到着、東の国!
「…………」
『…………』
俺たちは今、東の国に向かって猛スピードで進んでいた。
それも――――海の上に座って。
誰がどう見ても訳の分からない状況に、アルが静かに口を開く。
「……なあ、誠一」
「……何?」
「お前何だ?」
「俺が訊きたいよおおおおおおおお!」
アルの静かな問いに、俺はそう叫んだ。
俺が海に頼むとかいう訳の分からないチャレンジの結果、海は応えたのだ。応えてしまったのだ……!
その結果、俺たちは忍者もびっくりな海の上に座り、くつろいだ状態で東の国まで自動的に運ばれていくという状況に。
しかも、運ばれているのに揺れは一切なく、俺たちの進行上に現れる魔物は接敵する前に海が勝手に始末して何もしなくていいのだ。
それなのに、俺たち一人一人の全身に海がまとわりつき、全身マッサージをしてくれ、魚が急に俺たちの前に現れたかと思えば、海がウォーターカッターの要領で切り刻んで俺たちの前に刺身として提供してくれる始末。もちろん、刺身用の皿まで海が形を作ってくれている。
これ以上ないくらいの待遇っぷりに、全員ドン引きだ。……いや、サリアとルルネだけは平常運転だな。ルルネはともかく、サリアは本当に器がデカい。
でも、本当に俺が頼むだけで東の国まで連れて行ってくれるとは思わなかった。
可能性としては考えていなかったわけじゃないけど、さすがに木片とかいかだくらいは作った上で、その上に全員乗ることで海に運んでくれるかなくらいには考えていた。
それがまさか……何も用意せず、全員そのまま海の上に乗れちゃった上に超好待遇で運ばれるなんて誰も予想できないよね!
この何とも言えない状況の中、守神さんは呆然と呟いた。
「……外つ国にはとんでもない人間がいるのだなぁ」
「待て! コイツとオレたちを一緒にするんじゃねぇ!」
「酷い!?」
アルさん。そんな秒で否定しなくても……。
「同じ人間じゃないか! 仲良くしましょう!」
「どう考えても別種だろ!?」
「別種扱い!?」
アルの一言に、俺は精神的ダメージを受けた。
別種……違うもん……人間だもん……今はステータスが家出中だから確認できないけど、ちゃんと人間だもん……多分。
予想以上のダメージに打ちひしがれていると、ゾーラがふと声を上げた。
「あ、あれ! 島が見えてきましたよ!」
「え?」
ゾーラの指す方に視線を向けると、確かに陸が見えていた。
まだまだ距離があるので正確な大きさは分からないが、島というより小さな大陸といった印象を受ける。
まああの陸地にいくつかの大名? みたいな人たちがいて、覇権を争ってるわけだし、そりゃあ小さい土地なわけはないか。日本だって地球儀とか世界地図で見れば小さいけど、実際は新幹線や飛行機使っても、端から端までは長時間がかかるわけだし。
そのまま陸地に向かって海が俺たちを運んでいると、徐々にその島の全貌が見えてきた。
どうやら俺たちが運ばれた場所には船なんかで接岸できるような場所はなく、岩礁がとにかくたくさん見える。
それに、砂浜なんてものも見えず、目の前には大きな崖が聳え立っている。
「あの上に登らないと上陸できないのか?」
「いや、さすがにぐるっと回れば砂浜くらいはあるだろうけど……」
俺とアルで陸地に近づくまでの間にそんな会話をしていると、守神さんが何かに気づいた。
「ッ! ムウ様!?」
守神さんの焦った様子の声に釣られ、陸地をよく見ると、崖のところで何やら忍者装束の人の背に庇われた、豪華な着物を着ている女性の姿が目に飛び込んできた。
そんな二人に相対しているのが、守神さんみたいな着物姿の男性たちであり、全員抜刀した状態である。
どう見ても穏やかな雰囲気じゃないことは間違いないが……。
「す、すげぇ……ちょんまげだ……!」
「お前は何に感動してるんだ!?」
いや、だって! 本物のちょんまげだよ!? カツラじゃなくて!
守神さんは普通に髪を結ってるだけだから、てっきりちょんまげ文化じゃないと思ってたのに……!
ついつい妙なところで感動していると、侍らしき男たちが動き始めた!
「いかん、このままでは……! 誠一殿! 拙者をどうか、あそこまで運んでください!」
「ええええ!? は、運ぶって言われても……」
そもそもまともに上がれそうな陸地もないんだし、自力で上陸するしかないんだが……。
そんな風に思っていると、不意に俺の脳内にアナウンスが語り掛けてきた。
『誠一様。どうかここは、我々にお任せください』
「え? ま、任せるって……」
何だろう、すごく嫌な予感がする。
『それでは、行きますよ――――!』
「待て待て待て! 行きますよって……まさか……!?」
『それッ!』
「「「「「「――――!?」」」」」」
「ぎゃああああああああ!? やっぱりいいいいいいいいいいいいいいい!?」
俺たちを運んでいた海が、突如巨大な腕の形に姿を変えると、そのまま俺たちを手のひらに包むようにして持ち上げ、崖の上までぶん投げやがった!
