうでした。
アルからツッコミを受けていると、ギョギョンはどこか頬を引き攣らせながら俺を見る。
≪ど、どこまでも我を愚弄するようだな……よかろう。ならば、この下等生物ではなく、最初に殺すのは貴様にしてやろう!≫
「なっ!? 誠一!」
すると、ギョギョンはどうやったのかは分からないが、一瞬にして俺の背後に現れると、そのまま俺の頭を掴んだ!
それを見て、近くにいたサリアが慌てて手を伸ばそうとする。
≪さあ、己の愚かさを胸に、無となれ――――!≫
「せ、誠一いいいいいいいいいいいいい!」
サリアの叫び声が、周囲に響き渡るのだった。




