漂流者
「さて、そろそろ宿に戻るか?」
海で思う存分遊んだ俺は、皆にそう提案した。
「そうだねー。今日はたくさん遊んだし、疲れちゃった!」
「まあな。普段の戦闘じゃ、あまり動かさねぇような体の部分も動かしたし、下手すりゃ明日筋肉痛かねぇ?」
「それじゃあ、宿に帰ったらアルの体をマッサージしてあげようか?」
「え? サリア、そんなことできんのか?」
「うん! 任せて!」
アルに対して、サリアは自分の胸を叩いた。
最近のサリアが何かをすることは少なくなったが、やっぱりとんでもないスペックだよな。
家事とか何もかも完璧にこなすし。
しかも、これが人間に変化する前のゴリラでそれなんだからもっと驚きだよね。
サリアのスペックの高さに驚いていると、オリガちゃんが不意に俺のズボンのすそを引っ張った。
「……誠一お兄ちゃん」
「ん? どうかした?」
「……何か落ちてる」
「へ?」
オリガちゃんが指さす方に視線を向けると、そこには確かに何かが打ち上げられた様子で転がっていた。
ここからじゃよく見えないが、何だろう?
「一応、確認しておくか。もし人だったら困るもんな」
とはいうが、人が流れ着くなんてこと――――。
「人だああああああああああああああああああ!?」
砂浜に打ち上げられていたのは、一人の……男性? 女性? 何て言うか、中性的な人物だった。
しかし、それ以上に目を惹くのは、その人物が身に付けている服である。
なんと、その人物が着ているのは……袴に羽織といった、まんま日本の時代劇から飛び出してきたような格好をしていたのだ。なんせ、腰には刀っぽい物もあるし。
っていうか……!
「どどどどどうしよう!? これ、人だよね!? 人だよねぇ!?」
「落ち着けバカ! まずは意識の確認だろ? それに、お前なら回復魔法でもかけながら確認できるだろうが!」
「ハッ!? 確かに!?」
つい水死体が打ち上っているのかと狼狽えてしまったが、すぐに気を取り直し、俺は回復魔法の中でも一番効果の高い、光属性最上級魔法『聖母の癒し』を発動させた。
そのまま光は目の前に倒れている人の体に吸い込まれる。
すると、倒れている人物に変化が訪れた。
「ぅ……」
「生きてる!」
「だな。今の誠一の魔法で怪我はねぇだろうが、見るからに衰弱してるし……一度、オレたちの宿に連れ帰った方がいいだろう。そこなら目を覚ました後も手当てができる」
「分かった」
俺は倒れてる人物を抱きかかえると、急いで宿まで戻るのだった。
◇◆◇
宿に無事到着した俺たちだったが、宿に着いた直後、俺が運んでいた人物が目を覚ました。
「ん……? こ、ここ……は……」
「あ……大丈夫ですか?」
「ッ!?」
俺が声をかけた瞬間、抱えていた人は勢いよく腰に差した刀に手を伸ばし、抜刀した。
「ハアッ!」
「誠一!?」
突然の攻撃にアルが声を上げるが……。
「なっ!?」
なんと、刀は俺に触れる前に、どうなっているのか分からないくらいグニャグニャに折れ曲がり、一種の現代芸術の彫刻みたいになっていた。
その刀を見て、抜刀した人物は目を見開き、アルは呆れた様子でため息を吐いた。
「……いや、意味が分からねぇよな。何をどうすれば武器がそんな形になるんだよ」
「さあ?」
「なんでお前が分からねぇんだよ」
ごめんなさい、そう言われても分からんのです。
バーバドル魔法学園から立ち去る前に、カイゼル帝国の兵隊さんと戦った時も、こんな感じで武器や防具がどんどん壊れたり、折れたりしたんだよな。
もっと酷いと、自傷したり、何か勝手に体が壊れたり……。
だが信じてほしい。断じて俺から何かをしたわけではないと……!