「すごーい! よく飛ぶねぇ!」
「……快適」
「そ、空を飛んでますよおお!?」
「せ、誠一! テメェ、非常識にもほどがあんだろう!?」
「ご、ごめんなさいいいいいいいいい!」
それぞれの反応をしながら崖の上まで吹っ飛んでいく俺たち。このままだと崖の上のポ〇ョじゃなくて崖の上のグチャ☆になっちまう。
どんどん陸地に近づく俺たちを、崖の上でにらみ合いを続けていた人たちが気づき、何やら指を指して騒ぎ始めた。
「ムウ様ああああああああああ!」
そんな中、ただ一人だけこんな状況でもムウ様という人を護ることだけを考えていた守神さんが、空中で居合抜きの構えを取ると、まるでサリアの『空衝』のように空気を足場にし、すさまじい勢いで侍の男たちのもとに突っ込んでいく!
「はあああああああッ!」
「守神さん!?」
「誠一! 守神さんの心配より、オレたちもどうにかしねぇと、このままだと地面に激突だぞ!」
アルの言う通り、このまま放っておけば、地面とキッスすることになるだろう。
まあでも、正直俺たちのレベルならこのくらいの高さから落ちても何の問題もない気はする。それどころか、俺に至ってはどこから落ちても無傷でいられそう。そもそも今の俺はダメージ受けることあるのか……? 精神的ダメージは別ですけども!
とはいえ、それを確かめる度胸はないし、俺はともかくサリアたちはどうかは分からない。
そんなわけで、俺はダメもとで海にしたように、陸地に声をかけてみた。
「あの! 陸さん、頼みます!」
「何言ってる!?」
アルが驚きの声を上げた瞬間だった。
崖の一部が器用に変化し、海に頼んだ時のようにサムズアップの形に変化したのだ。
そして、そのままサムズアップの手が開くと、俺たちを優しく受け止める。
しかも、どういう理屈か分からんが、受け止められた瞬間はポヨンと、まるで風船に抱き留められたかのように全く痛くないのだ。
そのまま岩の手に包まれた俺たちは、崖の上にそっと降ろされる。
すると、先に突撃していた守神さんが、侍の男たちを相手に大立ち回りをしていた。
「はああっ!」
「ば、バカな!? 何故【天刃】がここに!?」
「ヤツは死んだはずでは!?」
どうやら侍の男たちにとっては守神さんの出現は予想外だったようで、とても混乱していた。
それはどうやら俺たちの近くにいる、オリガちゃんのように忍び装束を着た人物と豪華な着物を着た女性にも言えることで、二人とも呆然と守神さんを見つめていた。
しかし、守神さんがここに来る前に言っていたように、どうやら侍たちは中々手ごわいみたいで、徐々に守神さんは押されていた。
「誠一! どうする? 守神さんを助ける?」
サリアが首を傾げながらそう言うが、ここで助ければ最後まで守神さんの問題にかかわることになるだろう。
……まあ今さらかもしれないが。
「おかしいな……休暇のために遠出したはずなのに……」
「諦めろ。誠一はどこに行っても騒ぎの中心なんだよ」
「嬉しくない!」
アルとそんなやり取りをしていると、今まで呆然と守神さんを見つめていた忍び装束の人と着物姿の女性が俺たちに気づいた。
「! き、貴様らは……」
忍び装束の人の声は女性で、俺たちから着物姿の女性を庇うように警戒した様子を見せた。
ここに来て、こちらの二人にも警戒されてしまったので、迂闊に動けば攻撃されそうだなぁと、そんなことを考えていると、脳内アナウンスが再び声をかけてくる。
『誠一様。何を悩む必要があるんです?』
「え?」
『誠一様はただ、こうおっしゃればいいのです』
脳内アナウンスは自信満々な様子で続ける。
『いいですか? 私の言葉をそのまま復唱してください』
「へ? あ、ああ」
よく分からんが、この状況をどうにかできるなら従っておくか。
アルたちは俺の様子が変わったことに気付き、黙って俺のことを見ている。
サリアたちはともかく、アルはまた俺が非常識というか、意味不明なことをすると思っているらしい。そんなに警戒しなくても!
さすがにこの状況でさっきみたいなぶっ飛んだことにはならないだろう。
『ではいきます――――』
俺はただ無心に、脳内アナウンスの言葉をそのまま口に出した。
「――――海さん、陸さん、やっておしまいなさい!」
『『はい!』』
…………。
……あれぇ?
俺が脳内アナウンスの声に従い、そのまま復唱した結果、俺たちの背後の海から水の柱が上がった。
さらに、崖からも次々と巨大な岩がまるで鎖のように繋がりながら現れると、侍衆目掛けて飛んでいく。
「な、何だ!? ぶふぉあ!?」
「み、水が……ぶへええええええ!」
「岩の触手――――がへあ!?」
海でできた触手と岩でできた触手により、次々と蹴散らされていく侍たち。
そんな侍たちを前に、俺やサリアたちどころか、忍者と和服の女性、そして守神さんも唖然とその光景を見つめていた。
そして気づけば、全員その場で倒され、気を失っている。
倒れた侍たちを無視して、侍たちをなぎ倒した張本人(?)の岩の触手と海の触手が俺の両サイドに構えると、脳内アナウンスが声を上げた。
『ここにおわす方をどなたと心得る! 誠一様なるぞ! 頭が高い、控えおろう!』
待て待て待て!
唖然としててすっかりツッコミが遅れたが、どこの黄〇様!?
そもそも脳内アナウンスの声は俺にしか聞こえねぇだろうがッ!
第一、頭が高いも控えるも何も、皆さん伸びてますからね!?
慌てる俺はふとジトっとした視線に気づき、その方に顔を向けると、アルが何とも言えない表情で俺を見つめていた。
「……」
「無言はやめて! 何でもいいから、せめて何か言ってええええええええ!」
アルの視線に耐え切れず、俺はそう叫ぶしかないのだった。