そんなことを思っていると、刀を抜いた人物は俺の腕から抜け出し、警戒した様子を見せる。
「貴様ら……何者だ!?」
「いや、それはこっちのセリフというか……」
「ッ!? な、なんだ、その格好は! 破廉恥な!」
警戒しまくる袴姿の人物に困惑していると、今の俺たちの格好に気づき、顔を赤くして俺を指さした。
「何って……水着ですが……?」
「みずぎ……? 何を訳の分からぬことを! 上半身裸でうろつくヤツがあるか! そこの女子も、な、何て格好をしている!? けしからん、けしからんぞ!」
よく分からんが、どうやら目の前の人物にとって、水着は初めて見るものらしい。
確かに、見た目だけで言えば下着っぽいもんな。まあ言われてみなきゃあまり実感ないけど。
そんなことはどうでもいいが、いい加減話を進めよう。
「それより、落ち着いて話を聞いてもらえませんか? 俺たちはただ、アナタが浜辺で倒れてたから運んで来ただけなんです」
「倒れていた……? いや、待て。拙者は……!?」
急に黙ったかと思えば、目の前の人物の顔はみるみる青ざめていき、唐突に走り出そうとした。
「ムウ様……! くっ!?」
「おっと……」
「なあ!?」
だが、傷は魔法で癒せたとはいえ、体力が回復したわけではなく、倒れそうになったところをすんでのところで抱き留めることができた。
「は、離れろ、無礼者! 貴様……守神ヤイバと知っての狼藉か!」
「すみません、存じ上げないですね……」
「何だと!?」
俺の言葉に袴姿の人物……守神さんは目を見開いた。すみません、本当に知らないんです。
一応、俺だけが知らないのかもしれないと思い、皆にも訊いてみた。
「知ってるか?」
「知らない!」
「オレも知らねぇな」
「……知らない」
「わ、私も……」
「興味ないです!」
約一名は分かり切った答えだったが、とにかく、ここにいる誰も守神さんのことを知らなかった。
しかし、それは守神さんにとってはかなり衝撃的だったようで、膝から崩れ落ちた。
「せ、拙者を知らぬだと……? 大和にその者ありと恐れられた、この拙者が……?」
「ちなみに、その大和? ってのも存じ上げないです……」
「……」
俺の言葉がトドメだったのか、守神さんはしばらく沈黙してしまった。
その様子を心配しながら見守っていると、やがて守神さんは口を開く。
「……一つ、訊ねたい。ここは、どこだ?」
「ここですか? ここはウィンブルグ王国の港町、サザーンのウミネコ亭って宿屋ですね」
「ウィンブルグ王国……外つ国だと……!? ど、どうして……」
「あの……?」
「……すまない、取り乱した」
すると、守神さんは混乱が落ち着いたのか、冷静な様子で立ち上がり、頭を下げた。
「……どうやら拙者を助けてくれたようだな。勘違いとはいえ、恩人に刀を向けてしまい、申し訳ない」
「い、いえ。いきなり見知らぬ人がいれば、警戒するでしょうし……それに、俺のせい? なのかは分かりませんが、刀もそんな風にしてしまって……」
「あ……」
守神さんは俺の言葉で思い出したのか、自身の手の中にある刀を見つめた。
そんな守神さんの姿に、アルが俺の脇を小突いてきた。
「……おい、誠一。どうにかできねぇのかよ」
「ええ!? どうにかって言われても……俺にも分からないのに……」
「いや、どうみてもあの刀? って武器、お前に攻撃するのを嫌がったように見えたぞ?」
「刀が嫌がる!?」
何だ、武器が嫌がるって。
……いや、今さらだな。海に避けられた男だし。
となると、本当に俺を攻撃しないために自らあんな姿に?
じゃ、じゃあ……許したら元に戻るんだろうか?
「えっと……もう戻っていいよ?」
そう一言、声をかけた瞬間だった。
あれだけ複雑に折れ曲がっていた刀は一瞬にして元の姿に戻ったのだ。
「なっ!?」
「え、マジかよ」
「……オレも本当に戻るとは思わなかったぜ」
「おい!」
アルができるかって聞いたのに、その反応はないよね!
再び呆然と刀を見つめていた守神さんは、その場で何度か刀を振るう。
その太刀筋はとても綺麗で、素人目からみても守神さんが強いことは分かった。
ある程度刀を振ると、確認が終わったのか鞘へと納め、再び頭を下げる。
「かたじけない。元はと言えば、拙者の早とちりによる結果だったのだが……武器まで戻してもらって」
「そんな……俺も元通りにできてよかったです」
「……名を名乗っておりませんでしたな。拙者は守神ヤイバと申す。代々大和家に仕える守神家の十八代目でござる」
すごい、ござるって言った!
ついそんな言葉づかいに感動してしまう俺だったが、守神さんを見れば見るほど時代劇から飛び出してきたような人物だなと感じた。
一つに結わえられた藍色の髪に切れ長の目。
いかにも武士といった出で立ちだ。
何て言うか、新選組にいそう。イケメンだし。いや、顔は関係ないのか……?
口調は侍に憧れる海外の人って感じがするけど、とても似合っている。
守神さんが名乗ったことで俺たちも軽く自己紹介を済ませたが、守神さんは申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「本当ならば、貴君らに恩返しをしたいところであるが、拙者は戻らねばならぬ。故に、貴君らへの礼はまた改めさせてももらいたい」
「それはいいんですが……大丈夫ですか?」
「何、こう見ても腕に自信はある。……あの時は不覚を取ったが、もう、大丈夫だ」
どこか遠くを睨みつける守神さん。
何があったのかはよく分からんが、俺たちが踏み入れる話題でもなさそうだ。
「えっと……戻ると言ってましたが、場所は分かるんですか?」
俺がそう訊くと、守神さんは眉をひそめ、困り果てた表情となった。
「それが……まさか外つ国に来てしまうとは思っていなかったのでござる。ただ一つ分かっているのは、拙者の国は海で渡った先にあるということだけ……」
「海? 国の名前は?」
何かに気づいた様子でアルがそう訊くと、守神さんは首を振った。
「拙者らの国に名はござらぬ。というのも、小さな領土を未だに奪い合っているような状態である故……そういえば、一度だけ外つ国から拙者らの国がどう呼ばれているのか聞いたことがあるでござる。確か……東の国、でござったな」
「!」
「なるほどな」
アルは守神さんの言葉にため息を吐いた。
それよりも、東の国って……度々名前だけは聞いていたが、実態が分からなかった謎の国だ。
確かに守神さんの格好や名前の雰囲気から、そうなのかな? って予想はしてたけど、ちゃんと言われるとね。
「というわけで、申し訳ござらんが、拙者はすぐにでもここを発たねばならぬ。国に、拙者が仕える御方が待っておられるのだ」
「そうですか……」
「どうも事情がありそうだし、ここは無理に引き留めても仕方ねぇよ。オレらもここは初めての土地だし、できることもねぇ」
アルの言う通り、俺たちもここサザーンには観光で来ているので、手伝えることは少なかった。
すると、サリアが手を挙げる。
「はい! それなら、ギルドで船のことを聞いたら?」
「え?」
「守神さんは海の向こうから来たんだよね? なら、お船がないと帰れないと思うの!」
「まあな」
「私たちが手伝えるとしたら、その船がどこにあるかを聞いてあげることじゃない?」
サリアの言う通り、それくらいなら俺たちにもできそうだ。
幸い、俺たちの方が先にこの地に来ていたので、土地も多少は分かっているし、ギルド支部の位置に関しては完璧だ。
「ということで、ぜひ俺たちも船までの案内くらいは手伝わせてもらいたいんですが……」
「そ、そんな! 拙者は助けていただいただけでもありがたいというのに……そこまでしてもらうわけには……」
「まあまあ。急いで帰らなきゃいけないのなら、ここは大人しくオレたちと一緒に行きましょう」
アルの一言に思うことがあったようで、守神さんは逡巡した様子から頷いた。
「……かたじけない。ぜひとも頼み申す」
――――こうしてまだ本調子に戻っていない守神さんを気遣いながら、俺たちはサザーンのギルド支部へと移動するのだった。




